44話【二度あること】
◇二度あること◇
~宿屋【福音のマリス】二階・204号室~
「はぁぁぁ……疲れたぁ」
新しく用意されたベッド、新品のシーツに横になって、サクラはため息を吐く。
今日一日で、どれだけため息を吐いたのか。
「しかし、ここの床は柔らかいなぁ」
「……とこって……」
隣のベッドで布団の柔らかさに感動しているサクヤの古い物言いに、サクラは呆れる。
「あんたって、ホントに《戦国時代》の人間なの?」
「……そう言われても答えられぬな……何せわたし自身は、一度も戦に出た事が無いからな」
無い胸を張って威張るサクヤ。
「なに威張ってんのよ」
ベッドから起き上がり、事前に用意されていた着替えを確認するサクラは、もう一着をサクヤに投げた。
「ほら、あんたの」
「おっと……これは、こんな夜着で眠るのか?」
寝間着を受け取ったサクヤは、その薄手のパジャマが見慣れないのか、何度も裏表を確認したり、中を確認したりと忙しそうにする。
「着てれば慣れるわよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものよ。早く着替えなさいよ?――明日、街に行くんでしょ?」
ローザ達は明日、エドガーの敵?である人物を探しに行くらしい。
そこにサクヤとサクラの二人も帯同し、下町を案内してもらうつもりなのだ。
「うむ、確かにそうだな。早めに眠るとしよう」
スッポン!と、着ていた着物のような忍者装束を脱ぎ捨てるサクヤ。
「ぶふっ!」
当然のように全裸になったサクヤに、サクラは吹き出す。
一瞬でマッパになった素早さもそうだが、脱ぎ終えた装束の中に、下着が無い。
「あ、あんた……下着は!?」
「下着?……褌の類か?無いぞそんなものは」
ベッドの上で仁王立ちするサクヤに、羞恥心なるものはないらしい。
「いやいや……これはダメでしょ。う~ん、なんとかしなきゃなぁ」
一人呟き、鞄を漁るサクラ。
サクヤをノーブラノーパンで生活させたら、絶対あの二人がまた何かしでかす。
そう確信したサクラは、自身の学生鞄をガサゴソと探る。
別段何かあるわけではないが、何か代わりの物があればと思ったのだが。
「ちょっとなにこれ……」
鞄の中に、ドンドンと手が入っていく。
大浴場で少し中身を確認した時とは違い自分の所持品は見当たらず、だだっ広い空間だけがある感覚。
いくら手を振り回しても、障害に阻まれることの無い広い空間が、そこにはあった。
そして、不意にサクラの手に触れたもの。
咄嗟にそれを引き抜き、サクラは驚愕する。
それは、ブラジャーとパンツだった。
水色のストライプ、俗に言うシマパンだ。
それは、サクラが中学生の時に着けていたものと瓜二つで。
というか、そのものだった。
「……はぃ?」
目を点にして、ご丁寧にセットで出て来た下着を眺めるサクラ。
サクヤも全裸のまま見ていた。
「……よっと。で、それはお主のなのか?サクラよ」
ベッドから跳ねて着地し、混乱し無言になるサクラに声を掛けるサクヤ。
「え?あ、うん……多分」
見覚えのある下着が、何故か成長した高校生である自分の学生鞄から現れたせいで、完全に思考回路が停止していたサクラは、サクヤから声を掛けられてハッとする。
「どうやってつけるのだ?……ほら、教えよ」
長いポニテをブンブンと振り回して急かすサクヤに。
「――ああっもう!わかったから、尻尾をぶん回すのやめてよっ!」
取り敢えず、考えるのはこの【忍者】を宥めてからにしようと思ったサクラだった。
◇
「おおっ!これは動きやすいなぁ!どうやら寸法も合っているようだぞ、サクラよ!」
ベッドや床。天井に壁を飛び回り、サクヤは大はしゃぎしている。
「あ~、はいはい……――って!どうやって壁に引っついてんの!?凄っ!!」
【忍者】の謎の能力は、やはり《現代日本》の【女子高生】の認識の範疇を超えていた。
「……こうやってだが」
シュババ!と、動いて見せるサクヤ。
「いや凄っ!キモっ!Gみたいじゃん!!」
壁や天井を這い回るアイツに例えてサクヤを褒める。いや、褒めているのか?
