35話【研鑽】
不足文字、ルビ修正を致しました。
◇研鑽◇
「……うう、酷い目に遭ったわ……」
右手であくびをする口元を隠し、左手でお尻を擦りながらローザが起きてきた。
ローザを起こしに行ったメイリンも一緒にいる。
「い、いい、一体何があったのっ!?」
ローザの悲鳴を聞いて、先程からエミリアが怯えている。
エドガーの腕を引っ張り、ブンブンと振り回して顔を青くする。
「言うのはダメよ。メイリン……」
ジト目でメイリンを見やる。
余程言われるのが嫌ならしい。
「――それなら、あんな格好で寝るのはおやめなさい」
メイリンは、完全にローザを手玉に取っている。
けれども、ローザはどことなく楽しそうに見える。
「私は、裸でなければ眠れないわ」
「裸はともかく、足を開くなって言っているのっ!分かりなさいよそれくらい」
二人のやり取りを見るエドガーは、渇いた笑みを浮かべ。
エミリアは戦々恐々としていた。
「――ところで。覚悟はできたようね……エドガー」
完全に冷めたモーニングコーヒーを飲みながら、ローザがエドガーに問う。
「――!……ええ。やりますよ……“召喚”」
一度身体をビクつかせたエドガーだったが、直ぐに身体から力が抜かれて、肩に力の入らないリラックスした態度で、自信をもって答えた。
「そう……」
ローザは一言それだけを言って、メイリンが焼いてくれたパンに齧りつく。
「――あちっ!!」
猫舌のくせに。
◇
「――ね、ねえメイリンさん……ローザに一体何をしたの?」
エミリアが、厨房で食器を洗うメイリンに話しかけていた。
「うふふ……秘密よ?それにしても、ローザって可愛いわね……」
メイリンからすれば、ローザもただの年下の女の子なのだった。
戦いになるとあんなに強いローザが、この人の前では子猫のようだと、エミリアにはそう見えた。
だから、余計に知りたくなった。ローザの弱点を。
「そうじゃなくて~。だからね、ローザに何を――はっ!?」
殺気を感じ振り向く。
そこには、自身の食器を片付けに来たローザが、直ぐ傍に立っていた。
「いい度胸をしているじゃないエミリア……私の弱点でも探ろうって魂胆かしら?」
「あ、あはは。違う違うっ」
ゆっくりと後退りし、ローザから逃げる準備をするエミリア。
因みに、速度だけならエミリアの方が若干速い。
「……まぁいいけれど」
ローザはちらりと、食堂にいるエドガーを確認する。
エドガーは本を読んでいて、こちらを気にするそぶりはない。それを確認して、ローザはエミリアに頭を下げると。
「ありがとうエミリア、感謝するわ……」
とても綺麗な動作でエミリアに感謝を告げる。
「えっ、なにっ!?――どうしたの急に」
怒られると思っていたエミリアは、ローザの行動に仰天する。
ローザによると。
昨日、エドガーを傷つけるかも知れないと、覚悟をしていたと言う。
実際今日、エドガーと顔を合わせる自信がなかったらしい。
こうしてエドガーと普通にしていられるのは、夜にスープを作ると言い出したエミリアのおかげ、そう感じて頭を下げたのだと。
夜中は考え過ぎて眠れず、それで寝坊してしまったらしい。
メイリンの言う通り、可愛いところがある。
「こ、子供かっ!!」
ついツッコんでしまったエミリア。
元の世界で経験したことの無い感情に戸惑っているローザ。
完全に普通の女の子だった。
(男の子と喧嘩とか……したことないんだ、ローザって)
エミリアの思う喧嘩とは少し違うかもしれないが、ローザがこんな感情を持った人物は、元の世界には一人もいない。
「とにかく、お礼はしたから……」
顔を上げたかと思うと、直ぐにそっぽを向く。
「アハハ!うん、受取ったよ!」
(慣れてないの分かりやす過ぎだよっ)
照れながらも、エミリアに感謝を伝えたローザ。
「……さ、エドガーの所に行きましょう。今日やるべきことを、しっかりと相談しないとね」
「了解了解っ!」
そうしてローザとエミリアは、また少し仲良くなった。
◇
食事を終え、エドガーとローザ、そしてエミリアは。
エドガーの父エドワードの部屋に来ていた。
「す、凄いわね……これは」
部屋に入って直ぐにローザは声を漏らし、その青い目をキラキラと輝かせている。
「ローザ……解るの?」
エミリアが聞いたのは、この部屋にある一見ゴミにしか見えない物が、“魔道具”の類に当たる物かどうか理解できるのか?と言う意味だ。
「何を言っているのエミリア!――本気で言っているのなら怒るわよっ」
やけに興奮したローザが、急速にエミリアへ肉薄しつつ言う。
「わわっ!?――わ、分かった分かった。ゴメン」
