38話【猪と犬】
◇猪と犬◇
とうとう限界に達し荒ぶるエミリアをローザが宥めつつ。
エドガーは、サクヤとサクラの新しい異世界人を二階の休憩スペース、つまりローザが“召喚”された際に案内した場所へと案内する。
二階の休憩スペースは、一階の食堂・休憩所の真上に位置する場所だ。
特定の部屋を除けば、この宿で一番広い場所であり、客が集まれる場所だ。
「ホントに異世界なんだ……」
建物の構造の古さからか、少なくとも《現代日本》とは違うと判断したサクラ。
一方サクヤは正反対の反応だった。
「こ、こ、ここは城なのだろうか!?主殿!」
自分の居た《戦国時代》との違いに「主殿はやはり殿だった!」と、嬉しそうにしている。
「はは、城じゃないよ……それより、との?」
聞きなれない単語にエドガーは興味を持つ。
「あー。王様?みたいなもの……かなぁ」
このサクヤという子は、エドガーが王様。そんな突拍子もない事を言っていたらしい。
「王様!?僕が?……違うよ!?」
「……いや、分かってるよ?」
「なっ!?そうなのか!?」
二人は正反対のリアクションを見せる。
多少オーバーアクション気味なエドガーにサクラが言う。
「あたしとこのポニテは似たような世界から来たみたい。でも、このポニテは古い時代から来たみたいだからさ、言葉もアレだけど……考えもアレだから……大目に見てやってよ」
やれやれと言った感じで、サクラが両手を上げて肩を竦める。
「お主……さては馬鹿にしているなっ!?」
廊下で立ち止まりサクヤが叫んだ。
「……さてはも何も、思いっ切り馬鹿にしてるんだけど!」
サクラの推測上。サクヤはきっとサクラの時代の過去、つまり大昔の人間だ。
言動や出で立ちもそうだが、自分の事を【忍者】【くノ一】だと言い張る時点で、《戦国時代》の人間なのは間違いないだろう。
気になるのは。サクラの苗字は服部だ。
そして、おそらくこのサクヤも。
自分によく似たもう一人の少女。
別の世界、もしくは過去の世界の、もう一人の自分の可能性。
その可能性があるとサクラは考えている。
この世界に来る直前、あの機械染みた声が言った。
――『オナジタマシイ』と。
「……」
(やっぱり。そう考えるとしっくりくるのよね、この時代遅れの【忍者】が、あたしと同じ存在とか……なんだかすっごくはずいけど……)
「――い!……おいっ!聞いているのか!」
「あ。……な、なによ」
いつの間にか隣にいる自分と同じ顔の少女に、サクラは嫌な顔を向ける。
「だからっ!無視するなと言ったのだ!」
「あ~うん。分かった分かった、だから黙ってて」
「むき~!簡単に言いおって、わたしを馬鹿にするなよ!?」
そう言うサクヤは、袖口から短刀を取ろうとして。止めた。
サッ!と素早くサクラから離れて、再び建物の観察に戻った。
わざとらしく「な、なるほど~」などと言っている。
「――なんなのよ。ん?……ああ、そういう事ね」
サクヤがおとなしくなったのは、前方にいる赤髪の女性。ローザのおかげだろう。
こちらを振り返らずとも、目には見えない圧力でサクヤを制してくれたらしい。
(……怖い人かと思ったけど、そうじゃないかもね)
ローザに感謝しつつ、サクラ達は休憩スペースへと向かった。
◇
~宿屋【福音のマリス】二階・休憩スペース~
「おお!何と大きな椅子だ!数人座れるな……こ奴とは座りたくはないがなっ」
サクラを指差して述べるサクヤ。
「うるさいな……あたしのセリフなんだけど……」
(何これ……地下とは比べ物にならないじゃない!日本のホテルと遜色ないんだけど!)
サクラはそっぽを向いて愚痴るが、視線が泳いでいた。
「ま、まあ。取り敢えず好きな場所に座って下さい」
二人の険悪な雰囲気を感じたエドガーが、間に入って落ち着かせる。
「むぅ。あ、主殿……」
「まぁ。君が言うなら……」
そんなエドガーの気遣いを尻目に、大入口から入ってくる一人の女性。
「失礼します……紅茶をお持ちしました」
明るい声音に営業スマイルを輝かせて、この宿の従業員、メイリン・サザーシャークが入ってきた。
「メ、メイリンさん?……どうして」
メイリンに異世界人の話、元を言えば“召喚”の話はしていない。
何故ここにと、エドガーが驚く。
「ん?……どうしてって、お客様が来るから紅茶をって……ローザとエミリアさんが」
キョトンとしながらも、エドガーの疑問に答えるメイリン。
「――えっ!?」
いつの間にか二人がメイリンに頼んでいたらしい。
その二人を見ると、腕を組み「ふふん」とドヤ顔をするローザに、控えめな胸を張るエミリア。
「さ、先に言ってよ……」
エドガーは、無駄なサプライズにドキドキしてしまった。
◇
「では、ごゆっくりどうぞ」
そう言って、メイリンは退室していった。
「さてと、どこから話しましょうか」
極度の猫舌のローザが、一人だけアイスティーを飲みながら優雅に話し始める。
もしかしてメイリンを呼んだのは、自分がアイスティーを飲みたかっただけでは?
