60話【異世界でも朝日は同じ】
2章本編終了です。後はエピローグ。
◇異世界でも朝日は同じ◇
悲鳴を聞き付け走り出したエミリアは、暗がりが怖い事などすっかり忘れ。
悲鳴を発した声の主を助けるために、全速力で路地裏を駆け抜けた。
使われていない木箱や看板、雑に置かれたチラシの束に躓きそうになりながらも、助けを求めたであろう幼い声の持ち主を探す。
「――この先だっ!」
何段にも重ねられた木箱が行く手を塞いだが、エミリアは槍をポール代わりに跳躍し、飛び越える。
ダンっ!と着地した場所は、助けを求めたと思われる幼い少女と、黒ずくめのローブを纏った男達の丁度中心部であり、まさにベストタイミングだった。
「――なっ!なんだ貴様っ!」
「ちぃ!護衛がいたのかっ!?」
「くそっ、聞いてねぇぞ!」
「大丈夫だ……たかが小娘一人、一緒に攫うか殺っちまえっ!!」
ローブの男達は、エミリアごと片をつけようと剣を抜く。
「――大丈夫!?」
肩越しに少女を振り向き、ローブの男達に睨みを利かせる事も忘れない。
「……うぅ……あっ」
少女は怯え切っているのか、ペタンと尻餅をつき木箱に凭れ掛かっていた。
「貴方達っ!こんな小さい子を怯えさせて、何をしようとしてるの!!」
目的は推測だが、おそらく人身売買だ。
魔物が現れたどさくさに紛れて、貴族の娘を攫う魂胆だろう。
エミリアは赤い槍の切っ先をローブの男達に向けて。
「そんな奴らは、私がぶっ潰す!」
と大見えを切る。が、自分も貴族の令嬢だと分かっているのだろうか。
「ちぃっ!構わねぇ……このガキを殺せっ!!」
リーダーとみられる男が、三人の部下に命令する。
全員が同じローブを纏っている所為で、動かれたら分かりにくい。
だが、動き出しご丁寧にまっすぐ進んでくる男達。
フェイントや駆け引きなどは一切なく、完全に素人だと判断できた。
「――はぁっ!!」
エミリアは槍を横薙ぎに一閃し、男達の足を停める。
続けて一番近い男に、横薙ぎの勢いをそのまま乗せた蹴りを見舞う。
「ぐぇっへ!!」
腹部に強烈な打撃を受けた男は吹き飛び、背中を壁に打ち付けて気を失う。
「……!!」
「――ひっ!?」
意外なほどに弱いローブの男達。
「貴方達……人攫いじゃないの?」
余りの弱さに、逆にエミリアがたじろいでしまう。
「おいっ!次はお前が行けよ!!」
「な、なんでだよ!お前が行けって……」
リーダーの男の命令にも逆らいだし、本格的に素人だと感じ取ったエミリアは。
「――ふっ!」
「へ?――ぎゃぱぁぁぁっ!」
ドスっ!!と男の腹に膝蹴りをめり込ませ、倒れ掛かる男を槍で支え、リーダーの男に投げた。
「えっ……うおわぁぁぁっ!?」
ドシーンと盛大に転び、計三人の男は気を失う。
「さてと……あとは貴方一人だけど、まだやる?それとも自首する?」
エミリアは槍を地面にカツンカツンと鳴らしながら詰め寄り、それにビビッて腰を抜かすリーダーの男。
「ひぃぃっ!こ、殺さないでくれっ!!こ、降参する、自首するっ!だから!」
誰一人殺してはいないが、まるで自分が大量殺人を犯した重罪人の様な扱いをされ腹を立てたエミリアは。
「――うふふっ」
にっこりと笑いながら、男の脳天に槍の柄を叩き付けた。
気絶する男達を落ちていたロープで縛り上げ、エミリアは木箱の傍で怯えている少女に声を掛け安心させようとする。
「もう大丈夫だよ。怖い人はもういな……い、から……?――ってこっちも居ないしっ!!」
振り向いて確認しようとしたが、既に少女の姿はなく。
辺りは完全に静まり返っていた。
「……ぶ、無事、だよね?」
もしかしてまだ男達の仲間がいて、連れ去てしまったのかとも考えたが。
