112話【出兵の時3】
◇出兵の時3◇
夕刻。用意された部屋で休むスィーティアを、ラフィーユが呼びに来た。
「……」
なんとも言えない顔でラフィーユを睨む王女。
「どうなされました?スィーティア様……」
「――いいえ。別に」
ラフィーユは、夕食に呼びに来たのだ。
時間的にも、予測は付いていた筈のスィーティア。
では何故、そんなにもラフィーユを睨むのか。
「――仕事は終えたようね。出来る【従騎士】で何よりだわ……」
「はい。滞りなく終了致しました……スィーティア様がお申し付けくださった仕事」
アルベールの【従騎士】であるラフィーユだが、今日一日スィーティアの命令を聞いていた。
スィーティアやアルベールが公務で貴族たちと会っている間、ラフィーユが居なかったのは、王女に申し付けられた仕事をこなしていたからだ。
しかし。
(仕事量は夜までかかるはずだったけれど……本当に出来る女のようね)
スィーティアは、敢えて仕事量を増やしてラフィーユに押しつけていた。
アルベールの近くにいるこの女を、遠くに置きたかったのだ。
「では、お食事に参りましょう……アルベール様やケイン君も、準備はできておりますので」
「そう。分かったわ」
姑のような意地悪を難なくこなし、ラフィーユもまた、敢えて自分からスィーティアを呼びに来たのだ。
アルベールから遠ざけられた当て付けだった。
「……」
「……」
二人は目を合わせないまま、食事が用意された広間に到着した。
ケイン少年は、不気味な二人の険悪に。
アルベールの隣で耳打ちをする。
「どうしたんでしょうか……お二人」
「……さぁ。ラフィーユが殿下を呼びに行くって言った時は驚いたけど……うん。何とも言いにくい雰囲気だな……」
「で、ですね……触れない方がいいんでしょうか?」
「だろうな……せめて、この屋敷を貸してくれたロッゲン男爵には、あの態度は見せないで欲しいけど」
アルベールとケインは苦笑いしながら、見守るしかなさそうだと頷き合い。
すると直ぐに場所の提供者である、ロッゲン男爵が訪れて、食事が始まるのだった。
◇
食事は静かだった。
ロッゲン男爵は物静かな細身の男性だ。食も細く、時間も余りかけないとメイドから聞かされてはいたのだが、今日に限っては少し違った。
「それにしても、アルベール君がスィーティア殿下の専属騎士か……お父上も鼻が高いだろうなぁ」
「いえ……私などまだまだ若輩ですから。これから精進して、殿下のお役に立てるようにと、思うばかりです」
パンを齧り、男爵に返答するアルベール。
先程から、男爵はアルベールにばかり話しかけていた。
(まずいな……殿下がイライラしている……)
【貴族街第一区画】の貴族であるロッゲン家は、古くからロヴァルト家と親交がある。
だからアルベールを知ってもいるし、活躍も嬉しいようだ。だが、問題はそこでは無く。
王女であるスィーティアを、まるで無視にも近い形になっている事を、まったく気付いていない事だ。
フォローはケインがしてくれているが、いつ爆発するだろうと冷や冷やする。
「しかし聞いたかね?ローマリア殿下の指南役の事を――」
(――オイオイっ!!)
