30話【赤い装備】
◇赤い装備◇
「あ、あの~。エド、起きてるかなぁ?」
誰もいない宿の廊下を、こっそりとエドガーの部屋(管理人室)まで戻ってきたエミリアは、エドガーが起きているのか分からないからなのか、声を出しながら反応を伺って来た。しかし無情ながら。
「ごめん……もう起きてるよ」
(おわっ、たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
ガーン!と派手な音が鳴ったかと思う程、部屋の外で落ち込むエミリア。
「――いいから入ってきなさい……時間がないかも知れないわよ?」
「そ、そんなこと言ったって!――ん?」
エミリアが凹む宿のロビーに、バスタオルが投げられた。
先程まで自分が身に着けていたものだった。
「あ、ありがと!ローザ」
早々に身体を隠して、恥ずかしそうに部屋に入る。
「……で、どうしたの?」
しかし神妙な雰囲気のエドガーとローザに、エミリアもつられて緊張する。
「――そうだ。居なかったでしょう……?あの子」
「え。うん……荷物はあったけど、中は空だったよ……でも着替えた形跡はあった」
荷物の中身は初めから入っていなかったのだろう。
「それでエド、ちょっと聞きたいことがあるんだけどね……」
唯一残されていたもの。それがリューネが着替えたと思われるネグリジェ。
エミリアは、部屋に残されたそのネグリジェが気になって仕方がなかった。
しかし。
「後になさい……」
ローザに却下される。
「――むぅ」
エミリアも、この空気を読まずにいられるほど図太くないので言葉を飲んだ。
「一体どうしたの?エドもさっきから静かだけど……」
「……」
エドガーは何かを考えているらしく、エミリアの問いかけに答えない。
「……ふぅ。私が話すわね」
ローザが、エドガーを起こした際の事を話す。
◇
「ねぇ、起きなさい。エドガー」
エミリアが裸で出て行った後、ローザはエドガーを起こしにかかっていた。
うつ伏せで寝ていたエドガーを仰向けにし、腹部にのしかかって顔を覗く。
「うん。眠っているだけね」
分かってはいたが、念の為の確認だ。
決して、愛しささえ芽生え始めた“契約者”の顔を、じっくりと見てみたかったわけではない。決してだ。
「お、起きなさいエドガー……お、起きないと……」
「キスをするわよ」――なんて夢見がちなこと、ローザは口にしない。
例え内心で思ったとしても。
初対面の時に「起きないとイタズラしちゃうわよー」と言った事は忘れて欲しい。
「う……うぅん」
寝苦しそうに身体を動かすエドガー。
動かした身体の勢いで動いた手は、ローザの身体に当たる。
「ちょっ!……エドガー!?」
起きているのではないかと思わせる程の見事な腕前で、ローザが身に着けていたバスタオルを剝ぎ取った。
「……エドガー?」
恥ずかしさは無い。ただ、無意味に剥かれた気がして、若干頭に来ただけだ。
「エドガー!起きてこっちを見なさい……起きてっ、起きなさいっ!」
それでも寝続けるエドガーに、意地でも恥ずかしがらせてやる。
そう思って、エドガーの両腕を抑えて声を掛ける。
「意外と薬が効いているのかしら。……なら、私にも考えがあるわよっ!」
ローザは右手の《石》、【消えない種火】に魔力を込めて、エドガーの《紋章》とリンクさせた。
「――っ!?――あっづ!!」
右手の熱さに思わず起きたエドガーと、ようやく目を合わせる。
「――へ?……ローザ……?」
「ええ。そうよ……ローザさんよ?」
エドガーの目線は、ローザの顔から自然に下がっていき。
首元の鎖骨に胸から腹部、臍、そして更に下。
「うわぁっ!ロ、ローザ!?なんで裸なのっ!!」
目を閉じるも、顔を真っ赤にして背けるエドガー。
「バッチリ見たくせに、よくそんな事言えたわね……」
真っ赤に染めた顔を、ローザが両手で掴んでくる。
まだ目を瞑っているエドガー。
「起きたっ!起きました!だからどいて下さいお願いします!」
(だぁあぁぁぁぁあぁ!ヤバいヤバいっ!)