「ん……?穴?」
積み重ねられた木箱の間に、小さな女の子が通れそうな隙間があるのを見つけ。
「――ああ、ここから逃げたのか……まぁ、そうだよね。逃げるよね普通」
少女が通ったであろう隙間を覗き、エミリアは後処理面倒臭いなぁ。
などと考えながら、自警団に男達を引き渡すため、路地裏を出たのであった。
既に日は沈み、完全な夜だ。
エミリアは明るい日差しを見るように目を細めて、エドガー達を思った。
「さぁてと……帰ろっと。きっとエド達も帰って来てる――はず!……あ~。リューネの事どう説明すればいいんだろ~……」
大切な幼馴染と、去ってしまった親友を天秤に掛ける事が出来ず、皆にどう説明するかを考えながら、エミリアは帰路に着く。
◇
~収監所【ゴウン】中央運動場~
二人の少女と一人の女性、そして少年が、背中合わせでくたびれている。
もう日は落ちているのにも拘らず、収監所の警備、つまりこの国の騎士はやってこない。
「――まったく……本当にこの国の人間の用心のなさと言ったら」
怒っているような呆れているような声音で、ローザはこの国の警備体制、延いてはこの国自体を下に見ながら口にする。
「うむ……見張りが誰も来ぬものなぁ」
サクヤも、だるそうに同意する。
「あたしのとこだったら、直ぐにセキュリティが飛んできますよ……」
サクラも面倒くさそうに答える。
既に【大骨蜥蜴】を倒して、数時(数時間)が経っていた。
本来ならばすぐにでも撤退しなければならないのだが、肝心のエドガーが目を覚まさなかった。
「エドガー、起きないわね」
「そーですねぇ」
「そうだなぁ」
三人の異世界人も動き出す気配すらなく、完全にグロッキー状態であった。
ローザとサクヤは魔力と体力が、サクラは精神が摩耗して、どうしても動きたくないらしい。
そしてエドガーは、体力と精神、更に魔力、全てをすり減らした結果。
【大骨蜥蜴】が消滅するのを見届けてから、眠るように気を失った。
そのエドガーを無理矢理起こす様なことはせず、自然に起きるのを静かに見守っていたのだが。
「……余りの睡眠に、私は驚愕しているわ」
「わたしもだ……」
「うん、あたしも」
三人はもう、何か諦めた表情でエドガーを見る。
「――あ。そろそろ夜が明けるんじゃない?」
サクラが、立ち上がって言う。
「そうね……流石に帰らないと――エミリアも気になるし」
ローザもサクラに合わせて立ち上がる。
するとエドガーがサクヤに倒れ掛かり、肩に頭を乗せる形となった。
「ぬぁっ!サ、サクラ!これはどうすればいいっ!?主殿が、主殿がぁぁぁ!」
突然の出来事に混乱するサクヤ。
「あんたねぇ……頭でも撫でたらいいんじゃない?」
「――ダメよサクラ。それは私の特権なのだからっ」
ローザが何かに反応して、エドガーの腕を自分の肩に回し、立ち上がらせる。
「な、なんですかそれ……」
三人とも体力だけは大分回復したらしく、サクヤはエドガーの反対の腕側を肩にかけて。
「……帰るとしましょう、主殿」
と、優しく語り掛け、ローザと共に歩き出す。
「――まったく……」
そんな三人を見ながら。
サクラも歩き出し、眠そうにあくびをしながら【福音のマリス】を目指した。
◇
~宿屋【福音のマリス】~
「た、ただいま~……誰か、いる~?」
そ~っとドアを開け、確認するように声を掛ける。
しかし反応はなく、誰も居ない事に一抹の不安を感じるエミリア。
「ええぇ~……誰も居ないのぉ……?」
エドガー達が既に帰ってきていることを期待したが、それも虚しく肩を落とす。
「誰も居ないのか……そっか、もう直ぐ夜明けだもんね――あ!もしかして寝てる!?」
