80話【二日目~福音のマリスside~】
◇二日目~福音のマリスside~◇
翌日、宿屋【福音のマリス】・管理人室(エドガーの部屋)。
淡い光が部屋中を纏い、赤いオーラが四人を包む。
現在、エドガーを完全に回復させる為に、ローザがサクラとサクヤの魔力をエドガーに譲渡させている最中だ。
時間は昼、本来早朝から行うはずだったこの譲渡は、サクヤの申し出で、昼からにされた。
誰が文句を言うわけでもなく、事が済むのを見守っているが。
「……」
サクラは、ローザにぴったりとくっつくサクヤを見ていた。
まるで病気になった親を子供が心配するかのように、ぴったりとくっついている。
「あんたはコバンザメなの……?」
見た目の話ではあるが、サクヤは頭に疑問符を浮かべてサクラに言い返す。
「……違う」
自信のなさが言葉に出ていた。
「完っ全に分かんないまま答えたでしょ……」
「そ、そんな事はない……ぞ。鮫であろう?」
「噓くさっ……」
サクラの中での問題はそこでは無いが、誤魔化しが効いたと思わせるためにツッコむ。
(どうにも昨日の夜から【忍者】の様子がおかしいのよね……ま、あたしも倒れてるし、言いにくいけど)
昨夜、幸いなことに、サクラは倒れてから数刻(数分)で目が覚めた。
そんなサクラにジト目で視線を受けていることに気づいたサクヤは、動きをぎこちなくしたまま部屋を出ようとする。
「主殿。回復が順調な様で何よりです……あっ、急用を思い出したので失礼いたします。ローザ殿、少し手伝ってもらってよろしいかな……?」
「……?手伝うんだったらあたしが――」
「ああっいや……サクラはいいのだ!サクラは主殿についていてくれ……ほらローザ殿、行くぞっ!?」
「……」
(……へたくそ)
うんざりとしたローザの手を引っ張って、サクヤは出ていった。
「怪しすぎでしょ……ってか、へたくそかっ!」
明らかに何かを隠しているサクヤ。
人の機微に敏感なサクラが気付かないわけはなく、サクラは鞄から小さな機械を取り出すと、操作をし始める。
「……何だい?それ……」
昨日よりも更に動けるようになったエドガーも気になったのか、サクラが操作するソレを覗き込む。
「――盗聴器……だよ」
ニヤリと悪い顔をして、サクラは笑ったのだった。
◇
エドガーの部屋から出たサクヤとローザ。
ローザは色々とツッコみたかったが、実は既に疲労困憊状態であった。
「……下っっ手くそね……演技」
ズルズルと崩れ落ちて、廊下で倒れ込む。
何とか二階までは我慢したが、眩暈がひどかった。
今サクラが追って来たら、体調不良を隠しているのがバレてしまうが、それを考えられないほどの疲労らしい。
「し、仕方ないであろう……わたしは演者ではないのだからっ」
サクヤは昨日のように肩を貸し、ローザを部屋まで移動させる。
「やはり駄目なようだな……魔力の譲渡とは、そんなに辛いものなのか?」
「どうなのかしらね……私自身の魔力は、まだ残っているものと思っていたけれど。譲渡の為に《石》の魔力をエドガーに分けているし、貴女達の魔力も使わせてもらっているの……なのに、身体が言う事を聞かないのよね……」
「……わたしの魔力とサクラの魔力も……?」
「ええ、そうよ。昨日はサクラの魔力だけだったけれど……サクヤ、貴女の魔力も……サクラと全く同じだったわ」
「……!」
(それは、つまり……わたしとサクラは……やはり!)
