36話【契約の力】
ルビ振り修正しました。
◇契約の力◇
「……」
はっきり言ってしまおう。私、エミリア・ロヴァルトは拗ねている。
ローザとエドの会話は、この見えない壁を挟んでもよく聞こえていた。
どうやら今、エドがローザと戦うらしい。ここで。
「……」
私は胡坐で座り込み、顎に手をついて二人を見ている。
ナスタージャやフィルウェインに見られたら、本当に貴族の令嬢なのかと、疑われるレベルだと思う。
母様が見たら気を失うかもしれない。
それでも。納得できない態度を前面に出すにはこうするしかなかった。
現在、ローザが周りの“魔道具”や棚などに被害が出ないように、結界を張っている最中だ。
魔力的な問題のせいで、部分的な結界しか張れないらしく、広域防御には使えないらしい。
「――うん。取り敢えず、この部屋を囲えればいいわよね?」
「うん、ありがとう。ローザ」
ローザが結界を完成させたようで、エドと次の工程に移っている。
次にローザは、魔力で剣を創り始める。
右手の《宝石》から生まれた炎は一瞬で剣に変わり、ローザはそれをエドに渡す。
「――?コレは……」
エドに渡されたのは、ローザが何度も使っていたロングソード、長剣だ。
「エドガーは自分で創ろうと思っただろうけれど、私の剣とぶつかれば直ぐに壊れるだろうから……これを変わりに使いなさい」
エドも、右手の赤い契約の《紋章》から同じ事を出来る。
でも、力はまだまだらしくて。
ローザからすれば、この短期間で全く同じ事をされたら、たまったものではないんだろうけど。
「――分かった、使わせてもらうよ」
エドは有難く受け取る。剣を持つエドは見慣れないけど、格好良く見える。
ローザは次に、自分の剣を創り出した。
細いレイピアの様な細剣と、蛇の様に曲がりくねった曲剣。
どれも、グレムリンとか言う“悪魔”と戦っていた時に使用していた剣のはず。
「ふぅ……よし、準備はいいわよ……」
結界と武器が揃い、二人は一定の距離を置いて向き合った。
「エミリア」
ローザは私に視線で合図をしてくる。
嫌でも伝わる。戦いの合図を頼まれたんだ。
分かってしまった私は、顎に手を付いたまま、投げやりに言ってやる。
「――んじゃ始めっ」
意外にも、初動はエドだった。
「フッ」と、短く息を吐くと同時に駆け出し、思い切りローザに斬りかかる。どう見ても遠慮がない。
「はあぁっ!」
ローザはそれを躱さずに、左手に持つ曲剣でガードをした。
ギィィン!と鳴ると同時に、曲剣から炎の蛇があふれ出して、エドに噛みつこうと襲い掛かる。
「……くっ!?」
エドも直ぐに離れて、蛇を薙ぎ払う。
被害が出るからと、街では使わないと決めたローザの炎、まるで生き物の様に襲い掛かる蛇だ。
二度三度と斬って防ぐが、ローザが少し手を動かすだけで、蛇の軌道が不規則に変わって、エドの長剣をすり抜け、肩を噛んだ。
「――いっ!!」
嚙まれた瞬間、蛇は小さく爆発してエドの身体をぐらつかせる。
ローザはその隙を見逃さなかったようで、右手に持った細剣の先をエドに向ける。
――瞬間。
細剣から極細のレーザーを撃つ。
細い軌跡は、エドの反対の肩を貫通して壁に爆ぜた。
「ぐぁっ!!」
ゴロゴロと転がって壁にぶつかる、立ち上がらないエド。
私はつい叫ぶ。
「ちょっと!やり過ぎじゃないっ!?大怪我したら“召喚”どころじゃ無くなるんじゃ――」
「貴女は黙っていなさい」
我慢できずに口を出した私だけど、直ぐにローザが黙らせにくる。
「いったた……」
「エドっ!?」
(あれ?思ったより平気そう)
エドは、少ししてからきちんと立ち上がった。
傷もなく、火傷もなさそうで、私は安堵する。
え?無傷?
