73話【今後の方針】
◇今後の方針◇
翌日の【福音のマリス】に戻り、メイド達の話は終わった。
しかし。
「――で?如何すればエミリアが結婚になるのよ?」
エドガーの様子を見に行ったローザは、彼がつぶれていることを確認して食堂に戻り、黙ってフィルウェインとナスタージャの話を聞いていたが、痺れを切らしてツッコむ。
現状の内容では、ロヴァルト兄妹揃ってのおめでたい【聖騎士】昇格の話になっている。
「こ、これからなんですぅ!」
「すみません。私はその場にいなかったので、このナスタージャが見聞きしたことしか分からないのですが」
フィルウェインがローザに謝る。
「だってフィルウェインさん!お嬢様が結婚ですよっ!大切な話なんですから、前後をはっきりさせた方がいいでしょう!?」
「――わ、分かったから落ち着きなさい。はしたないでしょう……」
テーブルに片膝をついて、身を乗り出し力説するナスタージャに、珍しくフィルウェインが折れた。
「それで、その後に何があったのだ?」
ローザの隣に座るサクヤが、身を乗り出すナスタージャを押し返して聞く。
「はい。結婚のお話は、お嬢様方がお帰りになったあと、持ち帰ったお手紙に書かれていたのです」
「――手紙?」
フィルウェインがコクリと頷き、その手紙の写しを出す。
「これです」
「これを見て、エド君が必死になったんだよ」
一度話を聞いていたサクラが、手紙を見て言う。
「失礼」
ローザは一言声を掛けて手紙を読み始める。
ローザは異世界人だが、不思議とこの世界の文字が読める。
それはサクラやサクヤも同じであり、“謎の異世界バフ”がかかっていて、勝手に変換されているのだ。
因みにローザにはローザの世界の文字、サクラとサクヤには日本語の文字に読める。
「さて、【聖騎士】昇格、改めておめでとう。これからお二人ご兄妹には、ロヴァルト家の分家の貴族として独り立ちしてもらいたく存じる。兄アルベール殿は、ロヴァルト男爵として、妹エミリア殿は、シュダイハ子爵家の長子、セイドリック・シュダイハ殿の元に籍を入れて頂きたい」
「……」
「なるほど」
サクラは苦虫を嚙み潰したような顔をして、俯き。
サクヤは何かに納得するふりをする。つまりはよく分かっていない。
「まだ続きがあるわ……婚姻式の日付だが、【火の月33日】とする……今は何日?」
「今日は【火の月26日】……です」
(えっと……日本でいえば、4月26日……かな)
サクラは充電がギリギリの【スマホ】で確認する。
この世界の日付は少し変わっており、月間が四度しかない。
土、火、水、風に分けられ、各月91日(風の月のみ92日)で月が替わる。
日本で言えば1~3月が土。4~6月が火。7~9月が水。10~12月が風となる。
今は【火の月26日】だ。多少前後はあるが、一年が365日なのは日本と同じでサクラには分かりやすい。
(そっか……あたしがここに来て、まだ15日くらいしか経ってないんだ)
「後7日か……で、どうしたいの?貴方達メイドは、エミリアの結婚が反対なのは伝わったけれど……それをしたらエミリアの、延いては伯爵の立場がなくなるのは……わかっているでのしょう?」
サクラが一人考えていると、ローザがメイド二人に話を進める。
ローザが言うのは、王家が決めた事案に首を突っ込んで、それを破綻させた場合の事だ。
「……はい」
「……はいぃ」
「それを承知でエドガーを頼ったというならば……よっぽどの相手なのでしょうね……この男は」
手紙に書いてある名前を指でトントン叩き、貴族の俗世に詳しいローザは、一人納得する。
貴族の結婚はややこしいものがあるのは、どうやら異世界だろうが自分の世界だろうが変わらないらしい。
ローザは嫌そうに椅子に背を預ける。
「その通りです。旦那様も奥方様も、この手紙を読んで卒倒してしまって……アルベール様ですら、ショックを受けているご様子でして……」
「――エミリアは……?」
フィルウェインが手紙をローザから受け取る。
