33話【気合のスープ】
脱字修正しました。
◇気合のスープ◇
エドガーはトボトボと一人で帰っていた。
ローザとエミリア、そしてナスタージャが先に帰った後、三人から一時(1時間)ほど遅れ宿に着くと、ナスタージャが一人ロビーで待っていた。
「あれ……ナスタージャさん?」
「はい。エドガーく……様」
休み気分が抜けないのか。君と言いかけて、直ぐに様付けに戻すナスタージャ。
何か意味があるのだろうか。
「えっと……どうしたんですか?」
もう夜中に近い。それもこれも、エドガーはローザに言われた“召喚”の事を考えながら、ゆっくりと帰って来ていた。
しかし、考えはまだまとまっていない。
「あ~。え~っとですねぇ」
ナスタージャはちらちらと横目で二階の方を伺っている。
エドガーは気付かないがエミリアが居る、その奥にはきっとローザも居るのだろう。
「何もないなら、部屋に戻りますけど……」
素っ気なく、自室に戻ろうとするエドガー。
正直誰かに会っていても、暗い雰囲気を押し付けてしまいそうだったのだ。
階段で待機しているエミリアは、ナスタージャに指で指示をする。
(今よ!ナスタージャっ)
「うぅ、エドガー様。部屋に行ったら少しお待ちください!もう遅いですけど、直ぐには寝ないでくださいねっ!」
深夜に近い時間帯で、エドガーを待っていたらしいナスタージャに。
エドガーは気を使う余裕も見せられないままに生返事をする。
「……はぁ、分かりました」
理由の分からないエドガーは、頷くことしか出来ずに了承する。
「では、少々お待ちくださいぃ!」
そう言い残して、ナスタージャは二階に上がっていった。
◇
宿の管理人室。もとい自室に入るなり、エドガーは棚に飾られた“魔道具”を見る。
(コレはダメだ……コレも……コレもっ……)
棚やラックに置かれた“魔道具”を選別して、仕分けする。
(違う。ここにある“魔道具”がダメなんじゃない……合うものがないんだ。――この部屋のものがダメなら……後は、父さんの部屋しかない)
父エドワードの部屋。ローザを“召喚”する際にも入ったが、確かに驚くほど珍しいものばかりだった。
エドガーは一冊の本を取り、あるページを開く。それは炎の“精霊”が描かれたページ。異世界からローザを“召喚”するきっかけとなったもの。
始め、アルベールを助けるためにすると決めた、物体以外の“召喚”。
正直“精霊”なんていないと思っていたし、実際未だに会った訳ではない。
しかし、エドガーは“精霊”以上の人物に出会った。
異世界人ロザリーム・シャル・ブラストリア。
《剣と魔法の世界》から“召喚”された彼女が、エドガー達を救った。
“悪魔”なんて目じゃない程に強く、美人で、チョットだけだらしのない性格をした。
――命の恩人。
「ローザ、怒ってたな……」
ローザの“契約者”である自分が不甲斐ないから、彼女は怒ったのだとエドガーは思っている。
幼馴染のエミリアですらも、ローザに同調してエドガーを引き離した。
「そっか……初めて――って言う位なんだ、エミリアのあんな感じ……」
先日、エミリアが想いを吐露したのは、兄に関わることだ。
だが今、アルベールは関係無い。エドガーは、エミリアが死ぬほど心配してることなど知らないまま、険悪なムードになったと勘違いをしている。
――コンコン。
「コンコーンっ。エドガー様、入ってもよろしいですかぁ?」
わざわざ口でもノックをして、ナスタージャが入室してくる。
「……どうぞ」
「失礼しますぅ。これどうぞ……召し上がってくださいぃ」
エドガーは本を閉じ、ナスタージャが置いたトレーを見る。
テーブルに置かれたのは、温かいだろうトマトのスープだった。
冷えた体に染み渡りそうな、いいにおいを漂わせている。
「……いただきます」
「はーい、召し上がれぇ」
ナスタージャは、少しだけ開いたドアの隙間から二人分の視線が送られていることに気付き。
(気になるなら、自分達で持ってくればいいのに……)
と、内心思った。
しかしエドガーは「こんな暇ない。食事なんて取ってる場合じゃ無いのに」と思っていた。
早く覚悟を決めなければ。また、ローザとエミリアに愛想をつかされる。
その思いで、エドガーは自分を見失っていた。
ナスタージャの視線がある以上、食べないわけにもいかず、仕方なくスプーンを手に取り、やけに大きい具材を口に運ぶ。
(――んぐ!!……にっっっがっ!!)
赤いトマトの甘さも酸味も感じられない程に、焼け焦げた味が口いっぱいに広がり、顏を顰める。
(い……今食べたのなんだ?コレは……芋かな?)
