58話【エミリア奮闘中】
◇エミリア奮闘中◇
~【貴族街第二区画】水路通り~
エドガー達が【大骨蜥蜴】と戦っている最中。
一人別れたエミリア・ロヴァルトは、逃げ惑う貴族を水路通りに集め、バリケードを設置して魔物の侵入を防いでいた。
出入口を一つにし、侵入されてもエミリアが一対一の状況を作り出せるようにしろ。とローザが教えてくれた戦略だ。
――そして。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!」
石と砂で出来た魔物。
【石魔獣】の頭部を一突きし、絶命したのを確認して、エミリアは槍を引き抜く。
「ふぅ……これで三十体目……」
既にそれだけの数を倒していたのだが、エミリアの周りは砂だらけになっており。砂利や小石も混ざって、足を取られればひとたまりもなくなる様な状態になっていた。
「……すみません!ここをお願いしますっ」
エミリアが叫ぶと、一人の男がやってきてスコップで砂を掻き始める。
「悪いなお嬢さん……俺らはこんなことしか出来ねぇ」
その男は、とある貴族の庭師だった。
逃げる雇用主に置いていかれて、ここに避難してきた。
「いえっ!ありがとうございます。助かります!」
エミリアは笑顔で答え、次の【石魔獣】に備える。
「私の役目は、ここにいる人たちを助けること……それが、エドを助けることに繋がればっ!」
槍、【勇炎の槍】を構え、新たな【石魔獣】を迎え撃つ。
そうして何度も繰り返し、魔物を撃退していった。
「うわあぁぁぁっ!!か、怪物がっ!バリケードを乗り越えてきやがったぞっ!!」
エミリアがたった一人で【石魔獣】と戦っているのにも、限界があった。
ローザに助言され、バリケードを作って一対一をしていても。
魔物も、人間を食ってやろうと少ない知恵を絞って行動する。
魔物は、重なり合って段を作り出し、バリケードを上がってきたのだ。
「くっ……まだこっちにもいるのにっ!!」
エミリアが入口付近で戦っているに対して、【石魔獣】がバリケードを乗り越えたのは反対側だ。
「はあっ!!」
魔物の胴を突き刺して、直ぐに反対側へ行こうとしたが。
「じょ、嬢ちゃん!ま、まだ来てるぞっ!?どうするんだっ!」
「直ぐに入口を閉めて塞いで下さいっ!――あっちに行かないと」
しかし既に混乱は始まっており、悲鳴や怒声が溢れ始める。
「【聖騎士】は何をしているのっ!こんな時こそ住民を守らなくちゃいけないのにっ……!」
歯痒むエミリア。
収監所のから黒煙が上がり。
地震が起きて【石魔獣】が溢れ出してから、既に数時(数時間)。
城には【聖騎士】が駐在しているはずだ。
ましてや貴族街。権威や実績のある貴族はたくさんいるはずなのに、【聖騎士】はおろか、騎士の一人も援軍に来ないのはおかし過ぎる。
「――ぐあぁぁぁっ!!」
「ひ、一人嚙まれたぞ!に、逃げろぉぉっ!」
悲鳴、断末魔が上がり、リーダー格の男が逃げろと指示を出した。
「――っ!!ダメ!バリケードを解かないでっ!!」
エミリアの願いも虚しく、男達によってバリケードは崩され、逃げようとする貴族達。
しかし逃げようとする人間よりも、飢えた魔物の方が幾分マシな動きを見せ、人間を囲むように包囲すると、目をギラつかせて威嚇する。
「ひぃぃぃっ!!」
「いやぁぁぁ!あなたぁっ!!」
「たす、助けてぇぇ!」
悲鳴は続き、入口を封鎖し終わったエミリアは戦闘に移る。
「はぁぁっ!このぉぉっ!――どいてっ!!」
疲労もあるだろうエミリアは槍を振り回し、魔物を攻撃するが、牽制するので精一杯だ。
「この……はぁ、はぁ……」
構えだけは解かず、ジリジリと迫る【石魔獣】を睨む。
「お前!!た、助けろっ!お前は騎士学校の生徒だろうっ!俺たち貴族を助けるために訓練してるんだろぉが!」
エミリアの服を掴み、引っ張りながら無茶苦茶を言う貴族の男。
「――ちょっ!引っ張らないでっ……動きがっ――はっ!!」
一瞬、気を取られた。
男に引っ張られ、揺さぶられた反動で視線が少し逸れ、戻した時には魔物が迫っていた。
(――ごめん……エド)
死を覚悟した。
――その時だった。
迫って来た魔物は、一刀のもとに切断され、砂となって消え去った。
「……え?」
「――まったく。危なっかしいのはいつまでも変わらないのね……エミリア」
ウェーブのかかったイエローグリーンの髪を靡かせ。
剣を握る少女が、エミリアの前に立っていた。
「――リュ、リューネっ!?」
