64話【エドガー危機一髪!】
◇エドガー危機一髪!◇
『さぁ始めるよっ!名付けて、【エドガー危機一髪】!』
鞄から取り出した小さなラッパをパフパフっ!と鳴らし、サクラが宣言する。
『――き、危機一髪って?』
エミリアが、エドガーの姿を模した人形を手に持ちながら、サクラに疑問を投げかける。
『ふっふ~ん。このゲームはね。あたし達四人がこのエド君人形をぶっ飛ばさないように守るの。だ・か・ら、エド君を思う力が、エド君人形を守ってくれる。思いの力が強い程、勝率が上がるんだよ!』
⦅ま、嘘だけど♪⦆
『思いか……』
『……』
『勝った!』
考えるサクヤ、何かを怪しむローザ。
そして何故か自信満々のエミリア。
『はい、はいっ、ローザさんは赤い剣ね。エミリアちゃんは黄色、【忍者】は黒、んであたしが白』
サクラは、怪しむローザに何かを言われる前に、素早く樽に刺すおもちゃの剣を配る。
赤い剣を渡されたローザは、まんざらでもない顔で『分かってるじゃない』と言い、サクラの思考誘導は成功した。
『サクラ。エド人形はここでいいんだよね?』
『うん。その穴にカチッてはめ込めばいいよ』
エミリアは、ぎゅうっ!と一度人形を握りしめて念を送る。
そして丁寧にエドガー人形を樽にはめた。
『待っててねエド、私が助けてあげるからっ!』
闘争心を漲らせて、エミリアは気合十分と言ったところだ。
『まるで本物のエド君が捕まってるみたいな言い草だね……』
エミリアの本気度にサクラは驚くが。
自分以外は危機一髪をしたことがないので当たり前でもあり。
サクラが煽ったエドガーを思う心の強さがどうとかが、余計に競争心を生んでいた。
『この穴にハズレは一つなのよね……?』
『え、うん。そうですよ。ハズレっていうか、アタリっていうかは人それぞれですけど……』
『最後まで残ったらどうするのかしら……』
ローザは樽の穴を見ながら、サクラに疑問を投げかける。
『あ~それはもう、最後の二択を当てた人の勝ちでいいんじゃないですか?総取り的な』
『そうね、それでいいわ』
『心得たぞ』
『了解!』
『それじゃ、基本ルールね。あたし達が順に剣を一本ずつ樽に差し込んで、エド君人形を飛ばしたら脱落。これを三回繰り返して、最後まで残った人がエド君のお世話係を担当。あ、そーだ、外れた人は掃除とか料理を担当ね』
『いいわよ』
『うむ』
『よ~し、誰から行く?』
四人それぞれが了承し、不毛な戦いが始まる。
――始まってしまう。
『年長者からどうぞ?』
サクラがローザに手を差し向け、樽を回す。
一瞬だけ酸素が薄くなった気がするが、サクラは気にしない。
『貴女達17でしょう?それじゃあ、時計回りでもいいわね……?』
ローザ以外が同い年なので必然的にローザが先手になった。
『いいよ』
『うむ、年功序列と言うしな』
エミリアとサクヤも納得し。
順番は、ローザ、サクヤ、エミリア、サクラの順に決まった。
『――さあ、始めるわね……刺すわよ?』
ローザの初手。
どこにも剣が刺さっていない綺麗な状態の樽を、ローザはクルクル回して吟味する。
『ここにするわ』
カチッ。と赤い剣を刺す。
エドガー人形は微動だにせず佇んでいる。
『セーフですね。次はエミリアちゃん』
『な、なんだか緊張するね』
黄色い剣のおもちゃを持ち、ローザから渡された樽を回し見る。
『よし……ここにしよ』
エミリアが選んだのは、ローザが剣を刺した反対側。
――カチッ!ビョーーーーーーーン!!
