126話【人として生きる】
◇人として生きる◇
【異世界召喚】の責任を持つエドガーは、誰の想いにも答えない。
たとえ自分が誰かに恋心を抱いても、絶対に告げたりしない。
近い未来の戦いを見据えた【召喚師】エドガー・レオマリスの覚悟。
少年にそう決意させたのは、紛れもない複数の異世界人たちと、戦って来た“悪魔”やあの少女だろう。
人に至高の力を授ける《石》。【災厄の宝石】または【天啓の宝石】。
エドガーが初めてそれを手にした時、確かにエドガーの【召喚師】としての物語が始まった。
それと同時に様々な場所でも、同じく動き出したものがある。
【送還師】エリウス・シャルミリア・レダニエスの物語。
彼女が、異世界人たちの最大の難敵になるのは間違いない。
だが、エドガーたちはその事実を知らず、そのエリウスでさえも、【送還師】としての力を行使できない状況にあった。
そして“天使”スノードロップ・ガブリエルを始めとする、他の異世界人たちの物語。
過去にエドガーから“召喚”された彼女らは今、エドガーのもとだ。
身分を隠し、素顔も名も隠し、かつての主の傍で息を殺している。
そこには、【送還師】エリウスもいる。
更には、同じ【王都リドチュア】に、【魔女】ポラリス・ノクドバルンまでもが、エドガーに近付こうとしていた。
そして、エドガーの父であるエドワード・レオマリスの物語。
彼はシュルツ・アトラクシアと名を偽り、隣国で国の軍事を担う重役をしている。
目的はエドガーだと言うのは間違いない。
しかし、エドワード・レオマリス、その真の目的はいったい――。
いづれにしても各々の場所で、各々の目的で進んでいる。
そして、その意志の向かう場所は全て――【リフベイン聖王国】だと言う事だ。
◇
メルティナとの濃い話を終えて、エドガーはメルティナの白い背を見る。
先程からかった際に、実は死ぬほど恥ずかしかったことを思い出しそうになったが、集中してメルティナの指示を待った。
「それでは、《石》の解除……お願いします、マスター」
「わかったよ。メルティナの言う通りにやればいいんだよね?」
「イエス。自分で出来ればいいのですが、生憎手が届きませんので……」
メルティナの《石》は、肩甲骨の間にある。
手だけなら届くのだろうが、繊細な操作を必要とする上、今はメルティナの機器も不調で使いにくいらしい。
だから、エドガーが代わりにやるのだ。
「ではまず……ベースの連結を外します」
「ベース?って……《石》が乗ってる台座みたいな?」
「イエス。そのベースは、《石》の制御装置、兼魔力の循環を担っています。ワタシの《石》はローザやサクラと違い、素肌に直には付いてはいません。そのせいで、魔力による操作は不得手なのですが……」
「そっか……うん、それで、このベースをどうすれば?」
「まずは、右上、左下のボタンを同時に押して、右を左に、左を右にスライドさせて下さい。そして離します」
「……うん」
エドガーはそっと親指だけで触れようとするが。
「マスター。それでは震えます。手のひらをワタシの背にくっつけてください」
「――い、いいの?」
「イエス。もう変な事は言いませんので、存分に触りたくってください」
「言い方!」とエドガーは頬を赤くしながら、ぺちんとメルティナの背を叩いた。
「フフフっ……」
(なるほど。マスターは押せばいいのですね……)
エドガーは、押せば攻略出来るかもしれない。
そう思ったメルティナだった。
「それでは、お願いします」
「――分かったよ。こう、だね」
カチっと右上、左下の突起を押し、横に滑らせる。
すると、《石》を固定していた四つの金具の内、二つが外れた。
「では……次は右下、左上のボタンを同じ様に」
否定しないメルティナ。エドガーは正解だったと安心し次に進む。
「分かった」
カチっ――。
スライドさせて、四つの金具全てが外される。
ベースの中では、金属で拘束されていたエメラルドが自由になり、それを喜ぶかのようにキラリと輝く。
「……」
「――メルティナ?」
「あ、ノー。なんでもありま……いえ、少し……怖いのかもしれません」
メルティナの表情は優れない。
その顔色から伺えるのは、やはり恐怖だ。
「マスター。《石》はワタシの本体と呼べるものです……以前のワタシからすれば、心と呼べるものは、《石》の中にあったのです……今、《石》を外せば――ワタシの心は、何処に行くのでしょうか?」
