31話【石魔獣《ガリュグス》】
◇石魔獣◇
エドガーの家。宿屋【福音のマリス】から早々に逃げ出したリューネは、急ぎレディルに指示されている場所に急ぐ。
人目に付かないように、人通りが少ない道を選んでいるリューネだが。
「もう結構離れたけど……追って、こないわね……」
エミリアかあのローザって人が、直ぐに気付いて追ってくるものだと思ったが。
追ってくる気配すらない状況に、リューネは逃げることが出来た。
――そう思ったのだが。
不意に、逃げてきた【福音のマリス】の方角から、夜空に走る一閃の赤い道。
「なに?あれ。え……?まさか――こっちに来るのっ!?」
グングンと近付く赤い光。リューネは逃げることも忘れて、ただ立ち尽くしていた。
赤く輝く光に目を奪われたリューネは息を飲む。
急接近してきた赤い閃光は、リューネの上空でパッと消えたかと思うと。
「――ぁぁああああああああっ!!」
甲高い悲鳴と共に、三つの影が落ちてくる。
一つは空き家の屋根に落ち。一つはその更に上に重なり落ちた。
そして一つの影は二つの影と反対側、リューネを挟むように見事に着地する。
「イダッ!……――ぐえっ!」
「きゃふ……」
「……っと」
「……エミリア、エドガー君……」
リューネは、落下してきた人物達の名を呼ぶ。落下してきたのは。
――【召喚師】エドガー達だった。
「いったぁ……ゴメン、エド」
エドガーの上に落ちたエミリアは、すぐに身体を起こしてエドガーから退く。
「……いや。だ、大丈夫だよ」
本当は少し痛かっただろうに、強がるエドガー。
「ローザ!何も投げなくてもいいでしょっ!!着地できるんならさっ!」
リューネを追ってきた。はずなのだろうが、エミリアは何故かローザに嚙みつく。
「――バランスが悪かったのよ。無事だったのだし、いいでしょう……?」
ローザは、リューネを見据えながらエミリアに言葉を返す。
「――っ!」
リューネを見るローザの瞳には、強い敵対心が見える。
今までの人生で、こんなにも威圧感のある女性は初めてだ。
騎士の先輩達にも、指導に来る【聖騎士】にも、こんなに恐怖を感じたことは無い。
(お風呂の時とは別人ね……でも……やらないと)
弟の為に。譲ることはできない。
「――リューグネルトさん……持ってますよね、《化石》」
起き上がりながらお腹を擦るエドガーに言われ。
咄嗟にリューネは腰のポーチを触る。
「何のこと……なんて意味ないわよね。そうよ、私が盗んだ……」
エドガーから顔を逸らして、自白する。
「どうしてなの、リューネっ!?」
叫んだのはエミリアだ。同級生でライバルだと思っていた女の子が、大切な人の所有物を盗んだ。
信じたくはないが、事実は目の前にある。
「さあ……なんででしょうね」
リューネは逃げる為に少しずつ距離を取ろうとする。
だがローザの威圧に身体が萎縮する。
「リューグネルトさん、返して下さい……それは、危険です」
「危険……?」
(やっぱりこれが“魔道具”なんだわ……だったら、これを持っていけば……)
リューネの感は当たっていた。これは確実に“魔道具”だ。
これをあの男に渡せば、弟を開放してもらえる。
その為には、どうしてもこの状況を打破しなければならない。