自分のある一部まで起きそうになってしまい、エドガーはローザに懇願する。
「ふふっ……ま、その顔を見れただけ良しとしてあげる」
そう言って、ローザはエドガーの顔を放しベッドに座りなおすと、剝がれたバスタオルを巻きなおす。
「な、なんでローザが……?」
起き上がり。ローザの綺麗な背中に見惚れそうになるも、もう一度慌てて背を向けた。そして次第に、少し前の記憶が戻ってきて。
「あ……リューグネルトさんは!?」
「あの子ならもういないわよ……多分、客室にもいない」
何故ローザがリューグネルトを知っているのか。
そんな事を考える余裕は、エドガーには無かった。
「――えっ?」
「エドガー……確認しなさい。変わったところはない?痛みは?」
ローザは背中越しで、エドガーに変化はないかを確認させる。
「え。あ、大丈夫……です、でもチョット……何が何だか」
眠っていた時間は長くはない。どうして眠っていたかが重要だ。
「そう……説明するから、冷静に聞いて……」
エドガーがどうして眠っていたのか。
どうしてリューグネルトはいないのか。
「“薬”……?あの甘い匂いが……」
「そうね。匂いは分からないけれど。あの子がエドガーを眠らせたのは確実だわ。何が目的か分かる?……エミリアが言うには……あの子、キミに会いに来たらしいから」
「そう、ですね……」
エドガーは自分の身体、そして部屋を確認するが、特に変わりは――。
「――あっ……!!」
あった。おそらく、いや確実に。
それを――リューネが盗んだ。
今日持ってきたばかりであり、木のラックの上に置いていたはずの、《化石》が無くなっている。
「【タイラントリザード】の……《化石》が無いっ!!」
◇
ローザの話が終わり。
「《化石》……ねぇ。エドにとって大変なのは分かったけどさ」
そんなに大変な物なのだろうか。それが、エミリアの正直な感想だ。
「あれは……あれも“魔道具”だよ……ローザの宝石と同じ位、貴重な……」
エドガーに取ってはどの“魔道具”も同じく大切だ。父の残したものなのだから。
「えっ!?そうなの?」
エミリアはローザを振り向き。
「らしいわね」と頷くローザ。
「……決めた。追うよ、リューグネルトさんを」
「その方がいいわね。まだ間に合うはずよ……時間的には」
「じゃあ急ごう!」
エドガーはベッドから立ち、愛用の深緑色のコートを羽織る。
「す、ストップストーップ!」
流れを切るように、エミリアが叫んだ。
「服っ!!私もローザも、服!」
「時間がないわ」
真顔でローザが言う。
「今、間に合うって言ったじゃんっ!」
「――フフフ、冗談よ……」
エミリアはからかわれたと気付き、「むぅぅ!」と頬を膨らませる。
ローザはそんなエミリアに微笑し右手を翳すと。
赤い宝石、【消えない種火】から発した炎が、ローザとエミリアを纏い、形を形成していく。
「わっ……なにっ!?あつ、あっつ!……くない」
「大丈夫。黙っていなさい」
赤い奔流は見る見るうちに実体化し。
ローザとエミリアがいつも着ている服に、よく似た衣装へと変わる。
エミリアは制服ではなく、私服に近い。
普段の物よりも赤みがかった、ローザの魔力によって出来た“魔装”。
戦いを見越して、防御力を高めた代物だ。
「す、凄い……」
エミリアは自分の身体を擦り、あることに気付く。
(……し、下着まである!)
