57話【スカル・タイラント・リザード3】
◇スカル・タイラント・リザード3◇
巨大な骨の蜥蜴だった面影は完全に無くなり。
今は丸い球体に近い形状になっている【大骨蜥蜴】。
魔力を球体全てに覆いつくして、骨同士の隙間にも隈なく魔力が伝導しているようだ。
「……なぁローザ殿」
「なにかしら……?」
サクヤは球体になった【大骨蜥蜴】が、どういった攻撃を仕掛けてくるのかが気になっていた。
攻撃の度に変形し、蜥蜴の爪や牙で攻撃するのか。
上部に見える頭の部分から腐食の息を吐きだすのだろうか。
と、色々と考えを巡らせてみた結果。
「あのような単純明快な形状……転がってくるのが最も考えられる攻撃方ではないであろうか?」
球体になった【大骨蜥蜴】は魔力を帯びて、骨格など関係なく組み合わさっている。
それはつまり動かす方法など、転がるか弾むか、どちらかしかないのでは?と考えた。
「……まぁ――そうでしょうね……もしくは弾むか?」
ローザも同様の事を考えていた。
この大きさだ、もしこのまま転がって来たら、こちらは避けるしかない。
優に人間の五~六倍はある大きさのものを、まさか防御するなど考えはしないであろう。
異世界人で不思議な能力を持っていても、身体は普通の女の子だ。
ローザが全開の魔力を貯蓄していれば、あるいは防げるかもしれないが。
多くの剣を作り出し、何度も【大骨蜥蜴】と戦っていた時間的に、ローザの魔力も心許なかった。
特にエミリアへの槍。アレに籠めた魔力がかなりの消費になっていた。
更には、自然回復の遅さだ。
(“召喚”されて以来、魔力が全然回復していない……それ以上に、使った魔力分ですら回復しないのはなぜ?)
エドガーの為でもあるエミリアへの助力は、自分が勝手にやったことでもあるし、文句を言う気はサラサラないが。
“召喚”されてから減った魔力すら回復しないのは、この国に魔力が存在しないのが原因だった。
(もしエミリアがここにいれば、もっと楽に戦えていたかしら)
エミリアが一緒に居れば、【勇炎の槍】がある。
この骨蜥蜴とも、もっと違う戦い方ができたかもしれない。
ローザが色々と考えているとサクラが。
「ね、ねぇ……なんか前後に揺れてない?アレってさ……もしかして」
サクラが口にしたアレとは。もしかしなくても。
――助走だろう。
「来るわよっ……散開して!」
「――えええっ!?」
サクラだけが驚いている。
「あ~、そうね……エドガー!サクラと一緒に居なさいっ。いいわね」
「――分かってる!……サクラ!こっちに来て!」
エドガーは強引にサクラの手を引っ張って走り出す。
「――あ……う、うん」
先程の【大骨蜥蜴】の攻撃を考えても、ローザをターゲットにして来る確率が高いはずだ。
エドガーはサクラと、ローザとサクヤはバラバラになり、骨球体の転がりを身構える。
「サクラ!紫の光る骨はどこっ!?」
おそらく弱点であろうそれは、サクラが判別できている。
こんな状況で噓をつくような子ではないはずなので、きっと【朝日の雫】の力なのだろうと、ローザは思っている。
「えっ……と」
なにか言いにくそうに、ローザとエドガーを交互に見るサクラ。
「どうしたの?」
「サクラ、早く!」
「どうしたのだ!?」
三人の視線を受けてサクラは。
「多分……真ん中にある……中心部に」
「「……」」
「……え、それって」
言いにくそうに答えるサクラ。
もしかしなくても、ずっと見えていたのに言い出せなかったのだろう。
「ご、ごめんなさいっ!怖くて言い出せませんでした!」
一目散に、ローザへ向けて頭を下げるサクラ。
「……目視できる位置にあると勘ぐった私も悪いわね……」
「すまぬ……わたしもだ、目当たりはつけていたが。数が多い上に、集まられてからは見えなんだ」
ローザもサクヤも、サクラを責めはしなかった。
個人的に骨を観察はしていたし、予測もしていた。
見当外れの予測をした自分が悪いと言い聞かせて、ローザは構える。
「中……ね――つまりはその骨が核だって言っているようなものでしょ!なら分かりやすくていいわ、貫通させて砕けばいいっ」
(私自身の魔力は心許ないけれど……《石》の魔力はまだある……最短で決めないと!)
