55話【スカル・タイラント・リザード1】
◇スカル・タイラント・リザード1◇
初動は、【大骨蜥蜴】の咆哮だった。
空気を魔力で振動させ、獲物であるエドガーとローザを威嚇し、カタカタと小骨を鳴らせて腕を動かす。
「一体どこから出してるんだよ!今の雄叫び、わっ……っと!」
エドガーは愚痴りながら回り込もうとするが、如何せん【大骨蜥蜴】の身体が大きく、簡単にはいかずに蹈鞴を踏む。
「エドガー!関節を狙って攻撃して!」
蹈鞴を踏んで急停止したエドガーの代わりに、一度の跳躍で背後に回ったローザが指示を出すが。
「……関節って言ったってっ!」
言われた通りに【大骨蜥蜴】の関節を狙い、手に持つ赤い剣を振るうが、魔力の障壁に阻まれる。
――ギィィンッ!!と、まるで金属の様なけたたましい音が鳴り響き、エドガーは手を痺れさせる。
「――痛った!!」
少しだけ傷ついた骨は、直ぐに魔力で元に戻り。
反撃しようとエドガーに骨の腕を振り下ろした。
「く――そっ……!――っいて!」
逃げるように大きくジャンプして回避するが、勢い余って転ぶエドガー。
反撃が続くかと身構えたエドガーだが、どうやらローザが妨害してくれたおかげで、直ぐに態勢を整える事が出来た。
「なんなのよこの魔力量っ!普通じゃないわよっ!」
(私よりも魔力が大きい!?)
ローザは宙に浮かせた曲剣を猛回転させ、ソーサーでも回すように【大骨蜥蜴】を斬りつけるが。
何度もギンッ!ガンッ!と弾かれ、その普通とは違う魔力を持った蜥蜴を睨む。
「……ローザの剣でもダメなのかっ!?」
【大骨蜥蜴】は、回る剣に向けて咆哮する。
魔力を帯びた凄まじい叫びは、二人の耳を劈くように、宙を回る曲剣に直撃してそれを叩き落とす。
「――ちぃっ!!」
(魔力が回復してれば、《魔法》で葬るのに!)
舌打ちをしながら跳躍し、曲剣を回収しようとするが。
【大骨蜥蜴】が剣を踏み付け、歪曲してしまう。
「ローザの剣がっ!」
エドガーもローザの剣を回収しようと、素早く移動しながら【大骨蜥蜴】の動きを観察していたが。
正面のエドガーを見据える頭蓋骨と、背後にいるローザの動きを感知しているのか、尻尾の骨が同調して、中々に隙を見せない。
「骨のくせにやるわねっ……いや、魔力かっ!」
(この感覚……あの野蛮な男ってわけでは無さそうね……)
この【大骨蜥蜴】を動かすに値する魔力を注入した人物が、相当の人物だと言う事が分かる。
だから余計に正体を知りたかったが、今更言っても仕方がない事だった。
「ローザ!頭蓋骨がなんか変だっ!黒い煙が……!」
エドガーが叫ぶ。
【大骨蜥蜴】の頭蓋は、顎の骨を振動させ、閉じられた口の部分から真っ黒い煙を充満させている。
ローザは直ぐにハッとして、エドガーに伝える。
「ブレスよっ!障壁張るから動かないでっ!!」
「わ、分かった!」
そう言ってローザは、正面に【消えない種火】を構え、エドガーに向けて手を振るう。
「【防火の壁】っ!!」
エドガーの周りから火種が立ち、そのまま上に上昇してエドガーを包むよう円形状に包み込む。
「これで――っ!!――がっっ!?」
エドガーを守ることに集中していたローザは、迫る【大骨蜥蜴】の尻尾に気付かず、頭部から思い切り受けた、物凄い勢いで、後方に吹き飛ばされる。――大量の血痕を残して。
◇
サクラを抱えたままのサクヤは、監視壁の上に降り立ち。
気を失ったサクラを壁に寄りかける。
「サクラっ!おいサクラっ……起きぬかこの馬鹿者っ!寝ている場合ではないのだぞっ!?」
