110話【出兵の時1】
◇出兵の時1◇
ローザとの話は楽しかった。
準備を手伝いながら、ローザはエミリアの心境を聞いた。
その惚気のような話に顔を赤く染めたり、言い淀んだりと、時間はあっと言う間に過ぎた。
「あっ……と。そろそろ時間だね……行かなきゃ」
【聖騎士】で新たに派兵されるのは、エミリアとノエルディアだ。
それに加えて、帰城したばかりではあるが、先輩【聖騎士】オルドリン・スファイリーズも、また向かう事が決まっていた。
「――エミリア。エドガーたちには会わなくてもいいの?【下町第四区画】の関所に移動したら、明日には出兵でしょう?もう、自由時間はないのではない?」
たちとは、他の異世界人の事だ。
エドガーとは昨夜に話せたことで、気持ち的に区切りは出来た。だが、サクラやサクヤ、メルティナはどうだろう。
「……うん。平気だよ……わたし、ちゃんと帰ってくるからさ」
エミリアは笑顔で言う。もう死への恐怖はない。
全て払拭出来た訳ではないだろうが、少なくとも恐怖に怯えて、取り乱すような事はしない筈だ。
「そう……ならいいわ。戦いが起こらない事、願ってる……」
「――うん!ありがとっ!!」
「……っと、その前にエミリア」
「ん?なに?」
ローザは右手を差し出し、エミリアに何かを催促する仕草をする。
なんとなく、手を乗せてみると。
「――違うわよっ。槍よ槍……直すって約束したでしょう?」
「あ、ああ……」
思い出したかのように、エミリアは【勇炎の槍】をケースから取り出し、持ってきながら言う。
「でも本当にいいの?魔力使っても……」
受け取るローザは、薄っすら罅が入ったその槍の刃を眺め。
「最低限はね……それに約束したし。戦いに行くのに武器が不安だと身も入らないわ」
「それはそう……だけどさ」
「本当に大丈夫?」とローザを心配するエミリアに、ローザはウインクをして。
「任せなさい。オーラを纏わせる応急処置をするから。余程の固さじゃなければ折れないはずよ」
右手を掲げ、火の粉を出現させるローザの顔は。
友の為に最善を尽くしたいと言う思いと、これから試す事が出来る自分の力の、両方を体現した笑顔だった。
「……お願い。ローザ」
ローザの心配そうな、それでも優しく微笑みかけてくれた笑顔を、エミリアは生涯忘れないだろう。
◇
ローザは、エドガーがエミリアの為に“召喚”をしようとしている事を言わなかった。
理由二つ。一つは、気負わせたくないと言う思いからだ。
戦争が起こらなければそれでよし、起こってしまった場合でも、エミリアが気軽に行動できるように、敢えて余計な事は言わないでおこうと思ったのだ。
二つ目は、エドガーが“召喚”を確実に成功させられるかの問題だ。
エドガーが今回“召喚”しようとしている物は人物ではない。
――槍だ。
成功例は勿論無い。
何せ【異世界召喚】では無いのだから、通常の“召喚”と言う事になる。
それはつまり、エドガーは“召喚”のルール上、槍のパーツを一つ一つ“召喚”しなければならない。
それがエドガーの“召喚”の枷だ。
物によっては時間もかかるし、魔力が増えているとはいえ幾つのパーツを“召喚”すれば槍を造れるかなど、分かりはしない。
過度な期待をエミリアにさせてはいけないと、エドガーと相談して黙っていることにしたのだ。
だがしかし、急ぐに越したことはない。
きっと今日からでも、エドガーは“召喚”に入るだろう。
ローザは、そんな思いを抱えながらも、空からエミリアを見守る。
「……」
(魔力付与はうまくいった……これで、武器の心配はない。あとは……)
背に生えた赤い翼は、メラメラと揺らめく炎だ。
空中で足を組み、王城から出てくる馬車を見つめて。
「――頑張りなさい……エミリア」
そう言い残して、ローザは翼から生まれた出た炎と共に、姿を消した。
◇
【リフベイン城】から出兵した馬車は二台。
その馬車内には、【聖騎士】が三人、【従騎士】が三人乗っている。
前方の馬車に【従騎士】が、後ろの馬車には【聖騎士】が乗っていた。
今出発したエミリアたちは、今日一日【下町第四区画】の関所で待機し、翌朝完全に王都を出る。
今日は前準備と言う訳だ。
それでも、エミリアにとっては今朝が知り合いに会える最後の時間。
それを分かって、ローザも会いに来てくれたのだ。
「……き、緊張しますね……」
前方の馬車で、胸の鼓動にハラハラするのは、レミーユ・マスケティーエット。
エミリアの【従騎士】だ。
