53話【騎士(学生)の誇り】
◇騎士(学生)の誇り◇
【貴族街第二区画】の北門、【下町第一区画】の南門とも繋がっているこの区画。その入口付近でローザ、エミリア、サクヤが話し合っていた。
『まさかこんな異形の物の怪が、本当におるとはな……』
『うん、このガリなんとかって魔物……きっとまたあの男だね、ローザ』
『【石魔獣】ね……いい加減覚えなさい』
呆れつつもちゃんと訂正するローザ。
三人の周りには、その魔物の残骸が無数に転がっている。
下町の門を通過し、貴族街に入った途端に襲われ。三人が撃退したのだ。
『二回目の私はともかく……初めてなのによく対処できたね、サクヤは』
『うむ、最初の数体は様子を見たが、ローザ殿の動きのおかげで何とかなったぞ』
ローザは、戦いの最中にサクヤに指示を出していた。
注意点や敵の動作を、的確にサクヤに伝えながら戦っていた。
ついでにエミリアがちゃんと戦えるかを見ながら。
『……』
『……あ、エミリア殿も――頑張っていたと思う……ぞ?』
エミリアの視線を感じ、サクヤは慌ててフォロー?する。
撃破数でいえば、ローザが十七体、サクヤが八体、そしてエミリアが三体。だ。
サクヤは【停動眼】で敵の動きを封じることが出来たため、比較的簡単に倒せたが、ローザは圧倒的だった。
『確かに頑張ってはいたわね。頑張っては』
『いやいや、わたしだってローザ殿が圧倒的過ぎて自信を無くしかけたのだぞ……!』
『……』
エミリアは、普段間の抜けているサクヤがここまで強いとは、正直思っていなかった。
異世界人である以上、ローザと同等の力を持っていると、頭では理解しているつもりだった。
しかし、エドガーを支えるつもりでいた自分が、この二人からドンドン置いてけぼりをくらうのを実感して悔しくなっていた。
『エミリア?』
『……あ――なに?』
『貴女も頑張っていたわ。気にしちゃダメよ?……私達は《石》の力を持つ異世界人なのだから……』
少し悲しそうに、ローザはエミリアの肩をポンと叩き。
『さ、行きましょう』と言われるも、エミリアの頭の中には。
《石》の力と言う言葉が、頭から離れなかった。
【貴族街第二区画】を中程まで進み。
入口付近とは大きく違ってくる景色に、顔を歪めるエミリア。
『……酷い』
『そうね』
ローザも同意する。
自らが真っ先に逃げようとする貴族達、その貴族を護衛する騎士ですら、魔物に怯えて逃げ惑っている。
『下町よりも酷いのではないか……?』
サクヤの一言は、とても的を射ていた。
『――ごめん』
『あ、いやっ……エミリア殿に言ったわけでは無いぞ!?』
突然謝るエミリアに、サクヤも戸惑う。
『私も一応は貴族のはしくれだし……まぁ、下町の人に知られていないくらいだから、大したことはないんだけどさ』
先程も、下町の混乱を収めようと必死に叫んだが、エミリアの事を知っている人物は皆無だった。
そのことを踏まえても、ショックが重なり虚ろな顔をするエミリア。
『これがこの国なのでしょう?もう慣れたわよ。エドガーにも多少は聞いているしね』
ローザは、再びエミリアの肩を叩く。
『エミリア……槍をよく見なさい。その槍はエドガーが、貴女を守りたい思いで創ったものなのよ?』
赤い槍を握り締めて。
それをよく確認すると、ある装飾に気づく。
『――コレ……エミリアの花と、実?』
『エミリアの思いが実になって、花が咲く様にって……エドガーがつけたのよ』
『私は聞いただけだけど』と言いながら笑顔を見せるローザ。
『エドが……?』
【エミリアの花】は、【リフベイン聖王国】の南西部の森に生息している夏の花だ。
その実は大きく、夏場の一定時間しか咲かない貴重な花を咲かせる。
実は、願いを込めれば込めるほど大きくなると言われるもので、種子を飛ばすために実を破裂させるのだが。
実が破裂する瞬間を見ることが出来れば、願いが叶うとも言われる。
『私の花……思い。願い』
エミリアの願いは数多くあれど、この国を守りたいと思う心と、エドガーの助けになりたいと思う心が多くを占めている。
