37話【新たな異世界人】
◇新たな異世界人◇
“召喚”の為の魔法陣はもう既に完成している。
《紋章》も、古代語の書き込みも大丈夫だ。
現在は最終段階、“魔道具”を設置している最中だ。
ローザが積極的に協力して手伝ってくれているお陰で、かなりスムーズに事が進んでいる。
【風斬りの刃】を魔法陣の中央付近に沿うように円を描くように並べ、【朝日の雫】は中央に置く。
【月明かりの砂】は、魔法陣を描くインクに混ぜた。
追加で集めた【吸生針】と【闇夜の羽】も、エドガーが指示して、魔法陣に添える形で置かれている。
「うん。大丈夫、ありがとうローザ!――後は僕が」
「ええ、任せるわね」
ローザは微笑を見せ後方へ下がった。
エドガーの直ぐ後ろで待機している。
「――よし、やろう」
「頑張って!エドっ!」
エミリアも、見えない壁に懸命に齧りついてエドガーを応援している。
ゴホンっ。と一度咳払いをして、エドガーは集中し祝詞を唱え始める
「レオマリスの血……【召喚師】の血が汝に問う……双星の理を理解する者よ、供物はここに。我が呼びかけに答え、今、姿をみせよ……!」
エドガーは【召喚師】の祝詞を唱える。
“精霊”を“召喚”しようとした時とは、ほんの少しだけ違う。
祝詞が唱えられると同時に【朝日の雫】、ホワイトサファイアの宝石から光が放たれ。乱反射し、魔法陣の上に敷かれた【風斬りの刃】の銀の葉に輝きを映す。
魔法陣を描く材料に使われた【月明かりの砂】ことグレムリンの灰も、白い輝きを目一杯に放ち。
呼応するように、陣上の【闇夜の羽】がエドガーの魔力に反応して浮かんで舞う。
魔法陣の上に浮く【闇夜の羽】は黒く発光して、ホワイトサファイアが放つ白い光と、まるで戦っているかのように対抗して光る。
「我が名はエドガー。エドガー・レオマリス!契約を望む者なり!……ここに降臨し……その力を我に……我に……」
エドガーは言葉に詰まり、祝詞を途中でやめてしまう。
その様子に、ローザとエミリアも戸惑う。
「エドガー……?」
「エドっ!?」
(――我に力を、か……なんか違うよな)
見知らぬ異世界の人間を勝手に呼びつけておいて「力を貸せ」だなんて、とてもおこがましい気がする。
「エドガー!急いでっ!魔法陣が消えてしまうわっ!!」
ローザが叫び、エミリアは必死に見えない壁を押してこちらに来ようとしている。
エミリアはきっと、トラブルが発生したと勘違いしているのだろう。
「大丈夫!二人は黙って見ててっ!!」
エドガーは後ろ手で二人を制し、祝詞の続きを唱える。
きっと意味はない。でも、力を貸してもらう自分が上から目線で呼び出すのは、違うと思った。
「――ここに降臨し、我と……いや、|僕と一緒に戦ってほしい《・・・・・・・・・・・》……協力してくれ!!」
エドガーらしいと言えば、そうかも知れない。
魔法陣は、白と黒に何度も交互に点滅し。やがてパッ!。と消える。
魔法陣が消えたと同時に、二つの影が飛び出して、魔法陣の後方、部屋の奥に着地する。
「成功、した……?」
「「……二人!?」」
エドガーは成功に安堵し、ローザとエミリアは“召喚”されたの影が二つある事に驚愕する。
現れたのは、黒髪の少女が――二人だ。
ポニーテールの少女と、ツインテールの少女。
「……こ、ここは」
「なに?……ここ」
「「――はっ!!」」
“召喚”されたばかりの二人の少女は、お互いに顔を見合わせると。
「「この偽物!!」」と、叫び警戒する。
異国の装いをしたポニテの少女は、自分に似たもう一人の少女に攻撃しようと、懐からだした短刀を構えた。
「――っ!?」