「そうだエドガー君。忘れたの?本当はこれ、エドガー君がくれたんだよ?――って言ったら、見逃してくれるかな?」
絶対に通用しないと分かっていながらも。
どんな小さい可能性にも懸けるリューネは、戯言と分かっていながらも口にする。
「エドはそんなことしないよ……」
「無理があるわね」
「「“魔道具”バカだもん」」
エミリアとローザが、即否定する。
付き合いの長いエミリアも、まだ日の浅いローザでも、エドガーのコレクション癖は解っている。
大事なコレクションを、簡単に手放すわけはないのだ。
「確かにそうだけど……バカって……」
事実なのだ。仕方がない。
「やっぱり噂通りの変人なのね、【召喚師】って……」
どこか悲観そうな表情で、エドガーを見下すリューネ。
「リューネ!目的はなにっ!?」
「言うとでも思ってるの……?」
「――嫌でも言ってもらうよっ……!」
エミリアは屋根から飛び降り、赤い槍を構える。
それにエドガーも続く。
「エミリア、なるべく穏便にいこう……」
ここは【下町第二区画】。
路地の裏手とは言え、人はまだたくさんいる。
それでなくても、ローザの炎を見た人はたくさんいたはずだし、やじ馬が集まってきたら厄介だ。
「うん。分かってる」
腰を低く構え、突撃体制を整える。
「――本当に分かってる!?」
戦う気満々のエミリアにエドガーがツッコむ。
「好きにさせなさい。エドガー」
ローザはエミリアに賛成の様だ。
「私達も行くわよ。すぐにケリを付けましょう」
「――させると思いますか……?」
「なんですって?」
三対一。圧倒的に不利なこの状況で、リューネは不敵に笑う。
リューネは抜剣し、エミリアを警戒しながらも、反対の手でポケットから何かを取り出す。
取り出したのは数個の《石》だ。《石》と言っても、その大きさは非常に小さく、欠片と言ってもいいサイズだ。
しかし紫色のその《石》は、エドガー達にも見覚えがあり。
「……そ、それは!」
「……小さいけれど、あの《石》に似ているわね」
あの《石》。イグナリオ達と戦った時の、あの紫に発光する【魔石】だ。
「なんでそんなもの持ってるのよっ!?リューネ……!」
「エミリアには関係ないわっ!」
そう言って、リューネは小さな紫石を地面に投げた。
「「「――!」」」
紫石は、独りでに地面にめり込んでいき、どんどん隆起する。
そして、地面から産まれ出るように。一つ眼の怪物が現れた。
「あ、“悪魔”……!?」
「――!!……違うわエミリア。あれは……【石魔獣】……石や土から産まれる魔物よ」
(……どうして私の世界の魔物が……!)
「「魔物っ!?」」
「な、なに……コレ」
エドガーもエミリアも、《石》の欠片を投げたリューネも驚いていた。
リューネの反応からして、何が起こるかは分からなかったようだ。
しかし先日に続いてまた、御伽噺に出て来るような、架空の存在だと思っていたものが目の前に現れたというのは、確かにエドガー達には衝撃だろう。
数日前に感じた“悪魔”への恐怖心がよみがえり、身を竦ませるエミリア。
ローザは、エミリアを安心させるように言う。
「大丈夫よ……あれは“悪魔”じゃないわ。冷静に戦えば何とでもな――あ、噛まれた場所は石化するから気を付けて」
(魔力が少ないこの国で、どうして魔物が……?)
