56話【スカル・タイラント・リザード2】
◇スカル・タイラント・リザード2◇
【大骨蜥蜴】の咆哮は数度にわたって放たれ、その魔力を帯びた衝撃波は収監所の外壁を何箇所も破壊していった。
今頃地下に収監されている囚人達は、見張りの看守や騎士が一人も居ない事を含めて、何事かと慌てふためいている事だろう。
しかし、それ以上に。
この戦闘の場で、最も慌てふためく人物がいた。
「いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」
器用に壁の隙間に指を入れて、必死に握力だけで抵抗するサクラは、自分の足を持つサクヤに泣きながらキレる。
「なんでよおぉぉっ!あんた達でやんなさいよぉ!あたしには無理なんだってぇぇっ!!」
「――くっ……サクラっ!足を、ジタバタと、させ……るなっ!馬鹿者!はしたないであろうがっ!」
駄々っ子の様に足をジタバタとさせて、自分を死地に連れて行こうとするサクヤに必死の抵抗をするサクラ。
スカートがひらめく事などお構いなしに足をばたつかせていた。
「お主、下着が丸見えだぞっ!良いのかそれで!」
「下着なんてどうでもいいよっ!誰も見てないから!――それよりもあんなバケモノ!現代っ子には無理だよっ!ゲームじゃないんだから!!」
ごもっともである。
サクラはついこの間まで、普通の《女子高生》だった。
多少マンガやアニメの知識はあっても、勉強を優先し、親の体裁の為に優等生を演じていた少女には、この様な恐怖体験は過酷そのものだ。
「<いや、しかしだなぁ。わたしも諦めるわけにはいかぬ、あのローザ殿の顔……思い出しても身震いする……>」
「<……そ、そうだっ!ローザさんなら大丈夫だって!あんなおっきな剣を操ってるんだし、サクッと倒しちゃうって!!>」
<――聞こえてるわよ?二人共>
「ひゃっ!!」
「いやぁぁぁぁ!」
どうやら、喋りながらも【心通話】でローザに届いていたらしい。
つまりは本音が筒抜けだ。
「あ、諦めることだなサクラ……」
「なんでよぉ!あんた【忍者】でしょっ!!」
どんな理屈か分からないような事を叫び、両手をバンバンと床に叩きつけるサクラ。
「……ん?」
「――あっ」
「隙ありぃっ!!」
ガシッと胴を掴まれ、瞬時に壁際から離されるサクラ。
自分のツッコミ体質を恨むしかない。
「いやだぁぁぁぁ!」
「えぇいっ!そんなに怖いのなら、わたしに掴まっておればいいっ。わたしを頼れ!」
【心通話】に乗らないように「子供みたいな奴め。本当にそっくりだ」と、愚痴り、笑った。
「……」
何故か、サクヤの言葉におとなしくなるサクラ。
「な、なんでそんな目で見るのだ……」
「……行く」
サクラ自身も分からないが、サクヤに自分を頼りにしろと言われるのは釈然としなかったのだ。
「エド君とローザさんに、あたしが見えてるものを説明すればいいんでしょ!早く連れてって!」
「……お、お主――分かっていて駄々をこねていたのか……!時間稼ぎも大概だぞ!!」
「うっさいな!怖いのはホントだっての!」
突然心変わりしたサクラに、眉根をひくひくさせながら呆れるサクヤ。
その恨めかしい視線など気にすることなく、サクラの思考は瞬時に切り替わっていた。
今サクヤを頼れば、異世界での主導権は自分の方が下になる。
それは良くない。
