85話【王都の夜の遭遇戦】
◇王都の夜の遭遇戦◇
エドガー達【福音のマリス】一行から見て。
低いと見られる位置に上がった炎は、下方に吸い寄せられるように消えていった。
エドガー達は現在、丁度【王城区】に入ったところだった。
「今の……!?」
「何かな……今の炎、不自然だよね……?」
早馬に乗るローザとサクヤの後ろで会話するエドガーとサクラ。
「《魔法》ではないみたいだけど」
「見事に昼のようであったな……ですが方角的に、エミリア殿が向かっているはずの方角ですっ。主殿!」
サクヤの言う通りだ。
王城に向かうには、【王城区】を必ず通る。
【貴族街第一区画】から【王城区】の西路を進んで入城をするはずのエミリア達なら、ちょうどあの位置にいても不思議ではない。
しかし、【貴族街第四区画】からエミリアを狙い入城を邪魔するセイドリック・シュダイハが【王城区】を通る場所もまた、その位置なはずだった。
「……急がないとっ」
「分かっているわ……しっかりと掴まっていなさいっ!――はっ!!」
ローザの腰に掴まり、自然と力が入り込むエドガーの手の熱さ。
それをローザは腰で感じながら、手綱を力強く引いたのだった。
◇
【リフベイン城】にある、【遠見の塔】。
「……いいぞいいぞ、やはりこれの効力は素晴らしいな」
ジュアン・ジョン・デフィエル大臣は、手に持った印の複製を見つめて満足そうに呟く。
「閣下……よかったのですか?あの書簡は、最後の策に使うもので……まだ早かったのでは?」
ユング・シャ-ビン秘書官は、大臣の早計な作戦に疑問を呈する。
「よいのだユングよ。お前の立てた策だ、ワシの策も同じだろう……?ならば、使うタイミングもワシに任せるがよい、ガハハハッ!」
「……はい。心得ました、閣下……」
ユングは、満足そうに遠見の“魔道具”で観察する大臣を置いて塔を出る。
ユング・シャービンは、王国人ではない。西の隣国、【魔導帝国レダニエス】の軍人である。
祖国の為に潜入してから、早数年。
大臣と出会い、王城に入り込んでからも、常に帝国への忠誠心は保ち続けていた。
敬愛する――エリウス・シャルミリア・レダニエス皇女殿下の為に。
だがしかし、ここに来て計画が狂い始めていた。
「――ったく……!私の考えをまるで自分の物のように……それに時期尚早よっ!あの小賢しい小娘が、そうそう自分の【聖騎士】を手放すわけがないでしょうがっ」
悪態をつきながら、塔の螺旋階段を急いで下りるユング。
「ここもそろそろ限界かしらね……あの無能大臣を支えていたのも、全ては我が主の為……私がどれだけ尽くしたと思っているのかしら、あの大臣は」
ふとユングも、螺旋階段の窓から、遠見の“魔道具”で戦況を確認しようとレンズを覗き込む。
「……囲みは完璧ね。【聖騎士】の二人も、簡単には兵に手出しは出来ないはず、後は詰めて――っ!火矢!?街中で使うつもりなの!?」
いくら自分が聖王国人ではないとは言え、街中で火矢を使う様な戦い方など、自分の立てた策にはない。
ユング・シャ-ビンは武力で制する戦いはしない。勝手に作戦を歪められて、ユングは更に憤る。
「……聖王国人どもは、間抜けばかりなのね……今に始まったことではないけど、国民在っての国だというのに……街に火が広まれば、この密集した王都はお終いよ……?」
【王都リドチュア】は、【王城区】を中心に、貴族街が四区画。
下町が六区画ある超大都市だ。
どの区画も隣接し、一つ一つの区画が他の街並みに大きい。
一度火が回れば、もう想像は容易いはずだが。
「まさか……それが分からなくなるくらい切迫している?……いいえ、違うわね。どう見ても余裕があるのは大臣側、つまり……策を歪めたのは……」
指揮を執る馬鹿な貴族だと、簡単に答えが導き出せてしまった。
「……いよいよ終わりね……私の、内情から崩す作戦も、馬鹿どものせいでパーだわ。これは早い所、カルストと合流をして……――なっ!?火が……消えた?」
ユングが聖王国からの脱出を考えていると。
