59話【離別】
◇離別◇
リューネが馬車を飛び出して行った。エリウスはその後ろ姿を眺める。
エリウスが渡した【裂傷の魔剣】を手にし、走るリューネ。
『ただし……これを最後に、聖王国との関係を全て絶ってもらう事になるわ……それでもいいのなら……行きなさい。これが、最後の選択よ?』
そんなエリウスの恩情にも、リューネは迷うことなく頷き、エリウスに感謝を言って飛び出していったのだが。
「まさか一瞬の迷いも見せないとはね……」
馬車の窓際に頬杖をつき、喜ばしそうにするエリウス。
向かいに座るレイブンは、そんなエリウスに。
「皇女殿下……よいのですかな?……ああ言う事を許しては、いずれ計画に支障が生じるのでは……?」
エリウスはレイブンに向き合い。
「大丈夫ですわ、ヴァンガード卿……あの方も、多少のズレは承知でしょう……それに……」
「……それに……?」
エリウスは目を閉じて、何かを思い出しているように笑い。
「――いえ、憶測でものを言うのはよくありませんので、やめておくことにしますわ……」
「ふぅん……そうかい。皇女殿下が言うなら、何も聞かない事にしましょう……」
レイブンはこれ以上聞くことはなく会話は途切れた。
(あの方は、些細な事は気にしないでしょう……それに。どうせ私達の事も……駒と扱っているのでしょうし)
祖国で待つ依頼主は、自分達を利用している。
それを前面に置きながらも、思うままに行動できない自分に不甲斐なさを覚えつつも。
(……さあリューネ……貴女の最後の騎士道――私に見せてみなさい)
そう心の中で呟いて、エリウスは窓の外。
エミリアとリューネを見たのだった。
◇
赤黒く輝く刀身を振りかざし、リューネは【石魔獣】を駆逐していく。
「はっ!せいっ!……はぁぁっ!!」
既に十数体を倒して、あれだけ密集していた魔物の数が少なくなってきている事に安堵する。
「うりゃぁぁぁぁぁっ!!」
豪快な掛け声で暴れ回るエミリアを見て、リューネはうっすらと笑う。
「フフっ……凄いわねっ、エミリア!」
エミリアも、もう何体もの【石魔獣】を倒している。
ぶん回す。と言う言い方がふさわしいようなエミリアの槍捌きに、【石魔獣】は次々と砂に帰り、その亡骸である砂からは、うっすらと炎が揺らめきは消えていった。
「リューネだって!……どこで手に入れたとかは、詳しくは聞かないよ。でも、助かってる!」
視線で会話をし、お互いの得物を認める。
そしてリューネの方を一瞬だけ振り向き、笑って答えたエミリア。
「ごめん……ありがとうエミリア」
二人が並んで戦う事は無かった。
きっと、今後もないはずだった。
平和な聖王国で暮らし、いつか来るべき時の為と言われて騎士学校に入り、何の為に訓練するのかと言うことを疑問視せず、ただ言われるままに生きてきたエミリア。
王都出身では無く、親もいないながら、弟と二人で生活し、【聖騎士】に成るために奔走してきたリューネ。
エドガーと言う幼馴染の為に、国の価値観を変えようとするエミリア。
エリウスと言う敵国の皇女に見出され、恩人である彼女のために全てを投げだそうとするリューネ。
二人が、最初で最後。肩を並べて戦う。
「エミリア!もう少しよっ!」
「うんっ!一気に行くよ!!」
左右に分かれ、剣で、槍で【石魔獣】を倒す二人。
「……お、終わった……?ふぅ~……」
槍を振り払い、ヒュンッ!と風切り音を鳴らして、エミリアは息を吐く。
まばらに、けれども数人の貴族らしき人物が二人に賛辞の拍手を贈っている。
その中には、先程の庭師もいた。
「お疲れ様……エミリア、貴女がこんなところにいるなんて驚いたわ……てっきり、エドガー君達と一緒にいると思ってたから……」
リューネも剣を払い、戦闘が終結したことを周りの人達に知らせる。
「……リューネこそ!無事でよかったよ、あの後からずっと探してたのに、騎学にも来ないから!」
「私は大丈夫、助けて頂いたの。それにさ、学校にはもう行けないよ……学校側も、きっと不審がってる……でしょ?」