最終的に、元の世界に帰るつもりはないのだから、サクヤとの関係性は同格で無いといけない、そう直感で悟ったサクラ。
今駄々をこねてエドガーに見損なわれたら、今後の異世界ライフが危うくなる。
この瞬間だけ我慢すれば、もう戦いはない可能性だってある。
そう考えればいい。そう、考えることにした。
「……打算でも何でもいいから、生きていければいいよっ!――ほっ!」
サクヤの背におぶさり、サクラは決意した。
「おっ……と――まったく……しっかりと掴まっておれよっ!」
きっかけは単純。
同一の存在であるサクヤに、一歩でもリードされるのが嫌だった。
――ただそれだけだ。
サクヤは、怖がりな癖にやたらプライドの高いサクラを背に乗せ、監視壁の縁に足をかけて、瞬時に飛び出した。
「――ローザっ!……またブレスが来るっ!今度はローザを狙ってる、気を付けて!」
エドガーがローザに叫ぶ。
「そのようねっ!」
【大骨蜥蜴】は、ローザを危険だと判断し、黒煙を頭蓋内に溜め、一気に吐き出した。
ローザは宙に浮く大剣を全て重ね、自分の正面に配置し、うまく組み合わせてブレスが当たらないように受け流す。
「……くっ!」
ブワァー!!と吹き荒れる腐食のブレスが、前面に張られた大剣を腐らせていく。
漏れ出たブレスがローザの足元に触れ、ジュウゥゥ!とブーツを溶かす。
「ローザっ!!」
エドガーが、【大骨蜥蜴】の首元にジャンプして、剣を叩きつける。
ガギィィィィン!!と弾かれる剣。
しかし【大骨蜥蜴】は意外にもブレスを止めて、首の骨をガガガっ!と震えさせ、一部を密集させた。
「な、なんだっ!?」
「……なに?」
着地するエドガーも、大剣の壁を解除するローザも、訝しむ。
「ローザ、今の見た……?」
「ええ。怪しいわね……積極的に狙っていきましょうか」
【大骨蜥蜴】の不審な動きに、責め所と見た二人は、首元に狙いを絞って攻撃しようと決めるが。
【大骨蜥蜴】は魔力を高め。
なんと、骨をバラバラにさせて宙に浮かび始めた。それこそ、ローザの剣の様に。
「なっ!――うわっ」
「コイツ!……このっ!」
もう蜥蜴の面影は無くなり、完全に宙に浮く骨だ。
少し分かりにくいが、見たままがこれなのだ。
分離した骨は、それぞれ魔力を帯びており、まるで蜂の大群が襲い掛かってくるようにエドガーとローザを攻撃する。
「――個々に動いてるっ……のかっ――ぐっ!」
剣で何とか捌いているが、大きい骨ならともかく、小さな骨にはまともに剣が当たらないエドガーは、小骨の突撃を身体に受け転倒する。
「……このっ!――エドガー!」
ローザも、大量に押しかかる骨に苦戦し、大剣全てを操る余裕がないようだった。
「――せめて炎が使えればっ!」
簡易的な炎であろうとも、【消えない種火】で生み出された炎は、ローザが操作をしない限り消える事はない。
文字通り“消えない炎”は水をかけても砂をかけても、使用者のローザが「消えろ」と念じない限り消えず。
先の戦いである【月光の森】での戦いでもそうであったが、集中して戦う状況では使いにくいのだ。
ローザの正式な戦闘スタイルは、炎を撒き散らせて戦う広域殲滅スタイルだ。
今この様に、仲間と共に戦うなど、“召喚”される前はしたこともなく。
ただ魔力のありうるままに焼き尽くしてきていた。
「炎を……!――ダメよ、《約束》したでしょっ!」
(……くっ……眩暈が……!)
