66話【危険人物来店】
◇危険人物来店◇
マークスは考えていた。それはもう、もの凄いスピードで頭を回転させている。
この鑑定屋に来る物好きなどは限られていた。
常連は王城の人間か、【召喚師】のエドガー・レオマリスだけ。
でなければ、そのエドガーの少ない知人であるエミリアかメイリンくらいなのだが、今後に限っては違う。
エドガーの周りには、危険な人物が集まりつつあるのだ。それも国が指定するような、飛びっきりヤバメの“魔道具”を持つような女の子達だ。
(さっき聞こえた声、聞き間違いで無ければ確実にアイツ等だ……マジかよ。なんでまたこんなところに来やがったんだぁ……?)
自らの店をこんなところ呼ばわりするマークス。
チラリと小窓から目元だけを上げ外を確認する。
するとそこには、予想通りの人物が二名立っていた。
「た、たのも~……――ほ、ほら見ろローザ殿!【鑑定師】殿は留守のようだぞ?」
異国の装いをした黒髪の少女が訪ねてきていた。
入り口のドアをコンコンとノックしながら後ろに声を掛けている。
後ろには、赤髪の女性が監視員の如く黒髪の少女を腕組して見ていた。
「おかしいわね……もっと大きな声で叫びなさい」
「じ、自分ですればよいではないかっ!?なんでわたしが……」
店の中で息を殺し、やり過ごそうとするマークス。
(エドガーの馬鹿がいるならともかくだ、俺一人であの女共を相手にすんのは無理だ……つーか嫌だ)
現実を拒否してやりたい気分だった。
「……気配はするけれどね」
小窓を睨む赤髪の女性、ローザの視線に。
「――おっ……と……」
(やっべぇぇぇぇぇ……!)
しゃがんで隠れるマークス。どうもローザに見られた気がしたが。
「ふーん……――ところでサクヤ。この家はよく燃えそうね……?」
「は、はぃっ?何を言っているのだ?」
「――!!」
(――はぁぁぁぁぁぁぁ!?何言ってんだあの女!!)
突然の発言に、外にいるサクヤとマークスは思考がリンクした。
「ロ、ローザ殿。流石にそれは、わたしでも考え及ばぬぞ……」
木造の建造物を見上げながらとんでもないこと述べるローザに、声を震わせながらドン引きするサクヤ。隠れるマークスは心の中で言う。
(そうだっ!もっと言ってやれ、サク……ラ?……ヤだったっけ?)
名前をうろ覚えで、サクヤとサクラがどっちか分かっていなかった。
“魔道具”の鑑定は出来ても、人の判別は苦手なマークスだった。
(――あの女ぁ……俺を炙り出そうとしてやがる。マジかよエドガーの奴、手綱握っとけやマジで!)
エドガーの近況を知らないマークスは、ローザが本当に火をつけるのではないかと心臓をバクバクさせながら様子を見る。
「木造建てで、確か古書なんかもあるってエドガーが言っていたし、よく燃えると思うのだけれど……」
チラリと小窓を見るローザは、完全にマークスがいる事を把握しているようだ。
それもそのはずで、ローザの持つ“魔道具”【消えない種火】は、熱源を感知する事が出来る。初めから分かっていて遊んでいるのだ。
なんとも意地の悪い事に。
「……」
(――クソがぁぁぁ!)
商売道具の古書や“魔道具”を燃やされては、今後生計を立てられなくなる。
マークスは観念した。
階段の小窓から顔を出して二人に声を掛ける。
「……おいお前ら!……物騒な事言ってんじゃねぇよ!」
「ん?おおっ!【鑑定師】殿……居たのなら早く出て来てくれ~!危うく悪事の片棒を担がされるところであったぞっ!」
本当にヤバかったらしい。
マークスが見ると、サクヤがローザの右手を必死に抑え込んでいた。
「おいっ!」
(……マジで火ぃかける気だったのかよ!!)
