136話【槍の召喚】
◇槍の召喚◇
嬉しい言葉だった。
別の意見で揉めて、自分のために言い争ってくれる。
それを聞いていただけで、何故だか心構えが出来た。
自信もある。いや、自信しかない。
絶対に、一度で成功させる。【異世界召喚】で、槍を“召喚”する。
そのための準備もイメージも、何通りも考えた。
ローザが不安がっているのも分かる。
失敗は絶対に許されない。
一度きりの【異世界召喚】で、一塊しかない【アルヴァリウム・インゴット】を失ったら、次はない。
エミリアの事を考えてくれているからこそ、そこまで不安になってくれているのだと、そう思える。
エドガーはゆっくりと魔法陣に寄って行き、“魔道具”を設置していく。
ローザとフィルヴィーネは離れて壁に寄りかかっているが、横目で睨み合っていた。
それがなんだか、とても微笑ましい。
「……よし。あとは中央に《石》だ……いや、今回は……」
エドガーは手に持った《石》、【貫く電光の黄玉】を魔法陣の中央ではなく、上部に置いた。
中央には金属塊【アルヴァリウム・インゴット】、【雷牙錦糸】、【霊道の蔦】を置く。
魔法陣の色は稲光のように白く、その発光に黄色が混じっているような色をしていた。これは、黄土を塗料に溶かしたもので描いたのだ。
「ちょっとピリピリするな……《石》のせいかな?」
エドガーは指先をぐりぐりさせて、微々たる痺れの違和感を誤魔化す。
本当に微々たるもので、“召喚”には支障はなさそうだ。
「……っと……あっちは――あはは、大丈夫そうだね……」
始めようとして、ローザとフィルヴィーネを見たが。
離れていた筈の二人は再び近寄って、いつの間にかまたいがみ合っていた。
「――ふぅ」
多少緊張する。久しぶりの“召喚”だ。
ましてや【異世界召喚】はフィルヴィーネ以来だ。
深呼吸をして、心を落ち着かせる。
今、他の異世界人たちは何をしているだろうか。
今日、槍を“召喚”する事は伝えてある。
それでもこの場に居ないのは、エドガーが自由にしていいと言ったからだ。
サクラとメルティナは【レオマリス・ファーム】に農作業に。
サクヤは、何故か最近姿を消す事が多い。
しかし、呼べば直ぐに姿を現したり消したりするので、多分近くにいるのだろう。
いずれも、自由に、思うままに行動をしてくれている。
それが、エドガーは嬉しい。
勿論、今日までに何度も協力して貰ったし、毎日のように異世界のことを勉強させてもらっている。
だからこそ、きちんと伝えたい。
<サクヤ、サクラ。サクラはメルティナにも教えてあげて欲しい……今から、“召喚”を始めるよ……以前から話してたと思うけど……槍、だよ。多分【異世界召喚】になると思う……異世界の槍っていうだけで、難しいかもしれないって思うけど……不思議と失敗する感じはしないんだ>
イメージは完璧だ。造形も性能も、しっかりと脳裏に浮かんでいる。
<三人共、協力ありがとう……絶対に成功させて――エミリアに届ける>
そうだ。エドガーは“召喚”した槍を、エミリアに届けるつもりでいる。
聖王国から離れ、南方に向かったエミリアに、戦争が始まるその前に。
「……か、返ってこない」
三人(二人)に送った【心通話】が返ってこない。
自分の中では格好良く決めたつもりが、なんだか虚しい気持ちに――。
<――主様。存分に、お力を発揮してください……わたしは、害が無いように外を見張っております>
<エド君。あたしもメルも、信じているからそこにはいないんだよ。ローザさんもいるだろうしね。でも、一言だけ……成功させて、エミリアちゃんを驚かせようね!。あと、メルが「成功確率は百パーセントです」……だってさ>
「……さ、三人共……」
ジーンとするエドガー。
いがみ合っていたローザとフィルヴィーネにも聞こえていたようで。
「――ほれ、聞いたかローザ。其方よりもあの小娘どもの方が、よっぽどエドガーを信じているようだぞ?」
「う、五月蠅いって言ってんでしょ……この引きこもり“魔王”……!!」
