116話【召喚師は何処に?】
◇召喚師は何処に?◇
玄関ロビーから大部屋の109号室までは、西に向かって直ぐだ。
誰も遊んでいない娯楽室を通り過ぎると、大廊下の左方に見える部屋の入り口。
「――あちらになります」
従業員である女性、メイリンに案内されていく一行だが。
一人、非常にそわそわしている者がいる。
フードで完全に隠れてはいるが、薄い緑がかった金髪は汗で額に張り付き、見られている自覚で、手汗はびっしょりだ。
リューネ・J・ヴァンガード。
元の名をリューグネルト・ジャルバン。
この国【リフベイン聖王国】出身であり、エドガーの元・同窓生。
そして、視線の主――サクヤと、一度剣を交えた少女だ。
(めちゃくちゃ見られてる……やっぱり、あの時戦った黒髪の子よね?あの後瓦礫が落ちてきて、凄く気になっていたけど……無事でよかった、とは……言いづらい状況に)
サクヤの視線は、実はこの宿に入った直後からリューネに注がれていた。
サクヤ自身、ドロシーの事など気にかける事が多くなり、視線は散漫だが。リューネをよく見て来ているのは確かだ。
【薄幸の法衣】のおかげで、どうやら誤魔化しは効いているようだが。
流石は【忍者】と言った所であり、その観察眼は、エリウスたちにとって、今最も注意しなければいけないものだと感じたリューネ。
(あの従業員の人……ノインさんの態度的に、多分スノーさんなんだろうけど……さっきからあの子、見てる……よね?)
リューネとドロシー、両者を観察しているようなサクヤ。
(エドガー君の傍にいるのは……皆、異世界人……そう考えろって言われたけど。うぅ……正確な数が知りたい……)
不安材料は、なるべく削りたいリューネ。
(それに、エミリアはどう動く?私が戻ってきている事を知ったら……戦いになるかもしれないし)
奇しくも、入れ違いに近いエミリアとリューネの親友。
次にあった時は戦う時と。覚悟して離れた故郷。
リューネには、ノインやレディル以上に抱える悩みが多くなっていた。
◇
「では、何かありましたら……こちらのベルを鳴らしてください。誰かが参りますので……」
「……ありがとう」
深く頭を下げるメイリンに、ノインが一言述べ。
支払った代金以外の銀貨を一枚渡した。
「……ありがとうございます、では……御用があれば。行きましょうか、ドロシーさん。サクヤも」
「はい……ごゆっくりどうぞ」
「うむ……」
メイリンはスマートに仕事をこなし、ドロシーは少し安堵したように。
サクヤはまだ疑いの目を向けているが、ゆっくりと閉められるドアを最後までジッと見ていた。
パタン――。
「「「……」」」
ノイン、レディル、リューネが揃って。
「「「はぁぁぁぁぁ~~~」」」
クソでかため息を吐いた。
オルディアは「ふぅ」と一息を吐き、ベッドに寝かせたエリウスの様子を見てくれている。
「……どうすんだよ。あの黒髪のチビ、滅茶苦茶見てたぞ……特にリューネ」
「わ、わかってます……だから自重して、レディルさんの後ろに隠れてたんじゃないですか……」
不安そうに、リューネが言う。
そしてノインは、荷物を下ろし。
「あのドロシーって従業員がスノーだけど……あいつ多分、襤褸出したなぁ……」
「そうなんですか?」
「マジかよ……」
スノードロップの態度から、ミスをしてしまったのだと見抜くノイン。
「ここに戻ってきて、多分安心しちゃったんだよ……それで、どうでもいいミスをしたんだきっと。内容は知らないけどさ……」
一番冷静に見えても、心の安寧はミスを誘う。
気を張らなければならない相手が大勢いた事もあるだろうし。
何より、エドガーと直接会ってしまった事で、緊張の糸が緩んだのだ。
「まぁ直接バレちゃいないんだし……【福音のマリス】に気を付けて行動しようか。先ずは、エリウスが目を覚ます事。次は……隠れ続ける事、エド――【召喚師】にアタシたちの事を告げる事……」