【石魔獣】は、ローザの世界にいる下位の魔物だ。
異世界であるはずのここで、どうしてこの世界に。と考えるも。
「――今不吉な事言ったぁ!?」
エミリアの大きな声に、考えを消し飛ばされた。
「それだけ元気なら大丈夫ね……エドガーは?――エドガー?」
エミリアをスルーしてエドガーに声をかけるが、当のエドガーは。
「大丈夫です……」
石と土で出来た魔物。
それを目の当たりにしたエドガーは、複雑な感情に苛まれていた。
(何……?――エドガーのこの表情は……)
――怒り。ローザがエドガーから感じた、初めての感情だった。
「いけるのね……?噛まれちゃダメよ?」
「――はい」
《石》の魔物、【石魔獣】。
そして、リューネとの戦いが始まった。
◇
戦いが始まり。真っ先に動いたのはエミリアだった。
まるで初めから決まっていたかのように、リューネに向かっていく。
「エド!ローザ!そのガリなんとかはよろしくねっ!」
「――貴女怖いだけでしょ!」
呆れるローザだったが、エミリアの進行を邪魔しようとする【石魔獣】を確認して、それに攻撃する。
【炎の矢】。
燃え広がることの無い魔力で出来た矢。その矢を、《石》の身体を丸めて魔物は弾く。
弾かれた矢は、路地裏の外壁に突き刺さり、霧散する。
「……ちっ!」
【石魔獣】は、丸まった身体を転がしエミリアに迫る。
大きさは人間の半分だが、硬度は石そのものだ。
更には魔力を帯びている為、中々の防御力を持つ。
「弾かれてんじゃんっ!」
急ブレーキをかけて、槍を構える。
魔物の転がりを待ち受けようとするエミリアだったが、その間に入り込む影があった。
「――エドっ!?」
「はぁぁぁぁっ!!」
気合と共に、赤い刀身の剣を振り下ろすエドガー。
「……!?」
一番驚いたのはリューネだろう。二年前まで在籍していた騎士学生でも、ダントツの最下位。一番の劣等生だった彼が。
「魔物を……斬った!?」
「――エ、エドっ!」
エドガーの持つ赤い剣は、エミリアの持つ槍と同じくエドガーが創り出した物であり。
熱を発っする両刃の剣。筋力の乏しいエドガーが考えた、防御を捨てた剣だ。
「ダメだっ!――こんなの、ダメなんだよっ!」
エドガーは、この状況に悲痛な声を上げて、己が気持ちを叫ぶ。
「リューグネルトさん。あなたがどんな思いでこんな事をしたのかは分からないです……何か事情があってのことかもしれない……でも、“魔道具”は危険なんだ……この魔物を見たら分かるでしょう!?」
リューネは、エドガーの言葉に反論できない。
そう。分かっている。
リューネが使ったこの《石》の欠片は、あの男に渡され、説明された通りに使っただけだ。
とは言えまさか、こんな魔物が現れるなど、知っていたら使ったりなどはしない。ただ、今ここで産まれた魔物は、きっといとも簡単に、王都の人間を殺すだろう。
「エドガー君に言われなくても、そんなこと――」
「分かってないですよっ!!」
エドガーは、リューネのセリフを遮断して続ける。
「――っ!?」
「簡単に死ぬっ……人は、簡単にっ――死ぬんだっ!!」
エドガーは母親が死んだ時、妹のリエレーネと共に騎士学校にいた。
帰ってきた時、母は地下室で息絶えていた。
死因もなにも分からないまま、母は眠っているようなままに死んでいた。
だが、死は死だ。もう母はこの世界には居ない。簡単に、人はいなくなる。
リューネにはリューネの事情があるのだろう。でも伝えなくてはならない。
「エド……」
「エドガー……」
そんなエドガーの心情を察するエミリアも、ローザも言葉にできない。
確かにエドガーは、国に疎まれた【召喚師】だ。
けれども、決してこの国を嫌いな訳じゃない。
頼れる幼馴染に妹、良くしてくれる兄貴分に従業員。
――そして、ローザ。
悲しい別れがあっても新しい出会いがあった。それだけで、今いる場所を好きになれる。
この国の騎士達が、この魔物とどれだけ戦えるのか、それは分からない。
戦いとかけ離れたこの国。それがこの【リフベイン聖王国】という国だ。
「分かっているのよ……分かってる」
リューネは悲しそうに俯きながらも、言葉を並べる。
「リューグネルトさんっ……!」
「それでも!――この国を壊滅させてでも!やらなければならないことがあるの……!!」
「そんな事っ!」
魔物の恐怖を国中にばら撒いてでも、リューネには成し遂げたい事がある。
それはきっと、とても身勝手なことかもしれない。それでも、弟を助けたい。
もしリューネが陥った状況を、エドガーやエミリアが知ったら。
「……」
(――あなた達は、助けてくれるの……?)
