68話【予感】
◇予感◇
ローザとサクヤが休憩がてらアイスキャンディーを食べている時。
異世界人達の拠点である宿屋【福音のマリス】では、サクラが一人、自室でスマホを覗いていた。
「う~ん……」
先ほどから、どうしてこの異世界で【スマホ】が使えるのか。
電波はどうなっているのか。使用した料金はどうしているのか。
などを考えていた。
「あたしの能力?……って、何とな~く|分かり辛いのよね」
【スマホ】もそうだが、学生鞄が某四次元ポケットみたいになっているのも、まったく原理が分からない。
異世界に原理など求めても意味はないかもしれないが。
ローザの炎や、サクヤの眼の力など、分かりやすい能力だとありがたかったのだが。
よく考えたらローザもサクヤも、元々から所持していた能力であり、サクラだけが一般人なわけで、どうしてもついていけていない気がしていた。
「そもそも《魔法》が存在するこの世界で、日本人のあたしがいることがおかしいんだろうけどさ~」
ベッドにうつぶせになりながら、学生鞄から取り出したクッションを肘あてにして【スマホ】をいじるサクラ。
「……あ」
【スマホ】の充電が残り少ないことに気付くと、起き上がって鞄から充電器を取り出すが。
「……って、電力ないじゃん!……そう言えば……はぁ~、どうしよ――ん?」
ふと【スマホ】の画面を見ていると、見慣れないアイコンがある事に気が付く。
「なにこれ……【異世界ワールド・サポーター】……?――ふっ」
胡散臭すぎて、ついつい鼻で笑ってしまう。
「異世界ワールドって……世界二個入ってるし」
インストールした覚えは当然なく、アンインストールしようと操作する。
「……出来ないんだけど。しかも何この提供先……ふざけすぎ」
【提供・カミサマ=エンターテインメント】と記載されており、それがかなりイラつかせる。
「――……き、起動してみる?」
好奇心と、縋るものがこのアプリしかないと言う現状から、サクラはアプリを立ち上げてみる。
既存のアプリと同じく、提供名を音声が読み上げて、初回のインストールが始まるのだが。
「5GB!?――っとと……」
驚きの容量に、【スマホ】を落としそうになった。
「……ん?何々……このアプリは無課金のプレイヤーでも楽しめます……って馬鹿にしてんの!?」
充電が少ないうえに、馬鹿にならない初回インストールの容量。
ふざけた文面が余計に腹立たしい。
「あ、終わった……」
意外なほどに高速なインストールだった。
本当に5GBもあったのかと疑いたくなるレベルだ。
「ご丁寧にチュートリアルまであるのね。本当、開発者シバき回したい……」
『この度は、異世界ワールド・サポーター(笑)をインストールして頂き、誠にありがとうございます。お客様のような、稀な被験者がいてくれること、本アプリは大変うれしく思います。』
「……(イラッ)」
『このアプリは、貧弱な貴方様が異世界で生き残るべく、様々なサポートをしていくアプリです。』
「いっちいちイラつくわね……」
『【地球】という、異世界とはかけ離れた世界の住人であった貴方様には、《魔法》や神話のような話に、身体も心も対応しないことでしょう。それをサポートするのが本アプリです。先ずはスマートフォンの充電方法を説明いたします。』
『次へ』をタップするサクラ。
「異世界での【スマホ】の充電方法……電力の無い異世界での充電は、魔力で補います……この画面で、赤いマークを十秒ほど長押ししてください……ってあたし魔力なんてないけど、どうすんのよ」
『魔力を持たない方は、誰か魔力を持つ人に代わってもらってね!』
「――ふっざけんなぁ!!」
【スマホ】をベッドに叩きつける。
「……まったく、ふざけるんじゃないわよ!――ん?」
ベッドの上ではぁはぁと息を荒くするサクラ。部屋の外が少し騒がしいことに気付き、【スマホ】を置いたまま部屋から出る。
二階の踊り場から一階の様子を見ると、ロビーに二人のメイド服を着た人物がいるのが見えた。
「……ああ、そっか。メイリンさんがまだ来てないから――あれ?もしかしてあたしが対応しなきゃなの?」
「めんどくさ……」と、心の中で愚痴って。
サクラは一階のロビーへ下りて行った。
◇
「誰もいませんねぇ」
「しかし入口が開いていたのです。エドガー様か誰かがいるのは確実でしょう……いなければ、不用心と言わなければなりませんが」
【福音のマリス】を訪れたのは、ロヴァルト家のメイドであるナスタージャとフィルウェインだった。
二人は急いだ様子で誰かを探している。と、そこに二階から下りてきたサクラが声を掛けて来た。
「あの~……どうかしました――って、エミリアちゃん家のメイドさんじゃないですか!」
恐る恐る下りてきたサクラは、見知った顔に安心した。
とは言っても、エミリアの付き添いをしているのを見た程度で、濃く話した事はないが。
「これはサクラ様。失礼ですがエドガー様はいらっしゃいますか?」
「――えっ?……はぁ、いますよ。多分まだ寝てますけど」
フィルウェインは急いだ様子で、エドガーを呼んでほしいと願い出た。
サクラもそれを了承し、管理人室でもあるエドガーの部屋へと向かう。
ロビーからはすぐそこだ。
「あ、私も行きますぅ」
説明のため、フィルウェインとナスタージャもサクラの後ろをついていくが、どうも空気が重く、サクラは何も言えなかった。
◇
コンコンとノックをして、今朝振りのエドガーの部屋を訪ねるサクラ。
「エド君入るね。お客様が来てるよ……?」
ガチャリとドアノブを捻り、万が一がないようにゆっくりと扉を開ける。
「……寝てるみたいですね、どうしますか?」
「申し訳ありませんが、起こしていただけますか?」
「あ。はい……」
後ろのフィルウェインから掛かる不思議なプレッシャーに、何か嫌な予感を沸々とさせるサクラは、エドガーのベッドに近寄り肩を揺すって声を掛ける。
「エド君、エミリアちゃん家のメイドさんが来てるよ。起きて~」
「ん、んんっ……」
エドガーを起こすサクラを見て、後ろで控えるナスタージャは、こそっとフィルウェインに耳打ちする。
(なんだか新婚さんみたいですね……お嬢様勝てますかぁ?)
(茶化すんじゃありません。そのお嬢様が大変だから、私たちがこうしてエドガー様の所に来ているのでしょう?)
(……は、はいぃ。すみません)
どうにか重い雰囲気を壊そうとしたナスタージャだったが、選択を間違えたようだ。
「……あれ、サクラ……どうしたの?」
「あ、起きましたよ。エドガー様」
「そうですか……――エドガー様。お休み中申し訳ありません、実は相談がありまして……」
フィルウェインは起きたばかりのエドガーのもとに。
急かされるようにベッドの傍らに膝を付いて説明を始める。
「――えっ……?」
このフィルウェインの発言が。
エドガーを、そしてエミリアの運命を大きく動かしていくことになる。




