114話【久しぶりのお客様2】
◇久しぶりのお客様2◇
~ドロシー・サクヤside~
エドガーがローザの待つ地下に向かい、サクラがメルティナを休ませている中。
一階の広間では、サクヤが泣きながら掃除をしていた。
それは何故かというと。
「うぅ……わたしが悪かったのです……許してたもれ……」
しくしくと、誰かに懺悔する【忍者】。
掃除の対象は、床にぶちまけられた破片。
正確には。落ちて割れた、花瓶の残骸だ。
メイリンお気に入りの花瓶でなかった事だけが救いだろう。
サクヤは先程、ドロシーの真上に出現した虫に対して、小太刀を投擲した。
虫は害虫に分類されるものであり、ドロシーに刺されれば危険だと思ったのだろう。
咄嗟とはいえ、ナイス判断だと思っていたサクヤだったが、虫を撃退した後の小太刀は、落下して花瓶に直撃したのだった。
「……あんた掃除しなさいよ?」と、サクラがスルーして行ってしまい、残されたサクヤが、こうして反省の意を込めて、掃除している次第だ。
と、そこに。
「サクヤさん、お手伝いしますね」
ドロシーが、雑巾を持って援軍に来てくれた。
「おお!ドロシー殿……なんとお優しい……わたしは初め、どこの馬の骨だと警戒した事……謝罪するぞ~」
「は、はぁ……それはどうも?」
(この子……鋭いのか鈍いのかが分からない……侮れない異世界人たちが多いですね……本当に、素晴らしいです、エドガー様)
ドキリとさせられて、嬉しいやら不安やら訳の分からない気持ちになるドロシー。
「いやしかし、ドロシー殿なら……――先程の虫にも気付けたのでは?」
「――何の事ですか?」
水に濡れた床を拭きながら、ドロシーはサクヤの眼を警戒する。
「ふむ……いや、すまない……気のせいであったか」
(もしかしたら、この子が一番厄介かもしれない……)
割れた花瓶、濡れた床。
それが何だか、今の自分の心境に似ているかもしれないと思ったドロシーであった。
掃除を終え、厨房に戻ろうとする二人。
しかし玄関口から、リーンリーン――と鈴のような音が鳴った。
「……ん?」
サクヤは初めて聞く音だ。
何の音かと考え、口を開こうとしたが、ドロシーが。
「あ、お客様ですね……」
「――お客様?」
先行し、つかつかと玄関ロビーへ歩いて行くドロシーに、怪訝な目を向けながらも、サクヤも後を追う。
「……」
(今、あの女は客と言ったな……わたしやサクラが“召喚”されてから、一度も宿に客は来ていないぞ……それをなぜ、今の鈴の音が客だと分かった?)
このドロシーのイージーミスは、宿屋【福音のマリス】が、依然と同じ風に営業をしていると思った点だろう。
更には、十数年前この宿で接客をしていた時の癖が出たのだ。
ドロシーも、サクヤに見せない様に急ぎ背を向けたが。内心は。
(マズイ。マズイマズイマズイ……なんていう所で襤褸を出しているの!!)