「リューネ……」
エミリアは、エドガーに思いをぶつけられるリューネを見つめるが。
「――エミリア……――ゴメンっ!」
リューネは更に《石》の欠片をばら撒く。
計四つの欠片が地面にめり込み、【石魔獣】が産まれる。
「リューグネルトさんっ!!」
「エドガー。やるしかないわ、行くわよ……!」
「くそっ……」
悔しそうにするエドガーをよそに、ローザが口火を切る。
【消えない種火】から二本の剣を作り出して構え、生まれたばかりの魔物を攻撃し始めた。
◇
エドガーの説得でリューネが心変わりすればそれで済んだが。結果は変わらず、戦いは避けられない。
「来なさいよ、エミリア!」
リューネが剣を構える。
それに合わせるようにエミリアも槍を構えるが、視線はエドガーに。
「……エド」
「分かってる、魔物は任せて!」
エミリアの視線に、エドガーは答える。
「――うん!ありがとうっ!」
エミリアは構えた槍を大きく振る。赤い軌跡が、暗い路地裏に走る。
リューネは向き合う。エドガーの言葉に。エミリアの疑念に。
そして、弟の未来の為に、悪を演じる事を誓う。
「――気に入らないわねエミリア。貴女、私に勝つつもりなの?一度も勝った事、無いよね?」
精一杯悪ぶり、エミリアを睨む。
しかしエミリアは、その挑発に乗らなかった。
「勝つよ……勝ってリューネを止める」
――止める。
先程。エドガーが説得中にローザに言われた。ある推測。
◇
『エミリア……あの子、家族は?』
『家族?……リューネは王都外の出身だから詳しくは……それがどうしたの?』
ローザの疑問にエミリアは小声で答えた。
そしてローザは。
『もしかしたらだけど……あの子、人質か何かを取られてるかも知れない』
『えっ!?』
『もし、よ……さっきからちらちらとあっちの方を気にしてる』
ローザが視線を送るのは、【下町第三区画】だ。
『【下町第三区画】……?』
商業区画である【下町第三区画】とリューネの接点が見つからないが。
もしかしたらの可能性を、ローザが言う。
『あの《石》の欠片だって、もしかしたら』
《石》の欠片は、イグナリオに寄生していたあの《石》と酷似している。
今回の事に、“悪魔”グレムリンを通して聞こえた声。
少年とも少女とも取れる声の持ち主。その人物が関わっている可能性があると、ローザは思っているのだ。
その可能性があるならば、リューネも。
『まさかっ……操られてるっ!?』
『決めつけはよくないから、頭の片隅にでも入れておきなさい』
『う、うん。エドには?』
『言わなくてもいいわ。枷になるだけよ……』
◇
ローザとの会話を思い出しながら、リューネとの戦いを始めるエミリア。
「はぁぁぁっ!」
エミリアは助走を付けて飛び込んでいく。
暗い路地に赤い軌跡が閃き、リューネも応戦する。
「ふっ!」
ガギンっ!!と、槍と剣の金切り音が鳴り響き。
「ぐっ!」
「――熱っ!?」
エミリアの槍から漏れ出る熱気が、槍と剣のぶつかり合いで衝撃となり、二人を襲う。その衝撃に、二人は顔を歪めた。
「その槍どこで手に入れたの、エミリア?」
最もな疑問だが、エミリアは答えない。
「関係ないよ。戦いには!」
「っく!――なっ!?」
エミリアは槍を引き、前のめりになったリューネに蹴りを叩き込む。
「――ぐぅっ!!」
リューネは左手で蹴りを防ぎ、そのまま吹き飛んだ。
「まだよっ!」
追い打ちをかけようとするエミリアは跳躍し、赤い槍を振り下ろす。
「ちぃっ!」
回転して飛び退き、斬撃を避けるリューネ。
その勢いで、近くのゴミ置き場に突っ込んだ。
「……」
(な、なんだろう……いつもよりもめちゃくちゃ身体が軽い……!それに威力も!)