アルベールはちらりとスィーティアを見やる。
ヒクヒクと頬を引きつらせて、無理に笑顔を作るスィーティア。
「――ロッゲン殿、ご子息は最近どうですか?騎士学校にご入学されたと聞きましたが」
何とか話を逸らそうと、アルベールは男爵の息子の話にシフトする。
すると男爵も機嫌がよさそうに。
「おお、ご存知であったか!ハハハ、そうなのだよ……」
(ふぅー。あっぶねぇ……)
もう、話が入ってこないアルベール。
その後、何かと気を遣いながら食事をし、男爵の帰りを見送った後、アルベールは自分に割り当てられた部屋に入った。
「……マジで疲れた」
スィーティアは、ケインが部屋に送って行った。
ラフィーユはまた、スィーティアに何かを言われて仕事に戻ったようだが、大丈夫だろうか。
アルベールはベッドに横になり、大きなため息を吐く。
頭にあるのは、今日一日中、妹エミリアの事ばかりだった。
「エミリア……どうか無事で」
仕事中は、どうにかして集中していたが。やはり実の妹。
戦争に行くなどと聞いて、心配しない兄などいない。
公務の後、スィーティアにこの話を持ち掛けられた時は内心、心配事を吐露するところだった。
しかしそんな事をしては、【聖騎士】としては失格だと自制した。
「エミリアの事だ……絶対にテンパるに決まってる、ただでさえエドの事ばかりなんだ……戦争だなんて、正直荷が重いだろ……」
だが。
「……」
代わりに行けたなら、どれだけよかったか。
しかし、安心出来る材料もある。
ローマリア王女と、ローザだ。
今、自分はエドガー周りと関係を進めることは出来にくくなってしまった。
ローザの妹の生まれ変わりである、スィーティア王女の専属騎士。
その立場上、ローザと親しいエドガーやエミリアとも、下手をすれば距離を置かなければと考えていた。
「……」
目を瞑り、深呼吸をする。
自然と考えそうになった、最悪の事態を振り切り。
「……頑張れよ、エミリア」
アルベールには、信じる事しか出来ないのだった。
◇
【下町第四区画】に設けられた、関所。
夕刻、ささやかだが宴が開かれていた。
明日の早朝には出発しなければならないので、酒はごく少量だが許可されており、オルドリンとノエルディアは嗜んでいた。
【リフベイン聖王国】では飲酒の年齢は16歳からだが。
エミリアとレミーユ、リエレーネにゼレンは、朝が不安なので呑んでいない。
軽い食事を済ませて、各々部屋で休んでいた。
エミリアとレミーユ、ノエルディア、リエレーネ、オルドリンが、大部屋で雑魚寝だ。
ゼレンのみ男なので、小部屋で一人なのだが、羨ましいのかさみしいのか分からない感情で、夜を過ごしているはずだ。
そして、大部屋では。
「エミリア様の寝間着、可愛いですねぇぇ!」
キラキラした笑顔で、レミーユがエミリアのパジャマ姿にときめいていた。
「え、そう?ありがと……」
水色の生地に、ドット柄。
腕や首元など、所々がシースルーの素材で出来た、この国では作れない貴重な物だ。
自分の姿を見回してエミリアも、友人から贈られたこの寝間着を嬉しそうにする。
このパジャマ、サクラからの贈り物だ。
下着と私服、そしてパジャマ一式が今日ローザによって贈られたのだった。
パジャマが入っていた袋には一枚の手紙が同封されており。
『帰ってきたら、着てるとこ見せてね~』と書かれていて、是が非でも帰ってこなくてはと思わせてくれた。
「お似合いです、エミリア先輩」
リエレーネも、エミリアのパジャマ姿を褒める。
「ありがと、リエちゃ……んっ!?」
「――え、え?なんですか……?」
エミリアが肉薄し、着替え途中のリエレーネの身体をまじまじと見る。
特に上半身。
「……」
(噓でしょ……もう、私よりあるんじゃ……)
今この部屋にいる背の低い三人。
成長の乏しい仲間だと思っていたエミリアだったが。
リエレーネの胸部が、思っていた以上に育っている。
「せ、先輩……?」
「あ、いや……うん、何でもないから……気のせいかもしれないし」
じーーーっと、刺さる様に着替えを見るエミリア。
居た堪れなさそうに、上着を脱ぐと。
「……ぁぁ……駄目だぁ……」
事実を目の当たりにして、項垂れるエミリア。
「ええ!?どうしちゃったんですかエミリア先輩!!」
「リエレーネ!エミリア様に何したのよぉっ!」
「――なんにもしてないよっ!?」
意外なところで心にダメージを負い、エミリアは泣きながら眠りに就いた。
他の所では色々な人が心配していると言うのに、なんとも言えないエミリア・ロヴァルトの一日だった。




