82話【二日目~帝国side~】
◇二日目~帝国side~◇
ここは、聖王国領【カラッソ大森林】。
西国【魔導帝国レダニエス】へ渡る為に通らなければならない、非常に規模の大きな森だ。
森の中で、一台の馬車が停車している。
その車内で、通信の為の“魔道具”を耳から外す一人の男。
ジャーキーを乱暴に齧りながら、大声で愚痴る。
「ったくよぉ!……あのドマゾ女、どんだけ詰られんのが好きなんだよ」
休憩中の車内には。
この男、レディル・グレバーンが一人でふんぞり返っていた。
仕える主、エリウス・シャルミリア・レダニエスは、【月破卿】レイブン・スターグラフ・ヴァンガードと共に、近辺調査に行っていた。
馬車の外には、リューグネルト・ジャルバン。
エミリアにリューネと呼ばれていた、元騎士学生が居るが、レディルといるのが気まずいのか、外でエリウスの帰りを待っていた。
「――おいっ!リューグネルト。馬車ん中入れよ……雨降ってんだろ」
「……結構ですっ。雨、好きなので」
「はっ!そうかよっ……」
頑なにレディルを見ようとしないリューネは、雨に打たれる肩を手で払いながら、エリウスとレイブンが向かった方角を見る。
(エリウス様、早く帰って来て下さい。この人と居たくありません……)
レディルはもう仲間である。
例え酷いことをされた(二章)とはいえ、エリウスが信頼する仲間の一人なのは間違いなく。
エリウスに信頼されている以上、厄介ごとを起こすつもりはない。
ただ今後、絶対に馬が合うことがないと言う自信はある。
それ以外にも、リューネは弟のことが気になるのだ。
エリウスに助けてもらったとはいえ、未だに弟、デュードは聖王国の【王都リドチュア】に居るはずなのだ。
王都を出て既に十日以上が経ち、安否も分かっていない。
エリウスが言うには、他の仲間が弟を連れて来てくれるらしいのだが。
リューネはその仲間に会ったことはないし、誰なのかも知らない。
「……ちっ。おいリューグネルト!いいから馬車に入りやがれっ!」
「……いいですってば」
「お前も頑固だな……おらっ!いいから来い!!」
レディルはリューネの腕を掴み、強引に馬車に連れ込もうとする。
「い、やっ……離してっ!……ってば!」
「あぁぁ!うるせぇなっ!黙って来いっつってんだろ!」
リューネが腕力で敵う訳もなく、馬車に引きずり込まれた。
また何かをされるのではと、身体を震わせるリューネが恐怖に目を瞑っていると。
ボフッ――っと顔に当たる、フワフワした物体。
「……タ、タオル?」
「とにかく、濡れた身体を拭けよ……馬鹿が」
レディルは、リューネにフカフカのタオルを投げつけた。
これで身体を拭けと、ぶっきらぼうに。
「……」
「んだよっ。いらねーのか?」
顔を背けたまま、レディルが言う。
「い、いえ……なんか意外で。また酷い事されるかと思って」
「……ちっ!……しねーよ――おらっ」
何か投げられた。
「――っと……ジャーキー?」
そのままそっぽを向いてしまうレディル。
(も、もしかして……謝罪のつもり?)
そうだとしたら、不器用すぎるにも程がある。
リューネは濡れた身体を拭きながら、レディルを観察する。
この乱暴で言葉使いの悪い若者に、どんな意思があるのかが、気になって。
◇
馬車を降りたのは、レイブンが言い出したことだった。
この【カラッソ大森林】には、昔隠した“魔道具”がある、と。
エリウスとレイブンは二人きりで森に入り、雨の中、目的の為に奥地へと進んでいた。
しかし、エリウスを待っていたのは。
ドォォォォォン!!――と、エリウスを襲う雷撃。
雷は雨に濡れた地を這い、水溜まりや雨露の雫を荒れ狂うように弾き飛ばしていた。
「――どう言う|おつもりですか?レイブン・スターグラフ・ヴァンガード公爵閣下」
辛うじて避けた雷の爪痕を睥睨し、エリウスはレイブンに問う。
「……“魔道具”を隠したというのは本当ですよ。ただ、それを使うに見合う存在かな……?貴女は……」
「――っ!」
そういうことかと、エリウスは納得する。
直ぐに腰元の【裂傷の魔剣】抜き、レイブンと対峙する。
「相談もなしにこのようなこと……後で怒っていただきますよ?未来の娘さんに……」
「はは……それくらいは覚悟しましょうか――ふっっ!!」
レイブンは軽快に笑うと、エリウスに向かって雷撃を放つ。
エリウスに向けられた左手から発せられた。
《魔法》のはずだが、詠唱は全くなく、超高速と言っていい雷の《魔法》。
「くっ――はぁっ!」
エリウスは【裂傷の魔剣】でそれを弾く。
バチバチィッ!!と音を鳴らして雷は霧散するが、エリウスの服が若干焦げた。
「うん。流石の対処ですね……確実に《魔法》の中心点を斬った、見事な剣技だ」
レイブンは剣ではなく、エリウスの剣技を褒める。
「閣下こそ……見事な《魔法》です。数年幽閉されていたとは思えませんわ。腕は落ちていないようで安心しました……」
小娘に防がれた。と、十分皮肉ったはずだが、逆に生意気な答えが帰ってきた。
レイブンは笑ってそれを受け取る。
「――当然だ。あの人はそんなことを許さない」
「……そうでしょうね」
あの人とは、エリウスの依頼者であり、レイブンの数少ない友人だ。