両手を上げて降参するエミリアは、ローザもこんな表情をするんだと、感心した。
「ハハっ、喜んでくれたなら良かったよ……」
この部屋の新しい主となったエドガーが、ローザの子供のような姿を見て笑う。
「……」
どうやらローザは照れているらしい。
エドガーに見られたのが恥ずかしかったのか、エドガーから顔を背けて大量の“魔道具”を観察し始める。
エドガーがローザとエミリアをここに連れてきたのは、今日行う【異世界召喚】に使う為の“魔道具”を探すためだ。
【異世界召喚】をすると決めたエドガーは、父の部屋であるここに、ある“魔道具”が残っているはずだと、先程の食事の際に話していた。
ローザとエミリアにも手伝ってもらい、ソレを探そうと考えた、が。
いつも冷静なローザが、まさか“魔道具”でこんなにも興奮するとは思いもしなかった。
「よ、喜ぶどころではないわエドガー……ここにある物だけで、国家の予算を超えるお金になるのよ!?……コレも、コレも、あ、ソレも!」
恥ずかしかったはずだが、様々な“魔道具”を手に取っていく内に興奮が再燃し、最早一切隠そうともしなくなった。
「そうなんだね」
「ええぇ~。私には分かんないよぉ」
エドガーは本当に理解しているのかわからないような笑顔で。
エミリアに至っては、指でつまみながらある物を見ている。
「あっ!それをぞんざいに扱ってはダメよエミリアっ、そのひと塊でも、数万【ルビス】するんだから!」
【ルビス】は、ローザの世界のお金らしい。
この世界で言えば、銀貨数枚といった所。だろうか。
「そう言われても分かんないよぉ――それよりエド、何を探せばいいの?」
エミリアは指でつまんだ物を置き、エドガーに問いかける。
雑な扱いをされた“魔道具”にローザが「ああっ!」と慌てるが、エミリアは全く分かっている気配がない。
「ん?――ああ。【風斬りの刃】っていうものだよ」
「刃って……刃物か、直ぐに見つかるんじゃないの?」
刃と言う言葉を聞けば、誰でも刃物を連想するだろう。
「違うわよエミリア。ソレは刃物ではなくて、草よ……」
恨めしい視線をエミリアに送るローザが答えた。
「そう。ローザが言った通りだよ……極端に言えば、雑草みたいな物だね」
「ざ、雑草っ!?」
「極端すぎよっ!――まぁ……事実雑草なのだけれど……」
エミリアは驚いてる。無理もない。
確かに、部屋の中で草を探せと言われても困るかもしれない。
【風斬りの刃】
高山に生える直草で、風を斬って音を鳴らす草だ。
その生命力はすさまじく、抜いても枯れずにそのまま残る。
薬草などには出来ないが、加工すれば剣にもなるとの説もある。
「その雑草を探すの?」
実に嫌そうに肩を落としているエミリア。
「枯れない草だし、直ぐに見つかると思うんだけどね」
ごちゃごちゃとしたこの部屋の中から探すのは大変だろうが。
前回ローザを“召喚”する為に”魔道具”を探した時と同じだ。
「……んじゃぁ、探すね……」
「やる気を出しなさいっ」
「だってさぁ……」
ガサゴソと、三人が探し始めて直ぐ。
一番関心がないエミリアが疑問を口に出す。
「ねぇ色は~?草なんだし、緑だよね?枯れないんでしょ?」
エミリアの疑問に、エドガーとローザが口を揃えて。
「銀よ……」
「銀だよ……」
二人から同時に帰って来た答えに、エミリアは意外な反応を示す。
「――ぎ、銀っ!?何それ凄いっ……絶対見つけるっ!」
エミリアに謎のスイッチが入った。
◇
「あったわ……コレよ」
結果、見つけたのはローザだった。
「……何それ、ホントに銀色だ……それに、どう見ても剣の刀身じゃないっ」
ローザが持つ【風斬りの刃】をジィっと見つめて、エミリアは感心している。
こんなものが地面から生えているなんて、恐ろしい。
「じゃ、行きましょう」
「ええ。そうね」
「――え、もう?」
淡々と行動を開始するエドガーとローザ。
あっという間に部屋から出ていく二人に、仕方なくエミリアもそそくさとついていく。
(なんだか緊張してる……?二人とも)
エミリアが感じているこのピリッとした空気感。
エドガーが緊張する理由は何となく分かるが、ローザは。
「ねぇローザ。なんでローザまで緊張してるの?」
【召喚の間】へ向かうエドガーの後ろにいるローザに、そっと小声で話しかけるエミリア。
「――別に緊張なんてしてないわよ」
「嘘じゃん、どう見ても……」
ローザの顔は、多少強張っているように伺える。
エミリアでも気付けるレベルで。
(昨日あんなことを言い出しておいて、緊張?……駄目だわ。冷静でいないと)
ローザの心境的には。
エドガーが心配なのと、新しく“召喚”されてくる人物への警戒。