よく見れば、具材はどれも黒かった。
まるで焼いて焦げた具材を、そのままスープにぶち込んだかのような、そんな味。
正直言って、かなり不味い。
青ざめた顔のままナスタージャを見ると、どう見ても笑いを堪えていた。
ナスタージャは自分の二の腕をつねり、痛みで笑いを誤魔化している。
「……」
「す、すみませ……ぷふっ」
遂に我慢しきれなくなったのか、ナスタージャが吹き出した。
「ナスタージャさん……これって、まさか……」
「――ご想像の通りかと思いますぅ」
やはり。ローザとエミリアが作ったものか。
ローザは、ここ数日で料理が絶望的な事が分かったが、実はエミリアも作れない。
何度か挑戦したのを見たことがあるし、食べたこともある。
見た目は美味しそうなローザの物とは打って変わって、とても個性的な物を作るのだ。
何でこんな事を。嫌がらせ?そんなバカな。――そんなわけはない。
「エミリア……ローザも……」
一つ。たった一つだ。料理なんて、食べて欲しいから作るんだ。
それだけだなんだ。エドガーはそれに気付き、気合を入れる。
「フゥゥゥ---!」
息を思い切り吐き、エドガーはスープを飲む。
大きな具材もかみ砕く勢いでかっ込む。
「エ、エドガー様っ!?そんなもの食べたらっ――あっ!!」
ナスタージャ盛大な自爆。
物凄い二つの殺気がナスタージャの心臓をえぐり、ナスタージャは死を覚悟した。
「ぃぃあ、死んだ……私、死んだァァ……」
「ぷはぁっ――今のはナスタージャさんが悪いですねっ」
激マズのスープを気合で完食し、絶望に暮れるナスタージャに声を掛ける。
「美味しかったです……元気出ました……――そう、伝えて下さい。二人に」
「――はい!かしこまりましたエドガー様。でも……今は戻りたくないんですぅ!」
ナスタージャは戻ったらどうなるのかを自覚しているのか、中々帰ろうとしない。
「あははっ――作業するので、戻ってくださいね♪」
ナスタージャが「うぅぅ」と、嬉しいような悲しいような、どうとったらいいのか分からない表情で部屋を出ていき。
エドガーは直ぐに古文書を読み返し始めた。
「コレはどうだろう?【風斬りの刃】……これは、父さんの部屋にあった気がするな、うろ覚えだけど……」
今開くページには、風の“精霊”が描かれている。
何も“精霊”を“召喚”しようとしているのではない。
エドガーは、【異世界召喚】に、“魔道具”の組み合わせを使おうと考えた。
様々な“魔道具”を所有するアドバンテージ、それを大いに利用して、ローザが驚く様な異世界人を“召喚”してやる。そう思い立った。
「あ、そうだ!グレムリンの灰……アレ、使えないかな」
“悪魔”グレムリン。
ローザが倒した後、月明かりに照らされたグレムリンの遺体は、まるで溶ける様に砂となった。
ローザが言うには、グレムリンの遺体では無く、【魔石】が砕けて粉末状になったもの、らしいが。
「……えっと。――あ、あったあった!」
たった数日で、置いた場所を忘れるところであった。
これでは父のズボラを責めることはできなくなる。
「あとは……【朝日の雫】――コレは、母さんが誕生日にくれたものだったな……」
母マリスが、エドガーの誕生日にくれた宝石。
ホワイトサファイアに雫が入り込み、乱反射して凄い輝きを放っている。
「使わせてもらうよ。母さん……」
数ページに渡って確認し、数種類の“魔道具”を想定した。
これから行うのは【精霊召喚】では無く、【異世界召喚】だ。
ローザの時は、偶然にも【消えない種火】と言う“魔道具”がローザの世界にもあったから、可能だったと思う。
ローザと同じ強さを持つ異世界人を“召喚”する場合、それ相応の“魔道具”が必要とされる。
そんな気がして、エドガーは気合いを入れる。
「よしっ……明日だ、明日!」
そうして、エドガーは明日の為に気合を入れて眠りについた。
◇
その頃、エミリアが泊まる部屋では。
「いふぁふぁふぁふぁっ!」
ナスタージャがエミリアに頬を引っ張られていた。
「そんなものって何かなぁ!かなぁっ!?」
エミリアは笑いながらナスタージャを責める。本当は怒ってなどいないのだが。
エドガーに言われた一言で、怒りなど全部吹き飛んでいた。
それはローザも同じであり。
「料理って凄いわね……味見した時は、自分の事を燃やしてやろうかと思ったけれど」
自分の手を見つめながら物騒な事を言う。
「でもよかったね!エド、美味しかったって」
ナスタージャの頬を離して、ローザが座るベッドの隣に腰掛ける。
(そう言う意味の美味しかったじゃないですよぉ……)
「――あ?」
「ぴぃっ!!ごめんなさいぃ!!」
(何も言ってないのにぃ!)
振り向きざまに向けられるエミリアの笑顔の圧力に、ナスタージャは簡単に屈した。
「ホント……面白いわ。この世界」
「ん?何……?」
ローザが言った事が気になり、エミリアはローザを覗き込む。
「何でもないわよっ――それよりも明日は忙しいから、ちゃんと寝るのよ……?」
エミリアの顏を押しのけて立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「あれ、ここで寝ないの?」
てっきりローザもここで寝るものだと思っていたエミリア。
「私……裸じゃないと寝れないの……じゃあね、おやすみ」
パタンとドアを閉めて、去っていく。
「は、裸……」
ローザの大胆な発言に、普段は子供っぽい寝間着を着るエミリアは、無念に駆られた。