いよいよ囲んでいた騎士達から矢が放たれた。
目標の乗る馬車へと迫ったかと思うと、火矢はその火を消滅させて、その殆どが落ちて行った。
詳しくは遠すぎて分からないが、どう見ても馬車のすぐ傍に立つ金髪の少女が実行しているように感じられた。
「あの子……何をしたの?……《魔法》?“魔道具”?」
馬車から飛び出してきた少女が槍を掲げた瞬間、火矢が何かに影響を受けたのは分かった。
今頃上の階では大臣が大口を開けて驚いているかもしれない事を思うと、少し笑える。
「……ん?」
遠見の“魔道具”に映る、二頭の馬。
「――っ!……あの茶髪は……【召喚師】!?やはり感づかれていたのね……」
この国に潜入しているもう一つの理由。
それが【召喚師】エドガー・レオマリスだ。
シュダイハ子爵家が【召喚師】に調べられている可能性は高かった。
その旨も、エリウスには伝えてある。
エミリア・ロヴァルトが【召喚師】エドガーと親密な関係であることも、既に確認済みだ。
「皇女殿下に知らせておいて正解だったわね……」
その少年が乗った馬が、エミリア達がいる【王城区】の西に迫っていた。
少年が乗る馬を操るのは、赤髮の女性だった。
「……あれがレディルの言っていた、赤髮の魔法使い?他にもいるわね、黒髪の子供が二人か……まずいわね……このままでは――なっ……!?」
ユングは咄嗟に、窓から飛び退いて身を隠す。
「……な、何?……目が、合った……?」
【召喚師】を観察しようと視線を移ろわせていたが、赤髮の女性と、不意に目が合った気がしたのだ。
「――くっ!な、なに?何なの急に……?汗が、震えが……あの女、まさか私に気付いて」
まるで射抜かれたような視線に身震いし、大量の汗を掻くユング。
この【遠見の塔】から、【召喚師】達がいる距離はまだまだ離れている。
赤髪の女の視線がたまたま動いただけの可能性もある。しかし。
「……あれは、ヤバい……」
帝国軍人としての本能が、逃げろと警告してくる。
このままこの国に居れば、命を落とすと。エリウスに否定されたもしもの言葉が、事実になってしまうのではないかと思うくらいに。
ユングは、遠見の“魔道具”をもう一度覗こうとして、その手を止める。
「……む、無理だわ……エリウス様は、アレを敵にしようとしているの?この魔力の乏しい国で、アレに勝てる人物はいないわ……いるとすれば、それはもう化け物よっ」
そのまま遠見の“魔道具”をポケットにしまい、ユングは塔を降りるのを再開する。
もう一度レンズを覗く勇気すらへし折ってくる。
「なるべく早く、カルストと合流して……」
異様な恐怖を感じたことに、ユング自身が驚き戸惑い。
結局、もう遠見の“魔道具”を使ってローザを見ることは無かった。
◇
早馬を飛ばして、エミリアとアルベールがいるはずの場所まで、あと少し。
「……!」
「ローザ?どうかした……?」
ほんの一瞬だが、ローザが硬直したような気がしたエドガーは、堪らず声を掛けた。
「……いいえ。なんでもないわ……」
「そ、そっか……ならいいけど、何かあったら言ってね……」
ローザの腰を持つ手を少し緩め、遠慮がちだが頼ってほしいと、エドガーは言ったのだろう。
「ふふっ。分かっているわ……ありがとう、エドガー。エミリアを未亡人にしたら、頼らせてもらうわね!」
ローザはセイドリック・シュダイハを絞める気満々だった。
「――ま、まだ結婚してないよっ!!」
エドガーの冷静なツッコミに、ローザは笑う。
一瞬だけ感じた、恐怖染みたような視線に、殺意を以って対応したことを、エドガーやサクヤ、サクラに感じさせないようにして。
◇
槍を構えた少女は、それはもう自分の好みだった。
小さな背丈に、控えめな胸、綺麗な金髪、物怖じしない勝気な目。
どれを見てみても、完璧。
絶対に自分のものにしたかった、いや、するのだ。
そう考えた時には、口にしていた。
「と……捕らえろぉぉぉっ!いいなっ!傷はつけるなよぉぉ!?俺の女だぁぁぁっ!!」
目を血走らせて、セイドリック・シュダイハは叫ぶ。
