46話【ぐだぐだ報告会】
◇ぐだぐだ報告会◇
~【下町第四区画】・中央噴水広場~
待ち合わせとなっている場所で、三人の少女がいかにも「待ち合わせしています」と言う感じを醸し出しながら待ち人たちを待っていた。
「エド達おっそいなぁ」
「だな、エミリア殿」
今日の暑い陽射しは、ギラギラと眩く輝いて、昼になると更に暑さを増していた。
その暑さにげんなりしながら、サクヤとエミリアは噴水前の長椅子に腰掛け、少し先にいるローザを見ている。心配そうに。
「……上手く買えるかな」
エミリアは、初めて子供をお使いに出す親の心境で、ローザをジィっと見ている。
「親の使い番ぐらいはできよう」
サクヤもまたローザを見ているが。
その心境はエミリアとは違い、早く待ち人に来てほしい。それ一つだった。
朝からのたった数時(数時間)だけだが、ローザとエミリアのやり取りを見ていて(巻き込まれて)、関わり合いたくないと心の底から思った。
かく言うサクヤも、元の世界ではローザと似たような環境で、家族以外と会話をしたことが無かった。しかも家族ともまともな会話はしていない。
簡単に言えば、コミュニケーションが苦手だった。
「――あっ。買い終わったみたい」
「うむ。そのようだな……」
三つのカップを持ったローザが、二人の元へやって来る。
「待たせたわね。見なさい大盛よ!」
自信満々に、エミリアとサクヤにカップを渡すローザ。
噴水広場の露店で売っているアイスクリームを、ローザは買いに行っていた。
「うん。偉い偉い、ありがと」
「感謝する、ローザ殿」
二人はカップを受け取り、微笑ましくローザに礼を言う
「エミリア……なんか馬鹿にしてない?」
「してないしてない……ほら、早く食べないと溶けちゃうよ?」
「……釈然としないけれど、まぁいいわ」
そう言って、ローザはアイスを口に運ぶ。
「――んっ~!――おいっしい~。やっぱり、この世界の食べ物は最高ねっ!」
子供の様にはしゃぎながらアイスに大喜びするローザにエミリアは。
(うん。あながち間違いじゃ無かった……あと、この子も)
エミリアは、もう一人の子供の様な人物を見やる。
「……な、何という美味さだっ!口に広がる牛の乳のまろやかさに、砂糖の甘さ……冷たい感触、鼻からぬける後味、乳臭さが全く口に残らないさっぱりとしたくちどけ……これぞまさに!異世界氷菓子ではないかぁ!」
「……」
サクラが居れば「普通のアイスじゃん」と言うだろう。
エミリアにそのような事を言える知識はなく。
ただドン引きしながら、二人の異世界人を見ることしか出来なかった。
◇
「なに往来で大声出してんのよっ!ローザさんもっ!……迷惑になるでしょうっ!」
合流したエドガー達だったが、いの一番に駆け付けたサクラは、恥ずかしさに耐え兼ねてサクヤとローザに説教をしていた。
「らっておいひいものはひははがないれひょう」
スプーンを咥えたまま言い訳をするローザ。
「スプーンを咥えたまま話さないっ!はしたないでしょ!?貴女偉い人なんですよねっ!?【忍者】もっ!スプーン離す!」
「……はい。すみません」
「す、すまぬ」
スプーンを離し、サクラの言うままに謝るローザとサクヤは、完全に叱られる子供だった。
「な、何もそこまで言う事はあるまいサクラよ、こんなに美味な物を食せば、きっとお主も感動するぞ?」
そう言いながら、半分溶けかけたアイスを、半ば無理やりサクラに食べさせるサクヤ。
「なにを――んむっ」
「どうだ?美味いであろう?」
無理やり食べさせられたサクラは、口の端に付いたアイスをぺろりと舐め、ワクワクしているサクヤに答えを返す。
「……普通のミルクアイスじゃない」
「「――!!」」
このアイスに想像以上の感動をしていたローザとサクヤは、サクラのこの言葉で稲妻に打たれた感覚に襲われそして、サクラに恐怖を覚えたのだった。
「あの……もうそろそろいいかな?」
「あ、ごめんエド君……つい」
ガックリと項垂れるローザとサクヤを尻目に。
合流の本来の目的である、各区画の調査報告をしようと、サクラ達に声を掛けたエドガー。
「エド、そっちはどうだったの?……ってなにマークスさん。ちょっと怖い」
