67話【前触れ】
◇前触れ◇
「……はっっくしゅっ!――ああっ……しんどいぃ……」
【下町第一区画】にて、エドガーの知人であるマークス・オルゴに会っていたローザとサクヤは、帰り道で露店のアイスを食べていた。
何度もくしゃみに邪魔されて、まともにアイスを堪能できていないローザは、隣でアイスキャンディーをペロペロと舐めるサクヤを羨む。
「――いいわね貴女は、おいしく食べられて」
「な、なんなのだ急に、この氷菓子を食べようといったのはローザ殿ではないか!そのような目で見られる言われは無いぞ……」
理不尽な視線に、サクヤはむっとしながらもローザに言葉を返した。
「まぁ……いいのだけれ――くっしゅっ!……はぁ~……」
明らかにイライラしているローザに、サクヤは急いでアイスキャンディーを頬張って、自分に火の粉が降りかからないことを願った。
「……だいぶ治まったわ……」
「そ、それは良かった……」
心の底から思うサクヤ。
「さてと。宿に戻るにしても、まだ時間がね……サクヤはどこか行きたいところはないのかしら……?」
和服姿のサクヤは、普段のポニーテールではない黒髪を風に吹かせながら、休憩していた長椅子から立ち上がり言う。
「わたしはローザ殿につれ回……ではなく、ついて回っていただけだ。あとは帰るだけと思っていたのだが……それにわたしは、まだこの町をよく知らぬしな」
今日のローザの目的は、マークスの敵意を聞き出す事だった。
見立てでは、少なくとも現状はマークスがエドガーに何かをすることは無いと取れる。
確定ではないが、マークスがエドガーに危害を加えるようなことは無さそうだと、ローザは判断した。
「そう……私も、まだ宿の近辺と【下町第三区画】くらいしか案内出来ないし……思ったよりも早く事が済んだから、サクヤの行きたいところにでも行ってみようと思ったのだけれど……」
腕組して考えるローザに、サクヤは笑いながら答える。
「いや、気にしないでくれローザ殿……わたしは忍び、主殿の陰になり、支えるのがわたしの仕事だ」
「そういうもの?」
「ああ。そういうものだ」
自ら陽の目を避けて、エドガーを支える覚悟を見せるサクヤに、半ば無理矢理にでもサクヤを楽しませようとしていたローザは諦める。
「……じゃあ帰りましょうか。【鑑定師】から聞きたいことも聞けたし、後はエドガーが回復してくれれば文句はないわね」
「うむ……【鑑定師】殿は、主殿から信頼されている様子だったし、【鑑定師】殿も主殿をよく思ってくれているようだし、問題はないと思える」
何より、エドガー自身がマークスを信用しているので、心配の芽を一つでも無くそうというローザは、万が一の保険という形で聞きに行ったのだ。
それがまさか、自分が埃のアレルギー持ちだった事を知り、ローザ本人も驚いていたところだ。
前兆は、元いた世界でもあった。
洞窟や祠などの砂埃が飛んできそうな場所は、野生の感か女の感か、自然と避けるようにしていたし。
掃除などは王女という立場上したことがなかった。
自分から進んでエドガーの為になると思い立ち、取った行動ではあったが。
弱点を増やす形となったのは不覚だ。
ローザはくしゃみで中々食べ進められなかったアイスキャンディーを一気に食べてしまうと、誰も見ていないことを確認して、キャンディーが付いていた棒をボッ!と一瞬で燃やしつくす。
「帰る前に、【心通話】でサクラに連絡を入れておいたほうがいいわね」
「あ、それならわたしがしておこう……」
サクヤはローザを手で制し、ゆっくりと目を瞑って、宿にいるサクラに念じる。
【心通話】。
それは、異世界人サクラが持つ《石》【朝日の雫】の能力であり。
“契約者”と所有者、つまりエドガーとサクラの心を繋ぐものだ。
更にはローザやサクヤとも、《石》と《紋章》の繋がりで会話ができるようになっている。
残念ながらエドガーと異世界人にしか使えないので、エミリアやアルベールは使えない。
<おーい……サクラよ、聞こえるか?今から帰るから、昼食の準備を――>
「頼めるか」と言おうとして、サクヤは驚く。
最後まで言い切る前に、サクラから返答があったのだ。
しかも、とても慌てふためいた泣きそうな声で。
<【忍者】っ!?良かった!早く帰ってきて……お願いっエドく――>
サクラの【心通話】は途中で途切れてしまい、不穏な雰囲気が流れる。
どうも【心通話】は、サクラの精神に応じているところがあるらしく、繋がりが不安定になる事が多々あった。
「……お、おいっサクラ!?どうした!?主殿がどうしたのだっ!……駄目だ、通じない……」
咄嗟の事で、つい実際に口にしてしまったサクヤ。
その様子を見て、ローザも何かがあったと気付き。
「……【心通話】が途切れてる……急がないといけないかもしれないわね……」
ローザも、宿にいる二人に【心通話】を試みるが、まったく反応しなかった。
異世界人達は、“契約者”のエドガーに何かがあった時、《石》を通じて直ぐにでも判るようになっているが、今はその反応はない。
エドガー魔力が尽きているのも原因だが、心身に異常がきたしている訳ではないが。
サクラの反応から考えて、ただ事ではないのが分かる。
「――あ、ああっ!急ごう」
サクヤは焦りながらも、ローザの言葉に頷いて素早く動き出した。
ローザも、既に走り出しているサクヤに続いて急いだ。
(――なにがあったの……?)
自分のいない間にエドガーの身に何かあったとしたら、ローザはきっと平常ではいられないだろう。
サクラを信頼していない訳ではないが、心をざわつかせるローザであった。




