113話【久しぶりのお客様1】
◇久しぶりのお客様1◇
エミリアがリエレーネの成長に涙していたその頃。
夕食を終えたエドガーたち【福音のマリス】一行は、それぞれ忙しく夜を迎えていた。
~エドガー・ローザside~
地下の【召喚の間】で、エドガーはローザと共に、“魔道具”を確認していた。
エミリアの槍を“召喚”する為の、触媒探しだ。
「ローザごめん、金属類は……やっぱりそんなにないみたいだ」
「そうみたいね……っと。植物や生物の“魔道具”は豊富だけれど、鉱石や金属類は少ない……仕方がないけれど、槍には必要なのではない?」
梯子から降りながら、上の段の棚を調べ終えたローザ。
手には、小さな球体が握られていた。
「……そうだね……確かに必要だと……僕も思う」
エドガーは角に置かれた大きな箱に頭を突っ込んで、最後まで何かないかと探していた。
やがて「ぷはっ」と顔を出して、顔を汚す。
「――ほら、汚れて……!!――っ!」
「……ん?……ローザ?」
エドガーに手を伸ばしかけたローザだったが、反転して背を向ける。
「……なんでもないわ。顔、汚れているから拭きなさい」
「あ、うん」
首にかけたタオルで、ごしごしと顔を拭く。
(ローザ、どうしたんだろ……恥ずかしい?)
エドガーは自分の服装を確認するが、今朝のようにはだけている訳では無かった。
むしろキチンと整えられている。
「……ん?」
余計に分からなくなってしまうエドガーだったが、ローザが。
「はいこれ、上にあったわ」
ローザが、持っていた球体を渡す。
それは“魔道具”だ。
掌に簡単に収まるその球体を、エドガーの手に乗せて。
ローザは別の棚に向かった。
(あれ……なんだろう……)
微かな違和感が心に引っかかるも、それを口にはできず。
エドガーも“魔道具”探しに戻る。
(不思議な感覚だ。何なんだろう、この変な感じ)
気付くことの出来ない、ローザの心の機微。
本人が隠そうとしているその真実。
しかし噓を言っている訳ではなく、エドガーの【真実の天秤】でも判別することの出来ないローザの隠し事。
それを知ったとき、果たして二人の心情はどう動くのだろうか。
◇
~メルティナ・サクラside~
場所は変わり、二階の一室。
206号室。メルティナ・アヴルスベイブの部屋だ。
不調を抱えるメルティナは、今日も休んでいた。
先程、地下に下りる前にエドガーが来て話をしたが、凄く心配をさせてしまっていた。
それでなくても忙しくしているエドガーに、メルティナはこれ以上は迷惑をかけたくないと言う思いが勝り、強がりを言ってしまった。
メルティナはそれを絶賛、後悔中だ。
「……」
「――なんであんなこと言うかな~」
ベッドで横になるメルティナにそう言うのは、サクラだ。
看病と言うほどではないが、こうして様子を見に来てくれている。
「ノー。自分でも分かりません……」
サクラは水桶で濡らしたタオルを絞ると、メルティナの額に乗せて言う。
「――『ワタシは大丈夫です。マスターはマスターのやるべきことを優先してください!』……って、あの時のエド君の顔、見たでしょ?」
少し前にメルティナが叫んだその台詞をそのまま復唱し、サクラは鞄からごそごそと何かを取り出そうとする。
「……うっ……で、ですが……ああも言わなければ、マスターはワタシを気にしてやるべきことに集中出来なくなります……」
「……そんなこと無いって。エド君だって、メルの事を心配したいんだよ」
「心配……したい?」
サクラの言葉を、メルティナは理解できなかった。
身体を起こして、この娘は何を言っているんだと言う顔で見る。
心配など、したくない筈だ。
ましてや、自分自身がやる事も考える事も多い中、人のことを心配している場合などではない筈だ。
「なぁにその顔……ポカーンとしちゃって……」
「……理解しがたいのです。人の心は……」
「分かるけどさ、それも。でも、そういう人なんだよ、エド君は」
「そういう人?」
メルティナは起きた時に落ちたタオルをもう一度額に当てつつ、サクラがごそごそしている鞄を見ていた。
サクラは次々に何かを取り出して、テーブルに置いていく。
小さな箱に入った薬剤らしき物に、透明な容器に入った飲料。
メルティナの世界では既に廃れた素材で出来た、所謂お見舞い品だ。
(ワタシは風邪では無いのですが……)
サクラはわざわざ、自分の魔力を使ってまでメルティナを見舞ってくれているが。
メルティナには、その気持ちが理解できていないようだ。
「これくらいでいいかな」