色で例えればローザの魔力は勿論“赤”。
サクラは“白”でサクヤは“黒”だ。
色は違っても、その本質は同じだと言うのが、ローザが感じた結論だった。
しかし、その二人の魔力を操作すること自体が、ローザの魔力を多様に消費する原因にもなっていた。
「つまり……わたしと、あ奴は同じだと?」
「はっきりと言ってしまえば……そうね。だから余計に操作しにくかったわ……二度手間のようでね」
ローザを部屋のベッドに座らせて、サクヤはゆっくりと椅子に座る。
「しかし、ローザ殿はその様子で大丈夫なのか……?」
サクヤの不安は、何も自分の大根演技だけではなかった。
それはローザも理解しているようで、すぐにサクヤの心配ごとに答えてくれた。
「エドガーとサクラの二人に知られないようにする為に、貴女の力を借りているのでしょう……?下手だけれど」
「……それはそうなのだが……もう口に出さずともよい……」
「流石に傷付く」と、肩を落とすサクヤ。
しかし実際、サクラには絶対に怪しまれていた。
それだけは自信を持って言える。
「……平気よ」
「ローザ殿がそう言うのであれば、協力はするが……時間の問題だと思うぞ?」
エミリアの結婚、婚約式というタイムリミットがある以上、エドガーの魔力の回復は必然。
いずれは正直に言ってしまわなければならない。
でも、それは今ではない。ローザはそう考えて、エドガーにもサクラにも秘密にした。
結果倒れているところをサクヤに見られているのだが、想定内の範囲だった。
「エドガーの魔力も、もう直ぐ回復するわ……全快とまではいかなくても、ある程度動ければ十分でしょう……それまでは辛抱するわよ――だから、お願いね……【忍者】さん」
戦う相手が異端でないのなら、ローザは力を使わないで済む。
全力で戦わなくて済むというだけで、剣技と知恵でどうにかなるはずだ、と考えている。
それに、契約の効果で身体能力を向上させたエドガーでも、人間相手なら渡り合えるはずだ。
「……承知した。わたしも努力しよう……では、わたしも少し休む」
「ええ……助かったわ」
ローザは苦笑いを浮かべながらも、サクヤに有無を言わせなかった。
そして話を終えると、サクヤは部屋を出て自室に向かった。
◇
耳につけたイヤホンから、扉を閉める音がぱたんと聞こえる。
サクラはその音を聞いた後、耳からイヤホンを外して一言。
「……あ、あれ~。何も聞こえないな~……あはは」
演じることが得意なはずの少女の口から、酷い棒読みのセリフがでた。
「そっか……でも気になるね。サクヤは、ローザの指示で動いてくれているんだろうけど……何をしてるのかな?」
エドガーは、ようやく動けるようになってきた身体をベッドの上でストレッチさせながらサクラに聞くが。
「……さ、さぁ。でも、大丈夫って本人も言ってたし、エド君は魔力の回復に専念してね?」
先程、魔力を譲渡させる行為の前に、エドガーはサクヤとローザに昨日のことを聞いていた。
が、サクヤもローザも、何をしていたかは言わなかった。
ただ回復に専念しろと、今のサクラのようなことしか答えなかったのだ。
「うん。そうさせてもらうよ」
「……それはよかった……あは、あはは……」
(ヤバい……大変な事を聞いてしまった!こんなことなら、【忍者】に盗聴器なんて持たせるんじゃなかった!)
サクラは昨日の夜、サクヤにお守りと称して盗聴器を持たせていた。
最新式の超小型盗聴器を、お守りの中に忍ばせて。
それが早速役に立つと思ったのだが、まさかローザがそんなことになっているとは思わず、軽い気持ちで盗聴器を渡したことを猛烈に後悔する。
(なに?……ローザさんって具合悪くなるの!?無敵超人かなんかじゃないの!?……あたしの魔力、【忍者】と同じ!?存在も?……ああもうっ!全然わかんないよ!異世界って何なのよっ!?)
手にしたイヤホンをギューっと握りしめて、サクラは悪循環に陥る。
「……サクラ?」
「……あっ。ごめんエド君、何かな?」
(とにかく、エド君には知られない様にしないと……エド君の事だ、ローザさんが不調になってるなんて知ったら、絶対に魔力の譲渡なんてしないって言うもん)
「いや……それ、僕もつけてみたいなぁ……って」
エドガーは、サクラが手に持つイヤホンを指し、キラキラした目で異世界の文明に興味を示す。
「え、これ?……だ、ダメダメ、これは一人用なんだよ……?」
(うわぁぁぁ、下手くそな言い訳ぇぇ!)
地球で述べても絶対に通用しない言い訳だが、幸いにもここは異世界であった。
「そっか……残念」
シュンッと、分かりやすく落ち込むエドガーに、申し訳なくなるも、ローザとサクヤが隠そうとしている事に、自分も乗るしかないと決意した。
◇
昼が過ぎた。夕刻に差し掛かろうとした時間、【福音のマリス】に来客が居た。
大量の野菜を持って訪れたのは、メイリン・サザーシャークだ。
宿屋【福音のマリス】の唯一の従業員で、ここ数日は休んでいたのだが、農家を営む実家の両親に頼んで、多めに卸す事になった野菜を【福音のマリス】に持ってきたのだったが。
「……大丈夫?サクラさん……」
ロビーで、思いっきり突っ伏してくたばるサクラに声をかけて。
「――わっ!メイリンさん!?」
突然の訪問者に、心から驚くサクラ。
それもそのはず、サクラがメイリンと会うのは、【大骨蜥蜴】との戦いの前だ。
あの日、体調不良を起こしたメイリンは、ローザに介抱されていたが。
エドガー達が貴族街に向かわねばならないため、両親に迎えに来てもらって、馬車で実家に帰っていた。
その時以来に会うので、本当に驚いていた。
「な、何だかお久しぶりです……メイリンさん。お身体はもういいんですか?」
「うん。ありがとうサクラさん。もうだいぶ元気よ……所で、エドガー君はいるのかな?お野菜を持って来たんだけど……」
と、メイリンは視線を外に向ける。
外では馬車が待機しており、馬を引く御者は父が務めてくれていた。
荷台にはかなりの量の野菜が積まれており、住人が増えた【福音のマリス】には大助かりだ。
「あ~っと……いるにはいますけど……多分寝てますよ?」
「こんな時間に?……珍しいね」
(あっ。やばかった……かな?)