エミリアはエドガーの部屋である管理人室、二階のローザ達異世界人の部屋を順に尋ねる。が。
「――やっぱり居ない……だ、大丈夫……だよね?」
収監所の方へ行ったローザ達。
エドガーと合流して様子を見たら帰ってくるものだと思っていた。
あわよくば戦いの途中で合流できるものと、高を括っていたのかもしれない。
「でも。鍵も開いてたし……」
念の為に、他の客室も調べると。
「――……メ、メイリンさんっ!大丈夫っ!?……――ほっ。よかった、寝てるだけ見たい……だけど……」
何故メイリンが?と、事情の知らないエミリアは、訝しむことしか出来なかった。
そして、メイリンが眠っているだけと確認したエミリアは、エドガー達を待つ為、玄関入り口の長椅子で一人、正座待機していた。
もう下町の騒がしさは鎮まっており、近くであんなことがあったとは思えないくらい閑散としていた。
そわそわしながら、辺りを何度も行ったり来たりし、座ったり立ったりと落ち着きなくしていたが、ブーツを脱ぎ、正座したところで何となく落ち着いたのだが。
「来ないよぉ~」
不安で泣きそうになりながら、エドガー達を待つ。
そして今まさに夜が明けて、太陽が顔をのぞかせたその時。
「……!……っ!?」
「~~!っっ!」
「……。……」
聞こえる声。そしてこちらに歩いてくる影、ひと塊になった大きな影と、それに付いてくる一つの影が、【福音のマリス】に向かってやって来た。
「――エドっ!ローザ!サクヤとサクラもっ!!よかった、ホントによかったぁ……」
エミリアは直ぐに駆け寄り「心配してたんだけど!」と声を掛けたが。
「あ~エミリア……貴女も無事でよかったわ。はい、エドガーよろしく」
ローザが素っ気なく、気を失っているエドガーをエミリアに託す。
「え!わっ……ちょっ――エドっ!?どうしたの!?ローザ~!説明してよ!!」
ローザは長椅子に座り「はぁぁぁぁ……」と深いため息を落として、話しかけるなオーラを全開にする。
「……えぇぇぇぇぇ……?」
この素っ気なさに、エミリアもドン引きする。
「ご、ごめんエミリアちゃん……ローザさんお腹空きすぎてイライラしてるみたい。エド君は大丈夫。魔力を使い果たして、寝てるだけだってさ」
サクラが説明してくれるが、サクラも眠そうに目を擦っていた。
午前に出かけ夜明けに帰って来たのだ。エミリアもそう言えば朝しか食べていない。
「……」
「なんでサクヤはそんなに目つき悪いの……?怖いって」
無言のままローザの隣に座り、同じく深いため息を吐く。
「【忍者】はね、えっと……心労……かな?」
「……はぃ?」
何があったかは、もう聞きたくなかった。
「ま、とにかく皆無事だよ……エミリアちゃんもよかった」
「あ、ありがとう~。サクラ~!」
やっと労ってもらえたエミリアは、エドガーを支えたままサクラに飛びつく。
「わっ!エミリアちゃんってば……苦しいよ――ってエド君の方が苦しそうだよ!?」
エミリアとサクラに挟まれたエドガーが「うぅ」と呻いたのを見て、エミリアは慌てて離れる。
「うあっと……ごめんエド!サクラも……嬉しくてつい……――サクラ?」
サクラは何かに見惚れているように、口を開けたままポカーンとしていた。
エミリアは、サクラが見ている方へ向き。
「――ぅう……眩しっ」
と目を細める。
「エミリアちゃん……」
「ん?――なに?」
サクラは振り向いてエミリアを見る。
昇ってくる太陽に背を向けると。
「……異世界でもさ――朝日は同じなんだねっ!」
満面の笑顔で笑うサクラの後ろから射す光が、五人を褒め称えてくれているような、そんな明るい後光だった。