新たな剣を【消えない種火】から作り出す。
最小限の魔力で造られた剣は、小回りの利く短剣二本だ。
エドガーはこの世界を嫌いではない。
どれだけ冷遇されても、“不遇”に扱われても。
エドガーが好きなこの世界の物を、ローザは壊したくなかった。
この《約束》は、ローザが自分にかけた《約束》でもあったのだ。
「がっ!……ぐっ――かはっ!」
ローザが自分との葛藤をしている中、エドガーは大群の様に押し寄せる骨に翻弄されていた。
それでも、致命傷になりそうな鋭利な骨からのダメージは剣で防いで、何とか場をつないでいる。
「うぐっ!とっと!と!――くそっ……数が多すぎる……!!」
大きな骨に吹き飛ばされた反動で、偶然起き上がったエドガーはローザを見る。
「ローザも苦戦してる……やっぱり炎が使えないと」
そんな思考状態のエドガーに、天から声がかけられる。
「主殿ーーーーー!」
「……!!」
エドガーの上空から声をかけたのは、サクヤだ。
ズダンっ!!と着地し、身体をブルリとさせるサクヤ。
その背には目を回したサクラが。
「な、何で上から……」
びゅんびゅんと飛び回る骨を牽制しながら、エドガーは疑問を口にする。
「いや~。勢いよく飛び出したはいいものの、余りにも勢いが良すぎて、危うく気を失う所でした、アハハ!」
笑い事で済まされない気もするが、無事で何よりだ。
サクラは大丈夫なのだろうか。
「サクラ!主殿に伝えるのであろう!?……はよ目を覚ませっ」
気を失わせた張本人が、重力加速で気を失しない、おぶさったまま目を回すサクラの頬をペチペチと叩く。
「う、うぅ~~ん……はっ!!――【忍者】ぁっ!」
目を覚まして早々に、ガッ!とサクヤの首に腕を回し、スリーパーを決めるサクラ。
「うぐっ……ぐ、ぐるじぃでばないがぁ……」
サクヤも、やり過ぎたと思っていたので敢えて受けることにした。
「いやいやっ……そんなことしている場合じゃないからっ!――ふっ!」
ギィン!と、飛んできた骨を弾き返し、エドガーは二人を焦りながら守る。
「あっ……ごめ――」
「けほっけほっ……おおっ!主殿がわたしを守ってくれているぞサクラ!――っせい!」
エドガーに守られたことに感動するサクヤ。
先程の反省など一瞬で吹き飛んだのか、パッと離されたサクラの腕を取り、思い切り背負い投げしてしまう。
「――きゃんっ!!痛っっったぁぁ!なにすんのよ【忍者】っ!」
尻からドスンと落ち、それでも直ぐさまサクヤに文句を言うサクラ。
どうやら調子も戻って来たようだ。
「ほれっ。いいから主殿と……ローザ殿は戦闘中の様だな……【心通話】でも何でもいいから、お主の言える事を伝えんか!」
「<――あんたねぇ、まぁいいけどさ。エド君、ローザさん、紫に光る骨……見えてないの?>」
「ないっ!!」
<ないわねっ!>
ローザには【心通話】で、エドガーには口頭で伝え始めるサクラ。
エドガーもローザも、骨を迎撃しながら返答。
「<なんでだろ……ほらっアレ!今ローザさんに近づいてる……えっと首、第三頸椎のとこ!>」
「どれっ!?」
<――どれよっ!?>
蜥蜴に人間と同じ構造が当てはまるかまではサクラも分からなかったが、首の骨なのは確かだった。
<ああっ!ほら……ソレ!ローザさん真横っ!>
<分かりにくいのよっ!!>
ローザは右手に持った短剣を投擲し、サクラがソレだと言った部位の骨を攻撃する。
すると、まるで他の部位の骨がソレを守るように盾になり。
――ガキィィン!と短剣を弾いた。
「……ッ!」
弾かれた短剣をキャッチし、ローザも骨の行動を不審に思った。
「庇った……?」
サクラが言う紫の骨に、これでローザも目安が付いた。
「ローザ!右っ!」
エドガーの叫びに、ローザがその方向を振り向くと。
エドガー達の方角に居た骨が、全てローザの方に方向転換して、塊となって押し寄せて来た。
「……物量で押し切れると思ったら大間違いよっ!!【炎で覆う柱】!!」
(上空になら!)