「おい!それはもう言うな……部屋からは出たであろうが!」
グサグサと精神にダメージを与えあう二人。
エドガーはそれぞれ異世界人たちの言葉を聞き、気合を入れる。
「よし……始めよう」
そうして魔法陣の前に立ち、ゆっくりと口を開く。
◇
「――レオマリスの血……【召喚師】の血が異界に問う。天空を頂く真なる槍よ……悪を屠る雷よ……汝の役目を果たさん為……今、我が乞う。願いに応え、その真なる姿を我の目に焼き付けんっ!!」
【召喚師】の祝詞は、今までとは全く違うものだった。
必須項目である【供物】を省き、その目的である「悪を倒す」と「槍」「雷」と言うイメージをしやすい言葉を並べたのだ。
これで、人間を呼ぶことはまずない筈だとエドガーは思っている。
エドガーの言葉に魔法陣は反応し、描かれた魔法陣からは稲妻の如き閃光が発せられる。
稲妻は魔法陣を走り、高く上がっていく。
その熱は凄まじく、【アルヴァリウム・インゴット】は魔力に反応して形を変え始めた。
「……」
形を変え、棒状に成形された金属塊は、周りの“魔道具”を取り込み始め、何度も何度も閃光を放ち輝く。
魔法陣の中で動き始めたその影は、暴れて魔法陣から出ようとしていた。
しかし、エドガーの魔力に弾かれ、その形を何度も歪めた。
そして、【霊道の蔦】【雷牙錦糸】、そして【貫く雷光の黄玉】を完全に取り込んだ【アルヴァリウム・インゴット】はより一層輝きを増した魔法陣の光とともに、姿を消した。
それを見届けたエドガーは。
「今だ!……我が名エドガー・レオマリス!!来たれ……異世界の槍!悪を撃ち貫く雷光!!」
魔法陣内で暴れていたものが消え去ったのは、その姿をこの世界に定着させる為だろう。
見守っていたローザとフィルヴィーネも、その光景を。
「“魔道具”の塊が、姿を消した………」
「触媒の役目を果たしたのだろう。魔力を集積させて、消え去り……そして戻ってくるものは」
「それが異世界の……槍だと言うの?」
「……おそらくな。我等もそうして“召喚”されたのではないか?」
フィルヴィーネがジッと見詰めるエドガーの背は、まさしく【召喚師】と呼ばれる“不遇”職業の少年だ。しかしその背は、夢と希望、果てのない未来を背負った、一人の男の背中だった。
◇
光が段々収まってくると、魔法陣の中央で――カランカラン、と音が鳴った。
三人共に「……来た」と一様に発して、ローザとフィルヴィーネはエドガーに近付く。
「……」
「人影はないわね……これで、異世界人が呼ばれた訳ではない事は分かったけれど……」
「そうだな。だが……」
「だが、なによ?」
「……いや、なんでもない」
含みを持たせるフィルヴィーネに違和感を覚えるも、ローザは。
「エドガー。魔力を抑えて、確認しましょう」
「うん。そうだね」
エドガーは右手を払う。
その瞬間、魔法陣の光は一瞬で消え去り。
魔力の余波で明るかった地下室が、暗くなる。
「……また、【明光石】が割れたみたいね……」
「ろ、蠟燭を持ってくるよ……」
エドガーの“召喚”で、再度【明光石】が壊れてしまった。
それを見たフィルヴィーネは。
「……エドガーの魔力が上がったからだろうな。この空間は、魔力消費が殆どない。特別な場所なのは間違いないが……」
目を細めて、暗がりの中魔法陣を確認するフィルヴィーネ。
そこには、何か物体が鎮座していた。
そして、蠟燭を持ったエドガーが戻り。
中央が照らされると、そこには。
「……噓……だろ?」
「……何よ、あれ……」
「――祭具だな。儀式などに使われる……伝統的なものだ」
魔法陣の中央に置かれていたのは、到底槍とは思えない、金色の物体。
その長さは人の二の腕と同等の長さであり、両先端に突起が見られるものの、槍の穂先とは言えないものだ。
「――失敗……したのか……僕は……」
魔法陣の上の結末に、呆然とする。
当然、触媒に使用した“魔道具”は、一欠けらも残ってはいなかった。




