131話【最後の準備】
◇最後の準備◇
翌朝。【水の月27日】。
エミリアたち【聖騎士】の面々が【王都リドチュア】から出立して、4日が経った。
【召喚の間】で、エドガーとローザが二人、大量の“魔道具”を選別している。
「これはいらないでしょ?」
「う~ん」
ローザが手に持つ物は、【霊道の蔦】と呼ばれる伸縮する植物だ。
しかしエドガーは半眼でその蔦をまじまじと見つめながら。
「いや……一応残しておこうかな」
「えぇ……?」
嫌そうな顔をするローザ。
エドガーは「そんな顔をしなくても」と渇いた笑みを浮かべて次の“魔道具”を手に取る。
手に持ったのは、【雷牙錦糸】と言う綿毛だ。
「束にしておいた物が残っててよかった」
「それって槍に必要なの?」
確かに。武器である槍に、糸を使うのかと言われれば、イエスと言うのは難しいだろう。
だが、これは“魔道具”だ。
「念の為ね……」
「そうなの……それじゃ、最後はソレね」
選別し、使えそうな物を中央に置き、ローザは最後に一番重要な物に目をやる。
煌々と輝く、銀色の金属塊。
「うん。メルティナがくれた……槍に必要な最重要素材だ」
エドガーの所持していた“魔道具”には無かった、金属。
それを、まさか異世界人であるメルティナから授かるとは、エドガーも思ってはいなかった。
そしてそのメルティナは、現在サクラと共に、【レオマリス・ファーム】で農作業中だ。
「自分の弱さ、現状を受け入れて……《石》を外す、フフ……」
「ローザ?」
「……なんでもないわ」
ローザは笑う。少し前の自分と同じことをしている仲間に、最大の敬意を払いたいと思ったのだ。
(メルティナは自分で辿り着いた答え……私は、助けが無ければ……《石》を外すなんて考えられなかった。その答えを出したのだって、フィルヴィーネが魔力を回復させるために強制的に《石》を外さずを得なかったのだから……)
負けてはいられない。
きっと、メルティナはまた空に舞うだろう。
その時に自分が一番だと言う保証は、一切ないのだから。
「……さてと。これだけあれば、もう“魔道具”の選別はいいでしょう」
ローザは中腰から立ち上がり、背伸びをする。
しかしエドガーは不安そうに、除外した中からまた“魔道具”を見だした。
「……エドガー、その辺にしておきなさい」
「分かってる……分かってるけど……」
「不安なのは分かるわ。でも、身体が資本よ……休むことも考えなさい」
最近のエドガーの頑張りは、ローザを含め全員が認めている。
寝る間も惜しんで“魔道具”を調べ、異世界の事も勉強し、剣の修行も怠ってはいない。
控えめに言っても、オーバーワークだ。
それに加えて宿の業務までこなそうとしていたのだ。正直言って、メイリンとドロシーが一手に引き受けてくれて、助かっている。
「……」
(エドガーが最近眠っていない事は知ってる……眠れないのか、それとも寝ようとしていないのか。どちらにせよ、私たちが管理してあげないと……いずれ潰れてしまう)
言葉を聞いてもやめようとしないエドガーの背を見ながら。
ローザは「仕方が無い」と息を吐き。
「……ほら、手伝ってあげるから。せめて食事は摂りなさいよ。持ってくるから、きちんと食べる事、いいわね?」
「……うん。ありがとう」
やれやれと、ローザは優しく笑顔を向けて【召喚の間】を後にする。
エドガーは一度も振り返らず、“魔道具”にだけ、向き合っていた。
◇
その日の食事を受け取る為、リューネが部屋から出ていた。
フードを目深に被り、従業員がいるであろうフロントへ向かう。
しかしその道すがら。
「……」
(見られてる……!あの子だっ)
背後に刺さる、黒い瞳の視線。
フードで存在を誤魔化しているが、視線の主サクヤは一度このローブを羽織ったリューネと戦っている。
リューネの中で、“魔道具”は未だ絶対の自信を持てるものではない。
いつ気付かれてしまうかと、内心冷や冷やものだ。
「……こんにちは」
「……これはお客様、お食事ですね……ご用意できていますよ」
フロントでは、ドロシーが何かを記帳していた。
リューネは恐る恐るながらも声を掛け、大きめのトレーに乗せられた食事を見る。
湯気が立ち、出来たてなのが分かる。
言われた時間に合わせて作り、受け取りに来るタイミングでここに出したのだろう。
