143話【初陣1】
◇初陣1◇
時刻は一時(一時間)を過ぎた。
【聖騎士】五名、聖王国騎士が総勢五十名が、既に配置についている。
その中で、一番後方にいるのがエミリアだ。
エミリアを護衛するように、数人の騎士もいる。
他の【聖騎士】四名は最前線に配置されており、五つの部隊が用意された。
第一部隊であるヘイズの歩兵隊、第二、第三部隊のロット、オルドリンの騎兵隊、第四部隊のノエルディアが指揮する弓兵隊が、砦を守るように展開していた。
第五部隊のエミリアの槍兵隊が、後方待機だ。
「……そろそろだな。来るぞぉ!角笛を鳴らせぇぇぇ!」
ヘイズの大きな声に応え、戦闘の始まりを告げる音が高らかと、国境の空に響いた。
◇
まだ日は高く、熱帯特有の張り付くような暑さと湿気が、肌に纏わりつく。
「……」
緊張感を滲ませ、エミリアは戦闘を観察する。
右に左にと視線を動かして、先輩たちの戦いを目に焼き付ける。
その光景には当然、死者が映る。
「……」
背けてはいけないと、エミリアは命を落としていくルウタールの兵士たちから目を逸らさない。
戦力差は圧倒的であり、【聖騎士】の四人は誰一人として傷を負っていない。
まず、装備が違う。
【リフベイン聖王国】の装備は鉄が多い。剣も軽鎧も、一部銀が使われているが、基本的な素材は鉄だ。
それに比べて、【ルウタール王国】の兵士たちの装備は、貧弱の一言だった。
蛮族と言ってしまえばそれまでだが、基本装備は木と革だ。
武器ですら木槍や石斧と、噂通りの武力の無さだと思った。
「脆い……」
ぼそりと呟いたその言葉に、背後の騎士が。
「そうでしょう。あれで何度も進攻してくるんですから、兵士たちもかわいそうですよ……」
エミリアの護衛騎士の一人が、やる気も無さそうに言う。
こちらは緊張しっぱなしだと言うのに、いい気なものだと感じたが、何も言わないでおいた。
そんなエミリアの内心に気付く訳もなく、騎士はペラペラと。
「あの国では、鉱石が殆ど採掘出来ませんからね。だから装備の大半は木や革装備でしょう?」
「……」
「正直、戦い甲斐がないですよ……」
騎士の一言一言に、エミリアは目端をヒクヒクさせて我慢する。
エミリアは別に、強敵と戦いたいわけではない。
この騎士の言葉は、何一つエミリアには響かない。
「これなら、野盗や強盗をとっちめてるほうがまだ――」
「――少し黙って!!……ください。集中したいので……」
振り向かないまま、エミリアは叫んだ。
年下とは言えこっちは上司だ。そのくらいの権利を主張したっていいだろう。
しかし背後にいる騎士は、「さーせん」と悪びれないどころか、エミリアに聞こえるように舌打ちをして一歩後退した。
「……」
(居るんだ。何処にでもこういう人は……私は……守りたいだけなのにっ!)
まるで戦いを望んでいるかのような騎士の言葉は、エミリアの考えとは正反対。
大勢いる騎士の中の、たった一人の考えだと言うのは分かる。
それでも、自分まで同じ考えだと思われるのは嫌だった。
「……集中……集中……!」
戦いは続いている。
今は丁度、一人の兵士が騎兵隊の網を抜け、ノエルディアの前に向かっていくところだった。
「……!」
(ノエル先輩、見てないっ!)