その共通見解は――“悪魔”だった。
エリウスの剣技は確かに見事な腕前だ、聖王国の騎士など目ではない。
上位の【聖騎士】となると話は変わるが、少なくとも個人では敵う者は多くないだろう。
例外は、【召喚師】と――あの炎の魔法使いだ。
「閣下……一つ聞いても?」
剣を構えながら、エリウスは聞く。
「何ですかな?」
「聖王国で最強の魔法使いである閣下が、知りうる限りの中で……最も強い魔法使いはどなたですか?」
「……?」
誰の事かと首を傾げるレイブンは、本当に心当たりがないようだ。
「なら、言い方を変えます……炎の使い手をご存知ですか?」
「……炎か。一人心当たりはあるが……それがどうかしたのかな」
それがあの女、ローザとか言う魔法使いならば、早めに対処をしなくてはならない。
だが前に聞いた時、レイブンは【召喚師】の傍にいる魔法使いを知らなかった。
「いえ……少しばかり気になったもので……行きますわっ!」
エリウスは飛び出して、剣を振るう。
剣の軌跡は一瞬でレイブンに到達して、爆ぜる。
ギャイィィィン!と、不思議な音が耳に響き、不快感を表すエリウス。
「……不服ですかな?」
「いえ……別に」
図星だった。エリウスは音に不快感を出したのではなく、簡単に防がれたことに不快感を出していた。
それを見抜かれたことも、乗算されて。
「しかしながら、防御壁を出すことになるとはね……避けるつもりだったけど、これはうれしい誤算ですかな、皇女殿下」
手をフリフリとさせ、その《魔法》が発動された“魔道具”を見せる。
「それが、【蒼海の一滴】の力……ですか?」
【リフベイン聖王国】の英雄、【月破卿】レイブンを英雄へと押し上げた“魔道具”。
その《石》【蒼海の一滴】は、禁止級の“魔道具”である。
それは、ローザの【消えない種火】と対をなすような深い青。
無限の水を生む、深海で生まれた“魔道具”だ。
「さて、どうですかな。俺の《魔法》は雷でしてね、水とは相性が悪いのですよ。中々使い辛くて、困っていますよ」
左手の甲に輝くサファイアを、惜しげもなくエリウスに見せつける。
「そんなことをされても、欲しいなんて言いませんわよ……?」
まるで卑しい女のような扱いに、エリウスは呆れる。
「はは、すみませんね。聖王国では、《石》に興味を持つご婦人がいないからね……帝国民はどうかと思って、つい――んっ?」
レイブンは、その左手で頬に触れる。
じわぁっと、頬を伝う暖かいもの――血だ。
「ほう……久々に戦いで血を流されたよ」
「光栄ですわ……ヴァンガードきょ――っ!?」
ズドンッ!!と、エリウスは弾き飛ばされ、大木に激突した。一瞬だった。
「――かはっ!」
一気に肺の空気が押し出される。
「くっ……!!」
直ぐに立ち上がり剣を構えるエリウスに、見えない《魔法》を放った【月破卿】レイブンは。
「……流石だね、気を失わないだけ誉めてあげよう。でも、これはどうかな?」
口調を変えたレイブンは、皇族に対する敬意など一切持たないように。
「死なないでくれよ?エリウス・シャルミリア・レダニエス……!」
エリウスの周りには、いつの間にか、ここには無い筈の海水が。
つまり、【蒼海の一滴】の力で海水を生み出したのだ。
海水は見る見るうちにエリウスを飲み込み、直ぐに全身を包み込む。
球体のように、冷たい海水で取り囲まれたエリウスは、飲まれた海水の中でこう思った。
「がぼっ……ごぼぼっ……――」
(この……ド畜生……)――と。
◇
数刻(数分)後。エリウスを抱えたレイブンが馬車に戻った際、一番に声を出して怒ったのは、意外にもレディルだった。
「おいっ!エリウスに何してやがんだっ!!」
「怖いな、大丈夫……溺れて気を失っているだけさ……その手を離してくれないか?」
レディルは咄嗟に掴みかかった右手を乱暴に離す。
寝かされたエリウスの傍らでは、リューネが必死に「エリウス様っ!」と声をかけている。
「どうしてこうなったんだよ……“魔道具”を取りに行ったんじゃねぇのか!?」
「ああ、これだね。しっかり隠されていたよ」
レイブンは悪びれずに、懐から“魔道具”を出す。
それは、複数の《石》が入った袋だった。
「酷いですよっ!閣下……」
リューネも馬車の中で憤る。
「ああ、これは……皇女殿下に言われた通りになりそうだな……」
レイブンは両手をプラプラと上にあげて、降参の真似事をする。
「閣下……!!」
「――い、いいのよ。リューネ、レディル……ゴホッゴホッ……!」
「エリウスっ」
「エリウス様!」
無理に起き上がり、エリウスは言う。
「……丘で溺れるとは思いませんでしたわ、ヴァンガード卿」
驚異的な能力だった。
エリウスは水の中に閉じ込められただけではない。身動きも封じられていたのだ、レイブンの雷の《魔法》によって。
「すまなかったと思っていますよ……つい、カッとなってしまった」
自分に傷をつけた人物は久しぶりだと、感心しているレイブン。
「噓がお下手ですわ……腹が立ったなら腹が立ったと、そうおっしゃってくださいな……「小娘が生意気だ」と……」
「「……」」
睨み合うエリウスとレイブン。
「ふっ……全く、食えない皇女だ」
「ええ。お互い様ですわ……」
(レディルさん……)
(あ?)
