52話【ヒステリック・サクラ】
◇ヒステリック・サクラ◇
背中に背負われ「無理無理無理無理ぃぃ!!」と叫ぶ少女。
サクラの声を聴きながら、エドガーは【石魔獣】の攻撃を何度も躱して、目的地へと逃げ進んでいた。
というのも、逃げて下町に帰るより、本来の目的地である黒煙が上がる場所。
おそらく、収監所【ゴウン】。
そこに向かえば、きっとローザもエミリア達を連れてやってくるだろうと考え、腰を抜かしたサクラを背負いながら走っている最中だ。
「し、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅっ!!」
走り続けてくれているエドガーには悪いが。サクラは完全にテンパり、目をギューーッと閉じて何も見えていない。そもそも見ようともしていない。
大声で恐怖の言葉を唱えているせいか、エドガーが必死にサクラを宥めようとしている声も、まったく耳に入っていないようだった。
「やだっ!やだやだやだやだぁぁぁぁっ!!」
駄々っ子の様に泣きながら、死への恐怖を口ずさむ。
「サクラ!落ち着いて!!」
(だめだっ……完っ全に聞こえてないっ!)
先程から何度も落ち着けと声をかけているが、まるで聞こえていない。
エドガーはいっそ、サクラに気絶してもらおうと考えたが。
(――どうやって気絶させるんだよっ!?)
エドガーは、気絶のさせ方を知らなかった。
(殴るっ?――いやいやバカかっ!女の子に何てこと考えるんだよ僕はっ!)
ローザだったなら瞬時に意識を刈り取るだろうが、その術を知らないエドガーには、とても高難度の話だった。
「怖いっ!!怖いぃぃぃっ!!」
「ああもうっ!……う、うるさいなぁ!」
エドガーも困ってしまい、耳元で叫ばれる大声についつい本音が出てしまった。
「ひっどぉぉいぃぃぃっ!エド君ひどいっ!」
「――なんでこんな時は聞こえてるんだよっ!?――まあいいや、サクラ!【心通話】でローザかサクヤに連絡とって!」
「エド君がやってよぉ!!」
サクラは、完全にヒステリックになっていた。
「さっきからやってるよ!……でもうまく――うわっ!……いかないんだよっ!」
【石魔獣】の攻撃をギリギリで回避し。
壁に激突しそうになりながらも、サクラに【心通話】を試してくれと頼む。
言った通り。先程から何度も【心通話】を試みてはいるが、一向につながる感じがしない。
「あたしもやってるしっ!繋がんないから怖いんっ――じゃんかあぁぁぁっ!!」
見てしまった魔物の形相に、サクラは更に叫ぶ。
エドガーのコートにしがみついて、首元に顔を埋めて泣きじゃくる。完全に子供だった。
「――く、苦しっ……!」
サクラの思った以上のパワーに、エドガーの首が締まる。というかスリーパーだ。
全力で引っ張るサクラの力に、エドガーの身体は傾く。
数歩後ろに後退すると、壁に背中を預ける形となってしまった。
「――しまっ!」
「うそぉぉぉっ!!」
ガシンガシンと、エドガーとサクラに詰め寄る【石魔獣】。
「ま……まずいまずいまずいっ!」
サクラが同じ言葉を連呼するので移ってしまったみたいだが、本当にピンチなのは間違いない。
「サクラ降りて!――剣を出すからっ!」
「むむ、無理っ。だ、だって身体が硬直してっ!」
「硬直っ!?」
エドガーの首に回された腕が。太股にかけられた足が。
先程から何度も力を入れ過ぎて、硬直してしまっていた。
「な、ならっ!」
硬直しているのなら、エドガーが手を離してもサクラは落ちない。
エドガーは右手を離して、炎の剣を出そうと《紋章》に集中しようとするが。
「ああぁぁっ!!エド君っ!!」
【石魔獣】の行動の方が早く、飛び込んでくる石化の牙。
「……くそっ!!」
エドガーはサクラを庇って投げ出そうとしたが、完全に硬直していて、ビクともしなかった。
二人が、もうダメだと思った瞬間。
周囲に薄く赤い壁のようなものが出現し、魔物の侵入を防いだ。
突然現れた赤い障壁に、バシィっ!バシィっ!と弾かれる【石魔獣】。
障壁は完全に二人を囲っており、どうみても守られていた。
「こ、これは……」
「助かったの?」
「探しましたぞ~、主殿……っと」
シュタッとエドガーとサクラの前に着地するポニテの少女。
「に、【忍者】ぁぁぁっ!!」
「うおぅ……なんだサクラよ。ひっどい顔だのぅ――と、その前に。【魔眼】よっ!!」
