65話【マークスの危惧】
◇マークスの危惧◇
サクラが勝利したエドガー危機一髪が行われたその夜、エドガーは目覚め、それから五日間、目を覚ましたエドガーの世話をしていたサクラ。
他の敗者の羨望の視線を感じていた五日間。
居心地の悪さをその身で受けて、サクラは自分から進んで「もうやめませんか?」と提案したが。
ローザ達にも変な意地があるようで却下された。
そして、エドガーに不調の原因を話したその日の夜。
「はぁぁぁぁ~」
【福音のマリス】二階・204号室。
お風呂を上り、自室に戻って盛大なため息を吐き出すサクラ。
ベッドにうつぶせに寝ながら、枕にため息を吸わせていた。
「ど、どうしたのだサクラ……?」
あまりにも暗い雰囲気を醸し出すサクラに、相部屋のサクヤも引き気味に問う。
「どうしたって……あんたらの所為でしょうがぁぁぁぁ……」
暗い顔のままサクヤに向ける視線は、とても恨みが籠っていた。
「い……いや、みなまで言わずとも理解はしているのだがな……や、やはり気になるであろう?」
サクヤはサクラの隣りのベッドで股を開き胡坐をかきながら、大きな枕を抱えていた。
その仕草は可愛らしく、普段のサクラの行動からは想像もつかない程ギャップがある。
二人共湯上りなので、髪を下ろしている為よく似ている。と言うか同じだ。
この二人、元いた世界は違うが、実は同じ魂を持った存在だ。
簡単に言えば、別世界の同一人物なのだ(正確には時代が違う)。
「――だからって限度があるでしょうがっ!なんなのよアレは!?心臓止まるかと思ったじゃないっ!」
《現代日本》から“召喚”されたサクラは、起き上がって枕を投げる。
「――ぶふっ!……わ、悪いとは思っているぞ。一応」
《戦国時代》から“召喚”されたサクヤは、投げられた枕を顔で受け、ほんの少しだけ謝罪の意を伝える。
二人共同じ【地球】からの召喚者だが。
同じ【地球】でも時代が違うのは当然として、世界観などがほんの少し違っていたりする。
《現代日本》から来た、現役高校生サクラの言う限度とは。
その一。エドガーの部屋に入る度に監視してくる。
その二。【心通話】で逐一確認してくる。
その三。とにかくウザイ。
三つめはともかく、上の二つにはかなり参っていた。
「エド君に不調の原因を話した時さぁ、まさかあんな風に出て来るとは思わないでしょ!?」
「いやあれはローザ殿がだなぁ……」
「ほほ~ぅ。あくまでもローザさんに付き合わされた……って言いたいのね?」
「い、いや……そうでもない……のだが」
サクラに口撃され、たじろぐサクヤ。
「じゃあ誰の差し金っ!?」
「さ、差し金とかそういうのではない気がするが……」
「――は?」
「――ふ、二人で決めました!」
《戦国時代》から来たサクヤは、まるで戦国大名の様なサクラの圧に飛び上がって正座し「ははー」と降伏する。
「……よろしい」
サクラはそう言って満足すると、ゆっくりと自分のベッドに戻って眠り始めた。
(な、なんなのだ……いったい!?)
