81話【二日目~聖騎士side~】
◇二日目~聖騎士side~◇
「――これは一体どういうことかっっ!!」
豪華絢爛な意匠が施された部屋で、大変昂る一人の少女。
【リフベイン聖王国】第三王女、ローマリア・ファズ・リフベインである。
現在彼女は、自分が目を付けた将来ある騎士に、王女である自分が婚約の話をを突き付けた。と聞かされ怒っていた。
「……どうと言われましてもねぇ……殿下、出てしまったものは取り下げられますまい?」
ローマリアにこう返したのは、ジュアン・ジョン・デフィエル大臣だ。
|禿頭の頭をぺしりとたたき、続ける。
「殿下が何を言っても、もう出されてしまったのです……いやはや、いったい誰の仕業なのか……」
(……こんの狸がぁぁぁぁっ!!)
禿頭にカイゼル髭、でっぷりとした体躯、まさに私腹を肥やした貴族の典型といえる。
無論そうでない貴族も大勢いるのだが。
「では大臣……いったい誰が、私の印を勝手に使用したか……分かるかしら?」
ローマリアの印はローマリアしか使えない。
王家の家紋であり、その効果は絶大だ。
当然国民は無碍には出来ず、エミリアもその印の前に従うしかなかった。
「誰でしょうなぁ……しかし分かったところで、殿下の部下の管理不足が取り正されるだけではないですかな……?」
「……」
あからさまに顔を暗くするローマリア。
完全に怒っている。大臣の頬からも、脂汗が伝った。
「は、犯人はこのジュアンが特定して見せましょう。必ずや、殿下をご満足させて見せますぞ……」
「であるか……ならば下がれ」
(……うっとおしい!)
素っ気なく返し、ローマリアは大臣を部屋から追い出す。
「ふーむ。まぁ完全に噓ですね……あれは」
ローマリアの後ろに控えていた【聖騎士】オーデインが、何事もなかったかのように言う。
「……お前が報告したんじゃなかったかしら?……オーデイン」
眉を顰めながら、後ろの【聖騎士】に追及する王女。
「そーでしたね。しかし、デフィエル大臣はまた太りましたね。狸が豚に……って感じですね」
「話を逸らすんじゃないわよ……太ったけど」
遠い目をして、大臣が出ていった扉を見つめるオーデイン。
ローマリアも呆れて、追及を止めてしまう。
「それにしても……大臣は何をお考えなのでしょうね、エミリア嬢を結婚させて喜ぶ人物がいるとは思えませんが……?」
「……私が歯痒い思いをするのを見たいのでしょう?あの狸は」
「なるほど……殿下は、大臣が犯人だと?」
「当然でしょ。あの脂汗を見たでしょう?自白したようなものよ。あれでバレていないと思っているのかしら……」
ローマリアは椅子にふんぞり返り、オーデインが聞きたくないであろう質問をしてやる。
「……で?印を管理していたのは誰?」
「……私の口からは何とも」
「「……」」
「はぁ……ノエルディアね」
無言が物語る、管理者の不始末。
「……何とも言えません」
「……はぁ~~」
確かに、印の管理不足は、ローマリアの部下のせいになりそうだ。
ローマリアは椅子の背凭れに身体を預けて、盛大にため息を吐いた。
◇
自室である大臣室についた早々、デフィエル大臣は秘書を呼びつける。
「おいユング!酒だ!酒を出せ!……はようせいっ!!」
「か、閣下……どうなさったのですかっ!?」
ものすごい脂汗をかく主に、大臣の秘書であるユング・シャービンと言う女性は水を差しだす。
「この!酒と言っておろうがっ!!」
渡されたコップを投げつける大臣、コップはユングの真横を過ぎて壁にぶつかり、粉々になった。この国では貴重な綺麗な水も、床に散っている。
「ひぃっ!……お、お言葉ですが、閣下には今日の公務がまだ残っておられます……これから、第一王女セルエリス様にお会いする必要もございますので……何卒お控えを……」
「なんだとっ!それを早く言わんかっ……ちぃっ、それでは酒は駄目だな。仕方がない」
「は、はい……」
このユングと言う秘書はかなりの有能だった。
聖王国大臣、ジュアン・ジョン・デフィエルがに上り詰めたのも、このユングがいたからだと言われている。
眼鏡を掛けた美人で、後ろにまとめられた銀色の髪が垂れる項からは、大人の色気が醸し出されている、が。
大臣にこき使われるその姿は、どう見ても召使いだ。
今も割れたコップを片付けながら、大臣の気を伺いつつ作業をしていて、とても気が小さい事が分かる。
「おい、ユング!」
「――は、はいっ!!」
呼ばれた途端、ユングはシャキッと立ち上がるが。
その拍子に待っていたコップの破片を落としてしまった。
「ああっ!すみませんっ……」
「早くしろっ!鈍間め……まったく。ちと小便をしてくる……それまでに片付けておけよ!」
「……はい。……。……」
黙々と片付け、破片が完全になくなった床を、箒で掃き続けるユング。
すると微かに、けれども確実にユングの耳に聞こえる、小さな声。