「何を言っているのよ……冗談に決まっているでしょう?」
「――嘘だっ!」
「噓つけこん畜生っ!」
笑うローザに、サクヤとマークスは、朝の時点で疲れ果ててしまいそうだった。
◇
遮光窓から刺す少量の光が、空気が入り舞った塵をキラキラと光らせる。
大量に積まれた古書や、見慣れない“魔道具”、くだらない玩具などが散乱する幾つものテーブルに、サクヤは指を這わせて埃を取る。
「――【鑑定師】殿……少しは掃除をした方がよいのではないか……流石に、物が泣くぞ……?」
「るっせーよ……売りもんでもねぇし俺の勝手だろーが?……サク、ラ?」
「わたしはサクヤだ……」
名前を間違うマークスに、サクヤは半眼で睨み、げんなりする。
「ん、おお……わりぃな。どうも見分けがな」
確かに当然と言えば当然だ。
同じ魂のサクヤとサクラは、顔が非常に似ている。
しかし、育った時代の所為か、成長度合いは明らかにサクラが上だ。
身長で言えば、エミリア(152cm)と同じ位のサクヤ(153cm)に対して、エドガー(170cm)よりも少し低いサクラ(162cm)では、かなりの差がある。
因みにローザは175cmある。
サクヤはきっと自分で言いたくはないだろうが、胸もかなりの差があった。
ローザ程ではないが、サクラは意外と豊満なのだ。
エミリアとどんぐりの背比べをするサクヤは、同じ魂のはずのサクラと、顔以外は割と違っているのに間違えられて、若干不愉快な気分ではある。
「だからわりぃって……そ、そんな睨むなよ」
(そ、そうだ!……眼で判断すりゃーいいんじゃねぇか……!)
【闇光瞳】の眼で睨まれて、たじろぐマークス。
「睨んではいないが……気を付けてくれると有り難いぞ」
「――お、おう……気ぃ付けるわ……そういやお前、この前のへ……服じゃないんだな」
変な服、と言いそうになり慌てて方向転換をする。
「ん?……ああ、サクラが用意してくれたのだ……この方が都合がいいだろうとな」
サクヤは現在、変な。ではなく、【忍者】の装束ではない。
普段着として、サクラが学生鞄から取り出した和服を着ている。
髪に合わせた黒の和服で、袖には銀色の蝶が、刺繍で縫われている。
髪も結い上げて、宛ら時代劇に出て来る町娘と言ったところだ。
謎のこだわりがあるらしく、カラカラと鳴る下駄を履いており、黒の和装と相まって、とても美人さんになっている。
――別段、胸が無いから似合っていると言うわけでは無い。決して。
「……逆に目立つんじゃねぇか?」
「なんとっ!?――そうなのか?ローザ殿!」
マークスの言葉に、サクヤは店の外にいるローザに声を掛けるが、返事は。
「……そうなんじゃない?」
滅茶苦茶適当だった。
「お前なぁ……自分から訪ねて来たんなら店に入れやっ!」
マークスは外に出て、二人に淹れた【果実酒】を乱暴に差し出す。
「あらありがとう……気が利くわね」
「――ローザ殿が言ったのであろう?……あ、頂戴いたす」
サクヤも外に出て、マークスからコップをを受け取り飲む。
酒とは言っても、この【果実酒】はアルコールの無いジュースの様なものだ。
この国の成人は十九歳だが、飲酒は十六歳から許可されている。
サクヤもサクラでも、酒が飲めるのだ。
「お~。美味いなぁ……これは」
「そうね、喉が潤ったわ」
「……よく言うぜ、全く」
マークスは疲れながら店の中に戻っていく。
サクヤは、カラカラと下駄を鳴らしてついていった。
「で?何の用だよ……俺も忙しいんだが?」
「聞きたいことがあるのよね」
「……ちっ。あくまでそこから動かねぇつもりかよ……」
「……す、すまぬ【鑑定師】殿……ローザ殿の代わりに謝罪するので、どうか……」