戸惑いを見せるメルティナを余所に、サクラはテーブルに置かれた品を指折り数え、満足そうに頷く。
「薬もスポドリもあるし、冷え冷えシートもある。缶詰もプリンも出した!完璧じゃ~ん」
「サクラ。ワタシは風邪ではありません……昨日も話しましたが、《石》が――」
「――いいからいいから。そういうとこだよメル……」
「どういう所ですか……ワタシは」
「ほらほら、寝てなって!」
サクラの行動を理解できず、立ち上がろうとするメルティナ。
その肩を押さえながら、サクラはメルティナを寝かせる。
意外なほどの力だった。いや、メルティナが弱っているのか。
「……サクラ、ワタシは……」
「いいから、わかってるよ……メル。嫌なんだよね、何も出来ないのが……」
サクラは、ローザからメルティナの症状を聞いている。
《石》の状態が不安定な事も、本人が悩んでいる事も。
それに伴って、誰かから向けられる気遣いや優しさが、余計に心に刺さるのだと。
「ですが……ワタ――」
シュッ――。
「――!……サクラ……なに、を……」
「今は寝て、ゆっくり休んで……」
隠していた強力睡眠スプレーを吹きかけると、弱っているメルティナは。
「……」
スゥスゥと、あっと言う間に寝息を立て始めた。
これには、自分で取り出したサクラも。
「効きすぎでしょ……ドン引きだわ……」
割とガチ目の物を取り出したのだが。
まさかこうも効くとは思わず、ごくりと喉を鳴らす。
「あ、まぁでも……少しでもリラックスする事ができれば、また変わって来るでしょ」
サクラはメルティナの寝顔を見ながら、先程のエドガーの言葉を思い出す。
部屋を出ていく時、こっそりとサクラにだけ漏らした、エドガーの本音。
『サクラ……メルティナの調子が悪いの、僕のせいだと思うんだ……』
『――どゆこと?』
『多分だけど、メルティナは――ドロシーさんを避けてる』
『え、なんで?』
『……それを聞きたかったんだけどね。心配するなって言われちゃったよ』
『それは、うん……聞いてたけどさ』
『僕の勝手で、ドロシーさんを宿に置いた……それは間違っては無いと思うんだけど、まさかメルティナがこんなことになるとは思わなくてさ……』
エドガーも気付いていたのだ。
メルティナが、本能的にドロシーを――“天使”を警戒している事を。
メルティナに掛けられた《魔法》を、この宿にいる誰もが知る由はない。
ましてや人畜無害そうな女性が、正体を偽っているなどと、想像もできないだろう。
『……タイミング的にも、ドロシーさんが来てからなんだ。メルティナが具合を悪そうにしてるのは』
『……あ』
⦅まさか……メルも気付いてるのかな?⦆
ドロシーが、エドガーの母マリスに似ている事を。
⦅いや……メルはマリスさんを知らない……異世界人の中で、マリスさんの特徴を知ってるのは、多分あたしだけだ……⦆
エドガーやメイリンは兎も角、サクラ以外の異世界人であるメルティナやローザが、会った事もないマリスを警戒するのは難しい。
ましてや、マリスは故人だ。
《石》の所有者だったという事も知らないのに、メルティナが警戒するのはおかしい。
『サクラ?』
『んあ、ご、ごめん……続けて?』
『うん。ローザも言っていたけど、メルティナは《石》の調子が悪いって』
『だね。言ってた』
それは噓ではない。
そもそも、スノードロップがかけた《魔法》は《石》にジャミングを纏わせているのに近い。
機械と《石》。両方に対応し始めたメルティナは、機械のシステムを応用して、《石》を作動させている。
高度な《魔法》であるスノードロップのジャミングは、“魔王”であるフィルヴィーネすら欺いているのだ。
メルティナがここまでの拒否反応を示すとは、スノードロップ――ドロシーも思ってはいなかっただろう。
『だからせめて今は、メルティナを頼むよ……僕がいると、メルティナも安心して眠れないだろうからさ』
『……それはいいけど、エド君は大丈夫なの?』
『え……うん。少し胸が痛いけど……メルティナに避けられるよりはね……』
ははは、と少し悲しそうに笑い、自分が招いてしまった事に胸を痛める。
それでも、自分を遠ざけようとするメルティナを心配する。
『僕はこれから地下に行くけど、何かあれば【心通話】を』
『オッケー。分かった……メルは任せて。よいこよいこして、休ませて見せるからっ』
ウインクをして、エドガーの背を見送った。
そして見えなくなると、腕組みをして考え始めたのだ。
具合の悪いメルティナを休ませる方法を。