『――へ?』
エミリアが刺した箇所は見事に的中し、エドガー人形は宙を綺麗に舞う。
『おっと……』
サクヤが、クルクルと落ちてきたエドガー人形を掴む。
『――エミリアちゃん、アウトーーー!!』
⦅……一発とか!!⦆
ポカーンと固まるエミリアに、サクラが宣告する。
その宣告に、エミリアの頬からそっと伝う涙。
『な、泣いてるっ!?』
『――プフッ』
まさかの、一巡目で言い出しっぺのエミリアが脱落した。
涙に驚くサクラと、その様子に吹き出すローザ。
『な、な……なんでよぉぉぉぉ!!うわぁぁぁぁぁん!!』
テーブルに突っ伏して泣き崩れるエミリアに、笑い続けるローザが言う。
『残念だったわねエミリア……貴女の思い。愛はその程度だったのね!!』
笑いながら悪役の様な事を言うローザに、エミリアは絶望の表情を浮かべて更に泣き出す。
『ぐ……うう、うぅぅぅぅぅぅぅ』
エミリアは、悔しさと悲しみが入り混じった涙を流し。
テーブルで拳をぎゅうぅぅっと握る。
その有り様にサクラはドン引きしながら、エドガー危機一髪を進行させる。
『さ、さぁ。次は【忍者】の番ね……』
『……う、うむ。いいのか?やっても……何と言うか、エミリア殿がかわいそ――んぐっ』
『言わないでっ!それだけは言わないでぇっ!かわいそうとか!それだけは言わないで!』
サクヤがかわいそうと言おうとしたのに反応して、エミリアは直ぐにサクヤの口を塞ぐ。
『エミリアちゃん……自分で言っちゃってるから』
『――!!……うぅううう』
最後は自滅で崩れ落ちたエミリア。
三人は気を取り直して、エドガー危機一髪を続ける。
◇
刺さっていた剣を抜き、エドガー人形を再配置するサクヤ。
『あんた意外と出来るのね……』
『流石に失敬ではないか?これくらい理解しているぞ……わたしだって』
頬杖をついて、エドガー人形を再配置するサクヤを見ていたサクラが、何気無しに口にするが、どうやらサクヤは異論があるようだ。
『お主が準備しているのを一度見たからな、これでいいのだろう?』
エドガー人形の置き直しが終わり。
刺さっていた赤い剣をローザに返す。
二回目の準備は完了だ。
『そうね、後は再スタートよ。エミリアちゃん脱落、【忍者】から始め』
『……心得た!』
サクヤは黒い剣のおもちゃを指の隙間に四本挟むと、一気に刺そうとする。
『――なにも分かってないじゃないっ!!』
スパーーン!とハリセンでサクヤを叩く。
『いだっ!――にゃにをするか!舌を噛んだぞ!』
涙目で抗議するサクヤに、サクラが何度もハリセンをお見舞いする。
『だから!一本!ずつって!言ったでしょ!』
スパン!スパン!スパン!スパーン!と連続でサクヤを叩き、はぁあぁと肩で息をする。
『さあ、やりなさい……一本よ、一本』
『ぐぬぬぅ……分かった』
髪をぼさぼさにし、叩かれた箇所を抑えながら、反対の手でカチッと剣を刺す。
『せぃふだな!』
『そうね……次はサクラ。そして私に戻る、と』
ローザの言葉にサクヤは『うむ』と頷き、サクラに樽を渡す。
『こんなのは考えちゃダメなのよねっ!っと』
サクラは考える暇もなく、サクヤから樽を受け取ると。
カチッと、直ぐに白い剣を刺す。エドガー人形は動かない。
『はいセーフ。どうぞ、ローザさん』
サクラは樽をテーブルの真ん中に置き、ローザが取る。
『なら、私もサクラに習わせてもらうわね……はい、サクヤ』
ローザは赤い剣をサクラが刺した右隣に刺し、カチッと音が鳴ると直ぐにサクヤに渡した。
『……な、ならばわたしもっ』
二人に急かされる形となったサクヤも、直ぐに黒い剣を刺す。
上段の列にサクッと刺して、カチッと音が鳴る。
『せ、せぃふだ……ほれ、サク――』
ホッと胸をなでおろし、サクラに渡そうとするが。
――カチッと、サクラがサクヤが持つ樽に直接白い剣を刺し、ニヤリと笑う。
『はいセーフ。ローザさんに渡して、【忍者】』
『サクヤ……持っていなさい、そのまま行くわっ』
『ちょっと待つのだ!?わたしを休ませてくれ、主殿人形の命を握っていると考えたら、なんだか不安になってきてだなぁ。あっ、ちょっと……』
サクラの素早い対応に、ローザも負けじと剣を刺し込む。