助走が終わったらしい骨球体は、ローザを目指して転がり始める。
ゴロゴロと転がり、土煙を上げてローザを押し潰そうと迫る。
「……ふっ!」
ローザは跳躍し簡単に避けるが、骨球体は収監所の外壁に盛大にぶつかって大きな音を鳴らす。
「やはりローザ殿を狙っているのかっ!」
サクヤは懐から出した小太刀を、壁にぶつかって停止している骨球体の隙間を狙って投擲する。
真っ直ぐに飛び、骨の隙間に入り込みそうだった小太刀だが、やはり魔力に阻害されて落とされる。
「くっ、やはりだめか……!」
一切のダメージを受けていないらしい骨球体は狙いをサクヤに変えたのか、先程よりも動きをスムーズにさせてサクヤに突進する。
「何という迫力だっ……馬に轢かれるどころでは無いぞっ――とっ!!」
サクヤは壁を見事に駆け走り、突進を回避した。
「エド君……?あ、あたしの所為だよね……?」
「……えっ?」
骨球体から一番離れた場所にいるサクラとエドガー。
サクラは回避一方のローザとサクヤを見て、この状況を招いたのは自分だと感じていた。
「あたしがちゃんと伝えられていれば……もっと早く倒せてたかもしれないのに」
「サクラの所為じゃないよ……ローザもサクヤも、何も言わなかったじゃないか」
エドガーも二人の戦いを見ながら、自身も何もできていないことを激しく悔やんでいた。
それでも、自分が弱い事を自覚しながら、懸命にできることをした。
戦えるローザとサクヤの邪魔をしないように、無駄なことをさせないように。今できることは、出しゃばらない事だと認識している。
「サクラの気持ち、よくわかるよ。僕もあんな魔物見たこと無くて、ホントは吐きそうなくらい緊張してるんだ……」
エドガーは胸を押さえ、うるさいくらいに鳴り止まない心臓の鼓動を確認する。
「ローザが教えてくれたんだよ。「でも」とか「だけど」とか、そういう事を言うのはやめろってさ……」
「でも、とか、だけど……?」
「うん。でも無理……とか、だけどやっぱり……とか。――だから受け入れることにしたんだ。全部受け入れる。怖い事や嫌なことも、ローザが……ううん。ローザ達、サクラやサクヤ、エミリアがいる。アルベールやマークスさんだっている。宿に帰ればメイリンさんだって、それに、しばらく会ってないけど妹もね……」
消極的で卑屈。暗くて人見知り。
エドガーは、基本的にはそうだ。
それでも、ローザがきっかけになって少しずつ前進できて来ている。
個人的解釈になるかもしれないが、エドガーは自分が成長していると思っている。
「僕も、何もできないわけじゃない……ほんの少しでも、力になれることがあるのなら……何でもやるって決めたんだっ!」
サクラに自分の気持ちを伝えつつ、自分自身の決意表明でもあったエドガーの言葉。
それに反応したように、エドガーの右手と額の契約の証、《紋章》が輝く。
そして――その証は、左眼にも輝きを発生させた。
「――エ、エド君っ!?」
眩い光にサクラは腕で影を作り、目を凝らすも、エドガーの発する輝きが圧倒的過ぎて。そして自分の額の【朝日の雫】も輝いていることに気付き。
「わっ!……あたしのも光ってる!?」
「サクラっ!」
突然名前を呼ばれたと思ったら、腕を掴まれ引き寄せられるサクラ。
「きゃっ……!」
――ガッ!とサクラを受け止めるエドガー。
「――サクラ……ありがとう」
エドガーの急すぎる感謝に、驚くサクラ。
「……えっ!?」
サクラが見つめるエドガーの表情は明るく。
少年の額に輝く《紋章》が、自分の《石》と共鳴して、今ならすべての考えが共有できる気がした。
そして、そのとても魅力的な少年の笑顔に、サクラはドキドキしてしまった。
◇
骨球体が、戦っていたローザやサクヤから急激に狙い変えた。
エドガーから発せられる輝き(魔力)に反応し、方向修正を計る。
「コイツっ……!!」
<二人共っ!!そっちに行くわよっ!!>
ローザから送られてきた【心通話】でハッとするも。
エドガーから視線を外すことが出来なかったサクラ。
しかしエドガーはそれすらも分かっているかのように返事をする。
「分かってる」
エドガーは、左腕でサクラを抱きかかえたまま、右手の《紋章》から剣を造り構える。
先程ローザが造り出した大剣、そして普段使っている長剣を合わせた様な、極大の剣だった。
更に、額と左眼の《紋章》が輝き、その魔力が剣に帯びる。《赤い刀身》に金の装飾を施し、《黒い紋章》と《白い紋章》が刻まれた異様な剣だった。
「……来るなら――来いっ!!」
迎え撃とうとするエドガーに、骨球体は勢いを増し、ゴンッ!ゴンッ!と弾ませながら迫ってくる。
「エドガー!逃げ――」
「主殿!コノ……サクラ!くっ――【魔眼】!!」
ローザとサクヤも骨球体を止めようとする。球体の勢いが凄まじき回転をしているせいで、ローザの【炎の矢】も、サクヤの【魔眼】も効果を発揮しなかった。
「――ウオォォォォォっ!!」
エドガーは極大の剣を片手で振りかぶり、その巨大な刀身を燃え上がらせ、迫りくる骨球体を迎え撃つ。
「エドガー!」
ローザは、消えずに落ちていた自分の拉げた大剣に魔力を注ぎ、それを反動台にした。進行上の骨球体を、その大剣の反動台で飛び上がらせる。
完全にエドガーとサクラを圧死させるつもりなのだろう骨球体を、敢えて上空に飛び上がらせたローザの意図を、《石》を通して理解したエドガー。
「斬ってやる!!」
大ジャンプして、押し潰そうと迫る骨球体。
エドガーは、極大の剣で斬りかかる。
――ギュガァァァァァァ!!
