118話【呪印《カースド・エンブレム》】
最近、カクヨムを模倣したコピーサイトが現れました。
読者の皆様も、どうぞお気を付けください。
◇呪印◇
ノインが口にしたその名を、リューネが今度は口にした。
「……【呪印】……?」
リューネとレディルはベッドに腰掛け、そしてオルディアは椅子に座った。
エリウスは立ったままだが、そんなエリウスに声を掛けてよい雰囲気ではないと悟り、レディルがリューネを座らせたのだった。
そしてリューネが小さく口にした疑問に、ノインは頷いて答える。
「うん……【呪印】。名前はちょっと物騒だけど、簡単に言えば《紋章》だよ。実害は無いから安心していいよ」
安心していいと言うノインの言葉に、レディルはエリウスの腹に浮かびあがる菫色の《紋章》をまじまじと見る。
「――へぇ、魔力の塊だなこりゃ……凝縮されたこの魔力の量、こりゃ……《石》のものか?」
バシッ――!!
「――痛ってぇ!!何すんだよっ!?」
突然エリウスに叩かれて、両手で頭頂部を押さえる。
「乙女の素肌をまじまじと見てるんじゃないわよ……」
【魔道具設計の家系】としての好奇心が勝ったレディルだったが、普通にセクハラだ。
それでもその《紋章》を見る事を止めず、観察を続ける。
「――レディルの言ってる事は正しいよ」
二人を見ながら補足するノインだが。半笑いだった。
「この《紋章》はさ、“契約者”の証なんだよ」
「「“契約者”?」」
リューネとレディルが、ハミングして言う。
二人は顔を見合わせて、嫌そうに逸らす。
そしてエリウスは、それは知っていると取れるように。
「――そういう意味だったのね」
しかしノインは、その意味を深く知っているのか。
慎重に、けれども厳しめにエリウスに問い質す。
「その【呪印】は、本来“契約者”と“契約主”……二人がいて成立するものだよ。シャル……何の“契約者”になったの?」
「何の」と言う辺り、ノインはその契約が複数種類あると知っているのだろう。
猫科の獣特有の細まった眼光で、エリウスを射抜く。
「……」
その視線は責めるものだった。
しかし、エリウスを心配する優しいものでもあった。
「普通の人間が、“契約者”になるのは負担が大きすぎるんだよ……」
心配は、エリウスの身体だろう。
責めるのは、そうさせてしまった原因が、自分だったからだ。
ノインは、自分を責めているのだ。
どこか悲しそうで、しかし怒っているようにも取れるノインの態度。
だが単純な事に。獣耳と尻尾がへにょ~んとしな垂れ、言葉とは裏腹に、随分とへこんでいる事がエリウスには伝わった。
「ノイン……私は、貴女たちを恨んでなどいないの……」
エリウスは《紋章》の浮かぶ腹を擦り、ノインに自分の気持ちを伝える。
それは本心であり、そして感謝でもあった。
「あのまま帝都に残っていれば、私のちんけな物語は終わっていたでしょう……」
エリウスの、人生を自虐する言葉に、リューネとレディルが。
「そ、そんなことっ!」
「おいおい……自分で言うか?」
と否定しようとするが、エリウスは手で制しノインに続ける。
「……この力は、“悪魔”ベリアルの力よ……今まで自分たちが利用し、堕として来た……【魔石】の力……本人は、【魔石】ではないと言っていたけど」
考えるようにその言葉を聞いていたノインは。
「……うん。感じるのは、確かに【魔石】なんて小さなものじゃない……でも……はぁ……そっか、所持者でもある……のか……」
一人納得したように、ノインが頭を抱える。
逆立ちそうな獣耳の毛。ピンと立った尻尾。
細目がゆっくりと普段の瞳に戻り、冷静になる。
「さっきも言ったけど、シャルの【呪印】は……本来、存在する二人の証なんだよ」
レディルが気付いていた事を言う。
「それってつまり、エリウスの相手?“悪魔”ってやつは何処に居んだよ?」
「あ、そうですよね……存在するって事は、近くにいないとおかしいですもんね」
リューネもそれに続いて疑問を持つ。
そして答えは、エリウスが。
「……ここよ。この奥……」
【呪印】を指差して、疲れたように。
「そこ?」
「それって……位置的に……」
「――子宮。かしらね」
「……趣味の悪い話だね。その“悪魔”」
“悪魔”ベリアルの《石》、【欲望の菫青石】は、子宮と一体化している。
ベリアルいわく、女の一番大事な物、それを依代にしたのだと。
「――ちょっと待て」
「なに?」
レディルが、《紋章》を見ながら。
「俺は、似たものを見たことあるんだが……?」
「似たもの?」
「奇遇ね。私もよ」
素っ気なく言うが、エリウスだって初めから気付いてはいたのだ。
ただそれは、ある人物と同じになると確信があって、言い出しにくかった。
言いにくそうにするエリウスとレディルに変わり、完全に答えを知っているノインが述べる。
「――そうだよ。思ってる通り、【召喚師】……エドガー・レオマリスと同じなんだ」
「――あ、そっか……右手」
リューネも見ていた。
エドガーの右手の赤い《紋章》。
そして気付く、対になる人物の《石》も、右手にあったことを。
「《石》の場所に対応してるって事か……だからエリウスの腹に《紋章》が」
「そう。だから心配になる……ただの人間が、【呪印】を刻んでいる事がさ……」
エリウスは【送還師】ではあるが、【召喚師】ではない。
ノインが知っている限り、エドガーは既に五人の異世界人と契約をしている筈だ。
しかも、過去には自分を含めて更に五人。
エドガーは、それぞれの《石》に対応した《紋章》を、身体に刻んでいる。
「……つまりなんだ?【召喚師】が大丈夫でも、エリウスは駄目って事かよ?」
レディルが、まるで特別だと言っているように聞こえる【召喚師】と、自分の主であるエリウスがどう違うんだと、そう言いたそうに。
その言葉に対しノインは。
「駄目ではないよ。問題は、シャルの《石》に“悪魔”がいる事なんだ……」
呆れ半分、驚愕半分と言った感じに。
「《石》の所持者とは違ってね、“悪魔”は契約を求めるものだ……それがどんなものかは、アタシには分からないけど……所持者である異世界人と契約するのと、“悪魔”が宿った《石》そのものと契約するのじゃ……話が別物だってことだよ」
ノインは立ち上がり、エリウスの前まで歩む。
しゃがみ込み、《紋章》――腹に手を当てて。
「……こいつがどんな条件を出して来たのか、分かる?」
「……」
知っているも何も、エリウスは既にその代償を支払っている。
「――シャルっ」
「……魂よ。人間の……命、そのも――」
「――馬鹿っっ!!」
「「「……!?」」」
肩を掴み、ノインが叫ぶ。
リューネは口を押えて驚き、オルディアは怖がるように身体を震わせ。
そしてレディルが、大声で気付かれやしないかと部屋の入り口を見た。
最後に、エリウスが。
「ノ、ノイン……?」
どうしてそこまで怒るのかと、不思議そうにノインの顔を覗く。
「……いい?シャル。もう使っては駄目……絶対に駄目。ましてや、魔力の少ない聖王国では……地獄に片足突っ込んでるんだからねっ!!」
ノインは分かったのだろう。
エリウスが聖王国までの道中、ずっと眠っていたのは、自らの魂を“悪魔”に与えていたからだと。
しかし、エリウスは返事をしなかった。
いや、出来なかった。
答えようとしたその瞬間、また――エリウスは意識を失ってしまったのだった。