「――別に、何でもねぇよ!」
マークスが睨むようにエミリアを見ていた。
その理由をエミリアは全く理解していないようで、エドガーとアルベールは顔を見合わせ、若干マークスに同情した。
「――ゴホンっ……で、僕たちの区画調査だけど……」
話を進めようと、エドガーは咳払いをして全員に注目される。
「……改められるとなんか恥ずかしいね」
これまでのエドガーは、少なくらずの人数としか交流せず、ましてや大人数で行動するなど、騎士学校時代も無かった。
それからすれば、エドガーにとってこの七人での行動は、大人数なのだろう。
「主殿、大変申し訳ありませぬが……お早く説明をしては頂けませぬか……?」
疲れた顔をしたサクヤが、申し訳なさそうに催促し、それにローザも追随してきた。
「そうね。エドガー早くして。こっちの説明はエミリアがするから」
「ええ~ぇ――だっ!――痛ったぁ!」
「――いでっ!!」
途轍もなく面倒くさそうにして頭を後ろに倒したエミリアは、後ろに控えていた兄アルベールの胸部に、ゴッ!と頭突きをした。
「ぐぅ……痛てぇのは俺だっつの」
鈍い痛みに胸を抑えるアルベールは、エミリアの頭にチョップをして軽く許した。
それぞれがバラバラでまとまりがない中、エドガーは説明を始めた。
誰も座っていない、噴水広場の長椅子を引っ張って来て、全員が着席する。
遠目から見たら変な集団に見えなくもない。
三角に並べられた椅子の一つに座るエドガーは。
「じゃあ、始めるよ……」
「……ええ」
「うん」
「……承知」
「ああ」
「おう」
「オッケー」
と、完全にバラバラな返事で、やっと報告が始まった。
「まず、僕たちが回った第二・第三区画だけど……怪しい人物の目撃情報は無かったよ……ただ」
「……ただ、どうしたの?」
エミリアが、言いにくそうに口籠るエドガーに聞く。
「うん。人物じゃあないんだけど……化物を見たって情報が幾つかあって」
エドガーは、この情報を聞き出したサクラに不安げな眼差しを送る。
「――あ。じゃああたしが……」
サクラは立ち上がり、自然とエドガーの隣に腰掛けた。
「「……」」
「おいサクラ。主殿の隣に行く必要はあるまい」
ローザもエミリアも説明を聞くために我慢したのだが、サクヤは我慢できなかったらしい。
そもそも話を聞いていたかも怪しいが。
「いや、だって一緒に行動してたんだし、基本的にあたしが聞き込みしてたんだし。隣にいたって不思議じゃないでしょ……ね、エド君」
「そ、そうだね……助かったよ。本当に、あはは……」
何故かサクヤの抗議に意地を張り、更にはエドガーの許可を得たサクラ。これはもう、他の三人も納得するしかなかった。
(おい、アルベール……エドガーやばいな、背中をぶっ刺される未来が見えるぜ)
(やめてくださいよマークスさん……マジで笑えませんから)
小声で話す男二人は、エドガーの将来がやたら心配になった。
「そこ、いいですか?続けますけど」
「あ、わりぃ」
サクラに注意されて、背筋をただすアルベール。
マークスはそのままだ。
「化物……の情報ですけど、えっと第三区画?の「牧場・釣り堀・ふれあい広場」……の三つで目撃されてます」
牧場は、アルベールがエドガーに取れたての牛乳を差し入れた(1章)場所、【ロンメイ牧場】だ。
釣り堀は、第二・第三区画の境にある小さな場所で、主に男性が休日に暇つぶしなどで訪れる場所らしい。
「これは日本と同じですね」と、一人で納得しているサクラ。
ふれあい広場は、子供達が遊ぶ公園に近く、【月光の森】のように広くはないが、動物と触れ合うことが出来る憩いの場所だ。
「牧場・釣り堀・ふれあい広場……ね」
顎に手を当てて、少し考えこむローザ。
「もしかして……動物が行方不明になっていない?」
「――な、なんで分かったんですか!?」
「今言おうとしたのにっ!」とサクラが頬を膨らます。
本人に自覚はないが、エドガーに褒められたかったのではないだろうかとローザは感じた。
「……エミリア」
ローザサイドの聞き込み役、エミリアにローザは顎で促す。
「――あ~、はいはい……あっ、そうだ」