「う、うん。それは……そうだけど。私も、何も聞かれてないし……」
「ならそういう事よ。私はもう戻れない、戻るつもりも無いの……」
「「……」」
騎士学校にも寄宿舎にも帰っていないリューネは、もう調べ上げられている筈だ。
「それに何日も無断欠席してるしね……当然よ。酷い事も……してるし」
そう言い笑うリューネ。
エミリアは何も言えなかった。それでもリューネは。
「エミリア。最後に貴女と一緒に戦えてよかった……私は、私の出来る事をするから」
「――わ、私も……!私も頑張るっ!……エドの為に……私も出来る事をするよ、だからさ――」
「たはは」と笑いながら、エミリアはリューネに手を差し出した。
「改めて……助けてくれてありがとう、リューネ」
「……」
リューネはエミリアの手を握り返さず、何かを悲しむように。絞り出すように言葉を発した。
「ごめんエミリア……その手は握れない。私はもう、帰らないって決めたから」
エミリアも何かを察していたのか、直ぐに手を引っ込め、リューネに背を向ける。
「うんっ……何となくそうなんだろうなって、感じてた……でも、大丈夫なんだよね?」
リューネの弟やリューネ自身の今後の事。
エミリアは心配して、肩越しに問いかける。
「――ええ。弟、デュードも助かったわ。私は……それを助けてくれた方についていく」
【リフベイン聖王国】の隣国、【魔導帝国レダニエス】。
その皇女、エリウス・シャルミリア・レダニエス殿下。
リューネの恩人であり。だが、【召喚師】を狙う謎の人物の一人。
「その方は……エミリアの――エドガー君の敵かもしれない……でも、私は――」
「……分かった――行って、リューネ。私は何も知らない……でももし、もし――戦う時が来たら」
「「――負けないっ!」」
二人は振り向き合い、拳を合わせて別れを告げる。
リューネを逃したら、ローザは何か言うだろうか。
そんな考えも一瞬よぎったが、命の危機を救ってくれたリューネにそんなことが言えるほど、エミリアもオトナじゃなかった。
「……じゃあ……いくね」
「……うん」
小さく手を振り、エミリアに別れを告げるリューネ。
そんな様子を見ていた貴族の女の子が。
「騎士さまっ!助けてくれて、ありがとうっ!!」
と。それはエミリアに掛けた言葉かもしれないし、リューネに掛けた言葉かもしれない。
願わくば、二人の少女に掛けられた言葉であればいいと。
エミリアも、リューネも思った。
「さあ、まだ怪物が全滅したわけではありません!!バリケードを設置し直して、隠れていましょう!」
エミリアは集まる貴族に声を掛け、バリケードを直し始めた。
「……」
「――ん?」
「どうしたんだい?……嬢ちゃん」
「あ、いえ!……っ!――すみませんっ!!ここお願いしますっ!」
エミリアは、逡巡しかけたが、何かに導かれるように。
バリケードを超えて走り出した。
◇
「はっ、はっ、はっ……」
エミリアは走りながら、僅かに聞こえた声の残声を頼りに、耳を澄ませながら探していた。
「――こっちだと思ったんだけどな」
気のせいならばそれで構わないが、もし聞き間違いで無ければ、エミリアは一生後悔するだろう。
たとえエドガーが気にするなと言ったとしても、きっとエミリアの心に残り続ける。
「ここは……路地、裏?」
【王城区】へ近い城壁に、細い路地に当たる場所を見つける。
「まさか、こっちじゃないよね……」
薄暗い路地裏に、どことなく不穏な感覚を持つも、槍を握りしめる手をさらに強めて、エミリアは意を決して進んだ。
「よしっ!――行くぞぉ」
尻すぼみながらも、一歩足を踏み入れた瞬間。
――明らかに変わる空気。
「――アレ?なんかさっきと全然……違う」
ローザが籠めた魔力が、この場に掛けられていた“魔道具”による結界を解除したことを、魔力を持たないエミリアが知る由もなく。
「――きゃぁぁっ!誰かっ!誰かぁぁ!!」
耳を劈く悲鳴がエミリアの鼓膜を刺激した。
何かに疑問を抱く暇もなく、エミリアは駆けだしていた。