『――なあユング……お前いいのかこれで?……任務とは言えだ、あのおっさんはお前をいいように使っているだけだぜぇ?復讐したくならないのか?』
突然聞こえる不思議な声に、ユングは箒を掃き続けながら、小声で答えた。
「そんなこと知っているわ……貴方こそ、国に帰ったのではないの?……前回の接触からもう十日以上なかったのに……いきなりどういう風の吹き回しかしら?」
ユングは声に対して、長年の付き合いがあるような無遠慮な返事をした。
『へっ。俺らにもいろいろあるんだよ……つーかお前もそろそろ帰って来いよ。エリウス……じゃねぇ、皇女殿下も待ってるぜ?』
「……殿下が?……でもダメよ。私は国の命でここにいるのだから……今ここで私がいなくなったら、何年もかけて築いた作戦が台無しでしょう?」
『……あっそーかい。お国に従ってなんになるっつーんだか。ま、いいけどな……お前がいいなら……このドマゾめ』
「……ふっ。ありがとう、最高の誉め言葉よ……♪」
そう言い返すと、耳元のイヤリングからの通信は途切れた。
それと同じくして、大臣が用を足し戻ってくる、と。
「ぬ?――ユング!まぁだやっているのか、この愚鈍め!!」
「――ひぃ!も、申し訳ございません、閣下ぁ!!」
(うふふ。もっとヤジりなさい……狸さん)
【魔導帝国レダニエス】諜報部隊所属、ユング・シャ-ビン。
彼女は皇帝陛下の命を受け、こうして聖王国に潜入していた。
しかし、本来の所属は皇女エリウスの部下であり、先程聞こえた粗暴な声の主とも親友の様なものだ。
ユングはもう、聖王国に入って5年になる。
長い時間をかけて、この狸の様な男を大臣と言う地位までのし上げた、影の実力者。
ユングは含み笑いを浮かべながら、第一王女のもとへ向かう大臣に、いそいそとついていくのであった。
◇
「さてと。ノエルディア・ハルオエンデ、何か言いたいことは?」
「……」
豪華な寝台にて足を組むローマリアに対して、ノエルディアは床に座らされ、沈痛な面持ちで、王女の後ろにいるオーデインを睨んでいた。
「いやいや、私を睨んでもどうにもならないよ、ノエル?」
「……別に睨んでませんけど」
【聖騎士」ノエルディア・ハルオエンデ。のはずだが、彼女はメイド服を着ている、着させられている。
「睨んでるじゃない」
「睨んでるねぇ」
王女にも上司にも言われて、ノエルディアは声を漏らす。
「――くっ!」
「さぁノエルディア?言い訳があるのなら、少しだけなら聞いてあげるわよ……?」
「わ、私は……その、特に何も」
「ノエル。もう無理だよ……諦める事だね」
王女から目を逸らすノエルディアに、上司オーデインがトドメを刺した。
「――す、すみませんでしたぁぁぁっ!」
「はいはい。分かっているから事情を説明しなさい……悪くはしないから」
「じ、実はですね……」
あの日、ロヴァルト兄妹が王城に来た日。ノエルディアは式が終わった後、【聖騎士】の詰め所にいた。
数人の騎士達(聖騎士ではない)に囲まれて、もう直ぐ後輩になる二人の兄妹の話をしていたのだが。
一人の騎士が、所属の違う騎士に呼ばれて詰め所を後にした。
何故かそれが何度か続き。
最終的に残されたのは、ノエルディアともう一人、クルストル・サザンベールと言う【聖騎士】だ。
その人物は、【聖騎士団長】だった。
団長と二人きりと言う気まず過ぎる状況に、緊張もピークだったノエルディアは、団長が詰め所を後にした後、思いっきり居眠りをしたのだという。
その日の管理者はノエルディアだった。
誰もいなくなった後、ノエルディアは管理机に座り、部屋の鍵や、それこそ王家の印が入れられたケースを背に睡魔と戦っていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていた。
そして気付いた時には、後ろにあったはずのケースからローマリアの印がなくなっていた。と言うわけだった。
しかし、それに気づき、必死に探し回っていたノエルディアだったが、諦め掛けて詰め所に戻ったら、ケースは元通りに置かれ、中の鍵や印も元通り。
酒に酔って錯覚したと自分で決めつけて、それを報告しなかった。という事だ。
「まぁ……団長と二人きりは嫌ですね」
「……オーデイン~?」
「いえ、何でもありません」
「と、言うわけでありまして……王女殿下っ……重ね重ね、申し訳ございませんでしたっ!!」
ノエルディアの謝罪に、ローマリアは頭を抱える。
(この子がドジなのは今に始まったことじゃないし……管理不足と言われれば言い返しようがない。でも、誰が印を持ち出したの?話を聞く限り、ノエルディアが印を探していたのはたったの数刻(数分)……それだけの時間で、元に戻してあるなんて)
考えるまでもなく、大臣が出来る事ではなかった。
(自惚れるわけじゃないけど……ノエルディアは勘の鋭い子よ?そんな子の隙を盗んで、印だけを取り出す?)