当然、指揮官の指示があれば兵は動く。
セイドリックの言葉を端にして、騎士数十人、傭兵数十人が、ぞろぞろと動き出す。
「この……愚か者めっ!」
エミリアが起こした不思議な現象を目の当たりにした【聖騎士】オーデインは、叫んだセイドリックを罵倒し、自らも戦闘態勢を取った。
「ノエル!騎士が動く、準備しろっ」
「わ、分かってますよっ!」
オーデインは腰の鞘から流麗な細剣を抜き放つ。
ノエルディアも肩に下げた弓を構える、足には接近戦闘用の具足が付けられている。
蹴られたら痛そうだ。
「エミリア!アルベール!……悪いが余裕がない。自分の身は自分で守れ、いいね……?」
オーデインはエミリアを嬢とも、アルベールを君付けで呼ぶこともしなくなり、それだけ切迫していることがロヴァルト兄妹にも伝わった。
それと同時に、二人を【聖騎士】として扱ったのだ。
「はいっ!」
「……」
アルベールは大きく返事をし、エミリアは黙って頷いた。
「エミリア。彼等の目的はあくまでも君だけだ……でも、さっきのあれを見ているから、そうそう手出しはしてこない筈だから、安心して戦いなさい。何だったらハッタリを噛ませばいい」
軽く言い放ち、最前線へ立つオーデイン。
後方ではノエルディアが銀の矢を番えている。
「やるしかないな……エミリア」
アルベールは背負っていた盾も構え、剣と盾を装備する。
そしてエミリアの真横に立って言った。その表情は険しく、汗も滲んできて緊張が伝わる。
「うん。やろう!」
「ああ!さあっ!来るぞ……!」
そうして、【聖騎士】四人の戦いが始まった。
◇
剣戟が鳴り響き、悲鳴も溢れかえる【王城区】、一人の少女を自分のものにする為に、百人近い兵を指揮するセイドリックは、後方の馬車を背凭れにして、憤怒を募らせる。
「……何をしているんだ……っ!たかが三人、直ぐに終わらせろよっ」
エミリアを除く三人を倒して、連れ帰るだけのはずが。
余りにも遅い。何度も突撃や囲み、人海戦術を使って、有利なはずのセイドリック、だが。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
エミリアの叫びと共に振るわれる槍からは、豪炎が巻き起こり、近寄る騎士も傭兵もが怯む。
今、この国に《魔法》のような現象は存在しない。
騎士達は、エミリアが起こす炎の槍に、畏怖の念を抱き始めていたのだ。
何度もジリリと攻寄るが、近寄るだけで恐怖感が滲み出てくる。
何故かと言うと、開始直後の戦闘でエミリアの攻撃をかすった傭兵の外套に、火が引火したことが原因だった。
指揮を執る貴族の命令で戦うものの、実戦経験の乏しい【リフベイン聖王国】の人民は、戦争は当然のこと、殺し合いなどしたことがない。
あの赤い槍で斬られれば、出血だけではなく、一瞬で燃やされるのではないかと言う懸念が、躊躇させていたのも、もう一つの原因だったと言える。
「ええいっ!全員で押しつぶせっ!圧で封殺しろ!!」
目を血走らせて叫ぶセイドリックは、自分が指揮を執る部下のことなど一切考えてはいない。
エミリアの槍を恐怖するあまり、【聖騎士】が二人もいるという事を忘れがちになっている騎士達は槍に気を取られ、オーデインとノエルディア、アルベールに倒されていく。
「……副団長、だいぶ減りましたね」
「ああ。あっけないが……それが実力の差だろう、それに……」
オーデインはエミリアを見る。
「ですね。ロヴァルト妹の槍に、騎士も傭兵も怯えてます……正直私も戦いたくないですし」
「そうだね……だけど。体力はそうもいかない、か……まだ学生だものな……」
エミリアは牽制の為に何度も何度も槍を大振りし、その槍から出る炎の火の粉を被っている。
火傷とはいかないが、熱が体力を消耗させていた。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
辛そうに眉をひそめて、肩で息をするエミリア。
(お、おかしいな……私って、こんなに体力無かったっけ……?)