ローザの最低限の炎技。
ローザの足元から沸きあがった炎の火種は、ローザを取り囲むように舞い上がり、巨大な火柱となってローザを守る。
「すっご……」
「骨が弾かれているな……物凄い質量だぞ……」
「あれって中のローザさんは無事な訳?酸素大丈夫なの!?」
<ローザ!大丈夫!?>
サクラの疑問に、エドガーが慌てて【心通話】をローザに送る。
しかしローザから返答はなく、エドガーは顔を青ざめてしまう。
返答がない事に更に焦ったエドガーは、急いでローザの下に駆け寄ろうと足を向けた、その瞬間。
火柱はバゴォォォン!!と爆発し、ローザに群がっていた骨が次々と黒焦げになって撃ち落される。
爆発と言っても周りの被害は無く、その跡からは、天に右腕を掲げたローザが、凛と立っていた。
「……ロ、ローザ!?」
「ローザさん……カッコイ――えっ!?」
「しかしだな、何故裸なのだ……?」
そう。爆発が収まり姿を現したローザは、全裸だった。
爆炎の影響で、魔力を持たない普通の衣服は全て灰になり、塵と化していたのだった。
「――だから、なるべく使いたくなかったんだけれどね……」
(……ちっ……魔力の消耗が……)
若干イラついているらしいローザは、【消えない種火】を輝かせて炎を出すと。その炎は瞬時にドレスへと変わり、ローザの身を纏った。
(……あ――あれは、初めて会った時の)
「ローザさん!綺麗っ!お姫様みたいっ」
「ありがとうサクラ……みたいじゃなくて一応本物だけれどね」
ローザは、落下している蜥蜴の骨が動き出さないうちに、エドガー達と合流した。
「……サクラ。紫に光る骨は今どこにある?」
「え……?ああ、えっと……あ、あそこっ!」
サクラは、ローザに言われて紫の骨を探す。
直ぐにそれは見つかり、サクラは指を差して声を上げる。
その骨は不自然にカラカラと回り、きりもみ状になって螺旋を描いている。
「あれだけ不自然なら、色とか関係なく分かるね……」
「しかし変な動きをしているなぁ……まるで渦巻きの様ではないか」
「渦巻き……?」
エドガーも怪しい動きをする骨に違和感を持ち、その異常性に気付く。
そしてサクヤが気に言った渦巻きという言葉に、ローザはピンときたようで。
「……動いているわね……他の骨も、まるで吸い寄せられているみたいに」
サクラが言う紫に光る骨は、クルクル回って回転し、それに呼応するように。
散らばった他の部位の骨が――カタッ、カタッ、カタカタカタ!と動き出して集約されているように見える。
「はぁ……今動いたら巻き込まれそうね、仕方がないけれどっ!!」
と言いながらも、中央でクルクル回っている骨に【炎の矢】を数本見舞う。
しかし、魔力に阻まれた矢は弾き返され、壁に刺さり消えた。
「ちっ」
(やっぱり、魔力を籠めないとキツイわね……)
「待つしかないんですか?」
サクラはソワソワしてローザに聞く。
(あ~。怖いんだろうなぁ……こ奴)
小刻みに足をパタパタさせながら、ローザと骨を交互に見るサクラは、やはり怖いのだろうか、エドガーのコートをギュッと握る。
「大丈夫だよ……」
エドガーはサクラの手を覆うように握り返し、安心させる。
「――さぁ、終わるようね……随分と様変わりしたけれど……蜥蜴の要素はもうないわね」
【大骨蜥蜴】のバラバラになった部位は、全て再収集され、大きなひと塊となった。
その大きさに、エドガーとサクラはゴクリと唾を飲み込み、サクヤは左眼を|輝《
かがや》かせて戦闘態勢を取る。
そしてローザは。
「さぁ……球技大会の始まりよ……!!」
ニヤリと、大胆不敵に笑ったのだった。




