32話【でももだけども】
脱字修正しました。
◇でももだけども◇
【石魔獣】を残さず倒し、区画内への侵入を阻止したエドガー達だったが。
装備の魔力切れを起こし、着ていた服を消滅させたローザとエミリア。
裸のままの女の子二人を放置するなど、当然エドガーが出来る訳も無く。
必死に走って、【下町第一区画】にあるマークスの鑑定屋【ルゴー】まで来たエドガー。
「――で?女物の服を、何で俺が持っていると思ったんだ……?」
背が高く、端正な顔立ちのマークスだが、女の噂は一切ない。
「で、ですよね……」
「お前今何考えやがった」
「――あ、いえ!なんでもっ」
考えが透けて出ていたのか、マークスに睨まれるエドガー。
とんでもない状況ながらも、息を切らせて走ってきたエドガーにマークスは同情する。
「エドガー……お前、意外と女に苦労するタイプだったんだな。まぁ、エミリアに付きまとわれてる時点でお察しだが」
葉巻をふかしながら、エドガーの女運を悲観するマークス。
「……ですかね」
エドガーも心当たりがあるのか、微妙な間で返す。
「はぁ~ったく――しょうがねぇな……ほらよっ」
そう言って、マークスはエドガーに銀貨を投げる。
「わっ。――ととっ!」
「安もんなら、その辺の服屋で【召喚師】でも買えんだろ。ワンピースとか、簡単に着れる服が二着でもあればいいだろ?」
「あっ。そうか……ワンピース!」
まるで気付かなかったという風に、エドガーは驚く。
「なんだお前……まさか服の上下に下着までフルセットで買う気だったのか?」
「――あはは……」
完全な図星を突かれて口元を引きつらせるエドガー。
確かに人目を避けて家に帰るだけだ。ワンピース一枚でも十分平気だろう。
エドガーが視線に気を付けて、ローザとエミリアを余り見なければいいだけの話で、格別、物にこだわって買う必要はない。
「お前なぁ……まっ、いいや。早く行ってやれよ」
手をしっしっ。と振り、マークスはエドガーを急かす。
「ありがとうございます。マークスさんっ!お礼は必ずしますからっ!」
頭を下げて、エドガーは急ぎ鑑定屋を出ていった。
マークスは、出来は悪いが可愛い弟を見るような目で、それを見送ったのだった。
「そういやエドガーのやつ……今、謝んなかったな」
葉巻の火を消して、鑑定の作業に戻るマークス。
些細な事だが、エドガーの変化に驚いた兄貴分であった。
◇
~【下町第二区画】の路地裏~
「だ、誰も来ないよね?」
全裸のまま、大切な部分だけを隠して、辺りを伺うエミリアと。
「落ち着きなさい。そんなことをしていたら、それこそ誰かに見られるわよ?」
同じく全裸のままで仁王立ちし、かつ堂々としたローザがエドガーの帰りを待っていた。
「だって私、なんか今日、裸率が高い」
いそいそとローザの横に戻るエミリア。
「裸率ってなによ……」
確かにエミリアは今日、【福音のマリス】に来てから、やけに露出が多かった。
「ローザは何で平気なのっ!?」
信じられない。と顔を赤くしている。
「何でって言われてもね……恥ずかしくないからかしら」
再び信じられない。と今度は青ざめる。
「ねえ。炎の《魔法》で、もう一度服を作れないの……?」
最もな疑問に、ローザは答える。
「出来ない事もない……けれど」
「じゃ、じゃあ!」
「多分、途中でまた消えるわね、魔力不足で」
「……」
ガックリと首を落とすエミリア。明らかにそっちの方がまずかった。
人が行きかう往来の場所で、突然二人の女が裸になったら、それこそ大問題だ。
ましてや、エミリアは貴族。貴族のバカな道楽と笑われるだけならばまだマシだが、エミリアは耐えられない自信がある。
「……ううぅっっ!?」
考えただけで背筋が凍って身震いする。
「黙ってエドガーを待ちましょう……彼もきっと急いでくれてるわよ」
「――うん、そだね」
エミリアは、潔く諦めた。
(ま、まあ、誰に見られたわけでもないしね)
自身の身体を包むようにしゃがみ込み、エミリアはエドガーを待つことに決めた。
◇
しばらくして。
「エミリア~、ローザ~」
小声だが、エミリアの耳に聞こえた救いの声。
エドガーが戻って来たようだ。
「エ、エドっ!?――駄目だよっ、こっちに来たら!」
「――え、うん。分かってるよ。だから、ここに置くから取りに来て……大丈夫だよ、今は誰もいないから」
「あ……うん」
思っていたリアクションと違い。意外なほど素っ気ない感じのエドガー。
(それはそれで……なんかムカつくっ!)