自らの槍に体力を奪われている自覚はなかった。
エミリアの疲労、それに気づいたセイドリックは。
「――!おいっ!今だ!捕まえろぉぉっ!」
騒めく騎士達はセイドリックの指示に数人は従う。
だが、直ぐにノエルディアが迎撃する。
「もういい加減に諦めたら……?私達が逆徒じゃない事なんて、城に行けば証明できる。これ以上やっても、自分の立場を悪くするだけじゃない?」
「だ、黙れっ!!王国に仇名す逆賊めっ」
顔を真っ赤にして叫ぶセイドリックに、ノエルディアは「あーはいはい」と流している。
一方エミリアは、ようやくセイドリックを認識した。
「……あの人が、私の……?」
余りの横暴な態度に、疲れていることも忘れそうになる。
「ああ。セイドリック・シュダイハ子爵子だ……」
膝に手をつくエミリアの肩に手を置き、兄アルベールが言う。
「安心しろよ。お前は俺が守ってやる……兄ちゃんだからな」
ニッと笑って、アルベールは前線に出る。
エミリアは、そんな兄の背を見ながら。
「兄さん……私……――エドに言われたかったよ、その台詞っ!!」
格好よく決めたつもりが、逆に怒鳴られてしまったアルベール。
無残である。
「――!……副団長……矢がありません。どうしましょうか」
肩の矢筒を逆さまにして、オーデインに見せつけるノエルディア。
「拾って再利用したらいいさ――こんな風にね!」
オーデインは騎士が落とした折れた剣を拾い上げて、セイドリックに投げつけた。
「……――!ひっいぃぃぃ!」
セイドリックは、本当に【聖騎士】だったのかと思うような悲鳴を上げて身をよじる。
投げつけられた剣は護衛騎士が盾で防いでくれたが、セイドリックはキレる。
「オ、オーデインっ!貴様ぁぁぁぁっ!」
尻餅をついてでも、オーデインに対する怒りをぶちまける。
「セイドリック様……ここは一旦、お引かれになった方が……」
「だ、だだ、黙れよっ!目の前にエミリア・ロヴァルトがいるんだぞっ」
控えめに諫めに来たシュダイハ家の護衛を、セイドリックは殴って怒鳴る。
「お前らは死んでも、エミリアは捕らえろ!【聖騎士】は殺せばいいだろ!……ほらっ!やれよぉぉっ!」
セイドリックの強硬に、騎士が動く。
「……君たちも大変だね。恐らくはデフィエル大臣の私兵と言った所、だろう?もう分かっているのではないか?……これが、正当な命令じゃないことくらい」
オーデインは、剣を交える老騎士に語りかける。
「……無論ですじゃルクストバー公爵――だが、ワシ等のような切り離された老いぼれや、ケガでまともに戦えない騎士には、従うしか生きていく術はないのですじゃっ!」
オーデインの細剣を弾き、はぁはぁと息をする老騎士。
周りを見ても、確かに年寄りや動きのぎこちない騎士が多く、まともに戦えているのはシュダイハ家の傭兵が占めていた。
「なるほどね……尻尾切りか……どこまで計算しているのやら、あの大臣は……」
正確には大臣ではなく、秘書ユング・シャービンの策だが、それは誰も知らない事だった。
ジュアン・ジョン・デフィエル大臣は、過去に失墜した騎士や傭兵、ケガで引退した騎士を集めて私兵にしていた。
当然、その層の支持も集まる。
そしてその大臣が、更に兵を投入してくることなど、予想もしないまま。
◇
ざわざわと、王城の方から聞こえる行進の音。
ガシャンガシャンと、金属音をけたたましく騒がせて、板金鎧を着込んだ騎士達が、ロヴァルト兄妹と【聖騎士】二人を囲む。