震える手は、自分自身が消えてしまうのではないかと言う不安の表れだ。
メルティナは人工知能として生まれ、まさか身体を持つという事は考えられなかったのだろう。
《石》の魔力を媒介にして作り出された人工の心、それがメルティナの考える、意識と言うものだ。
「……メルティナ。大丈夫……大丈夫だよ」
エドガーは、そんなメルティナの頭に手を置き、優しく撫でる。
幼い子供をあやす様に、落ち着かせる様に。
「メルティナは、ここにいる。《石》じゃない……僕の目の前にいるよ」
「マスターの?」
「心の在処って言うのは……難しいけど、拠り所だと思うんだ。僕にとっての皆がそうなように、メルティナにとっても……僕がそうなれればいいと思ってるよ」
「拠り所……」
言葉は分かっても、理解が難しい。
「安心出来る……落ち着く……和む……ずっと一緒に居たい、とかさ。理由は何でもいいんだ、自分が納得できて、そこに居たいと思える場所……そこに心はある。それに、メルティナはもう機械じゃないんだ……メルティナ、手を胸に当ててごらん?」
「手を?……胸に?」
メルティナは言われるがままに、胸に手を添える。
すると感じる、命の鼓動。
「トクン……トクンって、感じるでしょ?」
「……はい」
「メルティナの命も、心も……《石》じゃない……きっかけがなんにせよ、メルティナは生きてる。命を貰って、ここにいる。起きてても眠ってても、ここにいる。僕たちの傍にいるんだ……だから、安心して?怖がらないで?」
後ろからそっと抱きしめられて、メルティナは、そのエドガーの腕に額を乗せた。
「……はい。マスター……感謝します。命は、ワタシなのですね……《石》ではなく」
「ああ。そうだよ……人なんだ、メルティナも、僕も……生きているんだ」
優しさに包まれる。
――人。人間。たとえ異世界から来た存在でも、同じだと。
機械であった存在でも、命だと。
メルティナに芽生えた、人間としての意識。
人として生きていく覚悟。真に、人間になった瞬間だった。
「すみませんマスター……何度も中断させて……」
メルティナは、何度も不安定になって遅れた事を謝罪する。
エドガーは笑顔で「いいんだ。分かるから」と述べる。
もう、メルティナに恐怖はない。
自分の拠り所は、この少年の傍――それだけを、胸に誓って。
「いいって。さ、次はどうするんだい?」
「イエス!お願いします!」
背を向けるメルティナ。心なしか、縮こまっていた背中が、シャキッと伸びているように感じられた。
「では、ベースから《石》を外す工程に移ります。金具のロックは解除出来ましたので、露出した《石》を、上方、左回転で90度回転させます」
エドガーはそっとエメラルドを掴む。
ジリリと磁場のようなものが肌に来るが、ゆっくり回転させ。
「回したよ」
「では、ゆっくりと押し込んで……そのまま上へスライドさせて下さい。そうれば、ベースから離れるはずです」
「こうかな?」
エドガーは持ったままのエメラルドを上へ。
カシャ――っと、スロットから抜き取るように。
「……あ。だ、大丈夫?」
聞いたのは、突然取ってしまってもいいのかと思ったからだ。
「構いません。ワタシは、ここに居ますから」
「……そっか。うん、そうだね」
その返事に、エドガーはスライドさせて止めていた《石》を、外す。
《石》を乗せていた台座は、コードのようものがびっしりと刻み込まれている。
これが、【禁呪の緑石】を読み取っているのだろう。
形は、エメラルドに固定されているらしく、他の《石》は設置できないようにも見える。
そしてメルティナの様子を、エドガーは。
「どう……かな、メルティナ?」
「……」
下を向き、ジッと目を瞑る。
まさか意識が、とエドガーは焦る。
しかしメルティナは、ゆっくりと顔をあげた。
そして、エドガーを向き。
「マスター……」
「メ、メルティナ?大丈夫?」
「はい……心配ありません。ワタシは、ここにいます」
胸に手を当て、優し気な表情を浮かべ。
エドガーがが手に持つエメラルドを受け取る。
自分がこの中に居たと、感慨深く見つめて。
「ワタシは、この異世界で。人として、生きていくのです……貴方と、皆と共に」
人として、この少年の傍に居たい。
《石》の中で芽生えた意識は、人の心と身体を得て、前へ進む。