ペチペチと何度も平手打ちされ、サクラも目を覚ます。
「……う、うぅ。痛い……」
頬を擦りながら、サクラは何とか立ち上がり。
「あ。ご、ごめん【忍者】……迷惑かけた」
サクヤは、下の広場を見下ろしている。
そこには、剣を構えて【大骨蜥蜴】と対峙するエドガーとローザが、ブレスを喰らう寸前だった。
「ちょっ!なにあれ!やばいんじゃ!?」
身を乗り出して、エドガーとローザを見るサクラに、サクヤは。
「なんだ。怖くないのか?」
「そ、そりゃ怖いけどさ……でも、あたしの所為で……」
自分がフラグを立てたせいだと、反省している様子のサクラ。
「何故お主の所為になるのだ……誰が何をしても結果は同じだろうよ。それにローザ殿は、初めから何かと戦うつもりだったのだろう。因果は変わらぬよ」
「で、でもさ――ああっ!!ローザさんっ!!」
何というタイミングで見てしまったのか。
ローザが【大骨蜥蜴】の尻尾の直撃を受けて、吹き飛んでいく瞬間を目撃してしまった。
「……△□○!!っ!ー!」
パクパクと口を開けて、声にならない声を出すサクラ。
「うむ。言いたい事は伝わっているぞ。だが大丈夫だろう、防御はしていた……はず」
「――はずって!!」
サクヤにも見えてはいたが、確かに思い切り喰らっていた。
安心させるようなセリフを言えない正直なサクヤは、誤魔化すように。
「す、直ぐにわたしも行くから、お主は隠れているのだぞっ!……役に立てないのだからなっ!黙って見ておれよ!」
サクラを指差し、シュバッ!と消えるサクヤ。「はぁっ!?」と文句を言おうと思った矢先には、サクヤの姿は吹き飛ばされたローザの近くにいた。
「に、【忍者】……――で、でも……その通りだしね」
言い逃げされた。しかしまったくその通りで、言い返すことも出来なかった。
サクラはせめてもの思いで、戦う三人をしっかりとその目に焼き付けようと、目を凝らした。
吹き飛ばされ、収監所の外壁に突っ込んだローザ。
赤い髪を血で更に赤くさせ、それを服で拭いながら外壁をガラガラと崩して立ち上がり、ローザは悪態をつく。
「――この骨ぇっ!!」
<エドガーは無事よね……障壁の展開は間に合ったはずだけれど、もしエドガーに何かあれば……街や国なんて関係なく焼き尽くしてやるわよっ……!!>
と、本気で考えた。
「――物騒な考えはやめておいた方がよいぞ……ローザ殿」
ローザの直ぐ傍に降り立ち、懐から取り出した【赤い仮面】を身に着けるサクヤ。
「……まさか【心通話】で聞いたの……?」
心の中が透けていた事に少し驚きながら、ローザはサクヤを見る。いや、睨む。
「き、聞こえた。の間違いだぞ。そう睨まんでもよかろうっ!?……それに、サクラが何かやったのかも知れぬだろうがっ」
別に睨んだつもりなど無いが(大噓)。
目に入った血が目つきを悪くしていたのか、サクヤは視線を合わせた瞬間には、焦ったように弁明を始めた。
<ローザっ!大丈夫!?――凄く物騒な事が聞こえたけど、僕は無事だから!早まらないでっ!!>
「おっ!主殿は無事の様だな……ローザ殿」
黒い煙。【腐食ブレス】に包まれているエドガーからの【心通話】に、ローザは安心する。
「それなら安心ね。なら全力で……は、無理だけど、少し手荒にいくわよっ!貴女も手伝いなさい!」
ローザは構え、右手に集中した途端に現れる無数の剣。
今度のは曲剣では無く、両刃の大剣だ。
「ぐっ……少しキツイ……」
(魔力が……減るっ……!)