エミリアが好調の理由。それは、ローザの炎の防衣とエドガーの炎の槍。
この装備が、エミリアの基礎能力を上げてくれているのだ。
エミリアは、消えてしまうその装備の効果をすっかり忘れて、全力で攻撃する。
「――くっ、この!!」
リューネも、直ぐに立ち上がろうとするが。
(ひ、左腕が……っ!)
エミリアの蹴りを庇った左腕が痺れて、感覚が鈍くなっていた。
「リューネ……」
「エミリア……貴女との対戦成績だけで、油断したみたいだわ」
自嘲気味に笑うリューネと、先制に成功したエミリアの対戦成績は、エミリアの0勝だ。
「勝った事ないもんね、模擬戦」
エミリアも自虐気味に、自らの万年二位を笑った。
◇
一方、エミリアとリューネが戦っている最中。
ローザとエドガーは魔物、【石魔獣】と戦っていた。
二体目の【石魔獣】を倒し、一息を吐くエドガー。
するとそこに。
「――おいおいっ……遅せぇと思って来てみれば――中々面白い事してんじゃねえかっ!!」
「――っ誰!?」
ローザは、屋根の上からかけられた声にすぐさま反応し、【炎の矢】を撃つ。
声の主は、ひらりと避け。
「おっとあぶねぇ」
声の主はジャンプし屋根から降りると、リューネの前に降り立った。
「――っ!?」
「よお……遅せぇからきてやったぜ?感謝しろよグズ」
「……レディル、さん」
リューネの青ざめた顔。これを確認し、ローザとエミリアは確信する。
エミリアはバックステップでローザの場所まで距離を取り、小声で。
「ローザ……!」
「ええ、確定ね」
「二人共っ!」
最後の魔物を倒したエドガーが、二人に合流する。
「エ、エド……あの魔物を倒したの!?」
「え。……そうだけど……なんで?」
やはり、まだ慣れないのだ。エドガーが強い事(戦えている事自体)が。
「当然よ、私の“契約者”なんだから」
ふふんと、何故かローザが偉そうにしていた。
「随分と楽しそうじゃねぇか……お前等……」
レディルと呼ばれた男は、エドガー達を眺めながらリューネに手を差し出す。
「レディル……さん」
リューネは男の手を取り立ち上がろうとする、が。
「あ?……おいゴラっ!!誰がてめぇの手を出せと言ったぁ!」
男はリューネの手を払いのけて、頬を殴りつける。
「あぐっ!!」
リューネは吹き飛ばされ、再びゴミ置き場に雪崩れる。
「リューグネルトさん!」
「リューネっ!!」
レディルはリューネの頭を踏み付け、唾を吐く。
吐かれた唾はリューネの殴られた頬についた。
「盗んだもん出せよっ……」
「――あ、あんたぁっ!!」
男の暴挙にエミリアが飛び出そうとするも、ローザに抑えられる。
「うぐっ……は、離してローザっ!!」
襟元を引っ張られて苦しそうにするも、エミリアはレディルに突撃しようとする。
「う。ぇ……お、落ち着きなさいエミリア!」
エミリアの怒りのパワーに、引っ張られそうになるローザ。
力では天と地の差がある二人だが、このエミリアの力はローザにも意外だったらしい。
「でもぉ!!」
「近寄ったらダメよ……っ!さっきの話を思い出しなさい」
思いっ切りエミリアを引っ張り、耳元で伝える。
「……くぅ。――わ、かった、から……首っ、首ぃ!」
ローザに引っ張られた勢いで、首がしまってしまう。
解放されるも、落ち着かない様子のエミリア。
歯噛みし、なんとか自分を落ち着かせようとする。
しかしリューネの様子を見て、落ち着かせようとした心がまたざわつく。
「す、すみま……せん」
「ったく……使えねぇなぁ!」
レディルはしゃがみ込んでリューネのポーチを弄る。
「あ、待っ……」