しかしツインテの少女は、いきなり逃げる様に走り出して、エドガーの元までやってきて言う。
「こんにちはっ!」
「え!?こ、こんにち――って、え!?ちょっと、君っ!」
「いいからっ!隠れさせて!」
挨拶するや否や、エドガーの背後に隠れた。
「はいぃっ!?」
エドガーの後ろに隠れた少女は、エドガーのコートをひしっと掴み、離さないつもりらしい。
「おのれこの偽物めっ!そこに直れ!」
ポニテの少女は興奮気味にエドガーに近付く。
「――ちょ、ちょっと待って!落ち着こう!?」
“召喚”の疲労もあるが、突然の出来事にエドガーも戸惑い。
理解が追いついていない。
ちらりとローザとエミリアを見ると、二人共驚いたのか呆れたのか、フリーズしていた。
「主殿は黙っていて下されっ!!」
「あ、主殿!?」
ポニテの少女は、エドガーを主と呼んだ。が、エドガーの背後に隠れた少女に向けて、持っていた短刀を投擲する。
「なっ!?危なっ!」
エドガーは咄嗟に剣を作り出して、投擲された小さな短刀を弾く。
弾かれた短刀は、ローザの近くにカランカランと転がる。
「きゃあっ!」
エドガーの背後にいるツインテの少女は、可愛らしい悲鳴をあげるも、その視線はもう一人の少女に向けられている。
明らかに睨んでいる。
「な、なんなのよっ!いきなり!」
ツインテの少女は自分が襲われている風を装い、巧妙に演技をして、ポニテの少女を悪役にする算段だった。
その事実を知る唯一の相手、ポニテの少女はツインテの少女をギロリと睨む。
「――ひぃっ!」
エドガーの背中にしがみつき、怯えるフリをする。
「マジなんなのよっ!有り得ないでしょ!こんなの映画じゃんっ!!」
「え、今なんて……」
「こんなの」の後の言葉が聞き取れなかった。何語だろう。
「主殿……その女を差し出すのだ!その偽物には聞きたいことがあるのでな……」
「は、はぁ!?偽物はあんたでしょ!変な恰好して……コスプレかっての」
エドガーからすればどちらも変な、もとい珍しい恰好だが。
「な、なんだとっ!こすぷれが何だか知らぬが!馬鹿にしたな!?」
ポニテの少女はズンズンと進み、エドガーの目の前までくる。
ツインテの少女も、エドガーの背後から出て来てポニテの少女と睨み合う。
「大体さぁ、何それ!今時【忍者】?古臭すぎなんだけどっ!」
「なんだとぉ!私は【くノ一】だ!」
「同じでしょ!」
「違うわっ!!ボケっ!」
「は?誰に向かって言ってんの!?あたしはこれでも学年一位なんだけど!」
「知るかっ!そんな足を出して、腹が冷えて子を産めなくなるぞ!!」
「ははっ、何それおばあちゃんじゃん!!ウケるっ」
「こ、こ、このボケぇぇっ!!」
「う、うっさい、馬鹿!!!」
論点がずれ始めた口撃の応酬に、エドガーは頭を抱えている。実に痛そうだ。
「た、頼むから……同じ顔でケンカするのはやめてくれぇぇぇぇぇ!!」
自身が仕えるべき相手、エドガーに叫ばれて、ポニテの少女はハッと我に返る。
ツインテの少女も同じくおとなしくなった。
「「……は、はい」」
エドガーの渾身の叫びに、同じ顔の二人は口論を止めた。
その声にようやく「はっ!」反応したローザも冷静さを取り戻して、落ちていた短刀を拾った。
◇
「では、わたしから……」
「いや、あたしでしょ」
「「――はあっ?!」」
現在の状況を説明する為に「まずは自己紹介をしよう」と、エドガーが提案したのだが。
順番を巡り「む~!」と、睨み合う黒髪少女の二人。
進まない状況にイラっとしたのか、静観していたローザが炎を生み出して、黒髪少女二人の間に放つ。――ドォンッ!!
