ショートストーリー【異世界人お風呂談義】
◇異世界人お風呂談義◇
これはいつの事だったか。メルティナが“召喚”されて、エミリアとセイドリック・シュダイハの決闘を終えた後の話だった筈だ。
その日、宿屋【福音のマリス】では異世界から“召喚”された女性陣で、お風呂会議が行われていた。
「【忍者】、シャンプー取って?」
「しゃ、しゃんぷう……これだな?」
「そ、あんがと」
異世界【地球】の【女子高生】サクラが鞄から取り出した、自分の世界の道具は、この発展の乏しい世界では非常に貴重で、かつ物凄い高性能だった。
透明なボトルを手に取りサクラに渡すのは、同じく異世界【地球】から“召喚”された少女、サクヤ。
彼女は、サクラとは生きていた時代が違うらしく、価値観や考え方が大幅に違うのだ。
それでもサクラに文句もなく接するのは、何か特別な思いを抱いているようにも思えた。
「――これ、本当に凄いわね……数日髪が綺麗でいられるもの。私のいた世界では考えられないわ」
サクラの横でシャンプーを受け取り、自分も試す女性。
シャンプーなど使わなくても十分に綺麗な髪だったが、その燃えるような赤い髪は、更に輝いているように感じられた。
「……ローザさんには必要ないんじゃないですか?」
「確かに。汚れているようにも見えんしな」
ロザリーム・シャル・ブラストリア。
愛称ローザと呼ばれるこの女性は、《剣と魔法の世界》から“召喚”された、どこぞの国のお姫様だ。
しかし、それをひけらかす事無く、この二人の少女にも、他の誰にでも同じく接する。
「そんなこと無いわよ。サクラのこのソープがあるから、更に綺麗でいられるのだから」
「さ、更にって……」
モデルのような身長に、大きな胸、くびれは流麗で、臀部は張りがあり上がっている。
まさに、美人中の美人と言えた。
「ローザ殿はお顔も整っておられるからな。その上そのお身体……主殿も目を奪われる筈だ」
うむうむと、一人納得するサクヤ。
「そう?ありがとう」
わしゃわしゃと髪を洗うローザは、思い切り目を瞑っている。
まるで泡が怖いかのように。そんな事を、サクラもサクヤも気付くことなく桶に入ったお湯で洗い流して、湯船に向かう。
「お、いいお湯だな!」
「そうね」
「だね!」
今日のお湯は高温だ。55℃を超えており、中々入れる人はいないだろう。
いつもはもっと低いのだが、今日はこの高温好きの三人が最後の入浴だ。
既に従業員のメイリンとその母が入り、残すところは自分達だけという事なので、熱湯と化していた。
「……――その温度は危険ではありませんか?」
まさしく水を注すように、後方から声を掛ける、もう一人の異世界人。
皆と同じく裸なのだが、頑なに湯船に入ろうとしないこの女性。
名をメルティナ・アヴルスベイブと言い、最近仲間入りしたばかりの女性だった。
「メルも入ったらいいのに。機械なんでしょ?」
「イエス。内臓……いえワタシの場合内蔵でしょうか。ああ、とにかく、身体には良くありません。適温で入るべきです」
メルティナは、“召喚”される前は人工知能と言うものだったらしい。
“召喚”される際に、作り変えられて人間の身体を得たらしいのだが、その内臓には極小のナノマシンが幾つも内蔵されていた。
内蔵と内臓がややこしい……
「ワタシの身体に搭載されているマシンは、そこまで熱に強くありません。多少は平気でしょうが、数値に誤差が生じる可能性がありますので、熱には注意すべきなのです」
「あーはいはい」
「つまりは嫌なのでしょう?」
「なるほど。メル殿は熱に弱いのか」
三人は相手にしない。高温の湯が好きなのに、どうしてわざわざぬるま湯に入らねばならんのだと、まるで話を聞こうとしない。
ましてや、一応は宿の主に言われた通りに、高温組は最後の入浴なのだから。
「ストップ!話を聞いていますか?聞いていませんね!?」
「はいはい、分かったって。水出せばいいんでしょ?」
サクラはお湯の量を調節する。
チョロっとだけ、水が出た。
「――意味がありませんよっ!」
「私達はルールに従っているわ。貴女も入りたいなら、他の時間に入りなさい。というか、湯船はもう二箇所あるでしょう?そこは熱くないわよ」
その通りだった。この温泉は湯船が三箇所あり、順に水、常温、常温となっている。
その一箇所を高温に変えて、この三人は入浴しているのだから、文句を言われる筋合いはないのだ。
「ノー!そういう事ではありません!熱さが問題なのです!」
メルティナが言いたいのは、健康面を考えてだ。
今後も戦いが起こると考え、体調は考慮しなければいけない。
「ぬるま湯に長湯するなどすれば、代謝は上がります!そこまでの高温では、細胞が死にますよ!?」
「メルは分かってないなぁ」
「そうだぞメル殿。熱いお湯は精神統一にもいい、修行にもいいのだ」
「い、いえ……ですから、体温を上げ過ぎては……」
何を言っても分かってくれそうにはない。
ならば無理矢理にでもと考えるが、ローザの視線が痛い。