ノエルディアはその兵士を見ていなかった。
他の兵に気を取られているのか、その様子を敵兵士も気付き、勢い良くダッシュして、弓兵の間を抜けてゆく。
すると、ノエルディアはそのタイミングで。
「……エミリアっ!一人行ったわよっ!!」
と、さも気付いていたかのように叫んだ。
ノエルディアも他の先輩たちも、あえて一人だけを逃したのだ。
エミリアに――討たせるために。
エミリアは、前に出ようとする護衛の騎士たちを制す。
他の騎士もあの騎士も、それに素直に従うが、やはりどことなく態度が悪い。
こちらに来る。つまりは、砦に向かって来ているのだ。
それは許されない。絶対に阻止する――戦って。
そして、言葉よりも先に、エミリアは脚を踏み出していた。
敵兵士は石斧を振りかぶって、最後の壁となったエミリアを狙う。
「――どけぇぇぇ!!」
死に物狂いで、エミリアを殺しにかかってきている。
「……集中……!!」
エミリアは腰を低く落とし、槍を構え待ち受ける。
「うおおぉぉぉっ!」
ブンッ!!と振り下ろされた石斧は。
「……ふっ!」
(遅いっ)
身を翻すだけで、簡単に避けれてしまう。
避けざまに、槍を振るう。
ザシュッ――!と大腿部を裂かれた兵士は、悲鳴を上げて転倒した。
「――ぐがぁぁぁぁっ!!ぐっ……くそぉぉっ!!」
それでも石斧を握る手は離さず、エミリアを睨みつけて憎悪の念を送る。
エミリアも負けじと。
「投降しなさいっ!武器を捨てて、大人しくすれば――」
命は助かると、投降を呼びかけるエミリア。
足を負傷した兵士の傷口からは、炎が揺らめいでいる。
そんな怪我にもめげずに、兵士は立ち上がろうとする。
「あなた、そんな怪我でっ!」
「黙れぇぇ!このっ……」
兵士は無理矢理起き上がり、炎が吹き出る太腿を押さえつけると。
「お前たちのような、持っている者たちには分からないだろう……俺たちの国の悲惨さをっ!!」
石斧を振りかぶって、兵士はそれを投げた。
エミリアに向かって投げられたそれを、エミリアは軽く弾き飛ばす、が。
「――いないっ!?」
ほんの少し目線を逸らされた。その瞬間だけで、兵士の姿がなくなっていた。
しかし、護衛の騎士たちの誰かの声で。
「――下です!【聖騎士】エミリア!!」
下を向く。そこには、今にもエミリアに飛びかかろうとする兵士の姿があった。
「――ひっ……」
必死の形相。死に物狂いの特攻に、エミリアは気圧された。
気圧されてしまった。命がかかる戦場で。
しかし、視線の先の兵士の頭に。
スタァンッ――!!と、矢が突き刺さった。
どさりと、一瞬で事切れた兵士。どくどくと流れる流血に驚きながらも、エミリアは見る。
「――エミリア。気にするんじゃないわよ」
矢を射ったのはノエルディアだ。
どうやら、エミリアの様子をずっと見ていてくれていたらしい。
「ノエル……先輩」
ノエルディアはそれだけ言うと、また前線に戻っていく。
残されたエミリアは、無力さと情けなさ、自分の覚悟の甘さを痛感し。
そして、背後にいたあの騎士の「だから言っただろ?ただのガキだって」という小言を、痛いくらいに受けた。
戦場は、静かになりつつあった。
エミリアはその様子を、負けないほど静かに見守っていた。
そして隣で。
「……ほい、飲みな?」
「……ありがとう、ございます」
先に休憩に入ったノエルディアが、革水筒を渡してくれる。
受け取り、しかし飲まずにだらりと腕を降ろす。
「……初陣はこんなもんでしょ。吐かなかっただけマシだって。あの口の悪い騎士も、初めは吐いてたわよ?」
「……聞いてたんですね……」
エミリアが誰かに小言や悪口を言われるのは、ノエルディアも通って来た道だ。
王都全域までは知られていない【聖騎士】の活動だが、城では別だ。
全騎士の憧れである【聖騎士】だ。当然やっかみや陰口だってある。
それを思えば、あの騎士も【聖騎士】を目指していたのだろう。
それが、学生の身でいきなり【聖騎士】に成り、直ぐに戦場に出された小娘の護衛騎士だ。
「あ、あはは……とにかく、ああいうのは気にしなくていいって事よ。あ、ほら……終わったみたいよ、皆戻ってくる」
「……です……ね」
オルドリンにロット、ヘイズも無傷で戻って来た。
見たところ、大きな怪我を負った負傷者もいないようだ。
そうして、エミリアの初陣は一旦の幕を下ろす。
しかしその日の夜。【ルウタール王国】はまたも進攻を行ってくる。
そしてそれが、【聖騎士】エミリア・ロヴァルトの、真の初陣となるのだった。