サクヤは左手の平で右眼を隠し。
【魔眼】と呼ばれる左眼――【停動眼】を発動させた。
「ふふふふっ……はーっはっはっは!一度言ってみたかったのだ!!」
サクヤは、数日前にサクラに見せてもらった【スマホ】で見たアニメにハマっている。
「クックック……貴様らは、死ねぇい!!」
サクヤのお気に入りの作品、王子が祖国に復讐する作品の主人公を真似てポーズをとる。
石の魔物は動きを止め、完全に固まる。
しかし、死んではいないようで、サクヤは顔を赤くして言う。
「いや……その、実は先程も力を使ってしまい、心の臓を止めることまでできなんだ。あははっ」
実にいい笑顔で。
「バ、バカーーーー!!」
「――まったく……ふざけているからよ?」
涼しい声と共に、舞降る剣。
その剣は、固まり動かない【石魔獣】達に突き刺さっていく。
真上から貫通し、魔物の命を絶命させていく無数の剣。
全ての剣は同一の物であり、細身の赤い刀身で|貫通力に優れたものだった。
「はぁ……疲れた」
そう言って屋根から着地するローザ。
何故かかなりお疲れだ。
「助かったよローザ……」
「ローザさ~ん!!」
ローザに感謝を言う二人。サクヤが「わたしにはっ!?」とショックを受けているので、エドガーはサクヤにも「ありがとうサクヤ」とお礼を言うが、サクラは言わなかった。
「――取り敢えず、エドガーの背中から降りなさいサクラ」
「お、降りたいところなのですがその……固まってしまってですね」
固まってしまったというサクラに、ローザは。
「まさか噛まれたのっ!?どこ?見せなさい!」
【石魔獣】に嚙まれ、石化したものだと勘違いし、急いでサクラの手足を確認する。
「――どこよ?」
「……えっと」
(ひぃっ!――笑顔が怖いっ)
「――降りなさい?」
「は、はいっ!只今降りますっ!」
ローザの優しい威圧感で、サクラの硬直も強制的に解除された。
「本当に助かったよ……ローザ、ありがとう」
サクラのスリーパーから解放されたエドガーは、首を擦りながらローザに言葉をかける。
「――ええ。いいのよ、無事でよかったわ」
ローザは、硬直していたサクラの手を揉み解しながら答え、エドガーに視線を送る。
「それはそうと、【心通話】がまったく使えなかったわね……二人も?」
「……うん」
「あたしも……」
ローザとサクヤも、状況を確認する為に何度も【心通話】を試みたらしい。しかし結果はエドガー達と同じ、“不可能”だった。
こんな時にこそ役に立つ能力だと思って、ローザはかなり期待していたのだが。
ローザはサクラの額を確認する。
「な、何ですか?ローザさん……」
突然ローザに額を見られて、若干の気恥ずかしさを感じるが。
サクヤが近づいてきて、その答えを口にした。
「なんだ。《石》の反応がないと思ったら……わたしのせいではなかったようだぞ?ローザ殿」
「そうみたいね、この子のせいだったらしいわ……」
「何の話ですかっ!?怖いっ!」
サクラの額には、ローザの【消えない種火】と似た存在の《石》【朝日の雫】がある。
しかし、ローザとサクヤが確認した《石》は輝きを失い、ただのくすんだ石ころのようになっていた。
「……これは、《石》が……」
エドガーもショックを受ける。彼の場合は少し違うショックだろうか。
「えっ、何……《石》?おでこの?」
「「「……」」」
「――なんか言ってよっ!不安になるじゃんかぁっ!」
サクラ以外の三人は一様に無言になり、サクラの額を見つめる。
その三人の姿に、猛烈な不安に駆られたサクラは大きな声で抗議する。
「あっ……戻ってきた」
サクラが大きな声を出した途端、【朝日の雫】は少しづつ輝きを取り戻してきた。
「原因はサクラだとしても、理由が分からないわね……」
ローザは考えこもうとするが。
「まぁ、今はしょうがないわね……黒煙の場所はもう直ぐそこだし、急ぎましょう」
「――そうだね……所でローザ」
「ん?……何?エドガー」
先を急がなければいけないのは承知しているが、途轍もなく気になったことがあった。
「えっと――エミリアは……?」
「……あっ、そういえばエミリアちゃんが居ない」
サクラも気付いたようで、周りを見渡すが。
当然いない。
「あの子は……別行動中よ……」
そう言って、ローザはかなりげんなりした顔で俯いてしまった。
どうやらローザが疲れている原因は、エドガーの幼馴染が原因なようだ。




