142話【進軍】
◇進軍◇
エミリアたちが【聖騎士団南方砦】に到着して、二日が経った。
現在早朝、エミリアはあくびをかみ殺して、砦の上部にて監視を行っていた。
「……あれが、矢も投石も弾く砦……【レイオン砦】、か」
コーヒーを飲みながら、霞が掛かる敵国の砦を注意深く観察する。
エミリアは思う所があるが、それを責任者であるヴィクトーには言えずにいる。
「……《魔法》なのかな……やっぱりあれって」
うっすらと、エミリアの空色の瞳が輝く。
しかし、ここにはエミリアが一人だ。誰も気付くことはない。
そしてその反応は、《魔法》の発動の兆候によく似ていた。
「……なんだろう……目がチカチカする」
グシグシと、両手で目を擦り再確認。
「あれ……なんともない?」
チカチカは治まり、瞳の輝きもなくなっていた。
「うーん……」
不思議なこの感覚を、エミリアは緊張のせいだと言い聞かせて、交代の時間まで監視を続けた。
◇
時間は進んで、エミリアは休憩中。
【従騎士】リエレーネと共に、昼食を取っていた。
「あむ。美味しいですね……この野菜」
「そうだね。これも【ホルセト村】から買ったものだってさ、【ルウタール王国】は森林地帯だし……野菜の栽培にも適しているんだろうね」
しかも熱帯雨林であり、雨も多い。
もぐもぐしながら、エミリアはこの隣国に関心を持つ。
「野菜もそうだけど、お肉もお魚も……全部新鮮で、食事が進んじゃうよ……」
【リフベイン聖王国】では、あまり魚は食されない。
そもそも獲れる水源がない。
【レド川】はあるが、生活用水として使われるその川では、魚は偶にしか獲れないと言う理由があった。
「王都の貴族街に流れる川は、お城から流れるものですから、生き物が居ませんしね……あむ」
レミーユも最近は色々と勉強をして、【従騎士】としてエミリアのサポートを頑張っていた。
「そうね。王都でもお魚食べれればいいのに……」
どうやらエミリアは魚が好きらしい。
「――エミリア!!」
「ふぐっ!」
突然背後から掛けられた言葉に、エミリアは喉を詰まらせる。
「むぐぐぅ」と顔を青くするエミリアに、レミーユが水を渡し。
声を掛けた人物。エミリアの先輩、ノエルディア・ハルオエンデは。
「何してんのよ……ほら行くわよ!!ヴィクトーが呼んでる」
「……ゲホっ!ゲホ……ちょ、いきなり何なんですかノエル先輩!ちょっと~」
ノエルディアは無理矢理エミリアの手を掴んで、初日に行ったヴィクトーの部屋に連れていくのだった。
◇
「……」
エミリアとノエルディアが部屋に入ると、監視の騎士がヴィクトーに何か報告をしていた。
「……」
「……」
「ご苦労だった。引き続き頼むぞ」
「はっ!!」
騎士は敬礼をし、部屋を出る。
出ていく際にエミリアとノエルディアにも敬礼をしたので、二人も礼を返した。
そしてヴィクトーは。
「待たせたな。では、早速本題だ……」
「「はい」」
この場には、六人全員の【聖騎士】がいる。
そして責任者であるヴィクトーが話があると言うのだ。しかも騎士の報告もある。
エミリアの中でも、答えは分かっていた。
「……先程の騎士は、監視の任務を行っていた騎士だが、その報告を聞いていた」
「……来ましたか」
オルドリンが腕組みしながら考え、言う。
「その通りだ。ルウタール軍が進軍して来た。ここに着くまでは凡そ一時(一時間)、数は百だそうだ……」
「百か、この前よりは少ないっすね……」
ヘイズが頭の上で手を組んで、お気楽そうに言う。
「そうだね……でも前回は、それが三回続いたよ」
ロットが答え、オルドリンも。
「ええ。それで怪我人が増えたから、私が王都に知らせに行ったのよ。まさか、その後に猿が来るとは思わなかったけど……」
猿とは、【聖騎士】ギルオーダ・スコスバーの事だ。
背が低くすばしっこい彼は、騎士団内でそう呼ばれている。
「オレが命じたのだ。援軍要請をしろとな……まさか【聖騎士】が二人も来るとは思わなかったが」
オルドリンを除く、エミリアとノエルディア、そして数人の騎士が、正式な援軍だ。
【従騎士】の三人は、若いという事も考えて戦闘には参加させない方針だ。
「皆、準備を開始してくれ……それからエミリア・ロヴァルト」
「……は、はいっ!!」
大きな声の、緊張した返事だ。
ヴィクトーはそれを見て、短いため息を吐くと。
「お前も出撃はしてもらうが、初陣なのだ……四人の戦いをよく見ておけ、いいな?」
「……は、はい……了解、しました」
まるで、戦力外と言われた気がしたが。
直ぐにオルドリンが付け加えてくれる。
「大丈夫よエミリア。まずは戦場に慣れる事……私たちは、人を殺すのだから、貴女に死なれたら……ロヴァルト公に合わせる顔が無くなるでしょ?だから、過保護にしてるのよ……この人は」
「おいスファイリーズ。余計な事を言うなっ。勉強をしてもらいたいと言う、先輩心だろうが……それに、この二日の模擬戦で、エミリア・ロヴァルトの実力は把握している。【ルウタール王国】の兵たちにやられるほど弱くはない」
「――!」
拳をギュッと握る。
嬉しかった。父と肩を並べた偉大な【聖騎士】に、認められていたと言う事実が。
「だから、スファイリーズが言ったように……まずは慣れろ。本物の戦場と言うものを、その身で感じ……覚え、そして国の為に……戦えっ。いいな?」
「――はいっ!!」
気合を入れられたエミリア。
もう、不安そうな顔はない。
戦う事に、土壇場で迷う事も無いだろう。
「よし、では全員準備にかかれっ!!解散っ!!」
ヴィクトーの大きな号令に、【聖騎士】一同は胸に手を当てて、高らかに叫ぶ。
「「「「「了解っ!!」」」」」
そうして、【聖騎士】エミリア・ロヴァルトの――初陣が始まる。




