139話【ヴァジュラ】
◇ヴァジュラ◇
異世界【ジュラ・レダ】。戦いの終わった、平和になった世界だ。
その世界で開発された【知能武具】、【聖槍ヴァジュラ】。
人間だった彼女は、世界を救った【勇者】の武器だ。
見た目は祭具そのものだが、その口ぶりから槍だと伝わる。
それは、エドガーにとって望んだ結果である。
そして略名で呼ばれるその名は、奇しくも異世界の“神”インドラが使う槍と同じものだった。
「ヴァジュラ……さんは、“召喚”されて、怒っていますか?」
ヴァジュラを“召喚”した張本人。
エドガー・レオマリスは、テーブルの上に乗る彼女に問う。
『そんな事。知ってどうするのだ?余の役目は戦う事だ。余は槍……【勇者】の槍だ。戦いのなくなった余の世界に、最早武器は不必要……封印されて、もう二度と目を覚ますことも無いと思っていたのだ……それを思えば、この世界も悪くない……』
「……そう、ですか」
その言葉に、少しは安心できた。
そして、本来“召喚”するはずだった槍が目の前にあるという事にも。
「しっかしだなぁ……余を使うには適性が必要なのだぞ?そこの赤いのも、紫――あ、そちらの紫の方も……私を使えはしないです……はぃ」
「赤いの止めて。私はローザ、ローザ・シャルよ」
「クックック……我はフィルヴィーネ。【残虐の魔王】……フィルヴィーネ・サタナキアだ」
なんだか久しぶりに聞いた気がする。
そんな【召喚師】エドガーと、異世界人二人と一本の挨拶が終わり、エドガーがヴァジュラに質問をする。
「ヴァジュラさん。貴女が、この世界で望む事は何ですか?」
その問いに、テーブルの上のヴァジュラは《石》を輝かせて。
『ふむ……“召喚主”エドガーよ。その前に、お前は余に対する態度を改めろ』
エドガーは、これでもそうとう律儀であり丁寧に対応している方だが。
「す、すみません……」
テーブルの上に向かって頭を下げるエドガーに、ローザもフィルヴィーネも何も言わなかった。
それは、ヴァジュラの言いたい事が、既に理解できているからだ。
ヴァジュラの言いたい事。エドガーに態度を改めろと言ったのは、別に生意気だとか、不敬だからと言っているのではない。
『違う。そうではないぞまったく……いつもこうなのか?いや、なのでしょうか……?』
ヴァジュラはフィルヴィーネを見ているらしい。
口調で誰に言っているか分かるので助かる。
「……そうだな、そういう奴だ。この男は」
「そうね。初めの時からそうだわ……」
フィルヴィーネの言葉に、ローザも同調した。
他の異世界人の誰かが居ても、同じく頷くだろう。
そして当の本人は、キョトンと意味も分かってなさそうに首を傾げた。
「えっ……と、どういう事、ですか?」
何故かローザにまで丁寧な口調になってしまい、呆れたローザにジト目で見られた。
そんなエドガーに理由を述べたのは、ヴァジュラだった。
『……エドガーよ。余はなんだ?』
「はい?武器……槍、なんですよね?」
『である。そのたかが武器である余に、何故お前は敬語で話す?』
「……」
エドガーは、意味が分からなかった。
彼にとって、ヴァジュラは人だという事なのだろうが、それは槍である彼女には通用しないのだろう。
『余は一本の槍……意志を持ち、話す事が出来ても……余は槍なのだ。そんな槍に、どうしてお前は“さん”と付ける。余にさん付けはいらぬ……余の意図を、そこの赤いの……いや、ローザとフィルヴィーネは理解してくれたようだがな』
「……で――」
でもと言いそうになって、エドガーはローザの言葉を思い出す。
いつもは咄嗟に出てしまう言葉。「でも」と「だけど」。
極力言わないように努めて来た言葉だ。
「――僕にとって、異世界人たちは……」
ローザとフィルヴィーネに見られている。