少しだけ力を込めて、クシャリと手紙が音を鳴らした。
「……口では平気……とおっしゃいますが、その日の夜はお部屋から出てまいりませんでした」
「はぃぃ……私も入れませんでした。多分お嬢様は泣いていたんですぅ……」
エミリアの専属メイドであるナスタージャも、部屋に入れなかったと言う。
「でもおかしくないですか?」
「何がだ?」
サクラが疑問を呈し、サクヤが聞き返す。
「だって【聖騎士】に昇格させたばかりの新人でしょ?正確にはまだなってもいないのに……いきなり結婚っておかしいでしょ?――それに、エミリアちゃんを気に入ってる様子なんだし、王女様もそんなこと言うかなぁ……?」
「しかし、手紙の差出人は、ローマリア王女殿下ですし、王家の印もあります……」
フィルウェインはサクラの意見は違うと思っているらしいが、サクラは。
「そんな物どうとでもなりますよ。《魔法》や“魔道具”なんて物があるんですから」
サクラは基本的に、まだこの世界自体を信用していない。
ましてや隠れオタクで、マンガや小説を親に隠れて読んでいたくらいだ。
貴族の柵や企みの作品もたくさん読んで来た為か、根本的に貴族は好きではない。
「王女様が怪しいとは思えません。きっと誰かが、何か企んでるはずですっ!」
根拠は全くない。
ただ、「異世界と言えば」と言う先入観と猜疑心が、サクラをトリップさせている。
「サクラ……落ち着きなさい。あと王女を怪しいとか言ってはダメよ」
ローザはサクラを宥めつつ、内心は同じことを感じていた。
ローザも元は異世界の王女だ。サクラの言葉には耳が痛い部分も多々あるので、決して強くは言わないでおいた。
「でも、ローザさん……」
サクラも、ローザの言いたいことを理解してか、それ以上の推測を述べることはしなかったが、腑に落ちないという顔をして椅子に座りなおす。
「取り敢えずエミリアの件は、エドガー次第よ。それは分かっているでしょう?」
「はい。承知しております」
フィルウェインは頷く。
「もしもその王女……が、エミリアを結婚させたいとして、正直言ってメリットはないと私も思う。むしろデメリットの方が多そうだわ」
ナスタージャやフィルウェインから聞いた話から推測すれば、王女にとってエミリアは自由に使える自分の駒の一つになるはずだ。
エミリアの【聖騎士】昇格が正式発表されれば、貴族達は小躍りして喜ぶだろう。
十代の若い【聖騎士】であり。それも、王女を救出したと言う快挙を成し遂げた事で、エミリアの株も爆上がりするはずだ。
これから多大な注目も浴びることにもなるだろう。そんなエミリアに、わざわざ王女が結婚と言う枷をつけるとは思えない。
「サクラの言う通り、裏はありそうだけれど……」
「――でしょ~!?」
ローザが乗っかってくれたことで、サクラは生き生きしだす。
「でも確証はない。私たちが見聞きして判断できるのなら、直ぐにでも駆けつけてあげたいけれど……現状把握も大事なのよ。分かるでしょう?」
「……つまり……協力しては頂けない……と?」
フィルウェインはローザを値踏みするように、目を細めて視線を交わす。
「そうね。現状は無理――でも、エドガーは助けるつもりでいるのだろうから、問題は時間と……」
「お嬢様の、意思……ですね」
「「……」」
各々で頷き合い、今後の方針は決まりかけたのだが。
「……くぅ……くぅ」
会話が止まり、静かになった部屋に、一人の人物の寝息が広がり、サクラはゾッとした。
「……こ、こいつ。静かだと思ったら……なんでこんな時に寝れんのよ……」
サクラは怒りと呆れで震えながら、学生鞄からハリセンを取り出して、その人物の頭を思いっ切り叩く。
「起きろぉぉぉっ!馬鹿【忍者】ぁぁぁぁっ!!」
「―――んぶぅっ!ぬっ!?――あ。あぁぁぁぁ~っ」
いつもより大きめのハリセンは、寝ていたサクヤの額にクリーンヒットし、サクヤは椅子のままのけ反って、そのまま後ろに倒れていった。




