72話【昨夜の出来事~王女との謁見~】
◇昨夜の出来事~王女との謁見~◇
ゴゴゴゴゴ―――と、重い扉が開き。
エミリアとアルベールの二人は、軽謁見の間に入った。
おずおずと前進して中央まで来ると跪いて待機する。
視線の先には豪勢な椅子が一つだけあり、部屋中に敷かれた赤い絨毯の上には数人の騎士いるが。どうやら【聖騎士】はオーデインとノエルディアだけのようだった。
それでも、エミリアは緊張を隠せず足を笑わせる。
(あぁ……!足がっ!……震えるっ!!)
自分の太股をギュウッと抓り、緊張を痛みで誤魔化す。
そんなエミリアの様子を見てか、ノエルディアがクスクスと笑っているが、隣りのオーデインに小突かれて静まった。
(あの人……私と同じくらいの年齢のはずだけど、騎士学校の先輩じゃないし……どこから来た人なんだろう……)
【聖騎士】に所属しているという事は、騎士学校の卒業生。もしくは何か快挙を成し遂げたかだ。
【聖騎士】の新任は、アルベールのように下町にも発表される。
エミリアもアルベールもが、ノエルディアについて一切知らなかったことを考えると、【聖騎士】の仕組みはまだまだ知らないことだらけなのかもしれない。
ちなみにアルベールの前である前々年度の卒業生からは、一名が【聖騎士】に昇格している。
つまる所、ノエルディア・ハルオエンデは、英雄的快挙を成し遂げた実力者だと言う事になる。
先ほどの失言からは感じられないが、相当実力はあるのだろう。
「おいエミリア、顔伏せろ……王女殿下が来るぞ」
「――うぁ。も、もう!?」
と、エミリアは急いで顔を伏せ待機する。
「ローマリア・ファズ・リフベイン第三王女殿下の、ご入場~」
(……やばい……頭真っ白だ。さっきの話もそうだけど、なんで王女殿下が私を……?)
カツカツと鳴るヒールの音に合わせて、エミリアの心臓も鼓動する。
やがて音が鳴りやむと、静かになった謁見場に、気高くも可愛らしい声が響く。
「面を上げてください、エミリア・ロヴァルト、アルベール・ロヴァルト両名」
「は、はいっ――っ!!」
「はっ!」
エミリアとアルベールは同時に顔を上げて、王女が座る豪勢な椅子に目をやる。
そこに座っていたのは、椅子から足を浮かせた背の小さな少女。
完全にエミリアよりも低く、まるで子供。
王女だから子供だろうと言われればその通りなのだが、第三王女ローマリアは、今年で十六のはずだ。
エミリアの一つ下とはいえ、それでも可哀そうなくらい低かった。
王家の証である桃色の髪を肩口でふんわりとさせ、内に巻かれた髪はシュートボブに近い。
だが流石は王女、佇まいは気高く、凛とした表情は十分に大人っぽい。
きっとサクラが言えば「大人ぶった小学生」と言うはずだ。
「この間は助かりました。エミリア・ロヴァルト、礼を言います。ほら、あなたたちも礼を言いなさい。「ローマリア殿下をお助けいただき、ありがとうございます」って」
「「「「ローマリア殿下をお助けいただき、ありがとうございます!!」」」」
ローマリアの合図で、その場にいた兵士達は口を揃えて感謝を告げた。
オーデインとノエルディアの【聖騎士】二人は黙って見ていたが。
「で、殿下……もったいないお言葉です。おいエミリア、お前もなんか言えっ」
「……あ、あの時の――女の子っ!?」
何を言うかとエミリアは、王女を女の子と呼び、驚いて目をパチクリさせていた。
「――な!馬鹿っ!エミリアっ!!」
「構いませんよ……あの時礼を欠いたのは私です。そのくらいの失言は許しましょう」
エミリアの頭を押さえつけようとしたアルベールだったが、王女の許しが出たことで王女に向かって頭を下げる。
「妹の失言、許していただき感謝いたします。殿下……ほらエミリアっ!」
「あ……も、申し訳ありませんでした!!」
「ええ、許しましょう――では、本題に入りますが……そうね、あなた達は帰っていいわよ。オーデインとノエルディアは残って」
高圧的な態度で兵を退室させるローマリア。
兵達はそれに律儀に従い、一人一人礼をしながら部屋を出ていく。
その光景は少し気味の悪いものだと、エミリアは思ってしまった。
「ふぅ。疲れた……でも、オーデインが探してくれたおかげで、貴女に会えたわ……本当に良かった。驚いたでしょう?」
ローマリアは、兵がいなくなったことを確認すると、椅子から降りてエミリアとアルベールの場所まで歩み出る。
王族としてはやってはいけない行為のはずだが、オーデインもノエルディアも、止める気配すらない。
「で、殿下っ!?何を!」
当然ロヴァルト兄妹は驚く。
何とも自由な王女の行動に、先ほどから冷や冷やさせられてばかりだ。