それに気付いて一瞬だけ止まる。止まるも直ぐに言葉を紡いだ。
「異世界人たちは、僕の大切な人です。その皆のおかげで……僕はこうしてここにいる。敬意を持つのは、僕にとって当然で……その、話し方とかは……正直、僕がそういう性分なので、直ぐに直せは出来ないと思うんです……」
「でしょうね」
「だろうな」
赤と紫が同意した。
「私を呼び捨てにする時も、戦いの最中だったし」
「そもそも我は、一度呼び捨てされただけで、その後は戻ったぞ」
「……は、ははは……」
渇き笑いは、休憩スペースに虚しく響く。
『そうなのか……しかし余は槍。ヴァジュラさんなどと呼ばれて過ごせはせぬ。人であったことは忘れてくれ。その方が……私は、安心するもん……』
最後の言葉は、ヴァジュラの本心だった気がした。
人の身体を金属に変えて、この少女は世界の為にその身を捧げた。
別の世界に来たとは言え、自分がもう人間ではない事は変えられようのない事実だ。
「……分かり、ました……善処します。ヴァジュラ」
『わーっはっはっはっ。ああ……それでいいさ』
大笑いした後、ヴァジュラはエドガーの善処を受け入れた。
そしてそれを聞いていたフィルヴィーネが。
「ふむ……それならエドガーよ。我の事も……呼び捨てで呼ぶがいい」
まるでいいきっかけが出来たと、それを利用して。
ローザはフィルヴィーネの後頭部を見ながら。
「それもいいんじゃない?」
と、エドガーに言う。意外だ。
そして言われたエドガーも、苦笑いしながら。
「わ、分かりました……フィルヴィーネ」
「――クックック……いいものだな。だが、人前では止めるのだぞ?我は“魔王”なのだからなっ……!!」
ドヤ顔で、何とも難しい事を言う“魔王”様だった。
◇
話しは進む。
槍としての生き様をエドガーに説いたヴァジュラは、次に自分の使用者について語る。
それは、エドガーとローザが一番気にする事であり、一番望んだ話題だ。
『余を使用するには、複数の条件が必要だ』
「……誰でも使えるってわけではないの?」
ローザの言葉に、ヴァジュラは。
『当然だ。これは《石》の適正と同じでな……余は【勇者】の聖槍として、最難関に条件を付けられたのだ。一筋縄ではないのだぞ!わーっはっはっはっ!!』
「その条件……教えてくれますか?」
エドガーはローザと頷き合い、その条件をエミリアがクリアできればと、意を固める。
聞かれたヴァジュラは、嬉しそうに言う。
『そうさな……一つは勿論、【勇者】の資格がある事だ。そして二つ、《石》との相性がいい事……三つ、正義の心を持つ事……そして四つ、これが重要だ……』
「「……」」
その真剣な表情?に、エドガーとローザは固唾を呑む。
そしてヴァジュラは、一呼吸おいて、四つ目の条件を述べた。
『最後の条件……それは……――貞操を守る事……だっ!!』
「……え?」
「……は?」
「ふむ。神話ではよくある話だ……」
その条件に、エドガーとローザはキョトンとするも、フィルヴィーネはうむうむと頷いていた。
「……エドガー」
「え?何?」
後ろから声をかけられ、エドガーは振り向いてローザを見る。
その赤い目は、どう見ても不審な目だった。
エドガーも気付く。ローザは「エミリアに何もしてないでしょうね?」と言いたいのだと。
「……し、してないよ!この前も言ったじゃないか!!」
「そう。ならいいけれど……」
腕を組んで、安心なのかどうなのか分からないような表情を浮かべるローザ。
エドガーは一筋の汗を流すも、体勢を戻して。
「ヴァジュラ……それなら、一人紹介したい人がいる……」
四つの条件の内、三つを満たすと自信を持って言えるその少女の名を、エドガーは推挙する。
そもそも、それが今回の“召喚”の目的だったのだから。