それに答えるのは。
「そ、そうですね……補助要員とは言え、戦争なんて……生きている内に起こるとは思いませんでした」
明るい茶髪の少女、リエレーネ・レオマリス。
エドガーの妹にして、ノエルディアの【従騎士】。
そしてもう一人。一番緊張気味の少年がいた。
その少年に、リエレーネは気を遣うように声を掛ける。
「大丈夫ですか?――ゼレンさん」
「……――だ、大丈夫です!」
真っ白い顔で、リエレーネの言葉に返答する。
声は上ずり、緊張で身体はカチコチだ。
この少年の名は、ゼレン・ホロート。
つい昨日、【聖騎士】オルドリン・スファイリーズの【従騎士】になったばかりの、新人中の新人だった。
「大丈夫には見えませんけど……」
「そうですね……ゼレンさんの緊張がうつりそうです」
少女二人に言われる16歳の少年。
このゼレンと言う少年は、騎士学生ではない。
幼い頃から警備隊に所属する、平民生まれの兵士だった。
しかし、その剣の腕を買われてオルドリンの【従騎士】に選ばれた逸材。
この蒼白では信用してもらえないかもしれないが。
「本当に大丈夫ですからっ!平民生まれの俺なんかが、オルドリン様の【従騎士】なんかに選んでいただけて……それだけでも感謝しきれないのに、まさか国を守る為の戦いに参加できるなんて……感激しているんです!」
興奮気味に早口で話すゼレン。
落ち着かせるように、リエレーネは自分たちの仕事を説明する。
「――私たちは、補助要因ですよ……現在の【従騎士】は、その殆どが10代の子供です――自分で言ってて馬鹿らしいですけど、正式に派兵されたのは【聖騎士】のお三方で、私たち【従騎士】は、そのお世話係としてついて行くだけです……戦いには参加しませんよ。それに、まだ戦争が起こるとは限りませんから」
その通りだ。リエレーネ、レミーユ、そしてゼレンの三人は、【聖騎士】三人の世話係として帯同する事になった。
初めは、【従騎士】の帯同はその内容に入っていなかったが。
第一王女セルエリス王女も、【従騎士】については派兵の対象にしていなかった。
昨日の深夜に決まったばかりの、急すぎる【聖騎士】の派兵。
だが、向かう事が出来るのは、城にいた三人だけ。
帰城したばかりのオルドリンを含む、エミリアとノエルディアの三人だ。
報告をしに戻って来た【聖騎士】ギルオーダ・スコスバーは、休ませるために再派兵はなしだ。
エミリアの兄アルベールは、第二王女スィーティアのお付きとして公務に出ており。
【聖騎士団長】と【聖騎士副団長】、クルストルとオーデインも、貴族閣下としての仕事で出払っていた。
必然的に、城に残っている三人に白羽の矢が立つ。
「……【従騎士】は戦いには参加できません。それが第一王女殿下が決めた、派兵の条件だったじゃないですか」
リエレーネはそう言うが、レミーユも何か思う所があるのか、指を顎に当てて。
「十代とかそんな事を言ったら、エミリア様だって17歳ですよぉ?」
「確かに。エミリア様は【土の月】生まれ……なのでしょう?」
ゼレンの問いに、レミーユとリエレーネは頷く。
エミリアの誕生日は、【土の月72日】(3月10日前後)だ。
その時期は、アルベールの騎士学校の卒業式の少し前。
異世界人ローザが“召喚”される、ほんの少し前だった。
「それはそうなんですけど……エミリア先輩は【聖騎士】ですし……」
リエレーネだって、戦争になど参加したくはない。
内心、補助要員で安心しているのが本音だ。
兄エドガーに、【従騎士】になった事すら言えていないリエレーネは、エミリアが派兵されると聞いて、自分も覚悟を決めたのだ。
それは勿論、補助要員として安全を約束されたからと言うのもあるが、一番はエミリアだ。
一つ年上ではあるが、彼女は今や全騎士学生の憧れである。
学生の身でありながら、偉業をなして【聖騎士】と成り、更には“悪魔”を退治した【槍の聖女】。
本人に自覚が無いのも、彼女の魅力として映っている事だろう。
「【聖騎士】とは言え十代、まだエミリア様は学生です!危険な戦いに出るのは私は反対ですよっ」
エミリア信者の一人、レミーユは拳を握って言う。
「――でも、国の為だろ?」
ゼレンは窓の外を眺めながら、レミーユに正論を述べる。
これにはレミーユも分かっているようで「むぅぅ」と半眼でゼレンを見るしかできない。
これ以上は、きっと議論にならない。
それが分かるから、レミーユもリエレーネも、それ以上は何も言わなかった。