一向に店内に入ってこないローザに、マークスは青筋を浮かべるが、サクヤが平謝りをするものだから、つい。
「はぁぁ……いいさ、もう諦める」
ため息を落として落胆した。
「んで結局、聞きたいことってなんだよ。エドガーの事はサク、ヤに聞いたが……お前の要件はなんだ?」
葉巻を吸いながら、マークスはサクヤからこの数日の事を聞いていた。
相変わらず外にいるローザに、マークスは「いい加減話せ」と要求する。
するとローザは、今までの焦らしが噓のようにスタスタと店内に入って来て、言う。
「要件はただ一つだけよ……【鑑定師】――貴方は……エドガーの味方――で、いいのよね?」
ローザの視線はマークスを見据えているが、その奥にある青の瞳には、威圧を感じさせものがある。
「……それを聞くためだけに、わざわざエドガーから離れてまでここに来たってのか?」
マークスは視線を逸らさずに、ローザの威圧を受けて立つ。
「――ええ、そうよ」
「……はぁ~……そんなことを聞く為だけに、俺は店を焼き討ちされそうになったのかよ……ったく。安心しろよ、エドガーは俺の常客でもあるんだ。あいつの敵になる真似はしねぇよ――お前らがあの馬鹿の味方でいるうちは……な」
「やれやれ」と、葉巻の火を消すマークス。
「そう。分かったわ」
「――ん?お、おいっ……マジでそれだけかっ!?」
マークスが返事をして直ぐに、踵を返して店を出ていこうとするローザであったが。
「――……くしゅっ!」
カワイイくしゃみをして、立ち止まった。
マークスはピンときた。
「……おい……まさか埃か?」
「……」
ローザは答えず、止まった足を再び動かし出ていこうとするが。
「―――くしゅっ!……はっ――くしゅん!」
このくしゃみが、全てを物語っていた。
「――だから店に入んなかったのかよ……言えや最初に……」
お世辞にも綺麗とは言えない店内。
掃除もせず埃が舞っている中で、苦手な人は辛いだろう。
「……?」
サクヤは。その辛さが分からず首を傾げる。
ローザは急いで外に出たが、既にくしゃみは止まらない。
「くしゅんっ――くしゅっ!あ~っ!だから嫌だったのにっ!!――はっくしゅっ!!」
まさか、ローザがたかが埃が原因で店に入ってこなかったとは。
つまり初めてマークスと会った日も、くしゃみが出るのが嫌で、入店しなかったわけか。
「……それ出るのが分かってて、俺が敵かどうかっつーのを聞きに来たのかよ」
(……愛されすぎだろ、エドガーの奴)
呆れつつも「かははっ」と笑うマークス。
確かに、面と向かって「お前は敵か」と聞くには、エドガーがいる時には聞きにくいものがある。
この機会を、と思ったのだろう。
エドガーが一緒にいる時に同じ質問をしたら、きっとエドガーは怒る。
だが、“契約者”でもあるエドガーを守らなければならないローザにとって、少しでも不安要素があるのならば、それを取り除く、あるいは緩和させたかったと思われる。
「くしゅっ……――サクヤ行くわよ……くしゅん!」
「あ、承知したっ……今いく!――【鑑定師】殿、感謝する……願わくば、これからも主殿の御味方であってくだされ!」
サクヤはぺこりと深く頭を下げると、直ぐにローザを追っていった。
「な、なんなんだよ……ったく」
マークスは葉巻の箱を取ろうとして、手を滑らせる。
箱が落ちただけで、床に積もった塵や埃が舞い、なんだかとても悪い事をした気分になってしまう。
「……クソっ――従業員、雇うか……?」
客でもない人物が二人やってきて。
何故か、マークスの店で従業員を雇う事が決まったのだった。