エミリアは説明しようとしたが、サクラがしたことをそのままそっくり丸パクリする。
「――エミリアちゃん、ここに来なくてもよくない?」
「い~でしょ別にっ、報告しないとね!」
エドガーとサクラの間に、強引に割り込んで入る。
お尻をグリグリとねじ込んで来た。
「ちょっ!エミリアちゃん、恥ずかしくないのっ!?」
実の妹の恥を顧みない行動に、アルベールは赤面して顔を覆っている。
「続けま~す!」
ルンルンとした表情で、エドガーの隣を確保したエミリア。
「動物の件だよね、実は私たちの方でも似たようなことがあって……」
何事もなかったように淡々と説明しだすエミリアの根性に、全員が感心した(悪い意味も含む)。
◇
エミリア達、第五・第六区画のグループでは、主にエミリアが聞き込みをしていた。
持ち前の明るさとコミュニケーション能力の高さで、基本的にノーと言わせないエミリアの話術は、ローザもサクヤも見習いたいと思っていたのだが。
今のエミリアを見て、撤回しようと思い始めていた。残念ながら。
<なあローザ殿……エミリア殿は、毎回こうなのだろうか?>
<さぁ……少なくとも、私が“召喚”されてからのエミリアはこうね>
<そ、そうなのか……なんだか疲れるな……>
【心通話】で会話をするローザとサクヤ。
実際、エミリアのエドガーへのアピールは、正直へたくそだった。
それが、更に新たなライバルが増えたことで拍車がかかり、空回りが多くなっていたり。
恥(主に貴族として)を見ぬ行動が増えたりと、実に典型的な自滅っぷりが発揮されていた。
「ローザ聞いてる?」
「……聞いてるわよ。続けなさい」
そのエミリアに問われ、ムッとしながらも続きを促す。
「だから、【下町第五区画】の牧場や農場でも、家畜達が行方不明になってるらしいの。【下町第六区画】は……特に無かったかな。そもそも、前の事件の警備隊がまだ残ってて、入れないとこが多かったよ」
「なんで動物が……?」
エドガーは考えるが、思うような答えは出てこなかった。
「そもそも関係あんのかよ。お前らが捜してるっつう不審者。リューグネルトとレディル……だっけか?」
「リューネは不審者じゃないけど……」
マークスは、動物の行方不明と不審者の接点が見つからずに気詰まりする。エドガーに視線を向けて聞くが、エドガーは首を横に振る。
「分からないですね……ローザは?」
「そうね……エドガーと同じよ。肝心の化物の情報も、こちらのルートでは聞かなかったし。ただ、化物って言うなら、【石魔獣】の可能性はあるわね。あの男が、そこら辺を根城にしているなら尚更ね……」
「そうだよな……動物が行方不明になるなんて、正直日常茶飯事だしな。そのガリなんとかって化物……魔物ってのがいるってのも、見て見ない事にはな……」
アルベールが言う。
実際その通りだろう。特に【下町第六区画】は、無駄に広い敷地がある上に、監視用の警備も少ない。
そのため、何かしらの盗難被害が多かった。
更には【石魔獣】だ、魔物であるその存在を、アルベールは勿論、サクヤとサクラもマークスも見てはいない。
「では兄上殿は、動物の情報は無意味であったと仰るので?」
「そうとは言い切れないが……そうだな、俺は関係ないと思う」
サクヤの問いに、兄上殿ことアルベールが返す。
サクヤも何とか会話に参加出来ていたようで、エドガーは内心ほっとした。
「んじゃあどうする?……俺はそろそろ帰りてぇんだが」
葉巻を吸いながらも、完全に飽きているマークスに、エドガーも同意する。
「……そうですね、お昼も近いしちょうどいいかも知れません……そこで馬車を探して帰りましょうか」
「さんせ~い」
「確かに腹減ったな」
「……」
完全に腹ペコモードのロヴァルト兄妹。
そして、何かを考えこむように東を見るローザ。
「ローザ……?行きま――じゃなくて、行こう」
「――ええ、そうね」
(【石魔獣】が関わっているのなら、石化した動物がいないとおかしい……そんな情報はなかったし、考え過ぎ……かしら。でも、もし……贄として動物を集めていたとしたら……)
そうして、全員で馬車の待機所に向かった。
数日後、このローザの考えが現実になる事を、今は誰も知る事はない。