難しい乙女心であった。
◇
エミリアとローザが着替え終わり。
「……よかった、サイズ合ってたみたいで」
ローザの着るワンピースを見て、エドガーが一言。
「……ねぇエド、どうして私は見ないでわかったのかなぁ?かなぁっ!?」
お前のは見んでも分かる。そう言われた気がしてエミリアが怒る。
「ええっ!?なんでエミリアが怒るのさ!?合ってるでしょ!?サイズ」
「合ってますけどっ!ピッタリですけどねっ!!」
エドガーの背中にしがみつき、抗議するエミリア
そんな二人を完全に無視し、ローザが。
「でも、よく女物を買えたわね。エドガー……正直言って、無難に男物の服を買って来ると思っていたわ」
「ええ。まあ……実はですね、ナスタージャさんが……」
ちらりと路地裏の入り口を見るエドガー。
影に隠れた暗い通路だが、路地裏を出たら明るいと言うのがはっきりわかるくらい光が差している。
「え?ナスタージャ……?」
エドガーの首に手を回したまま、エミリアは本日休養日の専属メイド、ナスタージャ・クロムスの名前が出た事に驚き、目を丸くした。
◇
――少し前。
「ど、どうしよう……」
【下町第二区画】にある女性専用の服屋前で、エドガーは羞恥心と戦っていた。
「マークスさんに言われた通りに、ワンピースにするべきか、それとも……いっそ男物を買って」
エドガーが右往左往しているのは、女性専用の服を売る服屋の入り口。
ここでウロチョロしている方が、通報されかねないが。
「……くっ!どうする!?」
これはエドガーにとって、ただの買い物ではない。
女性の服を買うなんて、母や妹とも、一度たりともしたことがない。
服装や見た目にはあまり気を使わないエドガーが行うには、少々難易度が高かった。
ましてや、男が一切いない店内に一人で入る度胸が、今のエドガーにあるのかと言えば「無い」だ。
「――何してるんですか……?」
入るかどうかと未だウロチョロしていると、一人の通行人に背後から声をかけられてしまう。
エドガーの心臓は、ドクンと跳ねた。
「あ、すいません違います勘違いでしたここには男物ないのかー残念だなー……では失礼します」
もしもの時の為に用意しておいたセリフを、完全に棒読み、更に早口で捲し立てて帰ろうとする。
「待って下さいよぉ……どうしたんですかぁ?」
逃げようとするエドガーは、肩を掴まれて固まる。
「ちち、違うんですっ……」
「もう……何がですかぁ?」
よく聞くと、中々に聞き覚えのある声だった。
「っていうか、いい加減にこっちを見てくださいよ……エドガー君」
「――えっ……あ!ナ、ナスタージャ……さん?」
声をかけられた驚きでギュッと目を瞑っていたエドガー。
「はい、こんばんわ。エドガー君」
――救いの神。エドガーの目には、ナスタージャが女神に見えた。
「ナスタージャさぁぁんっ!」
感極まり。私服のナスタージャ、その腰元に縋り付き、まさかの涙目。
「なぁ!チョットぉぉ!――そー言うのはお嬢様にしてくださいよっ!?」
エドガーは、ナスタージャの肘を頭に受けて、ようやく冷静になれたのだった。
「はは~ん。なるほど……そういう事なら私にお任せ下さい!エミリアお嬢様は勿論、ローザさんのスタイルもちゃんと覚えていますよっ!」
エドガーに事情を説明されたナスタージャが、そのまま銀貨を受け取り、勇み足で店に入っていく。
「よ、よろしくお願いしまーす!……――はぁ~~~っ」
深~いため息を吐き、エドガーは汗を拭う。
(何やってんだよ僕は。今はこんな所で躓いてる場合じゃないのに……買い物も出来ないのかよ。僕は)
女性専用の店ではなく、共通販売店に行けと、誰かに言われた気がした。
完全にへこたれたエドガーから、滲み出るどんよりとしたオーラ。
「おまた……せ」
ナスタージャが買い物を終えて店先から出て来るも。
店前で落ち込むエドガーに引く。
「エ、エドガー君……店の前で座り込んでたら……それこそ通報ものですよ!?」
――グサッ!!と、見事にトドメを刺したナスタージャだった。
◇
「――と、言う訳ですよっ……お嬢様っ!」
解説したのは、ナスタージャだった。
エドガーよりも少し遅れて合流し、エミリアとローザに、露店のフルーツジュースを差し入れる。
「……ありがと」
「すまないわね。おぉ~。おいしそうねっ……んんっ!美味だわっ!!」
ローザは、この国で初めて飲むフルーツジュースに感激している。
そして、どこからか刺さる痛々しい視線に、エドガーは目を泳がせていた。
「エド……どこ見てるの、こっち見なさい」