「さっ。行きましょう……と、その前にエミリアには武器も必要かしらね」
「あ、うん……お願い」
ローザはエドガーの方を向き。
「やってみなさい……エドガー」
「「えっ?」」
いきなりの指名に、当の本人もエミリアも驚く。
「いやいやっ。む、無理ですよ!!」
「無理じゃないわ、やるのよ」
ローザはエドガーの背後に回り、己の右手をエドガーの右手に重ねる。
「大丈夫よ、今のを観測してたでしょう?エドガーが考えていることと同じよ……」
「――!」
エドガーが考えたこと、それは、“召喚”と似ている。ということだ。
魔力を変換して物体を創り出す。それは、エドガーの“召喚”によく似ている。
「魔力だから、直ぐに消えちゃうけれどね……」
魔力で創り出す、ローザの炎の武具。
そして魔力で呼び寄せる、エドガーの“召喚”。
「要領は同じはずよ。やってみなさい……サポートはするから、ねっ?」
「――は、はい!」
エドガーは右手の《紋章》に集中する。
(この《紋章》は、魔法陣と同じだ……ここから魔力を流す感覚で)
“召喚”の魔法陣に自身の魔力を注ぐイメージで、赤い《紋章》に魔力を込める。
《紋章》は赤く発光して、部屋を照らす。
(うまくいった!……次は、創造だ……エミリアが使う武器は槍だ。これは触媒のある“召喚”とは少し違う……でも、考え方を変えれば)
槍の切っ先から、持ち手、装飾、一つ一つを触媒と考え、構成する。
(いける……後は形成だ……ローザの炎、あんなに綺麗なものじゃなくてもいい……ただ、思いを。持ち主を守ってほしい……それだけを込めてっ!)
ボウッ!と炎が沸き、瞬く間に槍を形成し始める。
直ぐに炎は消え、エドガーの手には赤く輝く長槍が収まっていた。
「で、出来た……出来たっ!ありがとうローザ!!って、あれ?」
振り返り、サポートしてくれたローザに感謝しようとしたが、そこにローザはいなかった。
「こっちよ、エドガー」
「――え、なんで……」
ローザの力を借りて完成したはずの炎の武器。
なのに、ローザはエミリアと共にこちらを見ていた。
「自分で出来たのよ。凄い集中力だったわ」
「凄いねエドっ!私、感動したよっ」
一人で完成させたエドガーを褒めるローザ。
そして涙を浮かべて感動するエミリア。
「貴女は、本当に極端すぎよ……エミリア」
ともかく。だ。
「はいエミリア……コレ」
エドガーは、赤い刃を持った槍をエミリアに渡す。
「わぁ!……ありがと!エドっ!一生大事にするね!!」
「――だから消えるってば……話を聞きなさいよ、全く」
感動で、魔力の塊だと言う事を忘れたエミリアは、後生大事にする覚悟で槍を受け取った。
そしてエドガーは自身の《紋章》を見ている。きっと、魔具を造った感覚を身に沁み込ませたいのだろう。
そんなエドガーにローザが。
「後でちゃんと教えるから……まずはあの子を追いましょう」
「――は、はい。そうですね」
ローザの言葉にエドガーは頷く。
「エド大丈夫?疲れてない?」
「ん?――ああ。大丈夫、意外と楽だよ」
簡単な“召喚”一度で尽きていた魔力も、ローザの“契約者”になってから馬鹿みたいに増えたらしい。疲れるどころか、日に日に強さを増している気がする。
「そう?ならいいんだけど」
「うん、ありがとう。エミリア」
いつでも心配してくれている幼馴染に、エドガーは微笑んで応える。
「さ、行くわよ……《石》には《石》。私の【消えない種火】に反応するはずだから、それで探しましょう」
甘い空気を作らせず、ローザが行動開始する。
「――わ、分かってるし……」
ローザは【消えない種火】に集中して、リューネが持ち去ったであろう《石》を探し始める。
――黒く禍々しい、漆黒の《化石》を。