「――やっぱり【幽炎】、だね」
【幽炎】。
ダメージを与えると同時に、対象に幻を見せてダメージを悪化させたと思い込ませる技。って後で聞いた。
「よく気付いたじゃない……前は死にそうだったのに」
その【幽炎】に気付き、ダメージをほとんど受けていないエドは。
「ははは。流石に“召喚”の前に、本気の攻撃は使わないと思って……」
笑って答える。でもローザが使う炎の技は、これだけではなくて。
(そうか……あの時ローザが使っていた【炎の矢】は、あの細剣の力の縮小版か……ならきっと、火球も何かの弱体化したものなんだっ!それを、使えればっ)
何かを考えていたらしいエドは、長剣を両手で構え、切っ先に集中している。
「……ん?」
正面で迎え撃つローザは、エドが何かをしようとしている事に気づいたのか、妨害しようと剣を構えるが、何故か途中で止まる。
「――何かやるつもりね……!」
ローザが笑う。戦いを楽しんでいる様に、エドを見据えて目を輝かせている。
勿論、今はまだ私もエドもローザの相手ではないだろうけど、でもエドの、この何かしだすかも知れないと言う期待感が、私やローザの心を掴む。
ローザだって、自分がエドを鍛えているという、充実感がありそうなほどの笑顔。
正直、見ているだけじゃ物足りないよ。
「来なさいっエドガー!……自分の今出来る、全てをぶつけなさい!!」
ローザの言葉に、エドは口元を歪めて笑っている。
あんな顔、私は見たこと無かったのに。
私はいつの間にか立ち上がり、見えない壁に両手をついて、齧りつくように二人の戦いに見入っていた。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
長剣の先からの迸る赤い閃光はドンドン大きくなり、燃える炎の塊となった。
そしてそれは、エドガーの叫びと共にローザの元へ。
飛んで――行かなかった。
「あ、あれ?」
「……」
「行かないんかいっ!!」
私は思わずツッコミを入れてしまう。
「あ、あはは……」
恥ずかしいのか、エドが片手を離し、手を頭に持って行った瞬間、剣先がずれて。
――ズガォーーーーーーンっ!!
「え?」
「……――っ!!」
突如放たれた炎弾に、エドガーもローザも、勿論私も反応出来ず。
――ドォォォォォンっ!!と、ローザの横をブンッ!と通り過ぎて。
――私の目の前で爆発した。
「ぅわぁぁぁぁぁっ!!」
結界に阻まれて直撃はしなかったのが幸いだったけど、それでも私は叫んだ。
「ご、ごめんエミリア!大丈夫!?」
エドが私の方に駆けてくる。
「……」
(反応出来なかった……私が?)
驚くローザを尻目に、ダメージを受けた結界が歪み始めたようで。
「な……!結界がっ!?」
今の炎弾で結界に思った以上ダメージが来たのか、ローザは慌てて維持しようとしているけど。
しかし間に合わず、薄い膜状の結界は、パリンと音を立てて消えてしまった。
「エドォォっ!ビ、ビックリしたんだけどぉ!!」
「――ご、ごめん、本当にごめん!まさか時間差で出るなんて思わなくて……」
私達三人は、全員別の理由で驚き、この訓練は終了した。
◇
「僕はまだできたけど……」
「仕方がないわよ……結界が壊れたのだから」
まだまだやる気のエドガーを宥め、ローザは今回の訓練の点数を出した。
「四十点ね」
「お、意外と高い!」
「ちょっとエドに甘くない?」
入口に近い場所で、エミリアを混ぜて話し合っている三人。
甘めの点数に、エミリアは不満を口にする。
エミリアから見ても、エドガーの戦い方はド素人だった。きっと今のエミリアでもまだ勝てる。
「ゴホンっ!戦い方は全然ダメだし、魔力のコントロールもダメ、何でも突撃したらいいわけではないのよ?エミリアを見習ったらダメだから」
「ひっどっ!」
開幕でエミリアを真似て突撃したことは評価されなかった。
何故かエミリアまでもが言われているが。
「でも【幽炎】を見抜いた事と、最後の炎の威力だけは褒めてあげる」
そう言って、エドガーの頭を撫でる。
「……ど、どうも」
中々の点数と、ローザに褒められて照れるエドガー、しかし。
「――千点満点だからね……」
「やっぱり低かった!」
「ちょっとっ!エドに厳しくないっ!?」
エミリア、どっち?
◇
さあ、ここからが本番だ。【異世界召喚】。
二度目の大きな“召喚”になるが、体力も魔力も充実している。
エドガーの正直な気持ち、それは「本当はやりたくない」だ。
理由は、怖気づいた訳ではなく。
「異世界の人……元の世界で、普通に暮らしているかもしれない、人間なんだよね……」
そんな人から普通の生活を奪うのが、エドガーにはとても気が重かった。
「もしかしたら、全く戦えない人を呼んでしまうかもしれないんだ……」
子供や老人の可能性だって、なくはない。
「だから。僕は何度だって謝るって決めた……誠心誠意を込めて、向かい合って。そしてこの世界の暮らしだけは、絶対に保証する」
エドガーは何度も考えていた。
自分勝手な理由で、異世界で暮らす人間を強制的に“召喚”する。
別に、国に頼まれたわけでも強制されている訳でもない。
でも、エドガーは決めた。
今、ここでまた逃げるわけにはいかない。
【召喚師】として生まれて育ったこの国、【リフベイン聖王国】。
逃げ続けてきた、【召喚師】としての人生。
こういうものだと、仕方がないと決めつけて。
エミリアとローザは見ている。
エドガーの背中を。
【召喚師】エドガー・レオマリスの背中を。
「さぁ、始めよう……――【異世界召喚】を」