「ふふん……凄であろう?《きも》と《じぃ》はよく分らぬが」
シュタッと着地し、自慢げに誇るサクヤ。
「しかし、お前の鞄も、なかなかに凄いではないか。一体何が入っているのだ?」
サクヤは鞄を覗こうと、床に置かれたままの鞄に手を伸ばすが。
「どれど――っれあばばばばばっ!!」
「え!なにっ!?」
いきなり奇声を上げるサクヤ。
髪を逆立て、身体を飛び跳ねさせて、そのまま天井に張り付いた。
「――なな、なんなのだっ!!わたしが何をしたぁ!?」
「ちょ、あたしじゃないから!睨まないでよっ!」
サクラは、ひょいっと鞄を拾い上げる。
「……何ともないけど」
「うう、嘘を吐くなぁ!」
完全に疑心暗鬼になったサクヤは、天井の隅に張り付いたまま、涙目で訴える。
「いや、ホントに……何ともないってば」
サクラは、サクヤが大げさなリアクションをしていると見て信じない。
「そこまで言うならば!主殿に確認してもらうぞ!?いいなっ!?」
「いや、いいけど!」
そう言って、【心通話】でエドガーを呼び出した。
「突然何かと思えば……これを持つだけでいいんです……かな?サクラ」
寝る寸前だったのだろうラフな格好で、エドガーが部屋を訪ねて来てくれた、眠そうにしながらも二人の説明を聞いた。
「主殿っ!お気をつけ下さいっ。その布籠……電撃を浴びせよるのです!」
未だに天井に張り付いたサクヤが、エドガーに注意しろと促すが。
<あの格好はスルーした方がいいのかな……?>
視線と【心通話】で、サクラに確認する。
<あーうん。そうしてあげて。あとあんま見ないで>
<は、はい……>
本当はエドガーが部屋に来る前にサクヤに服を着せようと思ったが、サクヤは絶対に降りようとしなかった。下着のままなのだ。サクラのおさがりの。
「じゃあ持つよ?サクヤ……見てる?」
「み、見ていますぞ!主殿!」
足だけで身体を支えて天井に張り付くサクヤ。
「どうなってんのよアレ」
もう驚くのをやめたサクラ。
「あはは。――そ、それじゃあ」
渇いた笑いを浮かべ、サクラの鞄を持とうとするエドガー。
「――あっ!主殿!!お気を付け……」
ひょいっと。
「……うん。持てるね」
「でしょ?」
「何故かっ!!」
ようやく天井から降りて、エドガーとサクラに詰め寄るサクヤ。
「主殿。今一度、貸してみてくださいっ!」
「え……?いいけど。……はい」
手に持つ鞄を、サクヤに渡すエドガー。
「う……うむむ」
エドガーが差し伸べた鞄》をじぃぃっと見つめつつも、サクヤは手提げ部分を掴む。エドガーもまだ掴んだままだ。
「――あっ!あばばばばばばばぁぁっ!!」
「えっ!?」
「だからなんでよっ!?」
感電したように、身体をビクッとさせるサクヤは、直ぐに飛び退いてベッドに潜り込んでしまう。
「サクラ。これって君のなんです……だよね?」
「うん。そうだけどさ、エド君は何ともないじゃん……持ったままだし」
確かに、エドガーが鞄を持ったままサクヤは受け取っていた。
なのに、サクヤだけが感電した。
「……しくしくしく」
毛布の中から聞こえてくるわざとらしい泣き声。
「ねぇ【忍者】。もう一度持ってみなさいよ」
エドガーに構ってほしくて、わざとらしい演技をしているものだと思ったサクラは。
「――わざと違うわっ!――わっ、と、と!!――あばばばばっ!!」
サクラは、サクヤが顔を見せた瞬間に鞄を投げつけ、サクヤは受け止める。
そして三度――感電した。
「……わざとじゃなかったか……」
腕を組んで「う~ん」と何かを考えるサクラに、どこかマッドな一面を垣間見たエドガーであった。