背中に感じる視線に冷や汗を流しつつ、ドロシーは玄関ロビーへ向かう。
そしてそこには、それこそ襤褸になりそうなメンツが来客したのだった。
◇
~帝国side~
【王都リドチュア】に入ったエリウスたち一行は、暗くなるまで路地裏で身を隠し、夕刻を完全に超えた時間になってから行動を再開した。
目指すは、【福音のマリス】。
「【下町第一区画】……久しぶりだなぁ」
小声だが、感慨をその声に乗せて、ノイン・ニル・アドミラリが口にする。
被った麦わら帽子を指でくいっと上にあげて。
「変わってない……いや、人は減ったかも」
昔は、夕も夜も人がいた。
それこそ、吞みに歩く男たちや、男を誘う娼婦など、今では考えられない人混みがあったのだ。
「そんなに違うのかよ」
レディルが気付き、ノインを見下ろしながら言う。
「うん。昔は……もっと栄えてたっていうか、とにかく人はいたよ」
「レディルさん!フードフード、ちゃんと被ってください!」
リューネが、顔を晒すレディルの頭を押さえて、法衣のフードを被せる。
「――いってーな!分かってんだよ!」
「ならしっかり隠してください!」
渋々、誰もいないのに全身を隠す。
リューネは慎重な少女だ。以前の母国とは言え、隠れて進むに越したことはない。
「オルディアさん、そっちは大丈夫ですか?」
「――ええ。誰もいません、いけます」
道中、新たに同行者となったオルディア・コルドーという女性が、周りを見渡して述べる。
その手には手綱が握られており、リューネに代わって馬を引いていた。
そしてその馬上には、くの字に曲がる荷物……ではなく、皇女エリウスが、未だ意識を失っていた。
「もう直ぐ宿につく。そこにスノーもいるはずだけど……ただお客としているとは思えないから、注意して」
「おう」
「はい!」
「オルディアは普通にしてていいけど、アタシたちの名を呼ぶのは禁止。それと、敬語もだね。怪しまれるから……」
「わ、分かりまし……分かったわ」
聞き分けの良いオルディアに、ノインは笑顔で。
「よろしい。じゃあ行こう……くれぐれも、レディルとリューネはフードを取らない事。顔割れてるんだからね」
「るせっ。分かってんよ」
「はい、気を付けます」
そして【福音のマリス】に向かう道すがら。
宿についてからの行動も軽く説明する。
「シャルの事は、体調の悪い妹とでも言えばいいよ……フードに関しても、宗教上の理由でもなんでも、説明はつくからね」
ノインはエリウスをシャルと呼ぶ。
本人がそう呼べと言ったからだが、エリウスは案外気に入っていた。
【薄幸の法衣】に関しても、顔を見せられない理由を付ければどうとでもなる。
特に、ノインが言うようにレディルとリューネだ。
リューネはエドガーやローザと面識があるし、レディルも完全に敵対を示していた。
ノインとオルディアのみ顔を晒せるが、不自然になる場合もあるだろうと考える。
「オルディアには悪いけど、多分一番忙しくさせるかもしれない」
「平気よ。頑張るわ……!」
「それは助かる」とノインは笑顔で答えた。
そして続けて。
「目的地は宿だけど、その後はどうするか……決めておかないとね」
「た、確かに……」
「……そういやぁそーだな。向かうって決めてから、エリウスも寝続けてやがるし。あん時、確か【召喚師】の所が一番安全……とか言ってたよな、お前」
レディルが、麦わら帽子のノインを不審な目で見ながら言う。
真における信頼は、おそらくまだないのだろう。
ノインもそれが分かってか、【召喚師】の場所が安全。の理由を話し始める。
「エド……【召喚師】の居場所が安全……ってのは少し違って、正確には宿が……【福音のマリス】が安全なんだよ」
「どー言うことだ?」
「あの場所は、歴代の【召喚師】が時間をかけて作ってきた、祭壇なんだ」
「祭壇……ですか?」
不思議そうな顔をするリューネに、ノインは。
「そ。宿自体、もともとは“魔道具”のようなものらしいんだ。それを、宿屋に改装しちゃったってだけで」
「建物が“魔道具”!?」
「マジかよ……」
リューネ、レディルが驚く。
「うん、マジだよ。ただ、見かけだけじゃ分からない。本体は地下だからね」
地下――【召喚の間】。
それが、安全な理由。
「その場所からは特殊な波動が出てて、宿全体を包んでる。その波動は魔力とは違うから、多分帝国の人間でも分からないはず。もし追手が来ても、宿の中にさえ居れば、最悪シャルの命は守れるってわけ」
「だけどよぉ……エリウスを匿うにしても、俺らの正体がバレりゃ意味ねーだろ?」
「それはそう。だからフード脱ぐなよ?」
見た目少女の、お姉さんのような態度に。
「……うっせ!ニヤニヤすんなっ」
レディルはツンケンと声を上げて反抗的だ。
しかし、フードをしっかりと被り直していた。
そんなレディルを見て、ノインは「可愛いとこあんじゃん」と、笑うのだった。