追手も聖王国に近づいているはずだ。
皇女エリウスを追った、【黒銀翼騎士団】が。
「俺らはどーすんだ?顔バレしてんだぜ?」
レディルとリューネだ。
エリウスもだが、この部屋にいる以上は安全。
しかし、問題は一つも解決してはいない。
「そうですよね……一度は敵対していますし、私はこの宿から盗みもしてます……それに、顔見知りもいますから……」
レディルはエドガーやローザに顔を見られている(フィルヴィーネも)。
そしてリューネも、この宿から【化石】を盗み出した罪悪感が後を引く。
「それはアタシ等が何とかするよ。スノーも、ずっとあの姿をしている訳じゃないだろうし……【召喚師】が……アタシとスノーを――」
思い出してくれれば。
「ノインさん?」
「――あ、ごめん。とにかく、食事のお願いや入浴なんかは、オルディアに負担をかけちゃうけど……」
エリウスのフードを脱がせながらオルディアは「が、頑張るっ」と気合を入れる。
「……何かあればこちらから言うって言ったけど……適度に怪しまれにようにしないとね」
この部屋まで来る途中、メイリンにノインが説明した。
その我儘を聞いてくれたお礼の、先程のチップだ。
「それにしてもよぉ」
レディルがへたり込みながら言う。
「その【召喚師】はどーしたんだよ。いなかったよな?」
「そ、そう言えば……いませんでしたね、エドガー君」
「……《石》を外してるから、気配も分かんないけど。スノーが宿の中にいるんだし、どこかに……いや、多分地下だよ」
途中で回答を変え、確信する。
【召喚の間】で何かをしている。そんな予感があったのだ。
「なんで分かんだよ?」
「……【召喚師】は、基本的に【福音のマリス】から出ないんだよ。出ない方が強いって言うか……陣地だからね。変な言い方だけど、聖王国内も敵陣のようなものなんだ、【召喚師】にとってはさ」
今まさに、“召喚”の為の“魔道具”を探しているとは露とも知らず。
ノインは知りうる事をつらつらと。
それに対して、意外な事にレディルが。
「――いいのかよ、そんな事をペラペラと……思くそ弱点じゃねーか」
言わば、【召喚師】を引きずり出して戦えばいいのだと言ったようなものだ。
だがノインは、自信ありげに。
「大丈夫。だって――」
「だって?」
リューネが復唱すると、ノインはリューネとレディルを見やり。
ニヤリと笑う。そして言う。
「だって……――そのための異世界人なんだから、さ」
【召喚師】。
この国で“不遇”職業と扱われる唯一の存在。
特徴は、その名の通り“召喚”だ。
しかし、戦いの場では使えず、時間もかかり道具も必要。
“召喚”出来る場は【召喚の間】と限られ、戦地ではおそらく足手まとい。
だが、今代の【召喚師】エドガー・レオマリスはどうだ。
自らも剣を持ち、戦いに臨む少年。
弱点である自分自身を守らせるために、異世界人と言う超常の存在を呼び出す。
しかし、その【異世界召喚】と言う力を顕現したのは、かつてエドガー一人。
長年の“不遇”も、近年の扱いの悪い“不遇”も、十数年前に変わり始めたのだ。
「【召喚師】は変わっていくんだ……エドガー様が築いて、エドが変える。アタシたち異世界人を救い……この世界に導いてくれた恩人」
ノインの言葉は、途轍もなく途方で、夢の話だと一蹴されてしまう様なものだった。
しかしレディルもリューネも、固唾を飲んで聞き入る。
「きっとこの先……遠くて近い未来、世界は生まれ変わる――っと……こんな話をする予定じゃなかったね……アタシも、帰って来て安心しちゃったみたいだね。忘れて……とは言わないよ」
そんな途方に暮れるようなノインの言葉を――眠っていた筈のエリウスだけが、真実だと理解できた。
“悪魔”の《石》を胎に宿し、魔力を喰い続けるベリアルの助言を心の中で聞く。
そして、ベリアルに見せられた近い未来の映像を焼き付けて――目を覚ますのだった。