リューネはレディルの手を抑えようとしたが。
「おら、あんじゃねぇかよっ!」
「――あぁっ!」
リューネを吹き飛ばし、ポーチから《化石》を取り出すレディル。
「……へぇ」
手に持った《化石》を眺め、レディルがニヤリと笑う。
「フハっ、フハハハハっ!!やるじゃねぇか、まさかこんな当たりを引いてくるとはなぁ!!」
リューネはレディルの足にしがみつき縋る。
「レディルさん!約束、約束は果たしましたっ!!だから弟を、デュードを返してっ!!」
「――弟!?」
「やはり……」
「……!」
エドガーは驚き、ローザは納得する。
エミリアは無言で、ただレディルを睨んでいる。
その視線に気付いたレディルは、無理矢理リューネを振り解きエドガー達に。
「おーおー、怖いねぇ」
「絶対――許さないっ!!」
槍を構えるエミリア。
ローザは、昂るエミリアを制し。
「貴様がその子の弟を……?」
エミリアは怒りを前面に、今にも噴火しそうな程の熱量で睨み続ける。
ローザは冷静にレディルの真意を問おうとする。
「ん……?あー、どうだっけなぁ……ククク、もう死んでんじゃねぇか?」
「――!!……そん、なっ……」
リューネは絶句する。
「それよりもお前だよ……赤髪ぃっ!!」
リューネを無視し、ローザを見る。
「まさかお前みたいな奴がいるとはなぁ……アイツ等がしくじる訳だ――ん、ああ。うっせぇよ!お前が言いだしたんだろうが!」
一人で耳を抑えながら、虚空に怒鳴るレディル。
「ちっ!おい、行くぞ!弟に合わせてやる」
「――は、はいっ!!」
レディルは懐から《石》の欠片を取り出し、幾つもの【石魔獣】を産み出すと。
「じゃあな、赤髪のクソ女、それに【召喚師】!魔物どもに食われてなけりゃあ、また会えるかもなぁ!!」
「――なっ、待てっ!!」
レディル、そしてリューネも暗闇に消えていく。
エドガーは、二人を追おうとするも。
「待ってエド!魔物が……!」
《石》の魔物は、路地裏から出ようとしていた。
エミリアがそれを食い止めようと駆け出していた。
「エドガー、今はまずアレを……いいわねっ」
「くっ……はい!」
エドガー達三人は、魔物を街に出さないために、迅速に【石魔獣】を退治し始めた。
◇
熱を帯びた剣で、魔物を斬り伏せるエドガー。
「これで最後だ!!」
赤い剣は、魔物の皮膚を難無く切り裂き、力を使い果たしながらも、最後の魔物を切り伏せた。
それと同時に赤い剣も、魔力を無くして消えていく。
「――ああっ!私の槍がっ!?」
エミリアの槍も、当然消えた。
「魔力を使い果たしたのよ。私もキツイわ……二人分だし使ったのだし」
そう言って。汗を掻かないはずのローザがわざとらしく額を拭う。
「そうか……だから、追うなって」
ローザの意図を理解して、エドガーが納得した。
「そういう事よ。エミリアも……悔しいでしょうけど、我慢して……」
「……うん。ありがとうローザ……――ん?」
ローザに礼を言うエミリアだが、あることに気付いた。
「私もキツイって言った……?」
「……言ったわね」
つまり、ローザが作ったこの防衣も。エドガーが造った剣や槍のように。
エミリアが嫌な予感に身を震わせた――その瞬間、ローザとエミリアの服は、赤い粒子をまき散らしながら。
――消え去った。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「わあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ここが路地裏で助かったと、心の底から思ったエミリアだった。