(これ、解決でいいんですか?)
(俺が知るかよ)
(……そうですか)
こっそりと話すリューネとレディル。
馬車の中は、気まずい以外言いようのない空気になってしまっている。
そんな空気を読む事はせず、レディルの耳元のイヤリングに、先程会話をしていた仲間、ユング・シャ-ビンから通信が入る。
『レディル……緊急事態よ』
「んあ?どうしたユング。お前から通信かよ……」
エリウスも「ユング?珍しい……」と言っている。
『そこにエリウス様もいるのね。丁度いいわ……いい?今後、私は通信を行えない』
「――おい、何があった?」
一気に神妙な雰囲気になり、レイブンも押し黙っている。
『私が細工した罠が、馬鹿な大臣のせいで物凄く早まりそうなのよ……痛恨だったわ。まさかあの大臣が、あそこまで無能だとは……』
「お前の細工つったら、王族がアレっつう奴だろ?」
『なにがアレなのか分からないけど、聖王国の内情を知るために潜入した私が、内部を狂わせるために……馬鹿な大臣を擁立させた事よ?それに、貴族に売ったアレね』
聖王国には三人の大臣がいる。
その一人が、ユング・シャ-ビンが仕えるジュアン・ジョン・デフィエルだ。
平民出身の彼は、憧れを抱いて城に勤務していた。
しかし、何度も夢破れ、最終的には政治の世界に足を踏み入れ、長年の時を働き、ユング・シャ-ビンと出会ったのだ。
利用されているなど、知る事もなくだ。
「そうかよ。んでどーする。脱出すんのか?……今、俺らは行けねーぞ。距離がありすぎる」
既に【王都リドチュア】から十日以上の距離を離れている。
今からの合流は極めて困難だった。
『何とかするわ。それより――』
「ユング。私よ……」
『――殿下!……も、申し訳ございません』
「いいわ。何があったかを聞かせなさい……――っとその前にリューネ、こっちに来て」
「は、はい……」
エリウスは濡れたままイヤリングを片方はずし、リューネに着ける。
「貴女も聞いておきなさい。片方だから聞こえは半減だけれどね……ごめんなさいユング。続けてくれる?」
『はい……現在、第三王女ローマリアが目を付けた騎士学生が王城に向かっています。その邪魔をしようと、大臣が私兵を向かわせたようで……』
「……馬鹿ね」
『……はい。全くもってその通りなのですが……その私兵の中に、策を弄じた人物が混じっているようで……』
その人物は、エミリアの婚約者になっている貴族の息子。
セイドリック・シュダイハだ。
「不味いの?」
『……確証はまだ……ですが、策の開始には早く、時期尚早でして……)
「確か、カルストが売ったのよね」
『……はい。ですが、まだ時間がそう経っていません……もし、【召喚師】に反応してしまったら、台無しになります』
「なるほどね……それで、どうしてそこに【召喚師」が関わってくるの?」
『それが……よく分からないのですが。策を弄した人物が……張られていた可能性あります』
「はっ!バカな奴だっ……!」
「――レディル黙って」
「ちっ!」と舌打ちをして、馬車の中で寝転がるレディル。
『これから最悪の事態に備えて準備をしますが……もしもの時は』
悲壮感漂うユングの言葉に、エリウスは。
「ダメよ。死ぬことは許さない……――まだ王都にカルストがいるわ。合流しなさい、連絡はつけておくから」
別行動中のもう一人の仲間、カルスト・レヴァンシーク。
数々の聖王国貴族に、商人として【魔石】を売った人物。
現在はリューネの弟デュードを保護し、折を見て合流する予定だったが、ユングと合流させることにした。
『……感謝します、エリウス殿下……!では、私これで……ご武運を』
「貴女も……」
それを最後に、ユングからの通信は切れた。
「卿……暫くここから動けなくなりましたわ、仲間が来ます」
「……俺は構いませんよ――その仲間が今後、俺達の行く道に、使えるのなら……ね」
「ええ。役には立ちますわ」
大切な仲間が、まるで使い捨ての駒の様に言われても、決して動じず流して見せたエリウスに、リューネもレディルも、更に忠誠を誓っていた。




