45話【グループ分けと言えば】
◇グループ分けと言えば◇
新しい異世界人、【忍者】のサクヤと【女子高生】のサクラが“召喚”された翌日。
【下町第二区画】にある古びた店、そこで。
「……どうも」
ぺこりとサクラが頭を下げるのは。
「――いや、いいんだけどさ……エド。もう驚かねぇよ」
エミリアの実兄アルベール・ロヴァルトだ。
「そ、そう言ってもらえると助かるよ、アルベール」
エドガーのもう一人の幼馴染、アルベールが言わんとしていることが手に取るように分かったエドガーは、視線をサクラに移して。
「ねぇサクラ……あっちは大丈夫で……かな?凄く不安なんです……だけど……」
未だ丁寧語が抜けないエドガーは、何度も噛む。
「いや、あたしに聞かれても……それに、アイツがあたしとは嫌だっていうから、エミリアちゃんのお兄さんを呼んだんでしょ?あとさ、言葉」
「そ、それはそうだけど。いいのかなぁ」
昨晩、サクヤは三度の感電を受けサクラを危険視している。
切迫したサクヤの言い分に、ローザが仕方なくグループ分けした結果。
こうなっている。
「この子の他に、もう一人いんだろ……?大変だなお前も――つか、俺だってホントは忙しいんだぞ……?」
「うっ……そうだよね、ゴメン」
【聖騎士】に昇格したアルベールは、順当にいけば数日後、正式に王【リフベイン城】に招かれ、晴れて【聖騎士】の仲間入りをを果たす。
その準備が着々と進められていたはずなのだが。
こうしてエドガー、そしてエミリアに頼まれて現在に至るわけだ。
「まぁ、いいんだけどな?……あそこで機嫌悪そうに葉巻を吸う人は、なんであんなに怒ってんだよ」
アルベールが視線を向ける先には、【鑑定師】マークス・オルゴの姿がある。
そもそも今いるこの場所は彼の店、鑑定屋【ルゴー】の前だ。
彼もアルベールと同じく。エミリアに頼まれて参加することになった。
しかし、その頼んで来たエミリア本人がここに居ないので、ご立腹なのだ。
「――あ?」
「ちょっ!怖いっすよマークスさん!睨まんでください!」
「ぷふ~……睨んでねぇよっ!」
葉巻を吸い終わり、鋭い眼光でエドガー達に寄ってくる。
「睨んでるじゃないっすか!!」
「――睨んでねぇって……怒ってんだよ。いきなり呼びつけておいて、その本人は居ねぇわ、異世界?のヤツは増えてるわでなぁ、混乱してんだよ……」
(【消えない種火】の調査だって……途中なんだからな)
アルベールとエドガーの間に入り、二人と肩を組む。強引に。
マークスに異世界の事を説明した事は、エミリア経由でアルベールも聞いた。
「なんかすみません……妹が」
「す、すいません……」
アルベールとエドガーが謝る。
「……ま、いいけどな。なんにせよ、異世界の事も興味があるし……」
そう言ってサクラを見るマークス。
「……?」
サクラは、不意に目が合ったマークスにとびっきりの笑顔を見せた。
アイドルがファンに見せるような輝かしい笑顔で。
「ちっ……しゃーねぇな。怪しい奴を探しゃあいいんだろ?……おら、いくぞ」
ずかずかと一人、歩いて行くマークス。
その様子を見たエドガーがサクラに声を掛ける。
「ありがとうサクラ……あの人、ガラは悪いけど悪人じゃないから……気にしなくていいよ」
実に失礼だが、エドガーとマークスの仲がいい証拠だろう。
それを分かってかサクラも。
「あ、大丈夫……気にしてないよ。ああいう人は何となくいい人だってわかるし」
「そ、そうなんだ……凄いね」
マンガの知識である。
◇
~同時刻・【下町第六区画】~
空気が重い。
先程から、誰も口を開かないのだ。
(こ、これなら……サクラを我慢してでも、主殿と居ればよかった!)
