134話【進んで行く者たち3】
◇進んで行く者たち3◇
【召喚の間】に訪れた、“魔王”フィルヴィーネ・サタナキア。
徐にその手に持った《石》を、エドガーに向けて投げた。
「――うわっ……っと……こ、これは……?」
「――まさか、《石》?そんな反応どこにも……――!……フィルヴィーネっ!」
何かに勘付いたローザが、眉を顰めてフィルヴィーネに問う。
しかしフィルヴィーネは、ローザの問いを封じ込める様に強く言い放つ。
「我の物だ……ロザリームよ、《石》だけが力ではないという事……其方にも分かろう……ならば言うな」
フィルヴィーネは右手をローザに向けて、身に付けている《石》だけが力ではないと言う。
「……」
言いたい事はローザにも分かる。
しかしその《石》の反応を、ローザはこの宿で感じていない。
本当にフィルヴィーネの物だったとしたら、過ごしてきた日数中に、多少なりとも感知する事が出来たはずだ。
ローザは訝しむようにフィルヴィーネを睨むが、フィルヴィーネはフッと笑って歩みだし、エドガーの前に屈む。
「エドガーよ。“召喚”に必要なものは、《石》があれば事足りるだろう……」
「そ、それはそうかもですけど……」
戸惑いを浮かべるエドガー。
その思いは、「【異世界召喚】をする訳ではないけど……」だろう。
その意図をフィルヴィーネも感じたのか、笑う。
「クックック……エドガーよ、何も異世界人を“召喚”しろと言っているのではない……ただ、その《石》を触媒に使えばいいと言っているのだ。それにどうだ、お前は異なる世界から人間を呼び出せるのだぞ?その時に存在するもの……それは紛れもなく《石》……ではないか?」
「……確かに、そうです……」
頷くエドガーにローザが。
「だからといって、そんな得体の知れない物を使えないでしょう?」
見る限り、今エドガーが持つ《石》、宝石はトパーズだ。
多少赤みがかった、黄色の《石》。
「……その《石》の名は、【貫く電光の黄玉】……【災厄の宝石】とまではいかなくとも、充分に強力な物だ。脆く割れやすいから、封印していたのだがな」
最後の言葉は、ローザに向けたように取れた。
魔力を感じなかった理由付けとして。
「……黄玉……」
エドガーには、ハッとするものがあった。
それは、シナジーと呼べるもの。
赤みがかった黄玉と、金髪の幼馴染の為に“召喚”する槍に、相乗したものを感じたのだ。
「ロザリームの言うように。得体が知れないから使わないと言うのなら、それもいいだろう……だが、使えるものは使うがいい。それが“魔道具”であろうと、人であろうと……お前は進んで行くしかないのだからな」
フィルヴィーネは立ち上がり、【召喚の間】から出て行こうとする。
ローザはフィルヴィーネに「ちょっと待ちなさいよっ」と食い下がるも。
フィルヴィーネは手をフリフリと払い。
「我は入口で見ている。持ってきた責任くらいは見届けるさ……だから囀るな」
「さえっ……貴女ねぇ!」
カチンときたローザは、フィルヴィーネに並び立つようにして歩き入り口に向かう。
一方エドガーは、黄玉を見つめ。一人ブツブツと。
「……そうか……僕は槍のパーツを一つ一つ“召喚”して、組み立てる事ばかり考えてた……【異世界召喚】と言うのなら、別に人間じゃなくても呼べるかもしれない……何で気付かなかったんだ……」
エドガーは勢い良く立ち上がり、徐に駆け出し、壁際に置かれている棚に一直線。
「……エドガー?」
「ほう……ようやく閃いたか」
エドガーが向かった棚は、魔法陣を描くための塗料や岩料が置かれている物だった。
そこから、「あーでもないこーでもない。これじゃないあれかもしれない」と、ブツブツと一人で呟きながら何かを探す。
その様子を見ながら、ローザは壁に寄りかかるフィルヴィーネに。
「貴女……あの《石》、本当に初めから持っていたの?」