「ありがとうございます、持っていきますね」
「お手伝いしましょうか?」
「いえ、大丈夫です……一人で持っていけますので」
「そうですか。では、何かありましたらご連絡ください……」
ありきたりなやり取りをして、リューネはトレーを持って部屋に戻る。
ドロシーに手伝いを頼まないのは、サクヤの目が不安だからだ。
数日、ずっと監視されているような視線を、オルディア・コルドーも感じていたらしい。
その気疲れか、オルディアは寝込んでしまったのだ。
だからこうして、リューネが代わりに食事を受け取りに来ているのだが。
(……オルディアさんの言った通りだ。すっごい視線……ノインさんも注意しろって言ってたけど、やっぱりあの子……私たちを怪しんでる……)
大きなトレーを持ち、足元が少々不安なリューネは、ゆっくりとした足取りで歩んでいく。
だが不意に、何かに躓いた。
「……――わっ……!!」
前のめり、トレーを持ったまま倒れ、べちゃべちゃに汚れる。
そんな未来が見えたのだが。
ガッ――!と、リューネはトレーにぶつかる。
空中で静止した、トレーと食事に。
「い、いたた……え?……ええぇぇっ!?」
リューネはフードの中でぎょっとする。
一切動かず、中身を飛びだたせて浮かぶスープ。
一切れ一切れバラバラになりながらも、全てが繋がっているのではないかと思わせるパン。
「……う、噓でしょ……?ゆ、夢?夢を見ているの?」
そんな混乱する状況で、リューネに声を掛けてくる、黒髪の少女。
彼女は何事も無いように。
「どうしたのだ?躓いたようだが、食事を元に戻さなくてもいいのか?」
「――あ、えっと……どうやって?」
(やっぱり、この子の仕業なんだ……)
「止まっていても、こちらからは動かせる。こうやってな」
黒髪の少女サクヤは、宙で静止したスープの器を手に取り、浮かんでいる中身を掬い出す。
それで確信できた。この黒髪の少女が、全て引き起こした事なのだと。
しかし、隠そうともせずにリューネの前に出て来て、力を使った事が理解できなかった。
「……へ、へぇ……」
リューネは動揺しない様、素直にサクヤの言葉に従い、浮かぶパンを同じく浮かぶトレーに戻していく。
全てを戻し終え、サクヤは「盆を手に」とリューネに言う。
「……はい」
リューネも重さの感じないトレーを手に持ち、「これからどうすれば?」と、サクヤを見る。
するとサクヤは、徐に眼帯を外して。
「何もしなくてよい……もう分かったからな」
「――え?……なに――わっ!!っと……」
急に重さを感じたトレーに、リューネは再びバランスを取られるも、サクヤがしっかりとトレーにの底を押えていた事で事なきを得た。
「……では、次からは気を付けるのだぞ……な、何だったの……?」
「え、ちょっ!……い、行っちゃった……」
戸惑いしか生まれないやり取りに、リューネは何も言えずに立ち尽くし。
サクヤは、完全に気配を消して居なくなったのだった。
◇
パタンと閉められたのは、サクラと同室の自室だ。
「……」
無言で、何かを考えるサクヤ。
しっかりと種を蒔き、見事にそれは生った。
手に持つのは、小さな棘のある、球体だ。
地面に落ちている事を知らずに踏めば、身体をぐらつかせる事くらいは容易のものだ。
「……」
リューネを躓かせたのはサクヤだ。
目的は、フードの中身。だが結果として、フードを剥ぎ取る事も、中を覗くことも出来なかった。
しかし、収穫は充分あった。
「……あれは。あの時の剣だ、間違いない……」
あの時の剣。それは、リューネが躓き、一瞬だけ舞い上がったローブの下に隠された、リューネの愛剣。
一度剣を交え、自分を傷付けた剣。覚えていない訳がない。
「いったい、何が目的だ……?主様に手を出すこともなく、ただ屋泊まりをしているだけ?馬鹿馬鹿しい、それこそ何のために?」
理由までは知り得なかったが、それだけで充分だ。
サクヤが知りたかったのは、エドガーに害があるかどうかだ。
現状、こちらから手を出すことは出来ない。
だから必死に、影に潜んで監視を続けていた。
それが実って、文字通り足元を掬うところまで来た。
「今、主様はお忙しい……お手を煩わせるわけにはいかない……わたしが見極める……あの者たちを、皆の為に……!」
そう決心し、サクヤは今一度影に潜っていった。