何気なしに言った一言だが、メイリンには違和感だったのだろう。
昔からエドガーを知っているメイリンにとっては、変に思われてしまうだろう事をサクラは分からなかったので、雰囲気で察した。
「よ、呼んできます……か?」
「出来ればそうしてもらえるかな?……私が行ってもいいけど、パ――お父さんがいるから」
「……分かりました。少し待ってもらえますか?」
(メイリンさん、パパママ呼びなんだ……)
どうでもよいところでメイリンの情報をゲットしたサクラは、エドガーを呼びに管理人室へと向かった。
本来ならばメイリンが自分で呼びに行けばいいのだろうが、そこは父親が同伴している手前、遠慮したのだろう。
◇
エドガーは完全に寝ている。そんな先入観が、サクラに間違いの扉を開けさせてしまう。
「エド君入るね、メイリンさ……ん、が――えっ!?」
「――うわっ!?」
サクラは、エドガーが絶対に寝ていると勝手に判断して、ノックもせず(ご丁寧に声だけは掛けて)に扉を開けてしまった。
「「……」」
一瞬だが、時が止まった。
数日間身体を動かせずにベッドに拘束(動けなかっただけ)されていたエドガーは、文字通り不快感にまとわりつかれて汗を掻いていた。
何度か背中などは拭いてもらったが、絶対に女の子にさせてはならない場所だけはどうしようもなく諦めていた。
だが、少しでも身体が動くのなら話は変わる。不快感から脱するべく、エドガーは患部を濡れタオルで拭いていたのだ。
が。悲しいかな、思春期真っ盛りの少女サクラの発想は、残念ながら違っていた。
「……ご、ごごごっ!――ごめーーーん!!」
サクラは、エドガーが一人でいたしていると勘違いして、顔を真っ赤にさせて走り去っていく。
どこぞの【忍者】も驚くであろうスピードだった。
「――ちっ、ちがっ!!……うのに……」
誤解の範疇とはいえ、下半身を見られたのは事実だ。
エドガーは、もうそれはガックリと肩を落とすしか無かった。
――ドドドドドドドドド!!
「……えっ?」
猛烈な勢いで戻ってきたサクラに、メイリンは驚く。
「ど、どうしたのっ!?サクラさん……顔を真っ赤にして」
「エ、エド君は寝ていましたっ!もう綺麗に寝ていましたっ!あたしが品出しチェックしますから、商品リストを見せてください!……あと何も聞かないでくださいお願いしますっ!!」
「……う、うん。サクラさんがいいならそれでいいけど……じゃあ、お願いするね……?ここにサインをお願いします……エドガー君の名前でいいから」
メイリンのもとについた早々、頭を抱え、超早口で物言うサクラ。
もうメイリンは引くしかなく、野菜のリストが書かれた羊皮紙を渡す。
「はい……確かに」
サクラは俯いたまま野菜のリストを確認して、鞄から出したボールペンでサインをする。
カタカナ表記でエドガー・レオマリスと書いたが、どうやらメイリンにはこの世界の文字に見えているらしい。
もしくは、サクラにはカタカナに見えているだけかもしれないが。
「うん。大丈夫ね……じゃあ、わたしは行くけど……だ、大丈夫?」
「大丈夫です……すぐ慣れるので」
「……?」
「いえ……何でもないです、ハハッ……」
乾いた笑いを浮かべ、サクラはメイリンを送り出した。
帰り際に「明日からまた仕事をしに来るから、それを含めてもよろしくね?」と言われてしまい、またエドガーの部屋に行かねばならぬと言う気まずい任務を受けてしまったサクラ。
そんな憂鬱なサクラに。
<……サクラ、聞こえるかな……?その、さっきのは誤解だから、身体を拭いていただけだから……その、勘違いしないで欲しいんだけど……>
「エ、エド君……」
エドガーからの久しぶりの【心通話】に、色々な意味でドキリと胸を鳴らす。
力が使えるまでは、魔力が回復したらしい。
<……だ、だだ、大丈夫だよ……分かってるから>
どういう意味で分かっているのだろうか。
<そっか……良かった。それで……あのさ、その……何か用だったのかなって>
<あ、うん……メイリンさんが来てたんだよ、お野菜持って来てくれたの……>
ボールペンをクルクル回しながら、無心で心の会話をするサクラ。
そう、サクラは分かっている。
――こんな時、男の子は皆同じ事を言うのだと。
<そっか……ありがとう、対応してくれて>
<うん、じゃ……>
そう言って【心通話】を切った。
「……分かってるよ、エド君……あたしが大人になるから、内緒にしておくから」
エドガーの誤解は解けないまま、サクラの心にエドガーの下半身が記憶されてしまったのだった。