「いいからいいからっ……楽にして。堅苦しいのは好きじゃないのよね、私。オーデインが形式だけでもって言うから、仕方なく謁見という形にしたけど、本当は極秘に会いたかったのよね。大臣もうるさいし」
うるさい大臣とは、かつて【鑑定師】マークス・オルゴが愚痴っていた、ジュアン・ジョン・デフィエル大臣の事だ。
「……え、ええっ!?」
ローマリアは二人の場所まで来ると、膝をついて座り込もうとする。
だがこれにはオーデインも。
「殿下……それは流石に許容できません。ノエル、椅子をここに」
「はい。副団長」
先読みしたかの如く、ノエルディアは直ぐに椅子をローマリアの元に持ってくる。
「ありがとう、ノエルディア」
「いえ……」
呆気にとられるエミリア。
何とか冷静でいようと心がけていたアルベールも、どうやら限界なようだ。
頭痛がするのか指でこめかみを抑えていた。
「どうかした?」
「殿下が変なことばかり言うからですよ」
「あら失敬ね。私は縛られるのが嫌いなの、だからあの日だって、収監所で何があったか知りたくて、外に出たのだもの」
「……王女殿下に脱走癖が……あっ!も、申し訳ありません!」
「あははっ!気にしなくてもいいよエミリア嬢。本当のことだから、だから私達も大変なのさ」
本人が言うのなら気にしないが、部下であるはずのオーデインに言われても。
エミリアは愛想笑いで誤魔化して場を凌ぐ。
「それよりも、ローマリア王女殿下……どういう経緯で妹のエミリアが、殿下をお助けしたのでしょうか……?」
「……ふぅん。まぁそうよね、気になるわよね。どうやら妹さんも、さっきまで私に気が付いていなかったようだし、簡単に説明するわね」
そうしてあの日、エミリアがローマリアを助けた時の経緯が説明された。
「……どう?理解した?」
「つ、つまり……城を抜け出して、他国の間者に命を狙われたところを妹、エミリアが助けて、恩義を感じたというか、実力を評価して【聖騎士】に任命する……と?」
物凄く重大な事をペラペラと話したローマリア。
他国の間者についても、王女の脱走癖についても、私的な【聖騎士】昇格についても。
どれも口外できないような内容だった。
それはつまり。
「そういう事……よ?」
(脅しも含まれてるのか……でも、エミリアが【聖騎士】……?これは快挙になるはずだ。口外できないにしても……俺と二人、兄妹で【聖騎士団】に所属すれば、かなりエドの為に動けるっ!!)
内心、まだ信じられない思いもある。だがエミリアが起こしたこの快挙は、エドガーの為になるはずだ。
これを断る理由は無い。それ以前に、脅しのようなものをかけられている状況でもあるが、もうそれはアルベールにもエミリアにも関係ない。
これは、絶好のチャンスなのだから。
「……エミリア、やるよな」
「え……でも、騎学もあるし……いいのかな?」
「あら。騎士学校なら通えばいいわ。【聖騎士】が学校に通えば話題にもなるし」
「確かに話題にはなりますね。ローマリア殿下の護衛騎士が、騎士学校の現役生徒だったら」
「……は!?ご、護衛騎士!?」
まだ聞いていない情報を、ノエルディアの口から聞いてしまい、エミリアはつい大きな反応をしてしまう。
「――あっ!私、また……」
「オーデイン……。この子はおバカなの?」
ノエルディアの二度目の失言(一回目はローマリアは知らない)に、ローマリアは呆れてため息を吐く。
「申し訳ありません殿下……バカなんです。【聖騎士】でも」
オーデインも呆れながら部下の失言を謝罪する。
「ももも、申し訳ありません殿下!何卒首だけはっ!!」
(なんか……誰かに似てる気が……)
エミリアは、忠誠心の塊である異世界人を思い出す。
「ま、いいわよ。馬鹿はまだ沢山いるし。どうせ話すんだしね、不問にしてあげるわ」
「あ、ありがとうございまぁす!!」
ぱぁぁっと笑顔になるノエルディア、しかし。
「ただし、バツとして貴女の正装は、そのメイド服だから!」
ドーン!と、ノエルディアを指差してドヤ顔を見舞うローマリア。
それを聞いたノエルディアは、顔面を蒼白させて。
「そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ぷ。っはははははは!!」
百面相のようにコロコロ変わるノエルディアの表情に、オーデインも爆笑する。
「……ね、ねぇ兄さん」
「……なんだよ。何も言うなよ……」
【聖騎士】に成れる事は、正直言って嬉しい。
だが、個性的すぎる王女の派閥に、果たして自分はついていけるのかと、活躍する姿が想像できないエミリア。
アルベールも、自分と妹が【聖騎士】として大成できるのか、兄妹揃って将来が不安になるロヴァルト兄妹だった。




