71話【昨夜の出来事~リフベイン城~】
◇昨夜の出来事~リフベイン城~◇
支度を開始して、正装に着替えている最中。
フィルウェインがエミリアの部屋を訪れ、夕方の対応を謝罪してきた。
本人も気にしていたのだろう。忙しいにしても不味い対応をしたと。
それでもエミリアは笑って「気にしてないよ」と答え、フィルウェインを安心させた。
――そして。
「終わりました、お嬢様」
「完成ですぅ……」
「ありがとう。フィルウェイン、ナスタージャも」
淡いイエローのドレスを着た伯爵令嬢が、そこには居た。
髪をアップにし、膝丈まであるスカートのスリットから覗く脚が艶めかしい。
太腿に巻かれたレースバンドが、より一層のセクシャルさを醸し出していた。
「なんか落ち着かないな~」
自分のドレスアップした恰好を、姿見で確認してソワソワするエミリア。
「とてもよくお似合いですよ……城では落ち着いてくださいね」
「う、うん。善処するよ……」
そんなやり取りをしていると、慌ただしく入ってくるアルベール。
ノックもせずにだ。
「おいっ、エミリア!迎えの馬車が来たぞ!急いで――」
「――!アルベール様、妹君とはいえ女性の部屋ですよ……ノックくらいしてください」
勢いよくドアを開けてエミリアを呼ぶが、フィルウェインに窘められるアルベール。
「す、すまんっ!……焦ってた。だが急いでくれ……相手が相手、だからな」
「……?」
兄の言葉に、疑問符を頭に浮かべることしか出来ないエミリアだった。
◇
ゴトゴトと揺れる馬車の中で、エミリアは自分の対面に座る人物をチラリと見ると、緊張感を上昇させた。
オーデイン・ルクストバー。
【聖騎士団の副団長】にして、第三王女・ローマリア・ファズ・リフベイン殿下の護衛騎士。
そして、エミリア宛に手紙を差し出した張本人だ。
「――そんなに気になるかな?」
不意に声をかけられて、エミリアはびくつきながら変な声を上げてしまう。
「へ、ひゃい!――あ……も、申し訳ありませんっ……!」
狭い馬車の中で平謝りする令嬢に、オーデインは軽快に笑いながら肩を揺らす。
「はっはっはっ……そう硬くならないでくれたまえ、エミリア嬢。大方、手紙の差出人本人が迎えに来るなんて思っていなかったのだろう?」
「う……はい、その通りです」
ガタンと揺れ、エミリアの結い上げたポニーテールがぴょこんと弾み、反省してますと言わんばかりにしな垂れる。
「私は殿下に命じられてね。君を驚かしに来たんだ。どうだい?驚いただろう?」
なんてことをする王女だろうか。
まだ若いにしても、オーデインは公爵閣下だ。
それを小間使いのようにして迎えに使うなど。
エミリアは開いた口が塞がらず、それを見たオーデインは更に笑って言う。
「はははっ。その調子じゃ、これからが大変だぞ?」
「……?――何がですか?」
「――さあね。それは殿下に聞くといい。殿下も、早く君に会いたがっていたから、快く答えてくださるはずだよ。まぁ、人前に出ない方だから、少しばかり驚くかもしれないけどね」
オーデインの含みを持たせた言葉に、エミリアは困惑を覚えるも、着実に近づく王城が自ら迫ってくるように感じられて、それ以上の会話は出来なかった。
そして、あっと言う間に【リフベイン城】へ入城を果たし。
馬車を降りた瞬間、城のメイドたちに囲まれた。
「……へ?」
エミリアが乗っていた馬車の後ろにいる馬車、その馬車の中から降りたアルベールとナスタージャも、この状況に驚き固まっていた。
「ル、ルクストバー公……これは一体」
ぽかんとするエミリアに代わり、何とか冷静を装ったアルベールがオーデインに問い質す。
「殿下のサプライズさ……子供っぽ――ではなく、物好きだからね。あの方は」
「……」
(程があるだろ……一体何人いるんだよ、これ……俺の時よりも多いぞ……!?)
メイドや執事、姫の親衛隊と見られる兵士達、数十じゃ利かない数の人数に、頭を抱えたくなるアルベール。
数日前に執り行われたアルベールの【聖騎士】昇格の式典。
確実にそれよりも規模が大きく、若干恨めしい。
(――お前、マジで何やったんだよっ!!)