あの時感じた、エミリアを見る下町の住民達の目を、エミリアは忘れないだろう。
エドガーはそれを、子供の頃から感じていたはずだ。
エドガーを思いながら、エミリアは槍を掲げる。
太陽の光を反射させ煌めく刃は赤く、ローザが力を貸してくれた証拠だ。
『――こんなんじゃダメだ――私はエドの力になりたい。ローザやサクヤ、サクラに負けたくないっ!私は……私も、兄さんのように【聖騎士】に成って、この国を変えたい!!エドが自由に暮らせる、誰からも酷く扱われない国にしたいっ!!』
エミリアが槍を振るい、赤い軌跡が宙を走ると、鬱屈としていたエミリアの表情も晴れ、普段の明るく元気な少女がそこにはいた。
◇
『というわけで……私はここに残るから。ローザとサクヤは、エドの所に行って!』
『……なにが。というわけよ……まったく』
ローザは目元に手を当て、立ち眩みを起こしそうになったのを堪える。
まさかエミリアがそんなことを言うとは思わず、予想外の言葉に驚きと呆れが入り混じった。
『エドガーの所に行かなくてもいいの?彼の力になるのでしょう?』
『――うん。だから残る……ここにいる貴族の人達、皆私が助ける。騎士の誇りにかけて!』
『……』
エミリアは本気の様だった。
エドガーには、エミリアとサクヤを連れて合流する言ってあるのに、肝心のエミリアが残ると言い出すとは。
『素晴らしいではないかエミリア殿!少なからず、民を救うのは殿の役目でもある!――エミリア殿は主殿の奥方になるのだろう?……ならば、頑張りなされっ!』
エドガー自身は殿でも何でも無いと、何度説明しても治らないサクヤの考えに。
『――はぁっ!?』
『お、奥方って……』
ローザは驚き、エミリアは顔を赤くしたが。
『おや……ローザ殿もその様な顔をなさるのだな……』
目を大きく見開き、口をあんぐりとしたローザの表情は、多分誰も見たことが無かっただろう。元の世界を含めても、だ。
『……何のことかしら』
瞬時に表情を元に戻して、冷静を装うローザ。
自分が見たローザの顔は一生忘れなさそうだ。と心にしまったサクヤだった。
『と、とにかく……いいのね?エミリア』
『うん!エドによろしく!』
そう言って駆けだそうとするエミリア。
『――ちょっと待ちなさい!』
『……ぐぎゅっ!』
ローザがエミリアの襟首を掴み、引き留める。
サッとエミリアから槍を奪うローザ。
『けほっ、けほっ……なにすんの……ローザぁ』
『これくらいはさせなさい……』
ローザは右手を槍にかざし【消えない種火】に魔力を込めて、槍に送る。
『なにして――』
『黙って』
赤い奔流は、渦を巻くように槍に吸い込まれていき、より一層赤く輝いていく。
『なんとっ……綺麗な……』
槍は見た目こそ変わらないままだが、エドガーが思いを込めて作った造形に、ローザが魔力を込めたのだ。エミリアにとっても嬉しいものだろう。
『ふぅ……【ブレイジング・スピア】……って感じかしら』
エミリアに投げ返す。
『わっ!と……あ、ありがとう。ローザ』
エミリアの覚悟にローザが応え、【勇炎の槍】と名付けた。
『ローザ殿……顔色が優れぬようだが、大丈夫か?』
『平気よ……魔力を少し多めに使っただけだから。直ぐによくなるわ』
⦅やっぱり、魔力の回復がおかしいわね……何日も経っているのに、グレムリンと戦った時から全然回復している気がしない⦆
エミリアが一人でここに残ると言い出した以上、一本しかない槍が壊れては、住民達を守るどころかエミリアの命そのものが危うくなる。
ローザが最大限に配慮して、多少の使用では壊れないよう、魔力を籠めたのだ。
しかしローザの魔力は、日に日に減少していっていた
『……さ、行きましょうサクヤ――エミリア。後で合流よ?』
『――うん。必ず』
◇
「……と、言うわけよ……」
「……そっか」
事の顛末を聞いて、ローザは随分とエミリアを買っているのだなと感じたエドガー。
「――違うから」
「あははっ。何も言ってないよ」
こうしてエドガーとローザ、サクヤとサクラは合流し。
黒煙の上がる場所、収監所【ゴウン】へと向かったのだった。




