125話【召喚師と異世界人の間】
◇召喚師と異世界人の間◇
エドガーがメルティナに語る言葉は、誰にも話した事のない少年の本音だ。
「メルティナ。聞いてくれるかい?」
「……イエス。マスター」
エドガーはベッドに座り直し、深く息を吸う。
少しばかり緊張しているようだ。
二度三度深呼吸して、再度メルティナに向き直り。
「……メルティナ。ごめん……僕は、きっと誰の気持ちにも答えられない……」
「……」
「思ってくれる事は、素直に嬉しいし……正直、飛び跳ねて喜ぶくらいだと思う……」
「……では、なぜ――」
「待って待って!」
メルティナはエドガーの手を掴んで、どうしてと急かす。
エドガーはメルティナの手に反対の手を重ねて、落ち着いてくれろように促す。
「――す、すみません……」
「うん……そうは言ったけどね、今はって事なんだ……自分でも最低だって思うけど、悪く言えば先延ばし……よく言えば、準備期間っていうか……うん、まぁ……悪い意味にとってくれてもいいよ」
慕われている事には気付いているし、皆とても魅力のある女性だと思う。
でも、今は誰も選べない。たとえ誰かに想いを告げられたとしても、受け入れるつもりはないのだと言う。
その理由も、悪い意味にとってくれてもいいと言う。
「自分がカッコいいとか、素敵な男だなんて自惚れはしないよ……でも、その……さ。メルティナが言ってくれたよね、僕に想ってもらえる人になれるのかって……」
「――イエス」
「なれるよ。もうなってる……でも、それでも選べないんだ。仮に、僕が誰かを想っていたとしても、僕は誰かに想いを告げたりしない……出来ない」
「……それは、ローザでも……ですか?」
「……うん。そうだよ」
メルティナは確信があるのだろう。
ローザはエドガーを好いている。エドガーもそれに気付いている。
それでも、エドガーは誰も選ばないと言う。
例えローザに告白されても、それを受けないと、今メルティナに言った。
真剣な顔で、メルティナに誓ったのだ。
「……どうしてなのですか?好きな人と添い遂げるのは、人間の本能なのではありませんか?」
「添い遂げ……いや、まぁそうかもしれないね……普通は」
誰も選べない「今は」「普通は」。
ローザやフィルヴィーネ、これほど魅力のある女性たちに迫られても、鉄の意志を持つと宣言する少年。
「僕は【召喚師】だ……でも、理由は“不遇”じゃない。たくさん理由はあるよ……でも、一番の理由は、多分僕がヘタレだからだと思う。」
「ヘタレ」
「――うっ」
メルティナは聞きなれない言葉を反復しただけだが、エドガーには充分刺さったようだ。
「……ヘタレな僕は、たくさんいる中から一人の女性を選べない……――って言うのは、最低な言葉だけど、今はそう取ってくれても構わない」
最低だと自覚しながら、誤解されたとしても宣言する。
「今は誰も選ばないし、誰にも想いは告げないよ……メルティナ、僕は一つ……覚悟している事があるんだ……」
「覚悟、ですか?」
「うん。僕は――“召喚”を……【異世界召喚】をすると思うんだ。それは近いかもしれないし、遠い未来かもしれない……でも、問題は“召喚”そのものじゃない……“召喚”されてきた、異世界人なんだ……」
「……」
メルティナは考える。
エドガーの言葉の意味を。
【召喚師】として、今後も“召喚”をする。それは当然だろう、職業なのだから。
【異世界召喚】それはつまり、また人が増えるという事だ。
人が増える。様々な世界から、色々な種族の人間が。
ローザやメルティナのように、戦闘に特化する人物もいるだろう。
それはつまり。
「……マスターは、戦いを想定しているのですか?」
「……」
その無言は、きっと肯定だろう。
けれど、言葉にすれば事実になると言う恐怖が、口を噤ませる。
エドガーは、【異世界召喚】を何度もするつもりなのだ。
そうして増えていく異世界人全員に、責任を負うのだろう。
ローザを始めフィルヴィーネまで、“召喚”された異世界人は皆、エドガーに好意的な人物ばかりだ。
だが、何度も行えば、絶対それが続くとは限らない。
そんな中で恋愛をしている自分を、きっとエドガーは許せないのだ。
「僕は、巻き込む覚悟を持った……それはサクヤとサクラを“召喚”する時に、もう決めた事だよ。でもね……メルティナだって、同じだ」
「――え?」
「分かるよ……君は、僕から進んで“召喚”されていない事を、気にしているでしょ?」
「マ、マスター……ワタシ、は……」
溢れそうだった。
想いが知られていた。事故のような“召喚”。
今では仲間でも、初めは好意的では無かった事。
メルティナは、全てを気にしていた。
疎外感を持っていた。
自分だけが違うと。仲間でも、別の物ではないのかと。
「同じだよ。何なら……今からもう一度、君を“召喚”しようか?――今の僕なら、少し先の、笑顔の君を“召喚”出来る自信があるよ」
笑顔のメルティナを“召喚”する。
無茶な事を言い出すが、エドガーの顔は本気だ。
「バ、バカな事を言わないでくださいっ!ワタシは、そこまで落ちてはいませんっ!」
「あはは、だよね!」
分かっている。この少年のジョークだ。
けれど、メルティナは理解できた。
エドガーはきっと、本気で“召喚”に望む気持ちがあるはずだと。
メルティナが望めば、エドガーは再召喚をしてくれるのだと。
「……でも、もし、そうしたとしたら……それはもうメルティナじゃない。」
そうだ。そのメルティナは、エドガーたちの知るメルティナではない。
別の世界の、まだ機械の頃のメルティナだろう。
そんなのは嫌だ。築いた関係を捨て去り、リセットしてまた“召喚”されれば、確かにこの苦しい気持ちは持たないかもしれない。
だがそれは、エドガーの言う通りメルティナではない。
「今ここにいるメルティナが、僕にとってのメルティナだよ。そうやって悩んで、苦しんで、答えを見つける。そんな人間らしいメルティナを、僕もみんなも、大好きなんだから」
「……イエス。そうです……ワタシは、メルティナ・アヴルスベイブ……この世界でただ一人の、メルティナ・アヴルスベイブです……ワタシ以外のワタシなんて、必要ありません」
「うん」
「――分かりました。マスター……マスターのいう事を、聞き入れましょう。ワタシは、貴方に愛を望まない……ですが」
「……ですが?」
【召喚師】と異世界人の間にある最大の壁。
隔たりとも言えるその大きな壁は、エドガーが戦う事を見据えている以上、無くなりはしないのだろう。
きっとどんなに素敵な女性が現れようとも、エドガーはブレない。
むっつりな少年然とした心はグラグラするだろうが、その決意に満ちた芯は揺れない。
だから、メルティナは思う。
「――ワタシが、異世界人たちが……その壁を崩すことは、許可してくださいね?」
「――!!」
諦めない。
きっと他の子が同じ話を聞いても、同じ事を思うはずだ。
エドガーが誰かを選ぶその時まで、異世界人たちの恋の戦いが始まる。
「マスター。ワタシは、貴方を振り向かせて見せます。一人の人間……メルティナとして」
そう言って、メルティナは。
「――ちゅっ」
「――え?」
頬に触れた、柔らかい感触。
メルティナの決意。知識では知っていた、口付け。
人が行う、愛情表現の一つ。
「……さ、さぁ……だいぶ時間を浪費しましたね。《石》の解除を始めましょう」
慌てて背を向けるメルティナに、エドガーは。
「……は、はい……」
と、頬に手を当てながら、呆然と返事をする事しか出来なかったのだった。