ベッドに入るなりすぅすぅと寝息を立てるサクラを覗き込み。
自分だけが怒られたことに納得がいかないサクヤは、悶々として眠れなかった。
◇
翌日【福音のマリス】。
その地下にある【召喚の間】。
この【召喚の間】は、歴代の【召喚師】が作った特殊な“魔道具”だ。
その頑丈さは、ローザが全力で力を使っても、小さな振動で済む程頑丈だ。
その代わりに、【召喚師】しかこの部屋に入れない。
だが、“召喚”された異世界人であるローザ達は別であり、始まりがここから出入りしたためか、エドガーがいなくても出入りする事が可能だった。
それを大いに利用して、ローザはたまに鍛練を行っている。
今日は偶々早く起きれたために、サクヤを伴ってこうして朝から鍛練をしていたところだ。
「ふぅ……そう言えば、今日もエミリア殿は来ないのだろうか……?」
早朝から鍛練をしていたサクヤとローザは、エドガー危機一髪が終わってから全く来なくなったエミリアを話題に挙げていた。
「そうね……別段負けにへこたれる子じゃないから、何か来れない理由が出来たのかも知れないわね……しばらくお兄さんも来ていないし……」
エミリアは、エドガー危機一髪に敗北した翌日から【福音のマリス】に来ていない。
五日間も音沙汰なしで、兄のアルベールでさえもが、最近いい感じの仲であるメイリンに会いに来ている様子もなかった。
ローザが言ったように、敗北に挫けるような性格ではない為、勝者のサクラを徹底的に邪魔してくると思っていたローザとサクヤであったが。
兄妹揃って幼馴染に会いに来ない事を考えると、やはり何かがあったと考えるべきなのだろう。
「……大事がなければいいのだがなぁ」
サクラが聞いていれば「またフラグを……」と言うに違いないサクヤの言葉に、ローザは笑いながら結界を解除し始める。
「平気よ。その内ケラケラしながらやってくるわ」
頑丈な部屋とはいっても、エドガーが“召喚”に使うための道具や材料はそうもいかなく、ローザの炎やサクヤの縦横無尽に移動するスタイルの戦いを、結界なしでされたら、自ずと大惨事になるだろう。
「ふわぁっ」とあくびをして、ローザは持っていた赤い長剣を消滅させる。
「ん……?もういいのか?ローザ殿」
稽古を終えるローザに、物足りなさそうに声を掛けるサクヤ。
稽古の時間は半時(30分)程だ。
サクヤが行う普段の稽古の時間からは、半分にも満たない。
どう見ても物足りなさそうにするサクヤに、ローザはタオルを渡す。
「……ええ、付き合わせて悪かったわね。助かったわ」
(この場所だけは……魔力も関係なく力が使える……まぁ、戦闘で使わなければ意味は無いわね)
「そうか……ローザ殿にしては早起きであったので、もっと鍛練をするのかと思ったのだが……本気のローザ殿とも戦ってみたかったしな!」
自分が物足りないと感じているのだろうサクヤは、屈伸しながらアピールする。
「フフっ。また今度ね……今日は出かけるわ――さっ、行くわよ?」
そう言ってローザは【召喚の間】を後にするが、どうやらサクヤも行くことが決まっているらしく、サクヤは慌てて後を追う。
「――え、は?ローザ殿?……待ってくれ、わたしは主殿の様子を……ちょっと、話を。ローザ殿ぉ!!」
◇
~鑑定屋【ルゴー】~
【下町第一区画】の東門の近く、【下町第二区画】の外壁の影に隠れた小さな店がある。
この店の主人、鑑定師マークス・オルゴは、【大骨蜥蜴】とエドガー達が戦闘をしていた際、王城である調べ物をしていた。
マークスは、エドガーが“召喚”したローザという異世界人の女性が、災害級の“魔道具”【消えない種火】を所持していたことを危惧していた。
それなのに、エドガーはマークスの気など考えずに、新たな異世界人を招いた。
そしてマークスは、先日その新たな異世界人二人に会った訳だが。
当然のように危険な“魔道具”を所持していることを感じさせた二人に、マークスは眩暈を覚えながらも、現在エドガーに腹を立てていた。
新たな異世界人二人が所持している“魔道具”を調べるために王城に行き、【大図書室】でサクヤとサクラが持っていると思われた“魔道具”を調べた。
一瞬だけ見えた、サクラの額にある【朝日の雫】と、マークスが予想するサクヤの左眼そのもの。
あれが“魔道具”だと確定させるために、わざわざ王城に足を運んで調べていたのだが。
調べている内に【貴族街第二区画】で異常が起こり、王城の出入りが規制されてしまった為に、昨日帰ったばかりだった。
マークスはその結果を鑑み、貧乏ゆすりをし、イライラしながら葉巻を吹かす。
「ふぅぅぅ……エドガーの馬鹿垂れが……どんだけ厄介ごとを引き込むつもりだよ、あの野郎!」
苛立ちを隠そうともせず、灰皿にグリグリと吸殻を押しつけて席を立つ。
結果。ローザの【消えない種火】にサクラの【朝日の雫】が確定。
そして――【闇光瞳】これが、サクヤが持つ“魔道具”であると思われる。
正確には、《天然の魔導炉》と言ったものであり、身体能力の向上は勿論、《魔法》の様な不思議な力を使うことも出来ると言われる代物だ。
サクヤの世界では【黒妖石】と呼ばれている。
「……はぁぁぁ……店、開けっか」
いない人物に怒っていても仕方がないので、仕方がなく?屋を開ける準備をするマークス。
「……あん?――なんだ……騒がしいな」
店を開けようと、居間である二階から店舗の一階まで下りてくる最中、外から聞こえてくる話し声。
「女……だな。誰だ……?――あぁクッソ……嫌な予感しかしねぇ」
嫌な予感をさせつつ、マークスはゆっくりと階段を下りていく。