少し離れた場所にいる妹エミリアを、マジで睨む。
視線を感じてか、エミリアはこちらを見るが、顔は真っ白で冷や汗を掻いていた。
どうやらエミリアも、相当テンパっているらしい。
(フィルウェインが居てくれれば……いや、あんま頼るのはよくないか)
元・王城勤務の騎士であるフィルウェインが居てくれれば心強かったのだが。
「すみませんアルベール様、城には行けません……」と断られてしまい、仕方なくナスタージャを連れてきていたのだが。
「――ふわわぁぁっ!」
と、エミリア以上にテンパっていて、とてもじゃないが頼りには出来なかった。
「エミリア……なんでナスタージャを選んだ……」
ロヴァルト邸内でのダメさ加減は、屋敷中に知れ渡っているナスタージャの仕事っぷり。
アルベールはそれを思い出してしまい、眉間に皺を寄せる。
「エミリア・ロヴァルト様、アルベール・ロヴァルト様……ようこそ【リフベイン城】へ、私メイド長のタリヤと申します。本日お二人のお世話をさせて頂きますので。よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる女性。二十、いや三十代だろうか、物腰が柔らかで如何にも真面目そうな雰囲気を醸し出している。
「あ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
エミリアは戸惑いながら、アルベールは緊張を表に出さないように。
必死に感情を抑えて返事をする。
「はい。ではこちらへどうぞ、ロヴァルト様」
タリヤは兄妹に向きながら、王城の入り口に手を差し出して移動を促す。
「参りましょうか、エミリア嬢」
オーデインも、エミリアを招く。
「……はい」
エミリアとアルベール、それにお付きであるナスタージャは、城の正門である南門から入城し、沢山のメイドや執事に囲まれながら部屋に通された。
「殿下のご準備が整い次第、迎えに参りますので。それまでごゆるりと。扉の前にはメイドを待機させておきますので、何かあれば彼女に」
オーデインは目配せで、背後にいるメイドに命じる。
深緑髪のメイドはコクリと頷き、「よろしくお願いします」と頭を下げて扉を閉める。
「……はぁぁぁぁ」
「……はぁ~~~」
部屋の扉が閉められ、兄妹とナスタージャだけになった瞬間、お互いに凭れ掛かりながらへたり込む兄妹。
「いやいや……あのメイド、絶対本職じゃないだろ……」
「うん……佇まいが違いすぎだよね、多分騎士なんじゃない?」
「だろうな。どうせエミリアの見張りだろ。お前の事見てたしな」
深緑色の髪を肩口で揃え、視線を棘のように振りまくその風貌には、お世辞にもメイドの装備であるホワイトブリムが似合っていない。
もし二人の予想が外れて、本職のメイドであったなら大変失礼だが、まずメイドでは無いだろう。
「着せられてた感ありましたからねぇ」
「あんたもね」
「お前もな」
「――ひどいぃ!!」
冗談のつもりで便乗したナスタージャは、兄妹のコンビネーション口撃に速攻で撃沈した。
◇
数刻(数分)した後、その深緑髪のメイド(仮)が扉をコンコンとノックして開ける。
すると、オーデイン・ルクストバーが、何かを堪える様にプルプルとして立っていた。
メイド(仮)さんは、眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌だ。
「……すみませんねエミリア嬢、アルベール伯子も、この子が失礼をしませんでしたか?」
「――してません!」
食い気味にオーデインの言葉を遮り、怒りを露にするメイド(仮)さん。
「ゴホン!失礼しました……私はノエルディア・ハルオエンデ。【聖騎士団】に所属しています。こんな恰好で申し訳ありませんが、貴方達の先輩になります、以後お見知りおきを……――あっ!!」
大切なことを話してしまったことに気付き、慌てて口を抑えるノエルディア。
しかしもう遅く、オーデインも、ロヴァルト兄妹も固まっていた。
「……何も言ってません」
「遅いよノエル……はぁ、これは、お仕置き時間延長だな……」
「そ、そんな殺生な!こんな恥ずかしい恰好をして挨拶をしたんですよっ!?もういいじゃないですか!副団長の意地悪!君たちもそう思うでしょ!?」
「キミねぇ……見なさいこの兄妹を……固まっているじゃないか」
「……」
「……」
【聖騎士】二人の話について行けず、アルベールもエミリアも固まっていたままだ。
(え……?先輩?【聖騎士】の?いや、兄さんの事……だよね。あれ、でも貴方達って……言った?言ってないって言った……?)
もう完全に混乱していたエミリア。
「オーデイン公……今のは」
辛うじて混乱から戻ってきたアルベールがオーデインに問い質す。
「あ~。すまないね、殿下から話す内容をこの子が言ってしまったよ……うん。まぁ、そういうことさ」
「ええっ!!」
「本当なんですか……!?」
「お嬢様凄いですぅっ!」
オーデインはノエルディアのこめかみをグリグリと両手でこねくり回す。
「ああっ!!イタイイタイっ!」
「本当にすまない。聞かなかったことにしてくれないかな……この子の首が飛んでしまうからね」
「は、はあ」
「……」
「じゃあ、軽謁見の間に行こうか。殿下も準備が出来てるから、直ぐにでも会っていただきたいんだ。ほら、いくよノエル」
「あっちょ!待って下さい副団長!!痛いんですってば!頭を、離してぇ!!」
「……」
「……」
連れていかれる先輩【聖騎士】ノエルディア・ハルオエンデを見て、エミリアもアルベールも言葉が出なかった。