サクヤの抗議もスルーして、カチッと剣が刺し込まれた。エドガー人形は動かない。
『さあ、サクヤの番ね』
『……ううぅ、自分の尺でやりたいのにぃ……』
サクヤはテーブルに樽を置き。
黒い剣を指でつまむと、今度は下の段に刺す。
『――あっ!――あ痛っ……』
カチッ、ビヨーーーーーーーン。――ビシッ!っと。
飛ばされたエドガー人形がサクヤのオデコに的中し、ローザが言う。
『サクヤ……アウトね』
サクラの真似をして、親指を立ててサクヤに向ける。
なんだか楽しそうだ。
『あ、ああ、主殿ぉぉぉぉ!わたしが弱気になったから……弱気になったからぁぁぁぁぁぁ!!』
サクヤも泣き崩れた。あ。エミリアが笑っている。
エミリアはそっとサクヤの肩に手を置き、優しく微笑んで頷く。
『――どうせ一緒に再挑戦しよう!とか言い出すんでしょ……?駄目だから』
『『――!!』』
エミリアは、二番目に脱落したサクヤを引き入れてリベンジしようとしたのだろうが。
サクラに回り込まれて考えを潰された。
『――まだ言ってないのにぃ』
『……と、言う事は。言う気満々だったのね……』
サクヤと一緒にテーブルに突っ伏していじけるエミリアは放っておくとして。
残った二人は見合う。
『さぁ、決着付けますか……』
サクラはサクヤからエドガー人形を取り。
設置し直すと、考える暇もなく剣をカチッと刺す。
『セーフ。どうぞ?』
サクラは樽を持ったまま、エドガー人形をローザの正面に向ける。
随分と余裕を見せるサクラに、ローザは感心する。
『……サクラ、やるわね』
何がどうかと言うと。
『ローザさんが剣を刺した数回、全部エド君人形が背面でしたから……もしかしたら正面向かせたくないのかなって』
『……くっ。やはり侮れないわね、貴女……』
⦅あ、正解だった……⦆
ローザは、エドガーに見られている気がして、正面を向かせられなかっただけだ。
物っっ凄くどうでもいいが、真剣に戦っているのは伝わった。
『いいわ。その挑戦受けて立つ……行くわよエドガー』
サクラが持ったままの樽に、ローザはエドガー人形の正面から剣を刺そうと、指でつまんだ赤い剣を構える。
不思議と剣が本物に見える迫力で、エドガーを刺し貫こうとしているかのようだ。
『――私が勝つわ!エドガーのお世話をするのは私よっ……そしてエドガーは……』
何か盛大な話になりそうだが、これはゲーム。――だよね?と、思わずにはいられないサクラ。
いつの間にかエミリアとサクヤも真剣にこちらを見ていた。
『……えええぇ?』
『行くわよっ!!――はぁっ!』
ローザはエドガー(人形)の正面に赤い剣を刺す。
『――ぐわぁぁ!!』
エミリアは、不吉にもわざとらしい悲鳴をあげた。それが後押ししたのかどうか定かではないが。
――ビョーーーーーーーーーーン!!
『……』
『え、えーっと……ローザさん、アウト』
迫真のゲームをしていたわけでもないのに。
何処か気まずい雰囲気になってしまった中で、サクラが宣告する。
『――ふっ……負けたわ――タイミングも丁度いいし……仕方がないわね』
そう言いながらローザは、エドガー人形を拾い上げて、エミリアとサクヤに渡す。
その様子に、サクラは勘付く。
『……ま、まさか』
⦅あれは……人形が消える瞬間を見せて楽しむつもりだ、絶対!⦆
エドガー人形の残り魔力が尽きようとしているタイミングで勝負がつき。
ローザのせめてもの悪足掻きで、どうやらエミリアとサクヤの二人はとばっちりを受けそうだ。
⦅……な、なんか……勝っちゃったな⦆
本当は、穴覗きや二度刺しなど。
複数の必勝法があったのだが、一切使うことなく終戦した。
⦅……あれ?……あたし、もしかして……勝とうとした?⦆
自分が無意識に勝利を望んでいたことに気付き、サクラは戸惑う。
そんな中、エドガー人形が魔力を無くして消滅する。
――パシュュュュン!
『ああ!エドォォォォ!?』
『ああ!主殿ォォォォ!?』
ローザの予想通りに、エミリアとサクヤは驚いて声を上げる。
そしてそのタイミングでメイリンが出勤してきたので、その場は解散となった。
サクラが【大骨蜥蜴】との戦いから、エドガーを意識していることに――少しずつ、少しずつ、気付き始めながら。