視線の正体であるエミリアの言葉に、エドガーは反論すらしない出来なかっただけだが。
「ご、ごめん……」
「そうじゃないでしょっ。お礼……ナスタージャにしてないんじゃない?」
そういえばそうだ。パニくったままここに来てしまったので、ナスタージャに礼を言っていない。
「あ、すみま……ありがとうございました。ナスタージャさん」
エミリアの隣でほくほくするナスタージャに、エドガーは頭を下げて礼を言う。
「いいんですよぉ、休養日にお嬢様にも会えましたしっ!」
やはり、時折まだ出て来るエドガーの弱々しい一面。
特に、一人になると出てくるようだ。
「……」
(まるで親とはぐれた子猫ね……)
ジュースを飲み干して、ローザはエドガーたちのやり取りを見ていたが、エドガーの不安定な部分は、“契約者”のローザにも伝わってくる。
(エドガーには心の支えが必要ね……私がなれればいいんだけれど……まだ、無理かしらね)
まだ出会ってから十日程しか経っていないというのに、ローザはエドガーに惹かれている。
頼りないし、まだまだ弱い。どこか情けなくて、不安定な影を持つ少年。
でも、優しさと思いやりの心を持ち、他人を優先するお人好しなところ。
一言誰かに言わせれば『優しいだけ』になるのだろうが。
それでも惹かれていく。この年下の少年に。
(全く……怖いわね、異世界って)
全ては異世界の所為。ローザはそういう事にして、エドガー達に声を掛ける。
「ほらっ。グダグダしてないで行くわよ……あの男がいつ動き出すか、わからないのだからね」
「――うん、そうだよね。リューネも心配だし」
悪人と思われる男についていってしまった友人を心配するエミリア。
「あの子は大丈夫でしょう……用済みなら、簡単に捨てていくはずだしね」
キツイ言い方だが、気を引き締めるには最適かもしれない。
しかし気になるのは。
「そういえば……弟さんを人質にされてる……んですかね、やっぱり」
「うん、多分ね」
エミリアは頷き、悲しそうに空を見る。
その方角は、【月光の森】。
兄アルベールが、先日連れ去られた場所だった。
気持ちがわかるなんて軽々しくは言えないが、家族が危険な状況に置かれた心境は、エミリアにも痛いほど知っている。
「エミリア……酷いことを言うようだけれど……」
ローザがエミリアに何かを言おうとするが。
「大丈夫っ!分かってるよ……もし、リューネがまだやるって言うなら……私が戦う」
エミリアがローザの目をまっすぐ見て、そう宣言した。
「――了解よ。任せるわ」
ローザも、エミリアの意思を汲み、肩をポンっと叩いて理解を示す。
――後は。
「エドガー……」
エドガーだ。こんな状況になってしまった以上、彼にもやってもらわなければならない事がある。
「はい……」
「いい?エドガー。君にも覚悟を持ってもらうから」
覚悟。エドガーにとって、数回死にそうな目にはあったが、いまだ慣れない言葉。
「は、はい!何でも来て下さい!!」
強がりと勢いで。つい、大きく出てしまった。
「そう……よかった。じゃあ、覚悟は出来てる……そう取るわよ?」
「……は、はいっ……」
後には引けず、肯定するエドガー。
「エドガー。“召喚”しなさい……は、私と同じ、異世界人を……」
「「えっ!えぇぇぇぇええっ!?」」
エドガーと、エミリアまでもが盛大に驚き、慌て始める。
ナスタージャはエミリアの大声に耳を塞いでいる。
エミリアにとっての異世界人“召喚”は、エドガーが死にかけた案件だ。
そう簡単に、はいそうですかとは頷けない。
だがそれはエドガーも同じで、異世界人を“召喚”するという事は、あの“魔人”の恐怖心を思い出させるものだった。
「ローザ……でも、それは」
正確には“魔人”では無かったが、あの恐怖心は本物だった。
ローザが“召喚”されていなければ、今頃エドガーは死んでいたはずだ。
「諦めなさい。決定事項よ……」
「「そんなっ!」」
ハミングし、ローザに抗議する二人。
「ねぇローザ。異世界人って言うけど……ローザのような強い人が“召喚”されるとは限らないんでしょ?だったらさ、武器とか防具を“召喚”したらいいんじゃないかな……?」
それも一理ある。エドガーも少しは戦えるようになったし、エミリアも先程の様な戦いができれば、武器があればなんとかできる可能性があるのだが。
「――今は駄目ね……」
ローザは否定する。
「エドガー。盗まれたものは何……?」
「――《化石》……ですけど」
「何の……?」
「タイラント、リザード……っ!!」
