122話【アルヴァリウム】
◇アルヴァリウム◇
《石》を外す。メルティナはそう言った。
そしてエドガーが考えていた事も、同じだった。
今日一日、エドガーはローザと一緒に【召喚の間】にいて、色々な話をした。
その中に、ローザが陥った【リフベイン城】での事柄があったのだ。
ローザは全てではないが、力を失い、戦えなくなった事をエドガーに話した。
エミリアやローマリアのおかげで力を取り戻し、更に強くなった。
“精霊”となった事は言ってはいないが、《石》を外し、自分自身と向き合う時間が、どれ程大事かを悟ったと言う。
その中で、ローザもメルティナの状況には違和感を持ってくれていた。
自分は《石》から離れた事で考えを変えたり、自分の強さの方向性を再確認できたと言う。
それを、エドガーはメルティナにもして欲しいと思ったのだ。
「マスター……背の《石》は、ワタシの手では操作できません。ですので、どうか外して頂けますか?」
「うん。分かった」
メルティナは恥ずかしそうにエドガーに頼る。
だが、エドガーは嬉しそうに返事をして、メルティナの背に触れる。
チョイン――っと。
指で、背筋をなぞるように。
「ひゃあああああああ!!マ、マ、マスターーーー!」
「あはは……!ごめんごめん。」
顔を赤くして、メルティナは身体を抱えて身を捩った。
飛び退くように反転して、涙目でエドガーを睨んだ。
「……むぅぅぅぅぅぅっ!!」
「い、いや……その、そこまで怒ると思わなかったよ……でも、そうだね。普通に考えて、ダメだったね。すみませんでした」
頭を下げてメルティナに謝るが、その顔はにやけていた。
エドガーはからかったのだ。渾身の勇気を出して、女性の肌に触れると言うギリギリを攻めて。
しかしメルティナの赤い顔も、とても元気のある様にも見える。
それがから元気でもいい。エドガーはもう、ローザの時のように、何も出来ない事が嫌なのだ。
「マスター!!」
「あ、はい」
エドガーは顔を上げる。メルティナはまだ怒ってはいるが。
「《石》を外す前に、やる事がありますので……服を着ます。クローゼットにいつもの服が掛けてありますので、取ってもらえますか?」
「……えっと」
クローゼットの中を見てもよいという事だろうか。
一瞬躊躇うエドガーにメルティナは。
「は・や・く!!お願いします!」
「――す、すいません!!」
立ち上がって、部屋に備え付けのクローゼットまで行き開ける。
あせあせと、服を探しているエドガーの背中を、メルティナは優しい笑顔で見つめていた。
そもそも初めから、怒ってなどいない。くすぐったさに身悶えこそしたが、いやらしさの欠片もない指付きで、セクハラ染みた感覚は生まれなかったのだ。
(感謝します。マイ・マスター……)
少年の優しさと、なけなしの勇気を一身で受け、メルティナは進む。
「はい。これ、だよね?」
エドガーが照れながら渡すのは、メルティナがよく着ている上下一対のレザーワンピだ。
白の光沢感のある特殊な素材は、形状を記憶してあるらしく、どことなくメルティナの身体が浮かんでいるように見える。
「イエス。ですが、あまり見ないでください……恥ずかしいので」
「ご、ごめん……」
照れながらメルティナに渡すと、部屋から一度出る。
着替えを覗く訳にも、背を向けて布擦れ音を聞く訳にもいかないのだ。
そしてメルティナの着替えを待ち、再度呼ばれたエドガー。
部屋に入り直して、その間に、先程した行為がやりすぎだったかもと自責していた。
主に、他の少女たちに知られたらマズいのではないかと。
「どうしました?」
「え~っと……ははっ。なんでもないです……」
切り替えて、エドガーは椅子に座る。
メルティナはとても良い姿勢で、ベッドに腰掛けていた。
顔色はまだ悪い。しかし、やるべきことを見つけた意志の籠った瞳に、「大丈夫?」とは言わない。
「――では、始めましょう」
「う、うん」
(いったい、何をするんだろう……ん?あれって、【クリエイションユニット】?)
メルティナが取り出したのは、ベッドの横に置いていた4機の【クリエイションユニット】だった。
素材を用いて、様々な物を作り出す事の出来るツールだ。
これまで、【解毒アンプル】や【メディカルキット】、そして様々な武装を作成してきたメルティナの主装備。
その装置で何をするのだろうと、エドガーは興味深く見つめる。
メルティナは4機の小さな【クリエイションユニット】を重ね、筒状にする。
前に大型になった【クリエイションユニット】と、この小さなリング状の【クリエイションユニット】は、どうやら同一のものらしい。
スライドや連結などを駆使して、サイズを変える事が出来るのだが、そのおかげで【装甲車】のような大きなものも作り出せたのだ。
「接続完了。マスター……【マジック・アンプル】の使用許可を」
「――え!あ……うん。どうぞ」
【マジック・アンプル】は、フィルヴィーネが“召喚”された際に漏れ出た、魔力の残滓を集めた、魔力回復の手段だ。
フィルヴィーネ以外の少女たちがそれぞれ一本所持していたが、そう言えば使ってはいなかったようだ(一本は、メルティナがローザに使用している)。
メルティナは【マジック・アンプル】を腕に打つ。
カシュ――と音を鳴らして、透明な薬液が浸透すると、メルティナも気分がよさそうに頷く。
メルティナの体調不良は“魔力切れ”ではないが、それでもやはり、魔力があるとないとでは違うのだろう。
「続けて。魔力を素材構成に使用……数値は――」
メルティナが着々と何かをしている中、エドガーは思った。
(回復した魔力を、もう使うの?あ、そうか……使う為に回復したのか……でも、【クリエイションユニット】は小さいサイズだ。いったい何を?)
何かを作り出すにしても、少し大きな腕輪を四つ重ねたようなサイズのものだ。
【ランデルング】のような物を作り出そうとしているのではないと、エドガーにも分かる。
(……光ってる。綺麗な緑色、エメラルドグリーンの光だ……)
メルティナの魔力光は、《石》と同じくエメラルドグリーンの緑色だ。
【クリエイションユニット】から漏れ出る光は優しい温かさを感じ、不思議と落ち着く。
「……素材を選択。使用するのは……ワタシの……ランデルングの起動コアユニット――【アルヴァリウム】です」
「――【アルヴァリウム】……」
それはメルティナが機械の頃の、心臓の様なものだった。
【機動兵装ランデルング】、そのインターフェース、【M・E・L】。
その機械の素材となった、超金属だ。
数少ない超金属は、【禁呪の緑石】を搭載した【M・E・L】
つまりメルティナのコアであるユニットの素材であり、外側である【機動兵装ランデルング】の装甲よりも堅固である。
「【アルヴァリウム】を、金属塊に戻します……」
「――それって、まさか!?」
エドガーはハッとして椅子から立ち上がる。
メルティナがしようとしている事を、理解したのだ。
それは自分の為の行動であり、そして何より、エドガーが大切にするエミリアの為。
エドガーが求める――槍の“召喚”の為の、最重要な素材だったのだ。




