137話【失意と転機】
◇失意と転機◇
目の前が真っ暗になる。
そういう感覚は、まさしく今のエドガーの事を言うのだろう。
エドガー・レオマリスは、目の前の結果に呆然とし、膝を着いた。
「……そんな……一度しか、チャンスは無かったのに……」
自失気味に、魔法陣の中央にあるそれを瞳に映す。
金色の祭具。“神”に捧げる祈り事に使われる、金属で出来た道具だ。
当然、槍とは違う。
サイズは女性の二の腕ほどの長さであり、両先端に突起があり、槍の穂先には到底見えない。
「――くそっ……!!くそぉぉぉっ!!」
イメージは出来ていた。
成功する事しか見えていなかった程、それ程自信があった。
なのに――どうして。
「――くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
何度も、何度も地下室の固い床を殴る。
その様子を、ローザは苦しそうに見つめている。
見つめる事しか出来ない自分の不甲斐なさに、胸を痛めながら。
(こういう時に、私は彼を抱きしめてあげられない……そう、なってしまった……)
視線を逸らして、ローザはフィルヴィーネを見る。
「……フィルヴィーネ?」
するとフィルヴィーネは、ゆっくりと歩き出し、魔法陣の中へ。
「ちょっと……フィルヴィーネっ!?」
フィルヴィーネは、中央の祭具を確認すると直ぐに戻り、エドガーの腕を取って無理矢理に立たせた。
「……フィルヴィーネ、さん?」
「最後まで責任を持て。お前は【異世界召喚】をしたのだ……【異世界召喚】の答えは、今まで何だった……考えろ」
【異世界召喚】の答え?そんな事を言われたって、失敗は失敗だろう。
失意のエドガーには、もうそれしか考えられなかった。
「そんな事……今はかんけ――」
「――関係なくは無い。お前は【召喚師】……召喚”した者の責任を持つと。そう言ったであろう……それを、反故にするのか?」
真っ直ぐにエドガーの目を見つめ、優しく、けれどもしっかりと諭すフィルヴィーネ。
その視線を、エドガーは逸らす。
「……やれやれ。結果も受け入れず、自分のしでかした事を知ろうともしない……お前は、もっと好奇心の塊だと思っていたのだがな……」
「……僕は」
「――待ってフィルヴィーネ!……今、しでかした……って言った?」
エドガーが自失の言葉を紡ごうとしてしまった瞬間、ローザが疑問を口にした。
それを、フィルヴィーネは「余計な事を」と言った視線で睨む。
「……言ったとしても、エドガーがやる気にならねば意味はない」
「そうだけど!だからそれを、教える様に言わないと……」
ローザは、この状況でも冷静だ。
エドガーに触れてあげられない以上、絶対に言葉を間違えてはいけない。
答えを急かすフィルヴィーネとは、考え方が違う。
「貴女が知っていても、私たち全員が知っているとは限らないわ。特にこの世界の人間……エドガーたちは知らない事が多いんだから……だから、説明してあげて。しっかりと、覚えさせてあげて……そうすれば、エドガーはきっと貴女の期待に応えるわ……」
「……この過保護が。己で気付かねば、身に沁み込まぬだろう!」
「だから!その為にはきっかけが必要だと言っているのっ!」
フィルヴィーネはローザと意見が合わない。
努力も無く“神”として君臨していた不変の存在。
フィルヴィーネ・サタナキア。
幼少時から天才的な実力を持ち、しかし自身の力に依存し。
この世界に来てから自分や他人と向き合う事を覚えた。
ロザリーム・シャル・ブラストリア、いや、ローザ・シャル。
「……いや、えっと……」
二人は睨み合い、間に挟まるエドガーも、その剣幕に冷静を取り戻さざるをえなかった。
そ~っと、エドガーは二人から離れる。そして二人の言葉を心の中で反復させ。
「……ありがとう」
そう一言だけ呟き、エドガーは魔法陣に向かった。
◇
魔法陣は、もう完全に輝きを失い。
それでも魔力の名残を漂わせるその中央には、黄金に煌めく祭具が横たわっていた。
「これが、僕の“召喚”の結果……」
【異世界召喚】を決行し、その結末は失敗。
呼ばれたのは“神”に祈りをささげる為の祭具と言う、戦う為の槍とは大きくかけ離れたものとなった。
しかし、その金色の祭具をよく見れば。
「……【アルヴァリウム】だ。それに、装飾は【雷牙錦糸】のように細く、非常に繊細に作られてる。【霊道の蔦】も、細工に使われてて……」
祭具の装飾は、蔦のような細い線の物が多く、それが葉や草だと見て取れた。
そしてその細工が、“魔道具”二つだと、断言できる。
更には《石》だ。突起の片方(上とみられる)には、研磨され綺麗に加工された、【貫く雷光の黄玉】が付けられていた。
「……失敗じゃ……ない」
“召喚”自体は、成功したのだ。
“魔道具”四つが、確実に合わさってここにある。
それは、エドガーが“召喚”に成功しているその証。
「――それでも……これは」
エドガーが望んだ、幼馴染を助力する為のものではない。
その祭具を右手に取り、よく観察する。
『……そんなにジロジロ見るな……恥ずかしいじゃろぅ』
「……!……え?」
エドガーはローザとフィルヴィーネを見る。
二人は未だに言い争っていた。
エドガーは頬をポリポリと搔き、気のせいだったかと笑う。
『おい。余はこっちじゃ、こっち』
訝しむその瞳は、金色の祭具に。
不思議と、目と目が合っているような気がしてきて。不意に。
「も、もしかして……き、君が?」
恐る恐る、エドガーは祭具に話しかけた。
もしかしたら気のせいかもしれないと、空耳だったのかもと言い聞かせて。
『そのとーーーりだ!戦争が終わり、用済みとなった余が目を覚ましてみれば、これはどうしたものか……まったく覚えのない場所ではないかっ!ここはいったい何処なのだ?』
「……」
甲高い幼女のような声音、老年のような語り口。
不躾と言うべき、馴れ馴れしい態度。
図々しいとまで感じる、その雰囲気。
人の身体を持たない、金属の生命体。
『ほっほっほ、いいのぅその顔。余はそう言った困った顔を見るのが大好きなのじゃっ!!』
「――しゃ……」
エドガーの顔を見て(?)金色の祭具は嬉しそうに叫ぶ。
その声は、ローザとフィルヴィーネにも聞こえた様で。
エドガーとローザは、少し離れた場所に居ながら。声を揃えて。
「「――喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
【召喚の間】に響いたエドガーとローザの声に、フィルヴィーネはニヤリと口を歪め。
新たに呼ばれたその異世界人?は、『うわっはっはっはっはっは!!』と大いに笑うのだった。