最悪の答えに、エドガーは顔を強張らせる。
「気付いたようね……」
「え、なに?何がダメなの!?」
【タイラントリザード】。
古代に生息していたと思われる、最大級の大きさを持つ蜥蜴。
文献によれば、その大きさは人間の数倍だ。
掌を余裕で超える一枚の鱗を持つ。
その鱗は、並みの武具では傷つけられないはずだ。
牙からは更に小さな牙が生え、爪は猛毒、炎を吐くともされる。
「それがもし。この街で暴れたら?」
「……!!」
「――っ!?」
あの男が、タイラントリザードを復元できるかは分からない。
「大丈夫かも知れない。――なんて顔をしてるわねエドガー……“悪魔”を復活させた奴らを忘れた?」
「――あっ……」
“悪魔”グレムリン。
あの時は、ローザが倒してくれた。けれどもし、街の中で暴れられたら。
「そうよ。エドガーが考えている通り、今回私は全力で戦えないかもしれない」
「な、なんでっ?」
エミリアはまだ気づけずに、ローザとエドガーに注目する。
「誰もいない【月光の森】とは違うんだ……あの人達は、どこにいるか分からないから」
エドガーは汗を一筋たらし、深刻な状況だと理解して息を飲み込む。
「もしも、街中で人間の何倍もの蜥蜴が暴れまわって見なさい……」
街中はパニックになる。当然だろう。
ましてや、戦いとかけ離れたこの国で、突如として魔物が現れたら、パニックどころではないかも知れない。
「なら、ローザの《石》で追跡するのはどう?さっきみたいにさ」
リューネを追ってきた時のように、《石》同士の共鳴で探せばいい。とエミリアの意見。
「――そうね、先程からやっているわ……でも、反応なしね。多分、《魔法》か“魔道具”を使って遮断したんじゃないかしら」
「そんなぁ……」
ガックリと肩を落とすエミリア。
それでも「思いついた!」と。
「じゃあローザが戦ってくれれば……!ローザが――あぁっ!?」
エミリアは、ようやく気付いた。
「そうよ……街中で暴れられたら、私は戦えないの……炎を使えない。街中火の海にしていいなら、話は変わるけれどね」
そんなの私もいやよ。と、お手上げのように両手を上げる。
「だから、【異世界召喚】……ですか?」
「ええ、その通りよ。被害を出さなくても戦える。そんな方法を持つ異世界人を呼びたいわね」
この中で、当然ローザが一番戦いには詳しいし、言ってる事も正しい。
異世界人のローザがこの世界に配慮して、被害が出ないように考えてくれているのだ。
「で、でも……」
エドガーは簡単に首を縦には振れない。
「エドガー、キミの職業は何?」
「……【召喚師】です、けど……だけどっ」
「でもとかだけどとか……そういうのはもうやめなさいっ!」
昼間ローザが大きな声を出してエドガーに怒鳴った時、怖さはなかった。
だが今。ローザに恐怖を感じる。
まるで“魔人”の様な。底知れない怖さ。
ローザは、嫌われる覚悟で二人に言葉をぶつける。
「エドガー……エミリア……よく覚えておきなさい。私の炎は、こんな国一夜で終わらせられる……そうされたくなかったら――っ!!」
脅迫に近い言葉。
そこまでを口にして、ローザの言葉を遮った者がいた。
「――ゴメンっ、ローザにそんなこと言わせて!」
エミリアは俯きながら、ローザの口元に手を当てている。
ローザの言葉を、完全に塞いだのだ。
「……エミリア?」
エミリアの行動に、エドガーは戸惑う。
「ごめんエドっ―――私は、ローザの意見に賛成だよ……」
絞り出すように、言葉を紡ぐ。
「私、やっぱり好きだもん。この国……こんなんでもさ……産まれた場所だから」
エミリアも理解している。この国の不条理な固定観念。
大切な人を蔑ろにする自国。それでも、エミリアはこの【リフベイン聖王国】が好きだ。
大好きな両親に兄、メイド達。
騎士学校の学友。そして、恋をする少年――エドガー。
「……行こうローザ。取り敢えず帰ろ?ほらナスタージャも、ついでに行くわよっ!」
そう言って、エミリアはローザの手を取り帰路を行く。
一瞬、エドガーを見るその視線は、とても悲しそうで、でも、何かを縋るような思いが込められている気がした。
「は、はいお嬢様ぁ」
「エ、エミリア!ちょっと待ちなさい!――私はエドガーに……!」
ローザはまだ何か言いたそうだったが、エミリアに引っ張られて行ってしまう。
「……」
エドガーは立ち尽くしていた。エミリアは「僕の味方でいてくれる」。
そんな自惚れが、エドガーの心を何度も攻撃してくる。
ズキズキと、二人の心情が――少年の心を刺す。