ゴォォォォ!!と、炎を纏ったエドガーの剣は、骨球体の魔力とせめぎ合う。
バチバチバチっ!!と魔力を迸らせ、エドガーは咆哮する。
「――こん、のぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「エド君……」
<こんな……死んじゃうかもしれないのに。あたし……エド君から目が離せないよ……>
<サクラ……僕の事を信じて……>
<――うん、信じてる……もう、信じてるよ……>
【心通話】に乗せられた思いがエドガーに伝わり、エドガーは一刀を振るった。
――ズギャンッッッ!!
骨球体の魔力を切断したエドガーの剣は、骨球体の半分を斬り伏せ、吹き飛ばす。
「――!!」
「――な、なんとっ!?」
吹き飛ばされ、外壁に埋め込まれる骨球体。
バラバラになった部位は既に魔力を失い、中の空洞がハッキリと見える。
「――あれねっ!!」
「そ、そのようだなっ!」
空洞の中心に浮かぶ、一本の骨。
振動しながら魔力を放出しているのか、バラバラになった部位を集めようとしている。ローザはそれに気付き。
「させないわよっ!【消えない種火】!!」
(使ってしまえ!!エドガーの努力を無駄にするんじゃないわよ!ロザリーム!!)
ローザは右手の宝石を輝かせて、無数の剣を作り出す。
「【炎の剣舞】!!」
バラバラになった部位に合わせて打ち出された剣達は、魔力を持たない骨に突き刺さり、動きを封じる。
「――くっ……はっ……」
ローザは大量の汗を流し、倒れ込む。
「……!!――くっ、後は任せよローザ殿!!」
魔力を使い果たしたのか、膝から崩れたローザを視界に入れ、エドガーも倒れている事を確認する。サクヤは本能的に、残された自分が核の骨を斬るしかないと判断した。
「【忍者】ぁぁっ!頑張ってぇ!!」
エドガーを支えるサクラから、まさか応援されるとは。
「承知している!――忍法、【紫電】!!」
華麗にポーズを決め、眼から発生した紫色の雷を浴びるサクヤ。
「あばばばばっ!!……だ、だから電撃は嫌いなのだ!!」
愚痴を言いながら、サクヤは消えた。
一筋の稲妻となり、紫電の如き速さで核の骨に迫る。
「それだけ分かりやすく露出していれば、如何に馬鹿なわたしでも理解する!――覚悟っ!!主殿とローザ殿の仇だっ!!」
<……死んでないわよ>
<――死んでないから……>
<二人を勝手に殺さないの!!>
三人からツッコまれつつ、サクヤは紫電迅雷となって核の骨を切断しにかかる。
骨球体も自分がピンチだと分かるのか、がむしゃらに残っている魔力を溢れさせ、落ちている骨を突撃させ、サクヤを攻撃するが。
ローザの剣で潰された大きな骨は動くことなく、エドガーの剣によって砕けた骨は微動だにしなかった。
残されたのは、ほんの小さな小骨だけ。
「――効かぬ!!」
雷を纏うサクヤの身体に触れた瞬間、突撃してきた小さな骨は粉砕し塵となる。
サクヤは何もせずに、核の骨のみを狙っている。
「もらったぞっ!!――【紫電一閃・瞬雷剛斬】!!」
誰にも見えない速さで、核の骨を斬る。
砕け、魔力を無くす骨球体。
いや、【大骨蜥蜴】は、その魔力を消滅させ、跡形もなく消え去った。
そして、サクヤが通った道には、黒い焼け焦げた跡と、バチバチと走る電撃だけが残っていた。