「あ。ごめん……私、まだ自己紹介してなかった」
と、述べたのはエミリア。
そう言えば一人蚊帳の外で怒っていたのだった。
「私はエミリア・ロヴァルト、貴女達異世界人の主、エドガーの幼馴染!!よ」
「幼馴染」の部分を強調して紹介したエミリア。
「じゃ、話に戻りましょうか」
「えっ!もう!?噓でしょ!」
と、ショックを受けるエミリアを無視して、ローザが話を進める。
どうでもいいが、二人の異世界人が残念なものを見る目でエミリアを見ている。
そんな目をするのはやめてあげてほしいものだ。後で挽回しよう、エミリア。
「じゃ、じゃあ、僕が改めて説明しますね……何かあれば質問してください」
エドガーも話をスムーズに進めるために、エミリアに触れるのを止めている。
「承知です、主殿」
「オッケー」
「まず、さっき僕が言った事……街の危機、だけど」
クスリと思い出して笑うローザを放っておいて、エドガーは続ける。
「あれは本当の事です。念のためにですけど」
この国の名前や、街、区画、貴族制度と王室を説明し、そして。
「ここからが、あなた達二人を“召喚”した理由です……今、この国に潜んでいる可能性がある……僕達に取っては、敵と言ってもいい存在」
エドガーの言葉にローザが「そうね」と頷く。
「その人達が何をし出すかわからない上に、危険な“魔道具”が奪われてしまって」
「“魔道具”……?」
サクラが首を傾げてエドガーを見る。
「はい。“魔道具”は……そうですね、魔力を閉じ込めた道具。そのままですけど、そんな感じです」
何のひねりもないが、ありのままを説明する。
「さっき、この国の人間は《魔法》を使えないって言ったよね……ってことは、“魔道具”はその代わりって感じかな?」
説明した一つの中に、この国の人種についても話している。
「そうです……すごいですね、サクラさん」
「呼び捨てでいいってば。私も名前で……あ、いや……そうだな、あだ名!あだ名で呼ぶから」
「は、はぁ……」
「ええ!?」
エドガーを唯一あだ名で呼んでいるエミリアが反応する。
「ちょっと待ってよ、エドは私の……」
「エドってあだ名で呼んでるのね、エミリアちゃんは……じゃああたしは……エドくんって呼ぶから。ね、エドくん」
ウインクし、エドガーに飛ばす。
エミリアはそれをかき消すように間に入り、ブンブンと手で払う。
意味はあるのだろうか。
「エ、エミリア、落ち着こう……あとごめん、邪魔だよ」
視線を塞ぐ幼馴染をエドガーは宥め。
そのエミリアは「むぐぐ」と、言いながら着席する。納得はしてなさそうだ。
「と、取り敢えず。二人……サ、サクヤとサクラは……話、理解できているかな?」
こんなにも早く新しい女の子を呼び捨てで呼んだ事に、驚いたローザが片眉をピクリと上げたことは、誰も気付かなかった。
「あたしは大丈夫。理解力はあるから」
「……」
「ん?……【忍者】?」
無言のサクヤをサクラが見る。
自然と、全員の視線がサクヤに。
「す……すみませぬ。――全然分かりませんでした!」
随分と大人しいと思ったら、サクヤは話が理解出来ずにプスプスしていた。
「主殿やローザ殿、エミリア殿が【ヒノモト】の人間では無いのは理解したのですが……街や国の名前はさっぱりで……そもそも、いせかい?がよくわからないのです」
「あ~。あたしが後で説明したげるから、今はいいでしょ」
サクヤは頭の回転が遅いらしい。
一方でサクラは、この国の事情や“魔道具”についても、大方理解しているようだ。
「くっ……屈辱」
「あはは……と、取り敢えずサクヤも、分からない事は何でも聞いて下さいね?」
「あ、主殿~、なんとお優しい!感謝申し上げます!」
エドガーの前に跪き、頭を下げて「はは~」とかしこまる。
「え!いや、そういうことはしなくていいですからっ!」
「それはなりませぬ!わたしはシノビとして、主殿に仕えると決めてここに来たのです……わたしの選んだ決断を、尊重してくだされ!お願い申し上げます!」
「そ、そんなこと言われても……」
エドガーは困った目でサクラを見る。
「ああ、この【忍者】はこれが普通だよエド君。多分……そう言う世界から来たんだもん」
紅茶を飲みながら、サクヤの世界がそういうものだと言うサクラ。
「なるほど、随分な犬っぷりね……」
「ローザ?」
「……?」
サクヤの忠犬っぷりにローザが皮肉るが、エドガーとエミリアはピンと来ていないようだ。
「うむ!そうだな。犬で構わぬ……お傍に置いていただけるなら、わたしは何でもするぞ!犬にだってなろう。ワンワン!」
可愛らしく犬のポーズを取るサクヤ。
薄っすら耳と尻尾が見えたのは気のせいだろうか。
「ふふっ。良かったわねエミリア、動物仲間が出来て」
「はぁ!?」
エミリアが顔を赤くして立ち上がる。ローザは座ったままだ。
ローザの言いたいことが分かってしまったエドガーだが、大分慣れたのか、スルーしている。
「それじゃあ、サクヤにサクラ。まだ説明してないこともまだあるけど、まずはこの宿を案内するから」
赤と金に挟まれたエドガーは立ち上がって、サクヤとサクラを案内すると言う。
「承知しました。ですが……」
「え、いいの?あれを放ってても」
「うん、大丈夫ですよ」
今にも掴みかかっていきそうなエミリアに、ローザはアイスティーを飲みながら軽く流しているが。
「じゃ、行きましょうか……これからここに住んでもらうんだし、二人の部屋を決めないと」
エドガーは休憩スペースのドアを開ける。
喧嘩しそうなローザとエミリアを無視して、サクヤとサクラを連れて行った。