「私と同じ異世界人を“召喚”しろ」と、ローザ自身が述べた事だが。
どんな人物が“召喚”されるかは、ローザも、ましてやエドガーさえも分からないのだ。
何かあった時エドガーを守らなければならないと、とローザは息を飲む。
「緊張じゃないわ……興奮よ」
「――え?」
“召喚”されたのが力を貸してくれる存在ならば、一向に構わない。
だがしかし、もしも敵ならば。
(……その時は、――私が殺す)
◇
そして【召喚の間】。
ローザと初めて会った場所だ。
(こんな短い期間に、またこんな大規模な“召喚”をする事になるなんて)
アルベールを助ける為に“精霊”を“召喚”しようとして。
結果――ローザを召喚した。
その日からまだ十日程なのだ。随分と濃い十日だと、エドガーもエミリアも思う事だろう。
以前と同じように魔法陣を書くエドガーを、ローザとエミリアが見ている。
ローザはエドガーの隣で、エミリアは扉の前で。
「ぐぬぬ……私はやっぱり入れないんだね。納得いかないなぁ」
なんとか一緒に入ろうと試みたエミリアだったが、やはり扉の前で見えない何かに弾かれて入れなかった。
「ローザは入れたのになぁ……」
「仕方ないでしょう……私はここから来たのだし」
拗ねるエミリアに、子供をあやす様に宥めるローザ。
「今回は扉閉めないからねっ!!」
前回“魔人”が現れた時は、急いで扉を閉めさせた。
今回はローザもいるし、事前にローザがチェックしており、怪しい“魔道具”もない。
エミリアも、何も出来ずに待ち続けているよりはマシだろう。
「よし、魔法陣はこれでいいかな……」
今回、魔法陣の参考にしたのは、【双星のジェミニ】。
互いが同じ存在でありながら、互いに相反する力を持つ“精霊”だ。
三人で探した【風斬りの刃】。エドガーが母から貰った誕生日プレゼント【朝日の雫】。
そしてグレムリンの灰こと【月明かりの砂】。
それ以外にも【吸生針】と【闇夜の羽】という“魔道具”も、この【召喚の間】の棚から追加した。
【吸生針】は、【ガンドォル】というハリネズミの針で、人の血を吸って赤くなる。
【闇夜の羽】は、【黒麗鳥】という鳥の羽で、西の国で夜に活動する真っ黒な鳥だ。別名、死四鳥。
「“魔道具”はどう置くの?」
ローザはエドガーをサポートしながら、大量の“魔道具”を持ち切れず、その大きな胸で挟んでいた。
「――ロ、ローザ。流石にそれは危ないですよ」
胸の谷間に挟まった【吸生針】を、エドガーが震えながら、胸に触れない様に取る。
「……ありがとう、エドガー」
「――っ!!コラァァっ……何してんのぉ!!」
扉の前でツッコむエミリアにエドガーは慌ててしまい、針を落としそうになる。
「うわっ――っ!とっ、とと!あ、危ないじゃないか、エミリア!」
「――だってぇ!!」
見えない壁に向かって手を当て額を当て、抗議をする。
ローザはクスクスと笑い。
「さ、続き続き……」
「……あ、ローザ。――“魔道具”はまだ置かなくてもいいですよ……」
ローザは動きを止めて、エドガーの言葉の続きを待つ。
「――実は、ローザにお願いがあってですね」
「……お願い?」
“魔道具”を持ち直し、エドガーに向き合う。
エドガーのお願い、とは。
「僕と、戦ってほしい……んです」
意外な回答に、ローザは目を丸くして驚く。
「……戦う?私と?」
(焦ったわ……また“召喚”嫌だって言うかと)
内心ホッとするが、エドガーは戦うと言った。
このローザと。
「本気……の、様ね」
静かに頷くエドガーは、多少の震えがあるが顔は真剣そのもの、強い意志が宿っった瞳がローザを射抜く。
「はぁ……分かったわよ。そんなに見つめなくても……いいでしょ?」
「あっ!すみ――いや、ありがとうござ――」
つい謝ろうとして、直ぐに感謝の言葉に切り替えるが。
言葉の途中で固まるエドガー。
「……?」
ローザも、突然フリーズしたエドガーを見つめる。
するとエドガーは。
「ううん。――ありがとうローザ……頼むよ」
「……」
エドガーは、ローザへの敬語を止めた。
「じゃ、じゃ、じゃあ。この“魔道具”を別の場所に置きましょうか、巻き込んだら大変だしね……」
自分から進んで敬語はいいと言っていたローザだったが、不意にエドガーから対等に話しかけられた衝撃は相当なものだったようで、伏し目がちな顔は目に見えないほどほんのり赤く、掻くはずの無い汗が湧き出るような感覚が、ローザの全身を襲っていた。
「そ、そう、だね……あはは」
エドガーの決意は固まった。後は実行することだ。
“召喚”も、自分の強さを磨くことも、ここから始まる。
エドガーの研鑽は。
――ここからがスタート地点だ。