「そうだ」
「噓ね。あんな《石》の反応……貴女がここに来てから一度も無かったわ」
「封じていたからな」
「それも噓でしょう。だったら《魔法》の反応があるはずだもの……それすら感じないのはおかしいわ……いったい、何を隠して……いえ、何を企んでいるの?」
壁に寄りかかるフィルヴィーネはニヤリと笑っている。
不気味に、けれどもその好機な瞳が向けられるエドガーに対しての想いは、噓ではないローザも分かる。
だからこそ、余計に厄介だとも思う。
「――ロザリーム。其方こそ、その身体は不便であろう……?」
「――!!……まぁそうよね……気付かない訳ないわよね、“魔王”なら……」
フィルヴィーネは笑ったままローザの右手を見る。
そこに《石》は無く、かつての【消えない種火】の反応は、ローザ自身から発せられていた。
「……まさか、人の身で“精霊”になるとはな……久しぶりに見たものだ、【不死鳥】……まさか自力で《石》の封印を解除するとはな……」
ローザが至った正体を、フィルヴィーネは当然気付いていた。
しかし、それを言わなかったのには理由がある。
「……やはり、“神”がやったのね。《石》の封印ってやつは」
「ふん。まぁその通りだ……全てではないがな」
《石》の封印。ローザの【消えない種火】が【不死鳥の種火】だったように、【災厄の宝石】には制限が掛けられているのだ。
「……ロザリーム。其方の身体……“契約者”にしか触れられないであろう?」
「――!」
青ざめるローザ。何か、知られたくなかったような、そんな顔をしていた。
「安心しろ。言わんよ……特に、エドガーにはな……」
初めから知っていたようなフィルヴィーネは、悲しそうに言う。
「“神”、“魔王”、そして“精霊”……古の時代、共存していた三者。特に“精霊”は、契約に重んじる種族だった。その契約の効果は絶大であり……人間が魔力を持つきっかけになったものだ……それを応用して、“天使”と“悪魔”も、契約と言う手法を取って……人間界に進出したのだ」
「……」
ローザは無言だったが、話はしっかりと聞いている。
教えられていると言うよりは、答え合わせをしているようにも取れた。
「“天使”や“悪魔”の契約は、我々がその仕様を決めて展開させた《魔法》のようなものだ……だが、ロザリーム……“精霊”は違う。それが分かっていて、その契約を結んだのか?この――バカ娘が……」
フィルヴィーネのその言葉は、「何故我に言わなかった」と聞こえるように、ローザを哀れんだ言葉にも聞こえた。
しかしローザは。
「時間が無かったのよ……私にも…あの子にもっ!」
エドガーに聞こえない様に、ローザは必死に感情を抑えて叫ぶ。
エドガーには、聞かれたくなかった。
“精霊”が触れられるのは“契約者”のみ。
しかし、その“契約者”は――エドガーではない。
「……私が……私たちが進むためには……あの日しかなかった。そうしなければ、私もエミリアも……きっと後悔していた」
厳密に言えば、ローザが触れられるのは二通りある。
一つは、“契約者”。
そしてもう一つは、《石》によって繋がっている人物だけだ。
「私は……同じ異世界人と……“契約者”……エミリアにしか触れられない……そんなこと、もう試して分かってる。宿に戻って来たその日の朝……眠っていたエドガーに、私は触れられなかった……――!!」
「どうした?」
ハッとしたように、言葉を切らして固まるローザ。
フィルヴィーネが問うも、ローザは。
「……いえ……なんでもないわ。とにかく、私は自分の意志でそうしたのよ……」
そう言って、話は途中のまま。
ローザは、踵を返してエドガーのもとに向かった。
「……なんだ?ロザリーム……?」
明らかにおかしかった。
何かに気付いたかのような、そんな表情にも見えたが。
果たして、ローザの心中は。