ローマリアは、寝台のカーテンをシャッシャッシャッ!と何度も行き来させて、考えを巡らせる。
「あわわ……ローマリアさま、怒ってますよね……?」
「それはそうだろうねっ」
思考を巡らせる王女に、ノエルディアは顔を青くさせる。
(戦闘能力を評価して【聖騎士】にしたんだもの……それ以外は目を瞑るって……最初に言ってるけど、お咎め無しにするのも……ああもう、泣きそうな顔して)
ローマリアは諦めた。
「ふぅ」と息を吐くと。
「――【聖騎士】オーデイン・ルクストバー」
「……はっ!」
打って変わって凛とした声に、オーデインは胸に手を当て敬礼する。
勿論ノエルディア慌てて続く。
「仕方がないわ……エミリア、いえ、ロヴァルト兄妹を呼び出しなさい。夕刻までに来てもらってちょうだい……事情を説明するから」
「了解しました。ノエルはどうしますか?」
自分の名前が出て、ビクッとするノエルディア。
「連れて行って。その子にも説明させなさい。勿論貴方がフォローしなさいよ?」
「了解です」
「り、了解しました!」
二人は敬礼をし直して、そのままローマリアの寝室を後にする。
誰かに邪魔されない様にと、ノエルディアの事情聴取をローマリアの寝室にしたのは正解だった。
足をおおっぴろげて、ローマリアは寝台に寝転がる。
こんな所は部下に見せられない。
「……エミリアになんて言おうかしら……」
ローマリアは、これからの事を考えて憂鬱になるのであった。
◇
夕刻。エミリアとアルベールは、急に来た王城からの迎えに応じて、急ぎ支度をしていた。
頑なに部屋から出なかったエミリアも、王女の迎えと言われれば、行かないわけにはいかない。
近い未来の仕える主だ、断ることなどしたくはない。というか出来ない。
「何だか、お嬢様をお見掛けするのが久しぶりな気がしますぅ!」
支度を手伝うナスタージャが、嬉しそうに言う。
どこか仕草も気合が入っている様に伺えた。
「……大げさよ。それよりも、使者の方は?」
「【聖騎士】ルクストバー様と、同じく【聖騎士】ハルオエンデ様ですぅ」
オーデイン・ルクストバーと、ノエルディア・ハルオエンデ。
エミリアの直属の上司になる【聖騎士】。
この二人が直々に迎えに来ているという事は、話は決まっている。
「……結婚の事……でしょうね」
「お嬢様ぁ?」
「なんでもないわ……行きましょう、兄さんも行くのでしょう?」
「はい、アルベール様は既に準備を終えています」
支度を手伝っていたフィルウェインが答える。
「ありがと。フィルウェイン……それにケイトも」
「えっ!私ですか~!?とんでもないですよ~」
暇を持て余していたケイト・フルンテも、エミリアの支度を手伝っていた。
というか、ほぼフィルウェインとケイトで支度をした。
「よし!行ってやる……」
気合を入れるエミリアだが、王城で待つのは王女だけではなかった。
狸ことジュアン・ジョン・デフィエル大臣が、ある作戦を撒いていたのだ。
――そう。そんな気迫を見せるエミリアを待つ、大臣が撒いた作戦とは。
婚約者、セイドリック・シュダイハとの対面であった。




