51話【実感する異世界】
◇実感する異世界◇
サクヤが高らかに忠犬発言をしたところで、誰かがパチパチと拍手をし出した。
観衆の視線が、一斉にその人物へと移り変わる。
その人物は拍手をしながらゆっくりと歩いて来て、エミリアとサクヤの元までやってくると。
「――面白かったわよ。サクヤ」
「……ローザ!?」
「――ローザ殿っ!」
(――け、気配がなかったぞ)
エミリアとサクヤは驚く。
気絶する男たちと野次馬の観衆を睥睨しながら、赤髪の女性、ローザが言う。
「随分甘い処遇だけれど……まあいいんじゃないかしら。私だったらコイツ等、塵も残さないわよ?」
ローザの威圧のような視線を受けて、観衆達は蜘蛛の子を散らすようにばらけ始める。
急ぐスピードも大分緩やかになり、サクヤの拷問?が効果を出したのか大きな声で叫ぶような人物もいなくなった。
騒いで、気絶している男たちと同じ有り様になるのは嫌だと、キチンと判断できているようだ。
「ローザ殿……そんな威圧せずとも、わたしが追い払えたぞ……それよりも、いたのなら声ぐらいかけてもよいのではないか?」
ローザがわざわざ自分に注目を集めて、この野次馬を解散させたと言うのに、サクヤは自分が処理をしていたと言う。
しかしローザにもローザの事情があるので、ここは。
「仕方がないでしょう?……急ぐ理由が出来てるのよ……」
「むっ……う、うむ――アレであろうなぁ。分かってはいたが……エミリア殿を放るわけにもいかぬゆえ」
ローザの視線の先をサクヤも視界に入れ、分かっていましたと言わんばかりに納得する。
よく見れば、サクヤの左眼もいつの間にか、普段の輝く黒に戻っていた。
「……そうね。エドガーも感謝するでしょ」
「ほ、本当かっ!?……あ、しかし主殿のお姿は見えぬが……」
サクヤは《石》の効果でエドガーの位置を感知することが出来ないのか、辺りをキョロキョロとさせて、ローザの周りをウロチョロする。
「ロ、ローザ……」
ようやく落ち着いたのか。立ち上がり恥ずかしそうにローザを見るエミリア。
そんなエミリアにローザは。
「はい、エミリアこれ。エドガーからよ」
「――えっ、あ……ちょ、ぉっ!」
ローザは突然、持っていた槍を、エミリアに投げ渡す。
エミリアはあたふたとしながらも、抱えるようにキャッチする。
「……や、槍?」
「エドガーからよ。この前よりも気合を入れて創ってたから、大分持つはずよ」
槍を渡したと言う事は、戦いが起こると言う事だろう。
エミリアも、先程までは何も出来ない少女でいた事が何よりも悔しいはずだ。
だが、その悔しさをゴクリと飲み込んで。
「ゴメン、ローザ。助かる」
次に槍を持つ時は、リューネと再び戦う時かも知れないと、勝手ながら感じていたエミリア。
両手で持つその赤い槍を、ギュッと握り締めて。
「――あの方角……【貴族街第二区画】に居るんだね。リューネ達が」
「……おそらくね」
リューネはともかく。《化石》をリューネから奪ったレディルという男は確実にいるだろう。
エミリアは、黒煙が立ち昇る【貴族街第二区画】を眺めて、迫りくる戦いの気配に身を震わせた。
「なぁローザ殿……主殿は何処なのだ?」
空気を読めないのか読むつもりがないのか、サクヤが堪りかねて、ローザに答えを求める。
「――ああ、エドガーはサクラと一緒に……」
ローザが説明するが、その述べた言葉にエミリアは。
「――えええぇぇぇっ!?」
と、大きな声で驚くことしか出来なかった。
◇
「ねぇエド君……あたしは無理って言ったよね?」
「……言ったね」
現在、二人はとある物陰に隠れている。
近くからはガシャン!ドカン!バンッ!と鳴り響く破壊音。
そして貴族達の悲鳴が木霊していた。
「アレはあたしには無理。だってあたしはただの【女子高生】だよ?」
サクラはこっそりと視線を上げて、物を破壊して回る魔物を見る。
「あ~。何なのコレ……なんかやっと異世界を実感してる――ひぃっ!」
直ぐに頭を隠し、そのまま両手で抱える。
「【石魔獣】だよ……凄い数いるな――や、やっぱりローザを待てばよかった……1、2、3……」
余裕なのか呑気なのか、冷静に魔物の数を数えたりするエドガー。
「遅い!おっそいよエド君っ!あたしは初めから言ってたじゃん!――ってか怖くないの!?」
泣きそうになりながらエドガーを責めるサクラの声に反応したのか。
【石魔獣】がこちらを見た。
「「――っ!?」」
沢山重ねられた木箱の裏で、二人は息を殺して潜んでいる。
「――セ、セーフ」
「あ、あぶ……」
初めは、ローザが感知した《化石》の反応を確かめるために、様子を見るだけのはずだった。
しかしどうやらサクヤが、いざこざに巻き込まれたエミリアを助けに行っているようだ。
と、ローザに言われて。心配になったエドガーがローザを二人の元に向かわせた。
残ったエドガーとサクラが、一番の騒ぎが起きている【貴族街第二区画】へと足を運んでいたわけだが。
「まさか……こんなに沢山【石魔獣】がいるとは思わなかったよ」
貴族達は護衛に守られているが、その護衛や警備の騎士達は、鋭い爪に切り裂かれ、牙に噛みつかれ、石化していく者達が大勢いた。
時間もある程度経ち、魔物への対処もなされているが、バリケードを設置して侵入を防ぐ程度であり、魔物は一体たりとも倒せていなかった。
路地に入った所で木箱に隠れているエドガーとサクラであったが、サクラが初めて目にする別世界の魔物に足が竦んでしまい、サクラを一人にしておくこともできず、こうして二人で隠れていたのだ。
自分から先行すると言い出した今のエドガーの姿をローザが見たら、何と言うだろうか。
「エド君……こんなのが日常茶飯事……なの?」
魔物に怯えるサクラ。
ここが異世界である以上、仕方ないと割り切ってはいるものの、身体が拒否しだしているのでどうしようもない。エドガーも、責めるようなことは言わない。
「――まさか……こんな事が毎日続いてたら、僕は簡単にくたばってるよ」
物騒な事を笑顔で答えるエドガーに、サクラは「なんで笑える?」と思うも、魔物を見据えるエドガーの横顔に、見惚れてしまっていた自分を恥ずかしく思った。
「……こ、これが吊り橋効果ってやつ?」
「――えっ?」
「あ、いやっ!何でもない何でもな――あっ!」
「――あっ」
勢いで身体を木箱にぶつけるサクラ。運悪く、ぶつかった木箱はカラであり、軽いソレはぐらりと傾き。
――バターーーン!!と、上の木箱が落下した。
「「……」」
目が合う。――魔物達と。
「えっと……どうしよエド君」
「戦うしか……ないかな?」
「――は、ははは。……い、いぃぃやぁぁぁぁぁっ!!」
サクラの悲鳴がきっかけとなり、【石魔獣】達の獲物は、バリケードからエドガーとサクラに移行してしまった。