サイズはローザの身長を優に超えており、遠くで観戦しているサクラが「ええええぇぇぇっ!?」と驚く声に、ローザがクスリと笑った所で、二人は。
「クスッ……行くわよ、サクヤ!!」
「うむ!ローザ殿に言われずとも、そのつもりであったぞ!」
と、右手の指二本を反対の手で覆い、その覆っている手の指二本を立てる。(忍者ポーズ)
「いざ参るっ!――【魔眼】よっ!!」
サクヤが左眼を妖しく輝かせる。
元の世界では【黒妖石】と呼ばれるその呪われた眼で、【大骨蜥蜴】を一睨み。
しかし。――ギギギと、それでも不器用に動く【大骨蜥蜴】。
「な、なんと……これでもまだ動けるのかっ!?」
大き過ぎる図体の所為で、【魔眼】の効果が薄いようだ。
「――十分よっ!――はあぁっ!!【炎の剣舞】っ!!」
ローザの魔力で作られた無数の炎の大剣が、動きを鈍らせた【大骨蜥蜴】に襲い掛かる。
ローザは両腕を大きく振って何本もの大剣を操り。
斬っては突き、斬っては突きを繰り返す。
魔力が凄まじい【大骨蜥蜴】。
その魔力で攻撃を弾いているのか、与えるダメージが斬りでなく打撃になっていた。
それでもダメージには変わりなく、衝撃や反動で徐々に魔力を削っていると思える。
「……すさまじいなっ!――ロ、ローザ殿っ!?」
サクヤがローザを見ると、獰猛に笑いながら、頭から血を流して顔面を真っ赤にしながら戦うローザ。心配して止めようとするが、ローザは。
「――サクヤ!骨に集中しなさいっ……私はいいから!」
「し、しかしだなぁ……」
サクヤの眼の集中が途切れれば、【魔眼】の拘束は直ぐに解除されてしまうだろう。
何の魔力も持たない一般人とは違って、魔力を持つこの【大骨蜥蜴】は、どうやら抵抗力も高いようだ。
【魔眼】のおかげで、【大骨蜥蜴】の動きが鈍っているのは事実。
反撃もなく、戦いやすくなっているのは確実にサクヤのおかげだ。
<僕も行くっ!ローザもサクヤも頑張っているんだ……僕だって!!>
エドガーからの【心通話】を聞いて、サクヤは戸惑うようにローザを見る。
「集中しなさい!」
「くっ……承知している!」
ここまでうまく戦えてはいるが。
実はサクヤだって、実戦は初めてだ。
ましてや昔話に出て来る大蛇や龍の様な存在の骨が、動いて暴れまわっているなど、本当はサクラと共に驚いて気絶しそうだった。
サクラがサクヤよりも大げさに驚いてくれたから冷静になれただけで、今も心臓はバクバクしている。
「――はあっ!!」
腐食の黒い煙が無くなり。
ローザか掛けた障壁も消滅した瞬間。
エドガーが飛び出して、【大骨蜥蜴】の腕の関節に剣を突き刺した。
剣はガギン!!と、魔力の圧を超え、見事【大骨蜥蜴】の腕、手首の関節に挟まり、狙ったのか偶然なのか、魔力で動いている関節を阻害する。
<やるじゃないっ!エドガー>
ローザはエドガーを褒める。
そのエドガーは驚いたように、新たな剣を作り出していた。
やはり偶然だったのだろう。
今のエドガーのように、関節を一つずつ落としていこうかと考えたローザだったが、突然のサクラからの【心通話】に、思考がストップしてしまう。
<ねぇ皆!――なんであの骨の、紫に光る所を攻撃しないのっ!?どう見ても核でしょっ!?きっとアレが弱点だよっ!>
「「「……?」」」
<えっ!?なんで無視すんのっ!?>
サクラの【心通話】がまったく理解できず、三人とも無言になってしまった。
それもそのはず。エドガー達三人には、紫に光る所など、一つも見えていないのだから。
<ごめんサクラっ――今ちょっと、余裕ない!>
<……お主は黙っておれと言ったであろう!?>
「……」
<ひどっ!?……ローザさん!せめてなんか言ってっ!?あたしこれでも頑張っ――>
<――サクラっ!……よくやったわ!>
<へっ!?>
ローザは思い切り手を振り、大剣を【大骨蜥蜴】の頭蓋に叩き込んで地にひれ伏せさせる。
――ズゥゥゥゥゥゥゥゥン!!と地響きを立てて崩れる。
「サクヤっ!サクラを連れて来なさい!【心通話】だけじゃ伝わりにくくて駄目だわっ!急いで!」
「しょ、承知!」
監視壁の上で「えっ!?噓でしょっ!やだっ!無理!あっ、来るなっ!【忍者】来るなぁぁぁぁぁ!!」と暴れるサクラ。
どうやらローザは、サクラが勝利の鍵を握っていると感じたらしい。
「さぁ、サクラが覚悟決めるまで……とことんやり合うわよ……この骨野郎っ!!」
サクヤが監視壁に向かった事で、【魔眼】から解き放たれた【大骨蜥蜴】は、ガタガタと骨を鳴らしながら立ち上がり、魔力の咆哮を上げてローザを威嚇し始めた。