「……いい加減になさい」
「「……はぃ」」
ローザが持っていたのは細剣だった。先程エドガーとの訓練で使っていたものと同じだ。だが、今放った炎の光線は、どう見ても威力が違った。
(うわぁ……怒ってるなぁ)
まるで他人事のように。自分が今後一番苦労することを理解していないエドガー。
光線を目の当たりにした新しい異世界人二人は、ローザの威圧感の前に、押し黙ってくれた。
「「……」」
「はぁ……私が先に自己紹介するわね――ロザリーム・シャル・ブラストリアよ。ローザと呼んで。はい次は貴女」
ポニテの少女に、持っていた短刀を返して自己紹介を促す。
「ふふん……わたしは……サクヤだ」
隣のツインテ少女を一瞥し、先に挨拶した愉悦感を出す。
そして一瞬だけ何かを考えて、名前だけを名乗った。それに続いて。
「あたしは……サクラよ」
サクヤからくる愉悦の視線を完全に無視して、ツインテの少女も名乗る。
サクヤと同じように、少しだけ何かを考えてから。
「サクヤにサクラね……名前が似ているけれど、双子なのかしら?」
「「違うっ!!」」
「……そう。じゃあエドガー、自己紹介しなさい。キミが“召喚”したのだから」
ローザは意を返さず、いがみ合う二人を無視して、エドガーに紹介を促す。
「えっと……まずは、お二人をここに呼び出したのは僕です。だから、言いたいことがあれば、僕がすべて聞きます……あ、僕はエドガーっていいます、エドガー・レオマリスです」
エドガーは綺麗に頭を下げて、二人に言葉を紡ぐ。
サクヤは嬉々としてパチパチ拍手をしている。
一方サクラは、黙ってエドガーの話を聞いている。
サクヤに黙れと視線を流して。
「貴女達は、元の世界での生活があるかも知れない……勝手に呼び出しておいて、こんな事を言うのは自分勝手なのも、重々承知していますっ――でも、力を貸して欲しいんだ!」
エドガーはサクヤとサクラ、二人を交互に見やり。
真剣に、誠実に、誠心誠意を込めて話す。
「今すぐかもしれないし、明日、明後日かも知れない――本当は来ない方がいいんだけど……ああ、違うな……」
頭を振るい、自分の心の葛藤を追い出す。
「ビックリするかもしれないけど……実は今、この街がピンチなんだっ!――君たちの力を貸してほしい」
「……ほほうっ!!」
「なにその魔法少女にならない?みたいな導入……」
エドガーが顔を上げて、二人を見据えて出た言葉は、サクラ的にはどこかで聞いたようなセリフだ。
サクヤは待ち望んでいた戦いの気配に、心を弾ませる。
サクラは、どこかで見たアニメのマスコットが言いそうなセリフに、既視感を見出していた。
「――ふふっ」
しかし、そのセリフに笑ってしまったのはローザだ。
ローザは、エドガーが話したまさかの規模の小ささに、思わず笑ってしまう。
「ロ、ローザ!?」
まさかローザに笑われるとは思わずに、エドガーは赤くなった。
「ごめんなさいエドガー……必死な顔で言う割には規模が小さくて……ふふふっ――説得したいのなら、嘘でもいいから街じゃなくて、世界の一つとでも言ったらいいのに……エドガーらしいけれどね」
「ええっ!?いや、でも」
噓を付けないエドガーに、ローザは笑みを浮かべる。
遠くにいるエミリアもうんうんと頷いている。
「――冗談よ。それに貴女達も、ここに来たのだからもう見たのでしょう?」
「む!まさか其方も……」
「――あ!!ってことはあなた……」
見たというのは、エドガーの姿だ。
“召喚”される前に、エドガーが何かをする姿。
ローザは、“魔人”(低級悪魔)と戦う(一方的にボコボコにされる)エドガーだった。
おそらくは、この二人も見たのだろう。エドガーの言葉に反論も否定もしないのは。初めから受け入れているからだ。
エドガーが説得しなくても、彼女らが望んで来たのだ。ローザと同じく。
「そうよ。私も貴女達と同じで異世界人……先輩よ?」
「な、成程……見た時、ただ物ではないと思っていたのだが……いせかい?の人間とはな……道理で物凄い威圧感な訳だな」
「異世界……やっぱり異世界なんだ、ここは」
サクヤはローザのただならぬ雰囲気に。
サクラはこの世界が異世界だという事に驚き、けれども納得する。
「え、あのさ……ローザ。サクヤさんにサクラさんも、僕の話……」
三人の異世界人は、三人にしか分からない話題で納得しあう。
「す、すみませぬ!主殿……話はしかと聞いておりました!是非に協力させてくださいませ!!」
「あたしも聞いてたし……あたしに何ができるかはわかんないけど。まぁ、手伝うくらいなら……後、呼び捨てでいいから」
サクヤは立ち上がり、エドガーの前に跪いて。
サクラは照れながらも、顔をそむけて手を差し出す。
「――あ、いや、分かっていただけたなら別に……」
(あ、あれ……?)
本当は、こんなにあっさりでいいのかと思っているエドガーだが、異世界人は皆こんなものなのだろうかと、一人で納得してしまった。
「そうね。そろそろ行きましょうか、キチンとした話は、広い二階に行ってからにしましょうか……――じゃないと」
ローザが部屋の後方、入口をツンツンと指差し。
「あの子が我慢の限界でしょう?」
「――あ、エミリア」
決して忘れていた訳ではないが。
一人蚊帳の外のエミリアが限界に達そうとしたのを確認して、エドガーと三人の異世界人は、この【召喚の間】から移動を始めた。