「メルもさ、一度入って見ればいいじゃん」
「そうだな。それがいいぞ!」
サクラとサクヤの二人が、ざばっと立ち上がってメルティナの方に向かう。
「――身体が真っ赤ではありませんか!!何故平気なのですかっっ」
「慣れよ慣れ」
「もう慣れた」
「私はそもそも熱くない」
黒髪の少女二人は身体が真っ赤だ。
それこそ茹蛸のように。しかし、ローザは汗すら掻いていない。平然として、普通の入浴だ。
「――はっ!」
ローザの異常なまでの熱耐性に啞然としていたメルティナは、左右の脇を抱えられている事に気付いた。
しかし残念ながら、もう遅かった。
「いや、ちょ……待ちましょう!サクラ!サクヤ!ストップ!ステイ!」
「聞こえんなぁ~」
「わたしは言葉の意味が分からぬ」
二人共ニヤニヤしている。
こういうところ、本当にそっくりだ。
「ふざけ……あっ!まっ!――やっ」
抱えられて、脚を浮かせる。
我儘を言う子供が連れて行かれるような体勢で、メルティナの尻がお湯に付く。
「――あ!!っっっつーーーーーい!!」
跳ね上がって悲鳴をあげる。
本当に人工知能なのだろうかと思わせる程、人らしい悲鳴だった。
◇
渋々ぬるま湯に浸かり、高温組を睨む。
その刺々しい視線に、流石にやり過ぎたと謝る。
「……」
「ごめんって、メル……でもほら、気持ちいいでしょ?」
「……」
「す、すまぬ……メル殿、ちとはしゃぎ過ぎた……反省している」
「……」
「いや……私は何もしてないでしょう?」
確かに。ローザは一人で入浴を楽しんでいただけだ。
「不思議でなりません。人間と言うものは、そこまでお湯に入る必要があるのですか?」
人工知能だったメルティナには、理解し難かった。
人間の身体を得て、食事や睡眠を必要な身体になってしまった事を、少し後悔しているのだ。
“召喚”された間際は、まだ機械っぽさも残っていたのだが、エドガー・レオマリスをマスターと認めた瞬間にそれは起こった。
外装の解除と共に、素肌が露出した。
ケーブルらしきものが接続されていた関節部なども、完全に人間のような間接に変化し、見た目だけでは判断しにくい所まで変化していた。
一部、名残と言える程度の線が残っているが、遠めに見ただけでは分からない。
内部も、超技術と言えるもので作られており、人間の体内構造とほぼ同じとなっている。
ただし、関節の一部に球体モジュールが。
眼球には投影機、脳内には高性能コンピューターが超小型化されて内蔵されている。
更には、生殖器なども完全に再現されており、そういう行為も可能だ。
メルティナにそういう概念はないので、自覚しているかどうかは怪しいが。
「必要とか要らないとか、そういう理屈で入浴をしている訳ではないわよ……」
ローザが、ぬるま湯のメルティナに向けて言う。
結った髪がお湯で濡れて、首筋に幾らか張り付いているが、それが艶めかしかった。
「どういう意味ですか?」
「エドガーに臭いと思われたいの?」
「!!」
言われた瞬間、想像してしまった。
『あれ、メルティナ……なんだか油臭いね』
「ノ、ノー……」
「うわぁ……あたしも想像しちゃったよ……」
「わ、わたしもだ……立ち直れない」
入浴が盛んではないこの国で、現地民のエドガーや、幼馴染のエミリアですら習慣にしているのだ。
それはつまり、理由があるからに他ならない。
「男の子にしたら、気にしないのかもしれないけどさ……汗の臭いは嗅がれたくないよね?」
「……イエス。サクラの言う事は、理解できます」
「でしょ?なら、身体を拭くだけじゃなくて、こうやって一緒に入ろーよ」
「い、いえ……一緒にも無理です」
「なんでっ!?」
頑なだった。
メルティナにも、何故かは分からない。
ただ、何故か嫌なのだ。湯船が。
今は渋々入ってはいるが、すぐにでも飛行して逃げ出したい。
ただ、汚れを落とすと言う行為自体は嫌いではない。
機動兵装【ランデルング】のインターフェースだった時も、前マスターのティーナ・アヴルスベイブがボディを洗浄しているのを何度も見て来た。
鼻歌交じりで、機嫌よく洗っていたのだが。
今思い出すと、その洗っていた洗剤が“トイレ用”と書かれていた気がする。
「マスターに嫌われたくはないので、洗浄はします……ですが、湯船は極力入りません。これは絶対です」
「洗浄て……」
「メル殿には湯船の良さが分からなかったか……残念だが致し方あるまいな」
「好きにさせなさいよ」
そんな事を言いながら、異世界人の四人は談笑する。
そう言えば、エミリアも湯船が苦手そうだったなとローザは思っていたが、口にはしなかった。
茹蛸になったエミリアを思い出して微笑し、ローザは湯船から出る。
「――さ、上がって食事にしましょう。エドガーの事だから、私達を待っているわよ?」
「それもそーだね」
「イ、イエス……」
(メモリがボーっとしているのですが……)
四人は大浴場を出て、着替え、食堂に向かうのだった。
《契約者》であるエドガーが待つであろう、楽しい食卓へ。
~異世界人お風呂談義~ 終。