騎士学校の同期、成績第一位。
リューグネルト・ジャルバンが、魔物を斬り裂いて、エミリアを助けてくれた。
「……エミリア。取り敢えず、この魔物達を何とかしましょう。話はそれからで……」
「分かってる……お願いっ!」
突然現れたリューネに背を預け、槍を構えるエミリア。
その背を守るように。リューネは後ろを向き、ある一点を見つめる。
そこには、一台の馬車があった。
◇
ほんの少し前。
一台の馬車を引く男、その馬車の中には男が一人、女が二人乗っていた。
リューネは、隣に座るエリウスが青いフードを被り、何やら“魔道具”らしき物を操作しているところで外を見る。
「――気になるのかね……?」
向かいに座るレイブンが、リューネの様子を見てそう言う。
「は、はい……これでも、騎士学生でしたので……」
馬車の外では、逃げ惑う貴族やその従者が、石の怪物に襲われ混乱している。
「はんっ!ほっときゃいいだろぉがっ、こんなクソ貴族どもよぉ!」
馬車を引く男レディルが、話が聞こえたのか大声で言う。
「……いやはや、耳が痛い話だね」
レイブンが、両手を上げて降参のポーズを取る。
「……」
神妙な面持ちで外を眺めるリューネに、フードを取ったエリウスが声を掛ける。
「――ふぅ……リューネ?どうしたの?」
「……」
「……――ヴァンガード卿。《化石》が動き出したようですわ……」
リューネの答えを聞く前に、直ぐにレイブンへ声を掛けたのは、《遠見》の“魔道具”を使用した結果を報告する為だ。
「そうか……動き出したということは、魔力を持つ誰かが来た……ということだ。君の言っていた通り、十分逃げる餌にはなりそうだね」
「ええ。それに、どうやら来たのは【召喚師】エドガーのようですわ……それに、ローザとか言う魔法使い……この女の魔力に反応したのでしょう」
「ほう……そんな魔法使いが俺が囚われている間に現れたのか……しかも、【現・召喚師】と一緒に……かい?」
レイブンは不気味に笑い、喉元を擦りながらエリウスを見る。
眼光は鋭く、エリウスでさえ射抜かれてしまいそうになる。
「――あの女は普通じゃねぇよっ!【月破卿】のあんたでも、苦戦するぜぇ?かははっ!!」
吞気に笑いながら、レディルは馬に鞭を入れる。
馬車内が鎮まる中、車輪と蹄鉄、そして鞭の音だけが響く。
「あっ……エリウス様、すみません……声を掛けていただいたのに」
思い出したかのように。
リューネがエリウスに、先程声を掛けた理由を聞く。
「……いいえ。貴女が元気ないように見えたから気になっただけよ?……大丈夫なのでしょう?」
「少し思う所はありますが……私はエリウス様のお力になると決めました。だから――えっ!?」
「リューネ……?どうしたの?」
「――あっ、いえ……何でも……ありません」
リューネの視線は、エリウスの向こう。
水路通りだ。
「レディル。馬車を止めなさい」
「エリウス様!?」
「なんだっ!急に!!」
レディルは咄嗟に馬を強く引き、馬車を止める。
「……リューネ、行きたいのでしょう?」
「エ、エリウス様……私は……」
顔を背け、窓から視線を逸らそうとしたが。
その瞬間にバリケードは壊されて、魔物が雪崩れて行った。
「……っ!」
リューネは目を瞑り、蹂躙されるであろう人たちから意識を逸らそうとした、が。
『はぁぁっ!!このっ!――どいてっ!!』
聞き覚えしかない少女の声がリューネの耳に入り。
「エ……エミリアっ!?」
つい反応し。その反応にエリウスも、そしてレイブンもその少女を見る。
「エミィか……随分と久しぶりだな」
(あの時【召喚師】と一緒にいた子、ロヴァルト伯爵の娘ね……)
レイブンは呟き、エリウスは思案する。
レイブンはエミリアを幼少期のあだ名で呼び、懐かしいように言う。
――だが、続けて。
「しかし……このままでは死ぬな。惜しい子だったが……残念だ」
「――そんなっ!!」
関心などまるでないように、レイブンはエミリアを切り捨てる。
それにはリューネも声を荒げ、レイブンを睨む。
「なんだ……リューネはエミィを知っているんだね……そうか、騎学の生徒だからか」
「……はい。同窓生です……お兄様のアルベールさんは、昨年度【聖騎士】に成られました」
「そうかい」と、関心なさそうに呟くレイブン。
「はぁ……仕方がないわね……行ってきなさいリューネ……ただし――」
そう言って、エリウスが告げた条件は。
リューネを完全に聖王国から離脱させる事となる言葉になるのだった。