森を散策する三人。
ローザ、エミリア、そしてサクヤの三人だ。
今サクヤが思った事を、他の二人も思っているだろう。
「……ねぇ」
「……なに?」
エミリアが、ローザに話しかける。
「別にさ、みんなで居てもよかったんじゃないの?」
【月光の森】の草むらを分けながら、後悔したように言うエミリア。
「仕方ないでしょ……サクラが提案した【ぐっぱー】で、綺麗に分かれたんだから」
ローザは完全に諦めていた。
こういうキッチリと決められた事では、意外と潔いのだった。
今頃は、エドガーとサクラ、アルベールと、朝は居なかったマークスを含めた四人で行動しているだろう。
「でもさ~」
「うだうだ言わないのっ……それに、区画を順番に見て回るよりも、二手に分かれて見て回ってから【下町第四区画】で待ち合わせしたら簡単だって言ったのは誰かしら……?」
「……はい。すみません」
言い出しっぺのエミリアは、初めからエドガーと別れることなど考えていなかったのだろう。
それはローザも同じで、サクラの言い出したグーとパーで別れましょうなど、歯牙にもかけないくらい自信があったのだ。
しかし結果は、ローザもエミリアもパーを出し、エドガーはグーだった。
「し、しかし……この森はいいところではないか?空気もきれいだし、何より隠れるところが多い、わたしの様な隠密には、うってつけだ」
重苦しい空気を変えようと、サクヤがこの世界のこの森、【月光の森】を褒める。
しかし。
「……あ、そうだね」
エミリアの反応は薄く、むしろ何かを思い出して苛立ったようにも見えた。
「……ちっ」
ローザも言わずもがなだった。
(し、舌打ちしたぁっ……なんなのだ、この二人は!……あ、主殿ぉ~)
~エドガーside~
「あれ……今何か」
誰かが助けを求める声が聞こえたような気がした。
「どしたエド……?」
前を歩くアルベールが振り向き、エドガーを気にする。
「あ、ううん。何でもないよ、それよりどうかな……聞き込み」
現在、エドガーの見た証言を基に、下町の住人に聞き込みをしている最中だ。
「今やってるみたいだ……あの子も、やっぱスゲーんだな」
アルベールが感心しているのは、無論サクラで。
「すみません、ありがとうございました……もし何か分かったら、ここまでお願いします」
そう言って、宿屋【福音のマリス】の住所が書かれた紙を渡した。
先程から、“不遇”扱いされてる【召喚師】のエドガーは全く役に立たず。
アルベールやマークスも、若い女性への聞き込みは兎も角、他の人への聞き込みは、全てサクラがやっていた。
「……ダメ。全く知らないって」
「……」
「ん?どうしたの……エド君もアルベールさんも、気持ち悪い」
感心してみていただけなのに、気持ち悪いはないだろうと思ったが、男二人で少女をガン見していたら、確かに気持ち悪かろう。
「いや、悪いな……スゲーなっ、てさ。俺もエドもあの人も、こうはいかねぇから」
あの人とは、勿論マークスだ。
現在、葉巻を一服中。
「別にすごくなんかないですよ……ただ聞き込みしてるだけだし」
アルベールの言葉に笑顔で返すも、何故か悲しそうだった。
それに辛うじて気づくことが出来たエドガーは。
「【下町第二区画】はこれで終わりだね……次に行こうか」
と、話を逸らして、グッとサクラの肩を寄せる。
関係ないが、これでは逸らされたアルベールがナンパ野郎に見えなくもない。
「そ、そうだね……」
(あ、あれ?エド君って意外と身体が大きい……)
グイっと。少しだけ強引に引っ張られて赤面するサクラ。
「ちょ、エド!?――マークスさん!行きますよっ!……エド達が行っちまう」
「ああ?」と、葉巻を咥えたまま走ってくるマークスは、完全に族だった。
~ローザside~
「……嫌な予感がするわね」
【下町第五区画】について早々ローザが口を開く。
「ローザも……?実は私もなのよね」
隣にいるエミリアが同調し、うんうんと頷く。
「例えば、まるで別人のように男らしくなったエドが、サクラをエスコートしている……様な」
なんとも具体的な例えだが。正解!!
「そうね。サクラも、まんざらでない顔をしている……的な」
エミリアの根拠のない正解に、ローザも乗っかる。
(この二人……主殿のお話しかしない……もう疲れたのだが。助けて主殿……)
二人の後ろをげんなりして付いてくるサクヤは、既にグロッキー状態だった。
「それにしても……だだっ広いわね、この区画は」
ローザが森林区画である【下町第六区画】から出た少し先で、思ったままに口にする。
「……まぁね、ここは牧場・農場区画だし、事故があって以来新規で酪農家になろうなんて人は、いなくなったらしいし」
「事故?」
事故と言う言葉に食いつくローザ。エミリアはそのまま続ける。
「うん。数年前に、公爵貴族の方が、国に反旗を翻して……西の国……【レダニエス帝国】に寝返った、らしいの」
エミリアは王都の南、【下町第四区画】の門に近い場所を見つめている。
そこには何もなく、ただ広い草むらが広がっているだけだが。
「らしいとはまた曖昧ね」
落ちていた石ころを拾い「これでもエドガーは喜ぶかしら」と意味もなく呟く。
「誰も知らないのに勝手に決めつけて……あの人が寝返ったなんて、私は嘘だと思ってる」
ローザは、エミリアの言葉の重さに振り向く。
「――今のは聞かなかったことにしてあげる……サクヤも、いいわね」
「……承知」
きっと国に、延いては国民に聞かれればエミリアの、ロヴァルト家の立場はなくなるであろう危険な言葉。
「あっ……ご、ごめん――ありがとう」
「ふふっ――さぁ、聞き込みしてさっさとエドガー達と合流しましょう」
ローザは笑って話を終わらせ、う~んと背伸びをしながら先に歩いて行く。
「エミリア殿」
「ん?何?……サクヤ」
後ろからトボトボついてきていると思ったサクヤだったが、いつの間にかエミリアの隣にいた。
エミリアはこの区画について話している際、立ち止まっていた。
自分では気が付かないくらい入れ込んでいたらしい。
「エミリア殿が信じる事をやめない限り、そのお方は救われるはず……事情を知らぬわたしが言うのは、御門違いなのだろうが……」
サクヤもまた、信じる事を諦めそうになった。
シノビとして、あるべき方に仕える為に、鍛練をし、術を鍛えた。
しかし、サクヤにその時は訪れず、密かに幕を閉じようとした。
だが、エドガーという主に出逢えた。
それは、諦めなかった自分がいたからだと自負している。
エミリアの先程の言葉を聞いて、どれ程その人物を慕っていたのかが感じ取れた。
だからサクヤは、自分を重ねて言葉をかけた。
ローザに聞かなかった事にしろと言われたばかりにもかかわらずに。
「……ありがと、サクヤ。――うん、信じてるよ」
真剣な眼差しのサクヤに、エミリアも心から感謝をする。
「そうか……ならばいい。行こう」
スタスタと先行するローザを追って、サクヤとエミリアも歩み始めた。




