145話【初陣3】
◇初陣3◇
きっと私は、誰かがやってくれるって思ってたんだ。
戦場に立って、あの空気を感じるまでは、誰かが代わりになってくれるって……
そんな無自覚が、ただただ腹立たしい。
でもオルドリンさんに言われて、自分だけじゃないと気付いた。
ううん、それは初めから分かってた。でも、それ以上に、覚悟が甘かったんだと思う。
王都を出る時、覚悟は決めたと思ってた。
だけどそれは、自分に言い聞かせていただけなんだ。
戦争に行かなくてはいけない。それを初めて聞いた時、私は何を思った?
私は、祖国の事よりも、他国の死人の事よりも、幼馴染の事だけを考えていた。
それしか、考えられなかった。
浅はかだった。彼に勇気をもらって、ここまで来られたこられても。
死の恐怖、生への執着……そんな当たり前の事に直面して何も出来ず。
狼狽える事すら出来ず、ただ棒立ちになっていた自分。
ノエル先輩が矢を射ってくれなければ、私はあのルウタール兵に殺されていたかもしれない。
きっと、いくら考えても答えは同じだ。
怖いものは怖い。どれだけ克服しようとも、心の中の根底は覆らない。
だから、恐怖を否定するのではなく、どれだけ向き合うか……
これは、そういう話なんだと思った。
◇
「――エミリア?」
「あ……はい。すみません……お話しの途中で……」
「いえ……いいのだけど……どうしたの?凄く、考えた顔をしていたわ……」
オルドリンの言葉に返事をした事で、エミリアの中で一つの結論が生まれた。
それは、エドガーの事だ。
「私も、そう思ってここに来た……そう言ったわね……?」
「はい。それは、噓偽りのない私の思いです……そして、そう思わせてくれた人の為に、私は戦いたい……だけど、やっぱり未熟で……情けなくて」
当然と言えば当然だ。エミリアは、いまだ学生の身だ。
【聖騎士】の中では勿論最年少であり、しかも彼女の国を思う心はハッキリ言って薄い。
「それでも、戦わなくちゃって思っているのは本当で……戦争だって、殺し合いだって、生き残るって……簡単に思ってました。その言葉は……凄く重いんですよね」
戦争の中で、自分が生き残る方法は敵を殺す事だ。
口では簡単に言える。態度にも出せるだろう。
でもそれは、相手だって同じなのだ。
「相手が人間だって……同じ人だって……同じ命なんだって、それを奪わなければいけないんだって……直面して初めて実感したんです」
「……そうね。だから、貴女は動けなくなった……」
「はい。でも……気付いてしまったんです……」
「何を?」
「私の大切な人は……もう、殺しを経験してるって……」
悲しそうに、けれども何かを秘めたエミリアの瞳は、空色に輝いていた。
それは決意とも言える、意志の塊だ。
「私の幼馴染は……私を守るために、ある人を倒しました……そして、その人は命を失ったんです」
「……」
(報告で聞いたわね……この子の結婚を掛けた戦い。その相手だった貴族……確か)
セイドリック・シュダイハ。エドガーに敗れ、その命を絶った男。
「私がこんな所で足踏みしている間に……彼はドンドン進んで行っている……だけどエドは」
それはオルドリンにではなく、自分に言っているように聞こえる言葉。
「エドは……あの人を殺してでも、私を守ってくれた……!きっと、こんな気持ちだったんだって……こんなにも怖くて、辛くて……それを、戦う事が苦手なエドにさせてしまった私が……こんな所でうじうじしてちゃ……駄目だってっ!」
エドガーは無我夢中で、苦手な戦いに身を投じた。
それはいつも、他人の為だ。
自分の事で命を奪わせてしまった事の重さを、やっと気付いた。
あの日エドガーは言っていた。
後悔だけはしていないと、応援してくれていると。
「だから、戦います。このままじゃ、きっと後悔するところでした……」
生きて帰れても、このままでは合わせる顔がない。
【召喚師】の元気な幼馴染が、へこたれていては駄目だと、奮い立たせて。
「……次の戦いがあれば……私は前に出ます。戦います……迷いながらでも、怖がりながらでも……それでも、後悔しない為に、彼のように……強くいたいから」
「……そう」
エミリアのその言葉を聞いて、オルドリンは安心していた。
言葉もそうだが、何より顔つきが変わった。
俯いていた顔が上がり、前を向いた。
これからも迷い、悩み、戸惑って進むだろう。
それがエミリアの道なのだと、それでも進もうとする少女に眩しいものを感じ、オルドリンは部屋を後にした。
◇
エミリアの部屋を後にしたオルドリンは、その足でヴィクトー・マルドゥッガの部屋に赴いた。報告する為だ。
「……どうだった?」
書類に目をやるヴィクトーは、こちらに目を向けないまま問う。
「大丈夫です、あの子は……初陣での戦果を期待するほど、戦争は甘くない……それは分からなかったようですが……」
「もっともだな。だが、あの子は偉業を成して【聖騎士】に成ったのだろう?プライドはあるだろうさ、それに……オレだって正直期待はしていたんだ」
「そうなんですか?意地悪ですね……」
「私の時は吐いてこいって言ったくせに」と、ジト目でヴィクトーを見る。
ヴィクトーは「はっはっはっ!!」と笑い。
「何年前の話をしてるんだ、お前は今のエミリアよりも絶望していただろうが!がちがちに緊張して、何度も死にかけただろう?それに比べれば、随分としっかりしている」
「……それを言われると、非常に恥ずかしいのでやめてください」
オルドリンだけではない。ロットもヘイズも、ノエルディアだってそうだ。
【リフベイン聖王国】では、戦いは起こらない。
ましてや戦争など、王都の人間は知る由もない。
それは数十年前からの事実であり、王都民が吞気でいられる理由の一つでもある。
「王都にいると、つい忘れてしまう……国境間際では……つねに臨戦態勢である事を」
「……そう、ですね。リフベイン王家からの命とは言え……どうして隠すのでしょうか」
「それは知らん。オレには関係がないからな……」
「素っ気ない」とオルドリンはいじける素振りをする。
ヴィクトーは再び笑い。
「はっはっは!そう言うなスファイリーズ。何も興味がない訳ではないさ……王族には王族のお考えがあるだろうさ……それこそ、オレ等のような戦う事しか出来ない奴らはな」
「……【聖騎士】でも、ですか?」
「――【聖騎士】でも、だ」
ヴィクトー話の間にも書類を読み終えたのか、グググッと身体を伸ばす。
ボキボキボキ――と、鈍った身体が悲鳴をあげた。
「平和を強調したいだけなのか……それとも他国の事は眼中にも無いのか、分からんが……オレたち【聖騎士】の仕事は変わらんさ」
「ええ……それはもう、承知しています」
夜に差し掛かる、月が照らす一室。
男と女が二人きりの空間ながら、甘い空気は一切なく。
ただただ、国の未来と若者を憂う、ヴィクトーとオルドリンだった。