後列の馬車から降りてきた人物は、粉うことなき、ジュアン・ジョン・デフィエル大臣その人だった。
「失態ですぞ……シュダイハ家の嫡子殿」
「こ、これはデフィエル大臣……」
セイドリックも、その他の騎士や傭兵も、膝をついて大臣を迎えている。
「さて、これはどういう事かな……オーデイン・ルクストバー卿。この往来の【王城区】で戦闘など、聖王国民として恥ずべくことではないか?」
「……そうですね。誰かが仕向けたことでさえなければ、そうなのでしょうね」
【聖騎士】は、大臣の指示を受けない。
【聖騎士】は、王室の血を持つ人物からの命令しか受けてはいけない。
だから、大臣に膝をつくこともしない。
「ふん。よく言うものだ」
大臣は当然白を切る。ノエルディアが小声で「……どっちがだよ、クソ狸」と言ったのを聞いたのは、近くにいたアルベールだけだ。
大臣はずかずかと前に出て、エミリアを目にする。
「ふぅむ……そなたがロヴァルト伯爵の娘か……」
エミリアを守るように、ノエルディアとアルベールが割って入るが、大臣は気にも留めず。
「……ほれ、連れて行くがいい。セイドリック殿」
「「「「――!!」」」」
これには、兄妹も【聖騎士】二人も驚く。
余りにも強引でふざけた手段に、オーデインは。
「大臣!何をお考えかっ……」
「何をも何も……そのままの意味だ。ここに勅命書もあるぞ……?」
ローマリア殿下の印が入った書簡をちらつかせ、【聖騎士】を牽制する大臣。オーデインにしか見えないその顔は、実に腹立たしい笑顔だった。
(……ちっ……随分と稚拙な策だ、だが……今私たちが正当だと証明するものがないっ)
オーデインは歯噛みする。
複製された印が、ここまでの効力を発揮するとは想定外だった。
「おお!ああ、なんて美しいんだ……我が妻エミリア……」
カツカツと靴を鳴らせて、セイドリックがエミリアの前に来る。
「……」
エミリアは、何も言わない。只々セイドリックを睨んでいるだけだ。
「ああ、いいねその勝気な表情、ベッドの上で崩してあげるよ、ぐふふ――泣き顔にねぇ」
もう完全に勝利者のつもりになっているセイドリック。
オーデインもノエルディアも、アルベールでさえも、大臣の持つ書簡が本物ではないことは分かっている。
だが、その書簡に押された印は本物と瓜二つだ。
動けば、王室に反する行為と見なされ、ここにいる板金鎧を着込んだ大量の正規騎士に押しつぶされるだろう。
「ほら、こっちに来て!結婚式を挙げようじゃないか!!」
エミリアの手をグイッと掴み、引き寄せようとするセイドリック。
「――い、嫌っ……」
小さな声だった。とても、小さな悲鳴だった。
誰にも聞こえず、声を出したエミリアでさえ、言ったかどうかの声。
だが、それを聞いた人物がいる。
どこにいても聞こえているであろう大切な幼馴染の声を、聞き逃すわけは無い。
エミリアが引っ張られ、セイドリックの胸に抱かれようとした瞬間。
轟音猛々しく、二人の間を通過する炎の弾。
「――うばぁっ!?」
セイドリックは、前髪を焦がしてエミリアを離す。
その場にいた全ての人物が、その炎が飛んで来た先を見る。
――そこには。
「……――汚い手で、エミリアに触れるなっっ!!」
赤い剣の切っ先をセイドリックに向けた、エミリアの最愛の幼馴染。
【召喚師】エドガー・レオマリスが、三人の異世界人を引き連れて参上した。




